第64話 真相

 森の一部を整地して、真っ赤な布を敷いた上で、野点のだてよろしくお茶会の再開である。

 先ほどと同じように、周囲は九匹のワイバーンとメロディ、ティナ、ローザリアの三人の奴隷で大きく囲い、誰も近づくことができない。


 マリエルとレーナは布の端の方で蜂蜜をなめている。

 あんなに蜂蜜ばかりなめていて、糖尿とかにならないのだろうか。


 そんな中、ボギーさんを加えた俺たち七人は正座で車座になっている。

 先ほどまで膝を崩していた俺とテリーも、年上のボギーさんが正座しているので何となく膝を崩せずにいる。


 俺の正面にボギーさんが座っている。

 ソフト帽子と葉巻、それにあの邪魔そうなマントもそのままである。


「ところで、どのような用件でいらっしゃったんですか?」


 白アリがボギーさんの前にお茶を出し終えると、それを待っていたかのように聖女が切り出した。


「なぁに、用件って程のものじゃネェ。懐かしい名前を耳にしたんで、郷愁に誘われただけさ」


 白アリにお礼を言い、差し出された湯飲みに手を伸ばしながら聖女の質問に答える。


「一人ぼっちで、寂しかったんですね」


 俺の隣で黒アリスちゃんが、ポツリとつぶやく。


 いや、聞こえるから。もっと小さい声で頼むよ。

 と言うか、そう言うことは口に出さずに心の中にとどめておいてね。


「それと、噂になっている若いのが転移者のようだったんで、それを確認しようと思ってな」

 湯飲みに触れた右手をゆっくりと引っ込めながら、視線を俺へと移した。


 聞こえているであろう、黒アリスちゃんのセリフはスルーしている。


「お茶、まだ熱いですよ。気を付けてくださいね。冷やしましょうか?」


 熱かったのだろうが、何食わぬ顔で手を引っ込めたボギーさんに向かって、白アリが気遣う素振りを見せる。


 そこはスルーしろよっ!

 武士の情けと言うか、見て見ぬ振りとかが出来ないのかよ。


「ついでに、金になりそうだったら、一時的に仲間に加えてもらおうと思ったのさ」


 白アリの申し出を左手で制し、視線を俺に固定したまま言った。


「ボギー、ってどこかで聞いたことあるんですけど、思い出せません」


「あれよ、古っい映画俳優の愛称よ。ボガードの愛称」


「ああ。ソフト帽子にトレンチコート着てた人ですね。思い出しました」


 俺を挟んで、右側と左側で白アリと黒アリスちゃんが小声でやり取りをしている。

 テリーとロビンが、二人をチラチラと見ながら、もの凄く居心地悪そうにしている。

 いや、俺のほうが居心地悪いから。


「で、殺されて目が覚めたらもう一つの異世界だ。男がひとり、文無しであてもなくうろつくくらい、惨めなものはないからな」


 白アリと黒アリスちゃんの声など聞こえないかのように表情一つ変えることなく言い切った。


 なるほど、もっともだ。

 俺だって、見知らぬ異世界を文無しでなんてうろつきたくない。


「それだけじゃないわよ。西部劇やら何やらいろいろと混ざっている感じね」


「キメラみたいですね」

 

 白アリと黒アリスちゃんが、お茶を飲む手を止めて話に夢中になっている。

 もちろん、そんな二人を止める者はいない。


 俺を挟んで、尚も小声でやり取りをする白アリと黒アリスちゃん。

 聞こえていないと思っているのだろうか?


