第63話 黒ずくめの男

 今回の作戦会議は箱馬車の中ではなく、屋外でお茶をしながらの会議となった。

 まだ、陽も高く、良い感じに風もそよいでいるから、との白アリの案に賛成してのものだ。

 いつものように、邪魔な木を移植して整地したところに大きなテーブルを用意するのではなく、整地した場所に赤い布を敷き、野点のだて風にお茶をしながらの会議である。


 作戦の大まかな打ち合わせも終わろうかと言うときに、ゴート男爵からの伝令が駆け込んできた。


「伝令が来たようですよ」


 俺の正面に座っていた黒アリスちゃんが、俺の肩越しに覗き込むようにして言った。


 俺たち六人、俺と白アリに黒アリスちゃん、そしてテリーと聖女に加え、ロビンが次々に伝令へと視線を向ける。


「ゴート男爵のところの伝令兵みたいよ」


 俺の左隣に座った白アリが面倒くさそうに振り向き補足をする。


 伝令兵は装備が統一されているわけではないが、一目でどこに所属している伝令兵か分かるように右腕に腕章をつけている。


「ここからじゃ、何を言っているのか分かりませんね」


 お茶にフーフーと息を吹きかけながら穏やかな口調で聖女がのたまう。


 俺もついやってしまうが、火魔法で冷却せずに息を吹きかけてしまう。習慣とはなかなか抜けないものだよな。



 ルウェリン伯爵を見習って、周囲に人が寄り付かないようにメロディ、ティナ、ローザリア、そして九匹のワイバーンを配置した。

 加えて、マリエルとレーナに哨戒を頼んである。

 もっとも、二匹とも蜂蜜を抱えての哨戒なのでどこまでちゃんとやっているかは疑問の残るところだ。


 と言う状態なので、駆け込んできた伝令が俺たちのところまで届くわけもなく、ワイバーンに踏みつけられて身動きできずに何かを叫んでる。


「じゃ、話を聞きに行くか」


「だね」


 面倒くさそうに立ち上がる俺に続いて、テリーもやはり面倒そうに席を立つ。白アリ、黒アリスちゃん、聖女がそれに続く。


「え? 助けにじゃなくて、話を聞きに行くだけですか?」


 俺たちの対応に戸惑いを隠せずにいるようだが、ロビンの問い掛けに誰も答えずに歩き出したため、一人残されることになったロビンが慌てて後を追ってきた。



「で、どんな伝令なの?」


 白アリが伝令兵を見下ろしながら、ワイバーンの胸のあたりを軽く叩くと、漆黒のワイバーンは心得たように、その足を伝令の上から除けた。


 そう、伝令を踏みつけていたのは白アリの乗竜である。


「光の聖女さまのお知り合いだという男性が尋ねて来てます」


 這うようにしてワイバーンから距離を取りながら涙目状態で伝えてきた。


 嘘だな。この世界に光の聖女の知人なんている訳がない。新手の詐欺か何かか?


「身元確認はちゃんとしたのか?」


「その方から、ボギーが来た、と言えば通じると言われました」


 俺の質問に首を横に振りながら、懇願するようにして聖女へと必死に訴えている。


「え? ボギーさんっ!」


 伝令兵の言葉に、聖女が驚きの声を上げた。


 皆が一斉に聖女の方を見る。

 おいおい、また一人こっちへ来たのか? 


「知り合いか?」


「ちょっと待ってくださいね」


 聖女が質問をした俺を片手で制し、まだ地面に座り込んでいる伝令兵へ向き直って聞く。


「その人はどんな格好をしていました?」


「変な格好をしていました。黒ずくめです。黒いレザーアーマーに黒いマントを羽織っていました。それに帽子、奇妙な帽子を被っていました」


「私の知り合いです。会いましょう」


 伝令兵の言葉に小さくうなずくと、こちらを振り向き、言った。


 今の説明で断定して良いのか?

 まぁ、かなり特徴のある格好ではあるな。


「その男をここへ連れて来てくれ。ここで会いたい」


 聖女の視線に無言でうなずき、伝令兵に伝えた。


 俺の言葉に、伝令兵が了解の返事をしながら立ち上がり、すぐさま駆け出した。


「で、どんな知り合いなの?」


「あちら側の世界で同じパーティーでした。見た目も四十歳くらいですが、元の年齢も四十代だそうです。その見た目と年齢もあって、ライト・スタッフさんに次いで事実上のナンバー2だった人です。ただ……」


 俺と白アリを交互に見ながら話をする。


 随分と年上だな……ナンバー2だったと言うことは、腕は立つのか。強力な魔術師は歓迎だが信用の置けない人間や、人となりに問題のあるのは避けたいな。


「ただ? 何か問題があるの? そのオヤジ」


 言いよどむ聖女に、白アリが優しい口調と鋭い視線で先をうながす。


 会う前からオヤジ呼ばわりかよ。


「問題と言うほどではないのですが、我が道を行くと言うか、ともかくマイペースな人です。でも、悪い人じゃありませんよ」


 ◇


 程なく、伝令兵に伴われて、葉巻を咥えた黒ずくめの男が現れた。黒のレザーアーマーに黒のブーツ、ドライバーグローブのように五本の指がむき出しとなった黒いガントレットを装着している。


