第57話 不穏分子

 やれやれ。白アリはともかく、俺までガキあつかいかよ。

 いや、待てよ。十八歳設定だったっけ。そりゃ、ガキあつかいするか。


「今回の作戦の責任者は俺です」


 目の前で喚いている豚親父のことは無視して、三百名余りの解放された人たちを見渡しながら言った。


 豚親父を筆頭に、驚きの表情が広がっていく。

 いや、表情だけじゃない。それに続いて、驚きの声が広がっていった。

 それは、「ガキじゃないか」「ウソだろう?」「本当なのか?」「大丈夫なのか?」「軍は何を考えているんだ?」と言った、疑問や不安の声が主なものだ。


 当然の反応だ。俺だってこんな若造が責任者の小部隊が敵陣へ侵入しての救出作戦と聞けば不安にもなる。

 それは戦闘力の問題じゃあない。年齢的な厚みの問題だ。

 

 しかし、こればかりはお互いにどうしようもないことだ。

 ここは諦めてもらおう。

 最悪は、何人かに犠牲となってもらい、力ずくで黙らせるしかない。


 そして、その最悪の場合の犠牲者候補の筆頭がこいつだ。


 豚親父が驚きの表情から、悪徳商人の――悪巧みをするような表情に変わるのに時間は掛からなかった。

 やはり、俺のことをくみし易い若造、と侮っているようである。


「既に、監視兵九十八名は生け捕りにしてあります。周辺には即座に襲撃できる部隊も確認されていません。落ち着いて本軍への合流準備を始めてください」


 不安を少しでも払拭するため、当面の脅威は排除してあることを強調した。


 早速効果があった。

 感嘆のどよめきと、安堵の表情が広がっていく。もちろん、まだ不安と疑問を残してはいるようだが、先ほどまでの不安と疑問だけのときとは違い、安堵が見え隠れしている。

 さらに、隣同士で笑顔を伴った、短い会話も起こっている。


「若造が何を偉そうに。それで恩を売ったつもりか?」


 言葉は相変わらず威圧をしてくる調子だが、表情の方は底意地の悪さがにじみ出ている感じである。

 

 自分の優位を疑っていないようだ。


「皆さんも疲れているでしょうが、これから本軍へ合流のため行軍をします。我々の指示に従って動いてください」


 俺は今にも火魔法で目標を消し炭に変えてしまいそうな白アリを抑えつつ、敢えて、豚親父の言葉など聞こえなかったかのように言った。


 俺が豚親父の反応をうかがっていると、鈍足のジェロームが駆けつけてきた。


「ミチナガさんは足が速いですね」


 両手を膝に置き、地面を見詰めて必死に息を整えている。


「ジェロームは少し痩せた方が良いな」


「良いんですよ、私は今の自分の体型を気に入ってるんですから」


 まだ息は整っていないようだが、ゆっくりするのは一段落終わったからにしてもらおう。


「ジェローム、こいつらを頼む」


 白アリたちに縛り上げられた、歩哨の四名を指差しながら言った。


 ジェロームは、俺が言い終わる前に隷属の首輪を用意して、歩哨の四名に駆け寄る。


 魔力はまだ大丈夫のようだ。

 ジェロームが隷属の首輪の有効化を開始したのを見届けてから解放した人たちへ向き直る。


「脱出の用意をしたいので彼女たちの指示にしたがってください」


 白アリ、聖女、メロディの三人をうながし、解放した人たちへ向かって大声で伝える。


 馬と馬車の場所を伝え、食料庫から水と食料を運び出すよう頼んだ。

 正直言えば、馬車の用意は後でも良いのだが、白アリを豚親父の近くに置いておくことに危険を感じての処置である。


 しかし、白アリだけはこの場に残った。なぜだ!


