第68話 女神との会話

 既に深夜だが休息など挟むことなく、粛々と街道を行軍中である。

 予定通り合流の部隊を派遣してくれているなら、夜が明ける前に合流できるはずだ。


 さて、いよいよ俺たちの仮眠の番だ。

 先に仮眠を取った聖女とロビンのところへ女神は来なかった。

 ちなみに、ボギーさんのところへも来なかったそうだ。


 ロビンはともかく、あちら側に転移させられた二人――聖女とボギーさんのもとに、こちら側の女神が夢に現れるのか、と言う疑問もある。


 と言うことで、俺と黒アリスちゃんの二人で仮眠である。

 二人で仮眠。何て甘美な響きだろう。


「さぁ、そろそろ寝ようか」


 黒アリスちゃんの背中に軽く触れ、考えようによっては意味深な言葉を吐きながら、馬車へとうながす。


「はい。何だか、期待と不安でちょっと、ドキドキ、ワクワクしますね」


 歩きながら、俺のことを見上げる。頬をわずかに紅潮させている。右手を口元にあて、嬉しそうに微笑んでいる。


 うん、やっぱり可愛いよな、この娘。

 そんな黒アリスちゃんを見ていると、こちらまで幸せな気持ちになる。思わず笑みがこぼれる。


「じゃあ、ここで。お休みなさい」


 黒アリスちゃんが小さく手を振りながら馬車の中へ消えて行く。


 幸せな時間はあっという間に終わってしまった。

 当たり前と言えば当たり前なのだが、俺は黒アリスちゃんとは別の馬車へ向かう。

 先ほどまでロビンが寝ていた後方の馬車へと。


 馬車の屋根の上に到着した俺はあまり期待せずに毛布へと潜り込んだ。

 何となく、何となくだが、俺のところに女神が現れるのは明日の夜になる気がする。明日の夜がフェアリーの加護が発動できる夜であることを確認し、そのまま眠りについた。


 ◇


「ほらっ、ボーっとしてないで、こちらへ来なさい」


 数メートル先で、真っ白な椅子に腰かけた女神が手招きをしている。相変わらず冷たい目をしている。


 椅子と同じく、真っ白な丸テーブルの上にはティーセットが並べられていた。

 小川のせせらぎが聞こえるが、小川はどこにも見当たらない。


 いや、景色そのものがない。

 一面真っ白な空間だ。


 真っ白な空間に真っ白な椅子とテーブル、その上には真っ白なティーセット。女神の服も真っ白だ。

 目がおかしくなりそうだな。


 女神の手招きにしたがって、地面があるのかどうかも分からない空間を恐る恐る進む。


「普段はこう言う現れ方をするんですか?」


 女神にうながされるまま、空いている椅子へと腰かけ、紅茶を入れている最中の女神に聞いた。


「こう言う、とは?」


 紅茶を入れる手を止めて睨みつける。


「いえ、何でもありません。それよりも、今日はどんな用件でしょうか?」


 女神の冷たい視線と迫力に負けて、つい誤魔化してしまった。


 しかし、テリーも白アリも、良くこの女神の視線に耐えながらいろいろと要求できたな。感心するよ。


「察しはついているのでしょう? あちら側の管理者がルールに抵触していると思われる行為をしました」


 カップとお皿を手に取って、紅茶の香りを楽しんでいる。


「ボギーさんの持っていた拳銃、初期装備のことですね」


 俺も出された紅茶のカップへと手を伸ばしながら聞く。


「ええ、そうです。あなた方が言うところの「光の聖女」のブレスレットもそれに類します」


 ブレスレット? そんなの持っていたのか。

 いや、本人がその価値に気付いていない可能性も高いな。


「抵触行為そのものはどうでも良いことです。問題はそれにより、私の管理する世界が劣勢になっていることです」


 お皿とティーカップをテーブルの上に置き、小さく溜め息をついた。


 いや、劣勢になっているのはルール違反だけのせいじゃないだろう。

 どちらかと言えば、平和な世界と戦乱の世界の差じゃないのだろうか?


「それで、均整をとるために俺たちにも武器や防具、アイテムを頂けると言うことですね」


 ティーカップを右手に持ったまま、下ろさずに聞いた。

 

 劣勢で焦っていたところに、あちら側の不正行為が露見。そしてこれ幸いと自分も不正行為に手を染める。

 この二人、本当に女神なのだろうか?