 細身で長身だ。百八十九センチメートルある俺とほとんど変わらないように見える。

 ソフト帽子を目深に被り、この暑いのに膝のあたりまである、真っ黒なマントを羽織っている。


 聖女は四十歳くらいの見た目と言っていたが、年の頃は三十代後半くらいに見える。もの悲しい口笛を吹きながら歩いてくる。

 葉巻を咥えたまま口笛か、器用な人だな。


 そして鑑定が通らない。転移者だ。

 俺は傍に控えさせたメロディに合図を送る。メロディは小さくうなずき、黒ずくめの男を見詰めた。


「どう? 間違いない?」


「はい、間違いありません。ボギーさんです」


 白アリの問い掛けに、聖女が、黒ずくめの男から視線を外さずにうなずく。


「人を待たせておいて、随分とのんびり歩いてくるわね。さすがオヤジ、態度がデカイわ」


「本当は老人なんじゃないですか? 歩くのが、もの凄く遅いですよ」


「自分のスタイルを崩さない人ですから」


 白アリと黒アリスちゃんの言葉に、聖女が苦笑いをしながらフォローをする。


 俺たちから三メートル程のところで止まった。


「お連れしました。こちらがボギー様です」


 先ほど伝令兵がワイバーンに怯えながらも、何とも困った顔つきで黒ずくめの男を紹介した。


「お久しぶりです、ボギーさん」


 聖女がどこか引きつった笑顔で右手を小さく振る。


「よう。光の嬢ちゃん、元気だったかい?」


 ボギーと呼ばれた黒ずくめの男は、その場を動くことなく聖女へ声を掛けた。


「元気か? と言うのも変ですよね? 私、死んじゃった訳ですし」


 小さく振っていた手を下ろし、少し寂しそうに弱々しく笑う。


「違いないな。もっとも、俺も殺された口だがな」


 右手の人差し指で目深に被ったソフト帽子をわずかに押し上げた。


「え? それって――」


「それよりも、紹介してくれないか?」


 黒尽くめの男――ボギーさんと呼ばれた男は、尚も二人で会話を続けようとする聖女の言葉を遮るようにして俺の方へ視線を向ける。

 

「とその前に。ありがとうな。ご苦労さん、帰って良いぞ」


 突然、ボギーさんは伝令兵へ向き直るとその肩を軽く叩きながら言った


 戸惑い、俺へ助けを求めるような視線をむけた伝令兵に、右手を軽く挙げて問題のないことを示し、戻るよう伝えた。


「ああ、大丈夫だ。ありがとう」


 ◇


「えーと、こちらはボギー・ハッカイダさんです。以前と言うか、向こうの異世界で同じパーティーでした」


 伝令兵が戻った後、訪れた静寂せいじゃくに耐えかねたように聖女がボギーと俺の紹介を始めた。


「で、こちらがミチナガ・フジワラさんです。この部隊の隊長をしています。もう、お分かりと思いますがお互いに転移者さんです」


 俺とボギー・ハッカイダさんの間に挟まれて、聖女がもの凄く居心地悪そうにしている。


「よろしくな、兄ちゃん。活躍振りは聞いてるぜ」

 そう言いながら、右手を差し出してきた。


 相変わらず葉巻を咥え、ソフト帽子は目深に被られたままである。表情が見えない。


「ええ、こちらこそよろしくお願いします」


 未だ警戒しつつも、差し出された右手を取り尋ねた。


「ところで、八海田ハッカイダさん。お知り合いにツートンのアーマーを装備した、奇怪田キッカイダさん、とかいませんか?」


「いねーよっ! ふざけてんのか、てめぇーはっ!」


 大きく開かれたその口から、怒鳴り声と同時に葉巻が飛び出し、唾液が飛び散った。


 飛び出した葉巻を空中でキャッチしている。うん、やっぱり器用な人なのかもしれない。


「取り敢えず、座って話しませんか? 全員の自己紹介もしたいですし」


 タオルで顔を拭きながら、敷いてある赤い布を指差す。そして、そのまま赤い布の方へと歩きだした。


 俺とほぼ同時にボギーさんと聖女以外が歩きだす。


「すまないな、兄ちゃん」


 その声に続いて、ボギーさんと聖女が歩きだした気配を感じた。

 

「ところで、殺された、って言ってましたが、バニラ・アイスさんにですか?」


 バニラ・アイスに余程恨みがあるのか、聖女が決めつけるように聞いた。


「ああ。迷宮の中でな。背中から心臓を一突きだった」


「ボギーさんもですかっ!」


「も? ってことは光の嬢ちゃんもかい?」


 またも刃傷沙汰かよ。

 いったい、向こうで何が起きてるんだ?

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