第69話 女神からの贈り物
「武器ですか? 実は少し悩んでいるんですよ。欲しい武器のイメージがなかなか固まらなくって」
正直なところ、これと言って欲しい武器がないんだよな。
戦闘スタイルを考えると、遠距離から強力な魔法で一撃だ。
今のところ、魔法攻撃に不満はない。
それどころか、マリエル抜きでも、他の誰よりも、攻撃力、魔力量、魔法操作のどれもが抜きん出ている。
これは決して自惚れじゃあないはずだ。
加えてマリエルがいる。
今欲しいもの、敢えて言えば索敵範囲の拡大だろうか。
「もう少し時間をください。その間に、覚醒したヤツの能力を教えてくませんか?」
空になった俺のティーカップに紅茶を注いでくれている女神に向かって聞いてみた。
「覚醒能力……さすがにそれは出来ません。どちらも私にとっては大切な手駒です。扱いは平等と言うことで引き下がりなさい」
俺の質問に、少し考え込むような素振りを見せたが最後はきっぱりと言い切られた。
それにしても、手駒か。
予想はしてたけど、その程度の扱いなんだなぁ。
「さ、じゃあ、どんな武器が欲しいのですか?」
再び、下から覗き込むように上目遣いで覗き込む。その瞳には、どこか期待に満ちた様子が見え隠れする。
「楽しそうですね」
「ええ、あなた方の発想はとても面白いですから。どんな武器や防具、アイテムを要求するのか、楽しみにしています」
半ばあきれながら聞き返した俺に、恥じ入る様子もなければ悪びれる様子もなく、抑揚を殺した声が響いた。
「新しい魔法とかスキルじゃダメですか?」
「魔法やスキル? ですか?」
俺の質問に期待を裏切られたのか、キョトンとした顔で聞き返す。
ときどき、ふとした瞬間、表情が面白いように変わるな。
普段のあの冷たい目と表情は、もしかして一生懸命作ってるのか?
「ええ、この世界に無い魔法やスキルです。どんな魔法やスキルがあるのか知らないので良さそうなのを教えてください」
「――例えば、召喚魔法とかですか?」
考え込むようにティーカップに目を落としながらつぶやいた。
「召喚魔法? それはどんなものですか?」
何度目だろう、思わず身を乗り出してしまう。自分でも分かるが、語尾が弾んでいる。
RPGでよく見るような召喚魔法と同じようなものなら是非とも欲しい。
「魔獣や獣、虫、石ころとか、一度その手で触れて召喚対象として意識したものなら、何でも召喚できますよ。人でも召喚可能です――――」
女神はそう切り出すと、召喚魔法について詳しく語り始めた。
「――――ただ、召喚したからと言って、思い通りには操れません。思い通りに操るにはモンスターテイムのスキルが必要となります」
おおっ! 思っていたよりも良いな、召喚魔法。いろいろと応用が利きそうだ。
「その召喚魔法をお願いします。もちろん、レベルは最高値で」
いろいろな応用に思いを馳せていたら、ついつい顔がほころんでしまった。
「本当に武器とかじゃなくて良いのですか? やり直しは認めませんよ」
ちょっと心配そうな口調であるが、表情には変化が無い。
「大丈夫です。召喚魔法でお願いします」
俺はゆっくりとうなずき、意思に変わりがないことを告げる。
「では、せっかくの召喚魔法なのに召喚獣がいないのも寂しいですから、召喚獣、いえ、神獣を付けてあげましょう」
自身の目の前に人差し指を立て、にこやかにほほ笑む。しかし、その目はこちらをうかがうように覗き込まれていた。
「神獣っ! ありがとうございます。で、どんな神獣ですか?」
神獣と言う単語に反応して、思わずガッツポーズをしながら、椅子から腰を浮かせてしまった。
神獣、良い響きじゃないか。
龍か? 白虎? 朱雀? いや、麒麟とかか? 亀はやめてくれよ、亀は。別に差別してるわけじゃないが、遠慮したいな。
「今、あなたの目の前にいますよ。テーブルの上です」
紅茶を一口飲み、穏やかな笑みをたたえながら言った。
え?
テーブルの上? 何もいないが?
ティーポットやティーカップがそうなのか?
「何をしているのですか?」
ティーポットやティーカップをコツコツと叩いたり、指で弾いたり、持ち上げて下から覗き込んでいた俺を、不思議なものでも見るような目で見ている。
「え? いえ、この中のどれが神獣なのかなぁ? とか思って」
やっぱり違ったのか? 何となくバツが悪くて照れ笑いをしてしまう。
「バカですか? あなたは?」
ティーカップをお皿の上に置き、冷たい目でさげすむように俺を見ている。
「え? でも、神獣はテーブルの上にいるって……」
あれ? 違った?
