第65話 補給部隊襲撃(1)
作戦会議と言う名のお茶会が終了後、ルウェリン伯爵にワイバーンの追加をお願いした。
その後、合計で十匹のワイバーンで陣営をあとにして、飛行すること約一時間。
敵補給部隊の捕捉に成功。今はこうして森の中に身を潜めて、偵察結果を待っている。
「いたよー、森の中に兵隊がたくさんいたよー」
偵察に出ていたマリエルが大声で偵察結果を叫びながら戻ってきた。
この距離だから聞こえないとは思うが……今、隠密行動の最中なんだがな。
マリエルの後方にティナとメロディが見え隠れしている。
「街道のどっち側にいた?」
左手でマリエルを受け止めながら、右手に持った蜂蜜の入ったコップを渡す。
「わー、蜂蜜だー。えへへへ」
こちらの質問に答えるのも忘れて、蜂蜜をあおるようにして飲みだした。
しまった。蜂蜜を見せるのは、報告を聞き終えてからにすべきだった。
「ただいま戻りました」
メロディと一緒に戻ったティナが報告を開始した。
「こちらの進行ルートになると思われる、街道の両側面に伏兵がいました。左右の側面に五十名ずつ程度が配置されています」
報告をしたティナの隣で、メロディがガントレットに巻いたタオルで涙を拭きながら、報告内容を肯定するように、コクコクとうなずいている。
距離もあるし、敵の顔を直接見ることはなかったはずだが? なぜ泣いてるんだ?
「どうしたんだ?」
「上手くやり過ごしましたが、敵の哨戒部隊が近くを通りました」
俺の質問に、泣いているメロディに代わってティナが耳打ちをして教えてくれた。
なるほど、その哨戒部隊の男の顔が受け付けなかったんだな。
合点は行った。合点は行ったが釈然としない。今後もそれでは困るな。いっそ、厳つい顔のおっちゃん連中の中に放り込んでみるか?
そんな荒療治が頭を過ぎるが、すぐに振り払う。
ダメだ。
放り込んだ瞬間に無断借用を使って暴走するか気絶するのが落ちだ。
「この間、取り逃がした兵数とおおよそ合致しますね」
ティナの報告を俺の横で聞いていたロビンの言葉で現実に引き戻された。
転移者を含む奇襲部隊の残兵力が補給部隊と合流したのか。
それにしても、既に伏兵が展開している? こちらを捕捉しているってことか? 索敵範囲が広すぎやしないか?
「向こうもこちらを捕捉していると思いますか?」
俺の思案する顔を横目に見ながら、ロビンも考え込むように聞いてきた。
「こちらよりも先に捕捉していたような動きにも見えるわ。仮にそれが考えすぎだとしても、このまま進めば程なく捕捉されるでしょうね」
腕組みをしたまま木に寄り掛かっている白アリが、見えるはずのない敵――前方を見やりながら言った。
「ですね。それに転移者の四名もこの中にいると考えて良いと思います」
白アリの方を見ながら黒アリスちゃんが同意をする。
敵側の索敵能力の方が高いのか。スキルか? 部隊の運用か?
広範囲の索敵スキルだとしたら面倒だが……奪うことを考えればむしろ歓迎か。
「索敵で上を行かれるとしたら面倒ですね」
「火力と射程次第のところはあるけど、正面から行くか? 真正面からの火力勝負でもこの面子なら負けないと思うよ」
黒アリスちゃんの懸念を聞きながら、テリーが脳筋発言をする。
「思いっきりが良いな、兄ちゃん。そういうの嫌いじゃぁないぜ。それでピンチになっても、泣き言を言わずに切り抜けられたら一人前だ」
倒木に腰掛けて魔法銃の手入れをしていたボギーさんがテリーの方を見もせずに言う。
さすがにこれにはテリーも顔色が変わる。
ティナ、ローザリアもこれに同調するようにボギーさんを睨んでいる。
「真正面から行くなら、機動力にものを言わせて挟み撃ちされる前に、ワイバーンで一気に突っ切って補給部隊を叩くと言うのはどうでしょう」
ロビンがテリーとティナ、ローザリアの雰囲気を気にしてか、ボギーさんとの間に移動しながら提案をする。
「兄ちゃんは高速で飛行するワイバーンを落とす自信はあるかい?」
ボギーさんの言葉にロビンが言葉を詰まらせる。
そう、ワイバーンの飛行能力と速度を活かしての電撃戦は、普通の魔術師相手なら十分に有効な手段だが、能力が未知数の転移者がいる事を考えるとリスクが大きすぎる。
何と言っても、かなり手前から敵に捕捉されるのは間違いないのだから。
となると、ワイバーンは使えない。 正面突破チームと少数の
「聞いてくれ。ワイバーンを待機させて正面から叩く――――」
俺は皆を集めて作戦を説明した。
◇
俺たちは街道からわずかに右側に外れ、森の中に適当に散開して敵の伏兵の待ち受ける地点へと歩を進める。
もちろん、一応は空間感知などの索敵スキルを使って、奇襲を警戒しながらの移動である。
静かな森の中にもの悲しい口笛の音が響く。
決して大音量ではないのだが、高音でよく響いている。きっと遠くまで聞こえてるんだろうな。
「ボギーさん、一応、隠密行動の真っ最中なんですけど……」
葉巻を咥えたまま、器用に口笛を吹きながら俺の隣を悠然と歩くボギーさんに忠告をする。
「なぁに、気にするな。もうこっちの居場所はとっくに知れてるさ」
枝に引っ掛かってずれたソフト帽子を右手で直しながら、のんきに返してくる。
それはそうなのだが、何と言うか、緊張感のない人だよな、この人。
俺のイメージしていたハードボイルドってのは、張り詰めた空気の中で生きている大人の男だと思っていたが、勘違いだったのだろうか。
「そろそろだが、兄ちゃんたちはどうだ? 行けるかい?」
ボギーさんがマントを跳ね上げ、左右の手に拳銃を取りながら正面を見据えたまま言った。
俺の空間感知では敵の位置は変わりない。
俺はメロディに視線を移す。俺の視線に応えるようにメロディも小さくうなずく。メロディの嗅覚にも何も反応はないようだ。
「敵の位置はそのままです。特に別働隊を展開させているようすもありません。ただ、十メートルほど先に落とし穴がありますね」
敵の状況を周囲に伝えながら白アリと黒アリスちゃんに視線を移す。
こちらの動きは捕捉しているだろうから準備万端整えて待っていると思っていたのに落とし穴かよ。
「敵の端っこの方なら射程圏よ」
「すみません。射程圏まで、あと五メートルほどあります」
白アリと黒アリスちゃんが即答する。
射程のある俺と白アリ、黒アリスちゃん、メロディ、ボギーさんが初撃を撃ち込む算段だ。
今のところ相手の射程圏に入っていないようだがどうする? 黒アリスちゃんの射程圏まで接近するか?
一瞬躊躇した俺に皆の視線が集中する。
「合図をしたら、ボギーさん、白アリ、メロディ、俺の四人で初撃を撃ち込む。それと同時に一気に距離を詰める。黒アリスちゃんは射程圏に捉え次第、時間差で広範囲に弾幕を頼む」
全員を見渡し、了解の意思を確認する。ジェロームが一人、蒼い顔をして首を横に振っているが気にしない。
「撃てーっ!」
俺の号令と共に皆が一斉に駆け出し、攻撃魔法が撃ち込まれる。距離、五百メートル強だ。一般の兵は何が起きたかも分からないだろう。
白アリの爆裂系火魔法が手前側から、距離を詰めるにしたがって、順次、敵の中心部に向かって炸裂する。同時に十発以上の火球を撃ち込んでいる。さながらバズーカ砲の一斉砲撃である。
着弾した場所では、土や岩、木と一緒に人が舞い上がっている。
敵を混乱させるには十分だな。
俺は長射程を活かして、敵の後方へナパームのように燃え広がる広域の火魔法を連続して撃ち込む。
メロディが呼応するように街道沿いに、俺と同様の広域の火魔法を連続して撃ちこみ、街道を火の海に変える。
これで右側の伏兵が補給部隊に合流することも、退却することもできない。それに、左側の伏兵が街道を渡って援軍にくるのは難しくなったはずだ。
ボギーさんが魔法銃で敵を確実に撃ち抜いていく。木々の間をぬうようにして仕留めていく。さすが射撃術レベル5だ。黒アリスちゃんの土魔法並みかそれ以上に精密だ。
遅れて黒アリスちゃんが地面の高さ数十センチメートルほどに、無数の岩の弾丸を連続して撃ち込む。
高速で射出された岩の弾丸は、遮蔽となるはずの森の木々を撃ち抜き、そのまま目標である伏兵へと到達する。
弾幕と言うよりも、掃射と言った方が良さそうだ。
反撃はない。
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