「おい、お前たちも手伝え」


 俺の言葉に応えるように四十代半ばの落ち着いた感じの騎士風の男が、やはり、騎士風の男たちに指示を出している。


 壊滅した騎士団の生き残りか。


「こんな若造では信用できん。ローガン、ここからは君が指揮を執れ」


「いえ、さすがにそれは……」


 突然、豚親父から矛先を向けられた、今しがた騎士風の男たちに、指示を出していた男が言いよどむ。


「何、勝手なこと言ってるのよ。こっちにも作戦ってものがあるのよ」


 白アリが豚親父に向かって一足飛びに距離を詰めて言い放った。


「なっ、な、何が作戦だ。たった九人しか生き残っていないような、ガキどもの作戦なんぞにしたがえるかっ!」

 さすがに、白アリの剣幕に驚いたのか後ずさるが、強い語調は変わらない。


 豚親父の言葉に、手伝おうとしていた人たちのうち、何名かの動きが止まる。

 まずいな。

 波及すると面倒になるか。


「我々はもともと九名の部隊です。数こそ少ないも知れませんが、ゴート男爵の許可を得てこの場にいます」


 俺の言葉に周囲の反応はさまざまだ。


 ゴート男爵なら手柄のために無茶な作戦もやりかねない。


 また、ゴート男爵の抜け駆けか?


 ゴート男爵が派遣したのなら少数とは言え、精鋭なのかも知れない。


 いけ好かないヤツだが実力はある。


 何れにしても、作戦の遂行そのものは、あり得る、と受け取られた。

 日頃の行いだな。

 ここはゴート男爵に感謝する……ところだよな?


「私は、奴隷商人のジェローム・ラクルテルです。ルウェリン伯爵領の領都、バルサに店を構えるものです」


 隷属の首輪の有効化を終えたのだろう、立ち上がるなり皆に向けて大きな声で話だした。


 知っているものもいたらしく、「ジェロームじゃないか」「ラクルテルが来てたのか」「奴隷商の店主か」と言った声が聞こえてきた。


「今回の作戦に同行させて頂きましたが、皆さん、とても強力な魔術師です。この作戦の前にもわずか八名で竜騎士団を壊滅させています」


 ジェロームの言葉にどよめきが起き、「まさか」「信じられない」と言った声が広がって行く。


「ここまで来ること、敵味方を含めて、一人の死者も出さずに百名からの兵を無力化したことが何よりの証明です。この人たち以外の誰も、こんなことはできません」


「そんなこと信じられるかっ!」


 真っ先に反応したのは豚親父である。


「お前は、ラクルテルの小倅こせがれだろう。あんな商売に失敗して文無しになった男のガキの言うことなんぞ、信じられるかっ!」

 ジェロームを指差しながらもの凄い形相で睨みつけている。


「パジークさん好い加減にしてくださいっ! 親父や俺のことは関係ないでしょうっ!」


 ジェロームは自分に向けられた右手を叩き落とし、豚親父を怒鳴りつけると、そのまま押し退けて皆の方に向けてさらに続ける。


「今はこの人たちが信頼できる人たちで、この人たちの指示にしたがうのが生き残る一番の方法だと言うことを、分かって欲しいだけなんです」


 俺の言葉よりもよほど響いたのだろう、皆の顔つきが変わった。

 予定とは違ったがそろそろ頃合いか。


「我々を盗賊からの救出部隊と認めず、財産の所有権を主張される方は申し出て下さい。考慮致します」

 豚親父だけでなく、皆に向けて伝えた。


「アラン・ローガンだ。先の討伐隊では第二部隊の指揮官をしていた。救出を感謝する。当然だが指揮権は君にある。協力を申し出る、何なりと指示をだしてくれ」


「こちらこそお願いします。ここからの脱出行は皆さんの協力が必要です」


 俺は快活な言葉とともに差し出されたローガン隊長の右手を取りながら答えた。


「ふんっ、バカが。わしは認めんからなっ!」


 豚親父――パジークが早速申し出てきた。


「ベッカー、お前も早く言わんかっ!」


「私もこれは軍事行動だと主張する」


 パジークの声にベッカーと呼ばれた男が続いて申し出、それにさらに三人が続いた。


 合計五名か、予想よりも少ないな。

 ジェロームとローガン隊長のお陰だろう。何よりも、実績のあるローガン隊長が支持してくれたのが大きい。


 奴隷の所有者はパジークだけか。パジークの所有する奴隷は十四人。この奴隷の数は予想よりも多い。


「で、これからどうするの? まさか、このままあの豚親父を見逃さないわよね?」


 背中から、ドスの利いた声で白アリが囁いている。


「安心しろ。ジェロームに対する態度もあるし、このままじゃ終わらせない」


 振り返らず、白アリに静かに伝えた。

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