何か勘違いをしていたのか? 俺は?
「テーブルの上にいます。ここです。見えませんか?」
俺から見てテーブルの、やや左側を右手で指差しながら俺のことを見ている。
そこにいるのか?
見えない、何も見えないぞ。
もしかして、かなり小さい? 微生物?
それなら、それで利用価値は高そうだが。
ダメだ、見えない。
必死に目を凝らすがやはり何も見えない。
「あのー、何も見えませんが?」
テーブルの上から視線を女神に移して、うかがうように聞いてみる。
「これは神獣の中でも非常に珍しいものです。ちなみに、バカには見えません」
俺はバカにされているのだろうか?
「あのー、女神さま?」
ジト目で女神を見つめながら聞き返す。
噴出しそうなのを必死に堪えるようにしてこちらを見ている。
「ごめんなさいね。バカには見えない、と言うのは冗談ですが、非常に珍しい神獣だと言うのは本当ですよ」
俺のジト目に耐えかねたのか、プッ、と噴出したあとに、もの凄く楽しそうに笑い出した。
俺は少しだけムッとして女神の示す空間へと恐る恐る手を伸ばす。
「あっ!」
声を上げ、慌てて手を引っ込める。
何だ? 指先が何か柔らかいものに触れた。
「不可視属性のスライムです」
まだ笑っている、楽しそうだな。
スライムかよっ!
「スライムって、神獣なんですか?」
我ながら、不信感が溢れんばかりの声音である。
「神獣です」
もの凄く得意気な表情で、動じることなく、キッパリと言い切る女神。
「ですが、幾ら召喚魔法のおまけとは言え、スライムはあんまりじゃないですか?」
「何を言ってるんですか。そこらのスライムと一緒にしないでください。形状変化や硬度変化は自由自在。物理攻撃は無効、魔法攻撃にしても高火力の火魔法くらいしか有効なダメージは与えられませんよ。その身にまとえば、ほとんどの攻撃に耐えられます。さらに刀剣や槍に形状を変化させれば不可視の刀剣や槍となります」
なおも食い下がる俺を説得するかのように、神獣と言い張るスライムの有用性を説く。
「それだけじゃありません。神獣なので人語を解します」
また、顔の前で人差し指を立てながら締めくくった。
人語を解するのか、それは良いな。
女神のお勧め、と言うか厚意だし、ここは素直に受け取るか。
「ありがとうございます。そのスライム、ありがたく頂きます」
女神は、俺の返事に満足そうにうなずくと、俺とスライムがいるであろう空間に左右の手を伸ばした。
「はい、これでこの神獣はあなたのものです」
なるほど、これがモンスターテイムか。テイムした魔物――この場合は神獣か、例えば不可視であっても、それがどこにいるのか分かる。
便利だな。
「ありがとうございます」
改めてお礼を述べ、席を立ち一礼する。
「では、今回はこのへんで」
顔を上げると、女神が微笑みながら手を振って――
――いる姿が突然消えた?
「のわぁー」
突然足元の感覚がなくなり、落下する感覚に襲われる。
馬車の屋根の上? 目が覚めたのか。
それにしても、心臓に悪い目覚め方だ。
まだ暗いな。夜明けまではまだあるか。
周りを見渡せば、仮眠前とあまり変わらない風景が広がっている。
はっ!
神獣っ!
いる、見えないが、気配もしないが、確かにそこにいるのは分かる。
どうやら、テイムできているようだ。
「しかし、不可視ってのも考えものだな。任意に形状や硬度を変えられるんだったら、色も変えられれば良いのにな」
なっ!
俺の言葉に反応したのか、薄っすらと青色が浮かび上がってきた。
人語を解すとか言ってたな。
「よし、今度は緑色に変わってみろ」
青い色に変化した神獣であるスライムに向かって語りかけてみる。
みるみる青色から緑色に変化を始めた。
おおっ! 凄いじゃないか。
ん?
スライムの色の変化に見入っていると、前方の馬車の中からキャイキャイと楽しそうな声が聞こえる。
あれは、白アリと黒アリスちゃんか?
何だろう、黒アリスちゃんも何かしかの武器をもらったのだろうか?
あの楽しそうな声の様子からすると武器なり防具なりを手に入れたようだな。
行ってみるか。
「よし、お前も来い。紹介してやる」
立ち上がりながらスライムへ声をかける。
俺の言葉に反応してスライムが左腕に巻きついてきた。
なるほど、形状や硬度を自由に変化できるっては便利だな。
それにしても、重さを感じない?
鑑定を試みるが、鑑定が通らない。さすが、神獣と言ったところか。
後でメロディに調べさせよう。
黒アリスちゃんが寝ていた馬車へと飛び移った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます