第61話 本隊合流

 予想通り、先行部隊との合流手続きは簡素なもので済んだ。


 そして、こちらも予想通りに不穏分子の四名が、先行部隊の隊長へ直談判である。

 何でも、無教養な無頼の探索者から不当な扱いや搾取が行われているそうだ。


 しかし、そこは、先のルウェリン伯爵とゴート男爵への報告の際に先手は打ってある。パジークをはじめとする不穏分子が四名出たことと、どのような対処を行ったかは報告済みだ。

 そして、ルウェリン伯爵からは対応その他について問題なし、との言葉を頂いている。


 早い話が、先行部隊が不穏分子の言うことをまともに取り上げることはない。


 だいたい、御用商人とは言え、戦時中に現在進行形で勲功第一位の俺たちを差し置いて、自分勝手な言い分が通るわけがない。

 そんなことをすれば、士気に関わる。

 少し考えれば分かりそうなものだが、不穏分子にまで俺たちが勲功第一位であることは伝わっていないのだから仕方ないか。


 先行部隊に相手にされず、何やら喚いたり、歯噛はがみをしたりする不穏分子の四名は放置しておこう。

 マリエルとレーナが、先行部隊の隊長と不穏分子とのやり取りを覗き見していたようで、キャイキャイと騒ぎながら不穏分子たちの目の前で、再現演技をしているようだが、こちらも放置しておくか。


 予想外だったのは、先行部隊の大半が聖女に挨拶に来たため出発が遅れたことだろう。

 先日の戦闘で聖女に治療してもらった者はもとより、そうでない者までが光の聖女の信者となっていた。


 どいつもこいつも、鼻の下をのばして光の聖女のところへ、列を成して挨拶に来ていた。

 もしかして、こいつら、光の聖女に会いたいがために先行部隊に志願したんじゃなだろうな?


 しかし、人間、特に若い女性は見た目が第一だと痛感した。

 聖女は中身はあんなでも見た目だけは良い。

 さらに、怪我をして弱っているところ、美人に傷を癒やされ優しい言葉をかけられたら、男などコロリと行ってしまうことが実証された。


 騙そうと思ったら、弱っている人間に優しくするに限るな。


 ◇


 さて、そろそろ本軍と合流するころだな。

 上空を哨戒中の聖女とメロディへ視線を向ける。二人ともまだ反応はないか?

 いや、メロディに反応があった。さすがに目が良いな。


 メロディから前方に行軍中の軍があること知らせる合図は発せられた。

 あの合図は、ローガン隊長も確認しているはずだ。

 メロディの反応を確認して、俺もワイバーンで上空へと上がる。


 街道周辺を大きく旋回し、空間感知で索敵をする。

 フォレストベアが端の方に引っ掛かったが、脅威となる距離ではないため無視をする。


 上空から本軍を視認する。この距離なら合流まであと三十分くらいか?


