第60話 寄道

 いつものように、大きめのテーブルを二つ並べている。

 行軍中のため、手頃な場所が見当たらず、街道に近い森の際にテーブルを設置してある。

 自然の森だ。当然、そのまま設置出来る訳もなく、そこにあった木々を移植し、整地をして利用をしているので使い心地は快適だ。


 訪ねてきたローガン隊長とジェロームに、そんなテーブルの一辺を指し椅子を勧めると、白アリが流れるようにお茶を二人の前に用意をする。

 本当に、こう言うところはソツがないよな。


 片付けが壊滅的に下手なところと、直情径行なところと、口の悪いところと、思慮が足りないところに目をつぶれば、十分に良い女なんじゃないだろうか。

 かしこまってお礼を言うローガン隊長とジェロームの二人に、可愛らしい笑顔で対応する白アリを見て、評価を改めてしまった。


 いやいや、俺はお茶を用意する所作しょさひとつに、何を騙されてるんだ。冷静になって考えれば、マイナス要素が致命的すぎる。

 ふらふらせずに、黒アリスちゃんの攻略に重点をおこう。


「お食事中に申し訳ございません」


 ローガン隊長が、皆に向かって軽く頭を下げた後に遠慮がちに話を続ける。


「合流のための先行部隊が出たと聞いたのですが、詳しいお話をうかがえればと思いまして。それと、出発を何時頃にしたら良いかの相談もしたかったので、お邪魔かとは思いましたが足を運ばせて頂きました」


 相変わらず腰が低く、丁寧な口調である。

 白アリに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。


 ローガン隊長とジェロームに本隊からこちらと合流のための先行部隊が既に出ているため、先行部隊との合流はあと二・三時間程度であることと、本隊への合流も昼過ぎには可能であることを伝える。

 また、現在、返却、或いは支給している武器と防具については救出した人たちと騎士団を問わずそのまま所有してよい旨を伝えた。


 さらに、先ほど見つけたハイビーのことについて話をする。


「実はこの近くにハイビーの巣を発見したので、それの排除と言うか回収に行こうと思ってます。出発はその後でお願いできますか?」


 俺のこのセリフに、マリエルとレーナが蜂蜜の入ったコップに突っ込んでいた顔を上げて目を輝かせている。

 今にも踊りだしそうだ。

 この二匹の場合、蜂蜜だらけの顔で本当に踊りだしたり、お構いなしに抱きついたりしてくるので怖い。


「我々は要求できる立場でもありませんし、護衛の立場としても特に問題はないので大丈夫です」


 ローガン隊長がお茶のカップを口に運ぶ手を止めて、自信たっぷりに言い切った。


「ありがとうございます。ここまで、雑魚の魔物しか遭遇してないので、我々の力に不安があるかもしれませんがハイビー程度ならすぐに回収してきます。時間は掛かりません」


 相手の不安を払拭するため、余裕の笑みを浮かべながら、ハイビーの排除など片手間と言わんばかりの軽い口調で伝えた。


「雑魚……」


 お茶を一口飲んだ後、ローガン隊長が凝固する。


「ミチナガさん、ゴブリンやオーガはともかく、フェニックスやフォレストベアは雑魚じゃありませんよ」


 ジェロームが、お茶の入ったカップを見詰めながら話し始めたと思ったら、顔を上げて強ばった顔つきでこちらを見る。


「そうか? フェニックスも火魔法で燃えたし、フォレストベアに至っては土魔法の弾丸を撃ち込んで終わりだったぞ」


 ジェロームの言葉に、二種類の魔物の最期を簡潔に伝える。


「フェニックスってのは自身を焼いて、そこから再生するんですよ。そんな魔物を火魔法で焼いて仕留めるなんて、初めて聞きましたよ。焼かれたフェニックスも、理不尽な思いでいっぱいだったでしょうね」