「お話は分かりました。こちらとしても身元が確かで腕の立つ人材は歓迎です」


 ルウェリン伯爵を真似して、目を閉じてゆっくりとうなずき、鷹揚に歓迎の言葉を発する。居住まいを正し、さらに続ける。


「その、大変言いにくいのですが、どのような能力を持っているか、ある程度で良いので教えて頂けませんか?」

 声のトーンを落とし、静かに話す。


 これは予防線だ。

 メロディには無断借用で能力の確認をするよう言ってある。お茶会の後でメロディに聞けば分かることではあるが、本人の口から聞きたい。


「四十代とか言ってるけど、本当はもっと上なんじゃないかしら? 下手したら私の親世代より上よ」


「私の父親は四十一歳で、バカボンのパパと同い年です。ですから、確実に親よりも上ですね」


 黒アリスちゃんが自分の親の年齢を持ち出して比較をしだした。


 いや、絶対聞こえているから。

 頼むから他所に行ってやってくれないかな?

 もの凄く居心地が悪いんですけど。


「当然だな。俺の能力はそこにいる光の嬢ちゃんも知ってるが――――」


 そう前置きをして自分の能力を語りだした。白アリと黒アリスちゃんは完全にスルーだ。


 特筆すべきは、


 スキル強奪 タイプB レベル3

 闇魔法 レベル5

 射撃術 レベル5


 の三つだ。

 さすが、強奪系を持っているだけあって、他のスキルも充実はしていた。


 強奪系のスキルを持っていることを、いとも簡単に明かしている。

 聖女が知っていたと言うことは、向こうではオープンなんだろうな。


 それにしても射撃術?

 弓なら弓術になるから、ボウガンか? あの軽装から見ても、魔法とボウガンを主軸とした後衛タイプだろうな。


「――――そして、俺の得物はこいつだ」


 拳銃っ!


 跳ね上げられたマントの下から取り出された武器は、黒く輝く二丁の拳銃だった。

 リボルバーだ。パイソンだったかな、確かそんなような名称だったと思う。


 でも、なぜこの世界に拳銃があるんだ?

 いや、向こうの異世界では拳銃が存在するのか?


「やっぱり西部劇が混じってた」


 白アリが拳銃を見詰めながらつぶやく。


「ハンドガン? コルトパイソン357マグナムのロングバレルに見えますが、少し大きいような? 44マグナムくらいの口径ですね」


 黒アリスちゃんが目を輝かせて、覗き込むようにして見入っている。


 銃器に詳しいのか?

 と言うか、銃器が好きなのか?


 何にしても、白アリと黒アリスちゃんの、相手の心にダイレクトアタックするような会話がなくなって良かった。


「ハンドガンなんて、どうやって手に入れたんですか?」

 テリーも興味津々と言った風で、覗き込んでいる。


「転移させられたとき、足下に転がってたぜ」

 ボギーさんがお茶を手に取り、フーフー、と息を吹きかけながら、こともな気に言う。


 初期装備かよっ!

 初期装備に差が有りすぎじゃないのか?


 今度、女神にあったら文句を言おう。

 いや、俺も何か特殊な武器をねだってみよう。


「こいつは普通の銃じゃネェ。黒い嬢ちゃんの言うとおり、パイソンの8インチに見えるが、中身は魔法銃だ」


 右手に持った拳銃を自身の額の前にかざし、目を細めると話を続ける。


「弾丸は魔力。属性を付与すれば、その属性の魔力の弾丸を撃ち出せる。消費魔力は同程度の魔法の一割程度だ。何よりも、魔力を供給し続ければ弾丸が尽きることがネェ」


 何だよっ、そのチートな武器はっ!

 ますます以て初期装備で損をしている気がする。


「今度、女神が夢に出てきたら私も要求してみようかな」


 俺の左隣で黒アリスちゃんが考え込むようにつぶやく。


「どうにかして女神を捕縛できないかしら?」


 同じく右隣では白アリがとんでもない事を口走っている。



 白アリの発言には触れずに、みんなの顔を見渡してから改めて切り出す。


「ロビンと同じように、ボギーさんには今回の作戦に加わってもらおうと思うけど皆どうだろう?」


 誰も反対するものはなかった。

 即座に全員一致でボギーさんの作戦参加に賛成をしてくれた。


「全員一致です。改めてよろしくお願いいたします」


「こちらこそよろしく頼むぜ」


 差し出した俺の右手をがっちりと握り、力強く握手を返してきた。


「では、作戦の説明とその後で情報交換をしたいのですが良いですか」


「ああ、頼む」


 ◇


 その後、作戦の説明を終え、情報交換と言うことで、お互いに知っていることの確認をすることとなった。

 その手始めとして、聖女が死亡したことに関してのあちら側での扱いと、ボギーさんの「殺された」発言の真相についてである。


「――――って感じで、光の嬢ちゃんは、向こうじゃ行方不明ってことになってたぜ」


「納得できませんね。バニラ・アイスさんに後ろから不意打ちで殺されたんですよ」


 ボギーさんの説明に、聖女が拳を握り締めて、右フックのような仕種をしながら、悔しそうに言った。


「俺もそうだ。ダンジョンの中で、やっこさんが怪我をしたってんで、後ろに庇ってやったら、背中から心臓を一突きだ」


「同じような手口ですね。私も背中から心臓を一突きですよ」


 聖女がコクコクとうなずき、握った拳はそのままにボギーさんの言葉に同調する。


「あの野郎だけは許せネェ。何としても復讐を遂げる、それが俺の目的であり、生き甲斐だ」


 右手に握った拳銃を見詰め、暗い瞳で静かに言う。


「野郎って、バニラ・アイスさんは女性でしょう?」


「んあ? ヤツは男だぜ」


 白アリの疑問に、何を言ってるんだ? とでも言いた気な顔で答える。


「え? じゃあ、ライト・スタッフさんは?」

 軽い驚きと共に白アリの声のトーンが上がる。


「ライトは女だ。美人だぜ。だが、俺が相手してやるには、ちょっと年齢が足りネェな。つか、その前に中身が問題か」


 女? あれ?

 今まで、ライト・スタッフが男で、バニラ・アイスが女だと思ってた。

 思い込みって怖いな。


 ボギーさんの回答に、皆の視線が一斉に聖女へと注がれる。

 視線が集中した聖女は明後日の方を向いていた。相変わらずだな。


「ちょっと、あんた。今更なんで驚かないけど、確認だけさせてね。あんた、女と良い感じになってたの?」


 感情とか表情とかがほとんどない感じで白アリが問いただす。


「えーとですね。皆さん誤解しているようですね」


 聖女が、額に浮き出た汗をハンカチで拭きながら、俺たち、特に白アリと黒アリスちゃんに向かって困った表情をしている。


 あれは、今、頭をフル回転させているな。

 もはやどんな誤魔化しも通用しない気がするんだが、まだ抜け道を探しているのだろうか?


「ボギーさんも困りますよ、誤解されるような言い方しないでくださいよ」


 聖女はそのままボギーさんへ向き直る。発する言葉は少しだけ厳しい感じがする。


「本当のところはどうなんですか?」

 黒アリスちゃんが若干引き気味に聖女に向かって聞いた。


「バニラ・アイスさんは見た目は男性ですが、中身は女性です。いわゆるTSですね。で、ライト・スタッフさんはその逆です。婚約者同士、ゲームの中でちょっとふざけてみようってことでそんな風に登録したと言っていました」

 聖女が他者に口を差し挟む間も与えることなく一気に言い訳を、いや、説明をした。


 なるほど、ライト・スタッフにしても、中身が男じゃあ、女性とイチャつきたいよな。

 バニラ・アイスと言う、婚約者がいても、外見が男じゃあ、躊躇ちゅうちょもするだろう。

 そこへ聖女の魔の手、いや、聖なる手が伸びてきて、あっさりと陥落したと言ったところか。


 気の毒に。


 何となく、ライト・スタッフとバニラ・アイスの二人に同情をしてしまう。

 きっと、身も心もドロドロだろうな。


 ◇


 あ、因みに、ボガードさんが殺されたのは、そんな不安定な精神状態の二人が人望を失い、ナンバー2のボギーさんをリーダに推す声が大きくなったためだそうだ。

 まぁ、なんと言うか、ボガードさんは、いろんな意味で被害者だな。

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