 聖女に下に降りるよう合図をし、一緒に降下する。

 五人で集まり、合流までの間に元監視兵から聞き出した内容の整理をするためだ。


 ◇


 例によって箱馬車の中に五人で集まる。と言っても、自分たちの馬車ではなく接収したものなので若干小さい馬車だ。


「ティナ、ここからの話は他には聞かれたくない。周囲に人が近寄らないように警戒しながら操車してくれ」


 テリーが御者席のティナに向かって入り口から身を乗り出すようにして指示を出す。


「しっかし、汚いし狭いわね」


 白アリが心底嫌そうな顔をしながら据え付けのベンチに腰を下ろした。


 こいつは自分で汚す分には気にしないのに他の人が汚したものは思いっきり気にするようだ。


「接収したものですから贅沢はいえませんよ」


 黒アリスちゃんが、アイテムボックスからクッションのようなものを出し、その上に腰かける。


「あら? 可愛らしいクッションね、どうしたの?」


「ありがとうございます。途中まで作ってたんですが、尋問している間に完成させました」


 羨ましそうな視線の白アリの質問に、にこやかに答える、黒アリスちゃん。

 自分で作ったのか。意外と器用なんだな。


「この馬車の中はあまり長時間いたくないですね」


 奇麗好きなのか、我がままなのか、聖女も箱馬車中を天井から床まで見渡しながら顔をしかめている。


「皆さんの分も作ってありますよ」


 ちょっと恥ずかしそうにしながら、全員にクッションを手渡してくれた。


「ありがとう、黒アリスちゃん」


「え? 良いの? ありがとう」


「ありがとう、黒ちゃん」


「嬉しいです」


 四人がクッションを受け取りながら、口々にお礼を述べる。

 一見すると同じクッションなのだが、角のところに名前の一文字を日本語で刺繍ししゅうがしてある。芸が細かいな。


 狭いだの汚いだの文句を言う、美女と美少女。文句も言わずに全員の分の手作りクッションを持ち込む美少女。女子力の違いを目の当たりにした気がする。

 男目線で言えば、黒アリスちゃんの一人勝ちである。


 さて、女子力の勝敗は一先ず置いておき、ルウェリン伯爵とゴート男爵への報告の確認である。


「でだ、今回の戦争はガザン王国だけでなく、ベルエルス王国とドーラ公国が裏で動いていることを含めて、収容所の責任者から聞きだした情報は残さず報告する、で良いな?」


 俺の確認に全員がうなずく。


「問題は信じてもらえるかだな。嘘の情報を掴まされてると思われる可能性もある。その場合どうする?」


「問題ないと思いますよ。情報を引き出した方法をそのまま伝えれば信じてもらえるんじゃないですか? 場合によっては実演しても良いです」

 

 テリーの不安に自信満々で聖女が答えた。


「実演? どんな方法で聞き出したんだ?」

 

「確かに、良くそこまで聞き出せたわね」


「闇魔法と光魔法のコンボです」


 俺と白アリの疑問に聖女が妖しい笑顔で応える。

 得意満面、聖女が揚々と語りだした。


「黒ちゃんの闇魔法で痛覚を敏感にしてから痛めつけました。ある程度痛めつけると痛みに慣れるので、光魔法で回復させつつ、常に新鮮な痛みを与え続けたら、アッサリと喋りましたよ」


 優しげな笑みをたたえた聖女が、穏やかな語り口調でのたまう。


 そう言えば、竜騎士団を生け捕りにしたときも、妖しげな尋問の道具をその場の材料で自作してたよな。

 本人は尋問の道具と言っていたが、今から思えばあれは拷問の道具のような気がする。


 いや、待てよ。

 実演してみせるって、それを実演して見せるのか? ルウェリン伯爵とゴート男爵の前で?


 風聞的にそれって良くないんじゃないだろうか?

 テリーも同じ気持ちなのだろう、俺と顔を見合わせる。


「馬車に十人くらい監禁してるよね? あれも尋問してるの?」


 そんな俺たちの顔色など目もくれずに、白アリが黒アリスちゃんと聖女の二人に向かって質問を投げかける。


「あれは睡眠障害の実験です。上手く行きましたよ」


 聖女が、両手を口の辺りで、パンッ、と合わせて、褒められた子どものような笑顔で答える。


 続けてたのか実験。何が上手くいったのか聞くのが怖いな。

 黒アリスちゃんも闇魔法が上手く行ったからだろう、嬉しそうにしている。聖女の笑みとは明らかに違う……違うよね?


「そろそろ、本隊と合流だし、ワイバーンの準備をしないか?」


「そうね、そうしましょうか。黒ちゃん、聖女ちゃん、その話は後でね」


 白アリが俺へ視線を走らせ、すぐに話を締めくくった。白アリにしては珍しく空気を読んでくれたようだ。

 

 

 ◇


 俺たち八人はワイバーンで空へと上った。

 先頭集団が本軍と接触したのを上空から確認し、そのままルウェリン伯爵の馬車を目指して水平飛行へ移る。


 ルウェリン伯爵の馬車はすぐに見つかった。並走するようにゴート男爵の馬車もある。打ち合わせ通りだ。

 馬車の位置から、あと五分も走れば開けた場所にでる。


 馬車の上空を旋回し、俺たちが来たことを知らせてから、少し先の開けた場所へとワイバーンを着地させて待つことにした。

 既に話が通っていたのだろう、着地スペースはすぐに確保され、滞ることなく着地ができた。

 何しろまだ不慣れなのだ。着地するにも熟練者の五倍以上のスペースが必要となる。

 

 不慣れなのは俺たちだけじゃない、遠くでワイバーンの飛行訓練をしている様子が見える。


「あ、落ちた」


 そんな飛行訓練を見ていたマリエルがつぶやく。


 よほど急造竜騎士の乗り方が悪かったのか、ワイバーンから振り落とされるのが目撃できた。

 意外とワイバーンも容赦ない生きもののようだ。


「到着したわよ、行きましょう」


 ワイバーンの飛行訓練を見物していると、ルウェリン伯爵とゴート男爵の馬車が到着したことを白アリが教えてくれた。


 さて、今回の報告のあとで、今度は先日仕入れたもう一つの情報――補給部隊への抜け駆けの了解も取り付けないとな。


 俺と白アリは報告のため、ワイバーンの飛行訓練を見学する皆を残して、馬車へと向かって歩を進めた。

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