第62話 選択肢

 ルウェリン伯爵とゴート男爵は馬車から降りるなり、俺と白アリの二人を上機嫌で迎えてくれた。


「ミチナガ、アリス、良くやってくれた。本当にたいしたものだ。捕虜を救出するだけじゃなく、逆にあれだけの捕虜を確保するなんて前代未聞だぞ、どうやったんだ?」


 いつの間に名前を憶えたんだ?

 ルウェリン伯爵のフレンドリーな口調にも驚いたが、俺と白アリの名前を憶えていた事のほうが驚きである。


「それよりも褒美で何か欲しいものはないか? 希望や融通して欲しいことがあれば遠慮なく言ってくれ」


 ゴート男爵が、俺たちが自分の配下であることを強調するように、褒美や待遇の話題を挨拶代わりに持ち出した。


 二人とも今にも抱きつかんばかりの勢いだ。ルウェリン伯爵など大きく両手を広げている。


「ありがとうございます。お願いが一つと、それに先駆けてお耳に入れておきたい情報を、収容所の責任者から入手致しましたのでご報告をさせてください」


 白アリと二人、二人の勢いを制するように、真剣な顔で返した。


 二人とも、俺と白アリの真剣な表情からただ事でないと察したのか、すぐさま厳しい顔つきに変わる。


「分かった、人払いをする。詳しい話は馬車の中で聞こう」


 ルウェリン伯爵は小さくうなずき、傍らに控えた年配の男性へ目配せをしながら言った。


 目配せを受けた年配の男性から、周囲の騎士団へすぐさま指示が飛ぶ。

 瞬く間に馬車の周囲を大きく取り囲むようにして騎士団の壁ができあがった。


 御者を含めて、ルウェリン伯爵の馬車の近くには、俺と白アリ、伯爵と男爵、そして今しがた指示を出した年配の男性しかいない。

 この年配の男性は腹心なのだろう、人払いの数には入っていないようだ。


「では、改めて馬車の中で話を聞こうか」


 ルウェリン伯爵は自身の豪華な馬車へと向かいながら俺たちに声をかけた。


 俺と白アリは顔を見合わせた後で、すぐに伯爵の後を追った。


 ◇


 ルウェリン伯爵の豪華な馬車の中、ルウェリン伯爵とゴート男爵、俺と白アリの四名で膝つき合わせている。

 

 よく考えてみたら凄いな。

 伯爵と男爵が一介の探索者と同じ馬車の中にいる。しかも、護衛もつけずにだ。



「――――と言うことで、情報に間違いはないと思われます」


 ここまで仕入れた情報をルウェリン伯爵とゴート男爵に伝え、判断を待つ。


「なるほど、ガザン王国が単独で仕掛けてくるとは思っていなかったが、裏で手を結んでいたのが、ベルエルス王国とドーラ公国とはな」


 ルウェリン伯爵は、そう言うと腕組みをしたまま両目を閉じて黙り込んでしまった。


 仕方がないのでゴート男爵へと視線を移す。


「良くやってくれた。カナン王国としても君たちに感謝をする」


 俺の視線に応えるように、ゴート男爵が取ってつけたような褒め言葉を発した。


「願いが一つあると言っていたな? それも申してみよ」


 考えがまとまったのか、中断したのかは分からないが、ゴート男爵の褒め言葉に続いて伯爵が俺と白アリを見やりながら言った。


「はい、ありがとうございます。敵の補給部隊の情報も入手しました。収容所と違い、位置が固定でないので確実に捕捉できるか分かりませんが、これを発見し次第攻撃する許可を頂きたいのです」


「チェックメイトはワイバーンの飛行訓練の最中に発見した敵を尾行し、収容所を発見。そのまま救出行動に入りました」

 俺の発言に、ゴート男爵がすかさずフォローを入れてくれる。


「よし、ではその飛行訓練の続きを許可する。以降、チェックメイトは遊撃部隊として扱う。ミチナガ、今からお前は遊撃隊の隊長、アリスを副長に任命する。追加の人員が必要であれば申し出よ」


 ルウェリン伯爵が、視線を真っすぐに俺に固定したまま、力強く言い放った。そして、そのまま外に控えた男に向けて言葉を発する。


「ジェームズ、今のを聞いていたな? 略式の任命書を至急用意せよ。それと、後続の王国軍の司令官と国王宛に親書を宛てる。伝令のペガサスの用意も忘れるな――――」


 

 敵国と国境を接する領地を預かるだけのことはある。

 次々と指示が飛ぶ。


 まだ三十代半ばとは言え――いや、若い伯爵だからこその思い切りの良さなのかもしれない。

 周りの騎士たちも若い伯爵の勢いに後押しされるようにキビキビとし動きの切れが良い。


 ゴート男爵も負けずにもの凄い勢いで幾つもの指示を飛ばしている。


 俺たちもすぐにその場をあとにし、皆のもとに戻る。


 周囲では遅めの昼食の用意が進められている。

 合流を急ぐために、昼食を摂らずに移動してきたようだ。

 合流を急いでいたにもかかわらず、早めの昼食を済ませていることに少しだけ申し訳なさを感じた。


 テリーが事務官と何やら話しこんでいるのが見える。

 横にティナを従えている。

 サポートかな?

