第59話 行軍
行軍を開始して三時間あまり、この行軍ペースだとあと数時間で本軍と合流できそうだな。
ワイバーンに騎乗して周辺警戒をしながら上空から行軍の様子を見おろす。
ローガン隊長に指揮された騎士団員に護衛をされながら、かなり速いペースで山間の街道を進んでいる。
まだ、ワイバーンをチラチラと見上げる者が幾人もいる。
主に子どもだ。
そんな様子を見ながら皆の前にワイバーンを運んできたときのことを思い出す。
収容所近くへワイバーンを着地させたとき、解放した人たちも元監視兵も皆が驚きの表情で迎えた。
いや、監視兵の方は衝撃の追い打ちを受けたような顔であった。
どうやら、両者とも竜騎士団を壊滅させた話を、そのときになってようやく信じたようだ。
酷い話だ。
もっとも、ティナやジェロームが言うには、敵も味方も竜騎士団が壊滅するなど想像の範囲外のことで、八匹のワイバーンを見ただけで信じてくれたのは今回の救出劇をやってのけたからだろう、と言っていた。
ワイバーンがもの珍しいのか、騎士団壊滅の象徴であるワイバーンを見ると安心するのかは知らない。だが、メロディのミニスカートに四方から鼻先を突っ込んだり、尻尾や耳を甘噛みしたりしてメロディのことをからかっているワイバーンたちを、皆が押せよ押せよと見に来ていた。
決して好色ワイバーンにセクハラを受けて、泣いているメロディを見に来ていた訳ではない。ハズである。
行軍の列を眼下に、ワイバーンで大きく周囲を旋回する。
空間感知に引っ掛かる脅威は見当たらない。
行軍する部隊を見下ろすと、ローガン隊長をはじめとした騎士団員と戦うことを申し出た者たち、隷属の首輪で従えてある捕虜――元監視兵には武器と防具を返却、或いは新たに支給をした。
統率や技量はともかく、個々の装備は必要十分なものである。
戦わない者たちの財産や装備、荷物は全て俺たちのアイテムボックスへ移してある。
ほとんど、身一つ状態での行軍だ。その上、怪我人は治癒済みで足の遅い者たちは馬や馬車に乗せている。そりゃあ早いか。
追撃の心配は先ずないだろう。警戒すべきは先般潰走させた盗賊の残党とそこに加わった援軍の存在、そして魔物との遭遇である。
ここまでの行軍で魔物との遭遇は四回、何れも少数の雑魚だったため鎧袖一触で撃破している。
やはり、雑魚とは言え、目の前で脅威を撃破することで人々の気持ちが落ち着くのが分かった。特にこの世界での、脅威を排除することのできる、力へ寄せる信頼の大きさに改めて驚かされた。
子どもはもちろんのこと、若い女性、大人や騎士団員までが接する態度を変えてきた。もちろん良い方へである。
子どもや若女性のそれは、尊敬とか
大人や騎士団員のそれは、一言で言えば、信頼なのだろう。
行軍開始して三時間あまり、現時点で俺たちに対して不信の目を向けるものなどいない。
不穏分子の四名も、
元監視兵に至っては絶望の色が濃くなっているのが分かる。
友軍の救助を期待している様子はうかがえない。
白アリとテリーが前方の哨戒を終えて戻ってくるのを空間感知でとらえた。
本軍の位置確認とルートの安全確認のために、哨戒任務に出ていた二人が戻って来たので、俺も地上に降りて報告を聞くことにしよう。
◇
「お帰り」
「白姉、テリーさん、お帰りなさい」
「お帰りなさい」
先に地上に降りて、黒アリスちゃんと聖女と一緒に、白アリとテリーを迎える。
「ルウェリン伯爵とゴート男爵に報告してきたわ。二人とも、もの凄く驚いた後に大喜びだったわ。あの分なら次の単独作戦も許容してくれそうね」
「ルウェリン伯爵が合流を急ぐための先行部隊の派遣を約束してくれた。実際に俺たちが発つときには先行部隊が行軍を開始していた」
白アリとテリーがワイバーンから降り、こちらへ歩きながら一報を伝えた。
入れ替わりにティナとローザリアがワイバーンの世話のため走っていく。
「お疲れさま」
「お疲れさまです」
「お疲れさまです」
俺に続き、黒アリスちゃんと聖女の声が重なる。
「先行部隊が出発していたのなら、昼前には合流できそうだな。中途半端な時間だか、朝食がてら小休止をしようか」
マリエルをジェスチャーで呼び寄せながら皆に聞く。
「賛成よ、お腹空いちゃった」
「そうしてくれると助かる」
すかさず、白アリとテリーが賛成をする。
「マリエル、ローガン隊長に朝食兼小休止をしたい、と伝えてきてくれ」
「はーい」
そのまま、移動もせずに期待に満ちた目でこちらを見ている。
「分かってる、蜂蜜だよな?」
「わーい、行ってきまーす」
歓声とともに急上昇し、もの凄いスピードで飛んで行く。
本当に蜂蜜が好きだよな。
レーナも蜂蜜が好きだし、もしかしたらフェアリーの嗜好なのかもしれない。
「テリーさーん」
哨戒中のレーナが何やら叫びながらこちらにもの凄いスピードで飛んでくる。
「何かあったんでしょうか?」
黒アリスちゃんがレーナの方を伸び上がるようにして見る。
「せっかく休めると思ったのに、また面倒ごと?」
「レーナの担当は左側の森ですね」
げんなりとした顔で白アリが顔を背け、聖女が森の方へと目を向ける。
「どうした? 何かあったのか?」
テリーが盾を装備した左腕を水平に差し出し、レーナが盾の上へと着地した。
「蜂蜜です。蜂蜜が有りました」
盾の上でピョンピョンと飛び跳ねながら手足をバタつかせている。
「それは、ハイビーの巣があったと言うことだな?」
「はい、そうです。三つも有りました。ここから五百メートルくらいのところにあります」
テリーの確認に、
五百メートル? 危険じゃないか?