 神様の逆鱗に触れて、両方の異世界が仲良く消滅ってことにはならないよな?


「ええ、どうやら武器や防具、アイテムの機能とか付与される能力については、あなた方の発想の方が面白いことが分かりました。希望があれば言いなさい」


「その前に、確認したいことがあります。それを先にお願いできませんか?」

 口元に運んで止めたティーカップから紅茶の香りが漂う。良い香りだ。ジャスミンの香りに似ている。


「良いでしょう」


 女神が鷹揚にうなずいた。


「ルールに抵触した可能性があるのなら上司である神様に報告して、それが認められればその時点であなたの勝ちじゃないんですか? 少なくとも、あちら側の管理者には何らかの罰則が発生してもおかしくないですよね?」


 女神が入れてくれたお茶を一気に飲み干し、ティーカップを少々乱暴に置きながら言った。


「神が次に私たちの前に姿を現すのがいつなのかは分かりません。姿を現す前にダンジョンを攻略されてしまっては、その時点で終わりです。私の管理する世界が消滅した後で何を言っても、敗者の戯言でしかありません」


 審判の見ていないところで行われた反則は反則じゃないってことかよ。


 いや、もっと酷いな。

 審判が来る前に決着が付けられるってことだよな。


 なんてハードなんだ。


 それにしても、ルールなんてあってないような戦いなのに、こちら側の女神は律儀にルールを守っていたのか。

 あちら側は最初から守る気はなかったが、大きく逸脱するまでには至らなかったと言うことか。


 何か、向こうの女神のほうが中途半端な分、小者臭がするな。


 いや、待てよ?

 そもそも、審判――違った、神は、なに手抜きをしているんだ? ちゃんと指導しろよ。


「もう一つ教えてください。覚醒、ってなんですか?」


「覚醒ですか?」


 俺の質問に、残りわずかとなった、カップの中の紅茶を見つめて少し考えてから、ティーカップを下ろす。そして、顔を上げて話を再開した。


「文字通り、眠っていた能力が目覚めることです。あなた方全員が、一つずつ、特殊な能力を所持しています。これはキャラクターメイキングのときに、隠しスキルとしてランダムで付与されたものです」


「どんな能力があるんですか? いや、俺にはどんな能力が付与されたんでしょうか? それと、どうやったら覚醒できますか? 覚醒の条件を教えてください」


 勢い込み、椅子から腰を浮かせてテーブルの上に身を乗り出すようにして聞いた。


「付与されたのは女神たる私たちの力の一部です。誰にどのような力が付与されたのかは私にも分かりません」


 俺の勢いに押されることもなく、二杯目の紅茶をつぎながら、たんたんと話し始めた。


「覚醒の方法は、幾つかあります。一つは、その身が危険にさらされたとき。二つ目は、スキルの使用回数が多くなればなるほど覚醒の確率が上がります。どちらも、危険の度合いや使用回数は私たちにも知らされていません」


 知らないこと尽くめだな。

 一つ目の覚醒方法は遠慮したいな。ならば二つ目か。

 有り余る魔力を活かして、スキルの使用回数を稼ごう。


「そうそう、あなたが取り逃がした銀髪の男性、彼は覚醒しましたよ」

 女神は、紅茶を口に運びながら、事もなげに言った。


「ゴホッ、ゴホッ」


 紅茶が気管に入る。思いっきりむせた。

 何だって?

 そんなこと、さらりと言うなよ。


「面白い顔をしてますね」


 楽しそうな、からかうような表情で俺のことを見ながら言った。


 面白くないし、楽しくなんかないよっ!


「俺たちが困ると、ひいては、あなたが困るんじゃないですか?」


 気を取り直して、できるだけ平静を装う。


「そうですね、困りますね。でも……」


 言葉を切り、目を伏せる。

 

「ダンジョン攻略前にあなた方が全滅した場合、補充要員を再度招集できますから」


 再び目を開いたときには、新しいオモチャを楽しみにする子供のような、無邪気な笑顔をたたえていた。


 簡単じゃなさそうだが、代わりが用意できるのか。

 俺たちの価値は考えていた以上に低いようだ。

 

「それで、どんな武器にしますか?」


 考え込んでいた俺の顔を、上目遣いで、したから覗き込むように見ている。


 いや、そんなことよりも、その覚醒したヤツの能力を知りたいな。

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