 ジェロームが肩を落とし、ため息をつきながら、言った。


「フェニックスの気持ちになったことが無かったから知らなかったよ、今度から気をつける」


「何に気を付けるんですか?」


 俺の回答にジト目でジェロームが答える。


 フェニックスは少し火力が余分に必要だったのは確かだが、フォレストベアはただの大きなクマだ。

 鉄の弾丸五発で仕留めている。身体強化などある分、オーガの方が手強かったくらいだ。


 随分とティナから魔物の事を教えてもらったつもりだが、まだまだ足りないようだ。もっと真剣に教わった方が良さそうだな。


「ただいま戻りました」


「終わりました」


「いらっしゃいませ」


 ティナとローザリア、メロディがワイバーンの世話を終えて戻った。

 三人とも愛想良くローガン隊長とジェロームに挨拶をしている。


 奴隷相手でも俺たちと話すのと態度の変わらない、ローガン隊長に少し驚かされた。

 それとは裏腹に美少女三人に挨拶をされ、ジェロームが鼻の下を伸ばしている。

 ジェロームも奴隷商人のはずなんだが、自分のところの商品に手を出してないだろうな? ちょっと心配になってきた。


 ◇


 ハイビーの捕獲後の出発と言うことで合意を取り、俺たちはハイビーの回収に向かった。


 マリエルとレーナの二匹は無警戒にはしゃぎ回っている。

 マリエルは相変わらず空中で不思議なステップを踏んだり、錐揉きりもみ状に飛行したりと忙しい。

 レーナなどは場所が分かってるせいか、巣に突進して行きそうな勢いで真っしぐらに目指している。


「あれー、あれです」


 レーナが空中でピョンピョンと跳ね、よだれを垂らしながら、前方を指差す。


「この間のより小さいわね。半分くらい?」


「この間の、と言うのを知りませんが、あの大きさでも十分に大きい巣です。あれの倍となると、一年を通して一つか二つしか取れない大きさです」


 白アリの独り言を聞いて、ティナがすかさず知識の補完をする。


「この距離から行けるか?」


「問題ないわ、大丈夫」


 俺の確認に白アリが即答する。

 他のメンバーも目で確認するが全員がうなずいた。


「じゃあ、合図をしたら行くぞ――――」


 ◇


 と言うことで、ハイビーの巣の回収は実にあっさりとしたものだった。

 巣の周囲を魔法障壁と重力障壁で囲い、俺と白アリの火魔法で急速冷凍をする。凍死したところでアイテムボックスへ巣を丸ごと収納。

 あとは巣の外で働いていた、帰る巣を失ったハイビーを思い思いの魔法で各個撃破してお終いだ。


「予定通りとは言え、簡単に終わりましたね」


 拍子抜け、と言った感じで魔石を回収しながら黒アリスちゃんが誰ともなしにつぶやいた。


「簡単に越したことはないわ。余禄とは言え、美味しいものが手に入ったのは嬉しいよね。アイリスの娘たちにもおすそ分けしましょう」


「アイリスの娘たちへのお礼はどうする? 奴隷もたくさんいるし、どれでも好きな男奴隷を一人とかどうだろう?」


 白アリの、おすそ分け、発言を受けてなのだろう。テリーがアイリスの娘たちへのお礼について触れるが、自分の失言に気付いていないようだ。


 本当に良かった。この男が一緒で本当に良かった。


 聖女が、良い考えですね、とでも言いたげに、うんうん、とうなずいていたが、白アリと黒アリスちゃんのテリーへの冷たい視線に気付いたのだろう、二人に同調してテリーへの冷たい視線に切り替えていた。


 俺も人のことはあまり言えないが、聖女も大概に酷い女である。


 テリーが一人、不幸になると言う一幕はあったが、概ね予定通りに事を終えて隊へと戻った俺たちは、先行部隊との合流を急ぐべく行軍を開始した。


 ◇


 ワイバーンで哨戒中の白アリから合図がでた。

 どうやら先行部隊を視認したらしい。と言うことは、あと十数分で合流か。

 先行部隊との合流、解放した元捕虜の引き渡しでは、面倒な手続きはなかったはずだから、形式的な引き継ぎ挨拶で終わりだろう。


 面倒なのは本軍と合流後か。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る