 となると、解放した人たちと捕虜、その資産の目録の確認か。

 いや、さすがにそれだと早すぎるか。精々が、解放した人たちと捕虜の確認くらいか。


「ねぇ、どう思う?」


 前方の黒アリスちゃんたちに右手を挙げて応えながら聞いてきた。


「この小休止中に首脳陣で緊急軍議だろうな。その上で今夜か明日の夜あたり本格的な軍議を開いて方針決定か」

 俺も白アリと同様に皆に向かって右手を挙げて応え、視線をそのままにさらに続ける。


「捕虜解放を以て第一作戦目標達成として引き返すか、逆に行軍速度を上げてガザンへ大きく侵攻するかの二択だろう。中途半端に当初の予定通りの緩やかな行軍はないだろうな」

 

 白アリの問いに二択の可能性を提示したが、あの伯爵とゴート男爵の気持ちとしては後者だろうな。


「やっぱりね。で、あたしたちはどう動こうか」


 あの流し目をしながら含み笑いをしている。


 その表情は、既に選択肢を決めたようにも見える。


 俺たちにとってはどちらが得か? 考えるまでもなく後者だよな。

 王国軍の司令官、或いは国王が同盟国からの援軍をあてにしての防衛戦が、俺たちにとって最も好ましくない。そして、前者はその好ましくない結果への第一歩になりかねない。


 それを避ける近道は敵補給部隊の壊滅か。

 目先、戦術面でできることはそれくらいだな。


 捕虜の救出作戦よりは難易度が高そうだが、やれるだろう。自信と言うほどの裏付けはないが、転移者とぶつからない限りは大丈夫なはずだ。

 転移者との衝突も考慮してロビンにも同行してもらうか、諸刃の剣ではあるが……


 戦術的な視点から、困難と思えるような局地的な勝利を積み重ねて、戦略面の選択肢を広げ、最終的に戦略的な勝利へとつなげる。

 カナン王国攻略へ向けられる戦力をガザン王国救援の兵力へと振り替えさせる。

 政略的なことは雲の上のことだ。この際考える必要はない。


「取り敢えず、補給部隊を壊滅させて、戦線を大きく押し上げる要因としよう。全てはそれからだ」


 しゃべりながら、高揚感が増してくるのがわかる。

 

 俺はこの作戦にもの凄く乗り気だ。今すぐにでも飛び出したいくらいに。

 白アリへ視線を移せば、彼女も俺と同じで、我が意を得たり、と言った感じだ。今にも走り出しそうなのを堪えているのが分かる。


 ◇

 ◆

 ◇


 行軍は昼食兼小休止から、合流と再編のための本格的な駐留へと変更されていた。今夜はこのままこの場での野営となる。

 もちろん、それは表向きのことで、実情は俺たちのもたらした情報を基にしての軍議と、王国軍、或いは、国王からの指示待ちのためである。


 俺たちの望む方向へ持っていくためには時間的な余裕はない。

 ともかく、事を急がなくてはならない。


 あの後、俺たちも自分たちの馬車へと戻り、話し合いをした。

 結論は予想通り、全員一致で補給部隊を叩く。


 ただし、転移者が関わってくることを前提に準備を進めることとなった。

 改めて考えれば、補給の重要度は現代人なら分かっている。


 現代人――転移者がガザン王国側にいる以上、補給部隊を手薄にしておくとは考えにくい。

 さらに、こちらが補給部隊を狙ってくることは容易に想像がつく。

 ならば、補給部隊をおとりとして利用してくる可能性が高い。


 と言うことで、補給部隊はおとりであるとの前提のもとに作戦立案を行った。

 

 そして必要と結論を出したのが、ワイバーンを追加で一匹とロビンである。そして伝令用のペガサス兵の二名を俺の遊撃隊へ臨時で加えてもらった。

 もちろん、ロビンには竜騎士と事前に面会をしてもらい、操竜術レベル3を入手してもらっている。

 そして、当然のようにジェロームは強制参加だ。


 よし、人員はそろった。


 作戦開始と行こうか。

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