俺と白アリ、黒アリスちゃんが顔を見合わせる。
「危険じゃないですか?」
「危険よね?」
「排除するか?」
「ミツバチですよね?」
黒アリスちゃんと白アリ、俺の言葉が疑問形で続く。不思議そうな顔で発せられた、聖女の言葉は無視をする。
「じゃあ、小休止がてらにハイビーの排除をすると言うことで良いかな?」
俺の確認に全員が同意をした。
◇
小休止に入ったので、ワイバーンたちの世話をメロディとティナ、ローザリアに任せ、俺たちは先に食事を済ませることにいた。
申し訳ないが彼女たちの食事はワイバーンの後にしてもらう。
「食事を終えたらハイビーの排除に行くとして、食事をしながら尋問の結果を聞こうか」
先ほど仕留めた、
「バッチリです」
「洗いざらい話してくれた感じでしたよ」
聖女がウインクをしながらサムズアップをし、黒アリスちゃんが満面の笑みで答えた。
二人の様子から察するに納得の行く結果が得られたようだ。
「結果から言えば、今回の軍事行動はガザン王国だけで五万を超える軍を投入しています。また、単独ではなく、ベルエルス王国とドーラ公国も秘密裏に協力しているそうです。――――」
黒アリスちゃんと聖女が聞き出した情報は次のようなものであった。
我が国――カナン王国と国境を接する五国のうち三国が秘密裏に同盟を締結して協力しての開戦であること。
ガザン王国が先ず仕掛け、カナン王国の軍がガザン王国の軍と対峙したところで、手薄となったカナンの要地へ向けて、他の二国が二方向から進軍を開始する。
首都及び要地防衛のためにガザン王国の軍と対峙中の軍を引き返したところでガザン王国の軍が進軍し、三国で包囲戦を展開する。
領地及び住民はそれぞれの国が切り取り次第とし、略奪に対する制限事項はない。
「でも、そんなに上手く行くものなのかしら? カナン王国にしたって同盟国くらいはあるでしょう」
白アリがワイルドボアのステーキをたいらげたタイミングで切り出した。
「それでも、同盟国が参戦するまでの間とは言え、三対一での戦争は厳しいだろう。たとえ勝っても美味しいところは同盟国が持っていくんじゃないのか?」
「勝っても負けても、この国としては面白くない状況になるってことですね」
「よっぽど恨まれてるんですね、この国」
テリーがこの国の未来に暗雲を落とし、それに、黒アリスちゃん、聖女と続く。
「いや、争点はそこじゃないだろう。戦争が長引いてもこの国が不利な状況になっても、ダンジョンの攻略が遅れる。その対策も考えるべきじゃないか?」
皆の意識を本来の目的へと向ける。
「そうですね。何か案でもありますか?」
食後のお茶をすすりながら聖女が他人事のように聞いてきた。
いや、一番後がないのはお前だろうがっ! と言う言葉は飲み込む。
「腹案と言うほど具体的なものじゃない。希望的な観測も多分に含まれている」
そう、前置きをして話を続ける。
「今更戦争を抜けられるとも思えない。なら、とことんこの戦争で手柄を立てて、資金と立場を手に入れようと思う。可能なら戦勝国となって他国のダンジョンも攻略できるようにしたい」
そこで一旦言葉を切り、皆を見渡す。皆がうなずいたのを確認してさらに続ける。
「さらに、その資金で奴隷を大量購入して、俺たちと並行して他のダンジョン攻略をさせられないだろうか? 数箇所のダンジョンを人海戦術で攻略する。それで離されたもう一つの異世界との差を縮める。どうだろうか?」
「賛成だ。有能な奴隷を大量に買い込めるだけの資金となるとかなりの額が必要だな」
どこか、うしろめたさでもあるのだろう。テリーが正当な理由を伴った奴隷の購入にすぐさま賛意を示す。
「鵜飼の鵜のように奴隷を使役するのね? 良いんじゃないかしら」
白アリが俺の分のお茶を差し出してくれながら言う。
「そうですね、ちょっと外聞はよろしくない気がしますが……有効な方法ではありますね」
「私も賛成です。でも、奴隷だけじゃなくて、会社を興して雇用契約で人を集めても良いですね」
聖女と黒アリスちゃんも賛成をする。
「ミチナガー、ローガン隊長と鈍足のジェロームが来たよ」
マリエルが蜂蜜のコップから顔を上げて俺の後方を指差す。
何だろう? 二人そろって。
俺たちはこの話を一旦ここまでとし、二人を迎えた。
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