第56話 おとぎ話

 襲撃チーム全員で詰め所へと駆け寄る。足並みを揃えるため、鈍足のジェロームは俺が担いで走ることにした。

 

 鈍足のジェローム。

 何だろう、意味を深く考えないと響きが格好良いな。


 詰所は木造の二階建てで、いかにも、急いで作りました、と言わんばかりの適当な建物である。

 

 駆けながら詰め所内部を空間感知で索敵をする。

 全員眠っている。


 しかも、暑いのもあるのかもしれないが、窓は全開で扉に鍵もかかっていない。

 なんと言う無防備さだろう。

 攻撃されたら全員で返り討ちにしてやる、と言った考えなのか責任者の大雑把さがうかがえる陣容だ。  


 詰所に到着するが特に変化はない。

 万が一に備えて黒アリスちゃんの護衛と迎撃に分かれた。


 当然のように俺は黒アリスちゃんの護衛だ。

 内部に動きはない。


 相手が間抜けだと、つい気持ちが弾んでしまう。

 それは俺だけじゃないようだ。

 他のメンバーも事が順調に運んでいることに、気持ちが弾んでいるのが分かる。


 黒アリスちゃんの闇魔法が、建屋の中に向けて、連続して発動される。広範囲な強力な魔法である。

 合計五回。


「終わりました。全員、睡眠の魔法で深い眠りについています」


 緊張していたのか、安堵するようにほほ笑みながら、作戦の第二段階が成功したことを告げた。


 さぁ、ここからは人海戦術だ。

 俺と黒アリスちゃん、ジェロームを除く三人で隷属の首輪を眠っている監視兵に装着して回る。


「よーしっ! やるぞ、ティナ、ローザリア」


 テリーが弾んだ声でティナとローザリアに指示を出す。


 テリーの指示の下、眠っている監視兵たちに隷属の首輪を着けて回りだした。


「気持ち悪ーい、触りたくないー」


「うわー、眠っている間に奴隷にしちゃうとか、おとぎ話に出てくる悪い人みたいですね」


「本当によく眠ってる、闇魔法って凄いね」


「落書きとかする時間あるかな?」


 ティナとローザリアがキャイキャイと騒いでいる。

 あれで会話として成り立っているのだろうか? 全く違う疑問がよぎる。


 それにしても、三人とも実に楽しそうだ。嬉々として作業を続けている。

 テリーなど、鼻歌交じりである。


 その後を追うようにして、ジェロームが闇魔法と紋章魔法で隷属の首輪を有効化していく。

 黒アリスちゃんはジェロームの紋章魔法を見て覚える。

 俺はジェロームの護衛兼魔力供給係である。


「ローザリアの話じゃないですが、眠っている間に奴隷にされるとかのおとぎ話を聞いて、子ども心にも、もの凄い怖かったのを覚えてますよ」


「へー、この人たちもそのおとぎ話を聞いて育ったんでしょうか?」


 急いで、隷属の首輪を有効化していくジェロームと、それを見て学習している黒アリスちゃんの会話も弾んでいる。


「まず間違いなくそうでしょうね」


「子どもの頃のお話の上での恐怖を、大人になって実体験する。……目が覚めるのが楽しみですね」


 黒アリスちゃんがジェロームの言葉に深くうなずいた後、妖しく目を輝かせて犠牲者たちを見詰めていた。


「ええ、全くです」

 ほほ笑むジェロームの顔が、ボンボンの顔から悪徳奴隷商人に変わった瞬間が見られた。



 黒アリスちゃんはともかく、ジェロームまでもが楽しそうに作業をしている。


 この布陣で、約九十名を眠っている間に奴隷にしてしまう。「目覚めれば奴隷」作戦である。


 詰所突入から三十分が経過した。

 かなりのハイペースで有効化をしてくれているが、それでも半数に手が届くかどうかと言ったところか。


 予想はしていたが、時間がかかるな。

 しかし、条件は満たした。第三段階へ移ろう。


「テリー」


 レーナを騙し討ちチームへ伝令として飛ばすよう合図をする。


 テリーは軽く右手を挙げて答えると、すぐさまレーナに指示を出す。

 テリーの指示を受けて、レーナが窓から飛び出して行った。


 よし、これで間もなく騙し討ちチームが、歩哨の四名を行動不能にし、捕虜の解放を行うはずだ。

 こちらも残り半分の有効化を急ごう。


「大変だろうが、あと一息だ。頑張ってくれ」


 ジェロームに魔力譲渡と回復魔法をかけてやりながら軽く肩を叩いた。


「任せてください」


 疲れた表情ではあるが、精一杯強がりながら続ける。


「正直、驚いています。ここまで上手く行くとは思っていませんでした。皆さんが希有な魔術師だと言うことを理解しました」


 血色が戻ってきた。回復魔法で回復をしたのだろう。


「この状況でも、皆さんが実力の十分の一も出していないのは分かります。それでも……ここまで見せて頂いた力でさえ、伝わってきている話の十倍に値します」


 闇魔法と紋章魔法を操りながら、真っすぐに俺の目を見る。


「買い被りすぎだ。確かに魔術師としての力に自信と誇りを持っている。だが、俺たち程度の魔術師なら数は多くないかもしれないが、まだまだいる」


 真っすぐに見詰め返す。


 そうだ、転生者はまだまだいる。

 別に謙遜でもなんでもない。未知数の力を秘めた者たちだ。


 半数の五十人がもう一つの異世界に行ったとしても、こちらで五十人、いや、三人が死亡して、聖女がやって来たから、四十八人。

 敵陣にいるものも含めて、三十九名の能力が未確認だ。

 さらに、覚醒、と言うよく分からないが、危険な響きのある要素が控えている。


「もし、本気でそう思っているのでしたら認識を改めてください。チェックメイトの八名は誰をとっても、一国の王が欲しがるだけの実力者です。今ならそれが分かります」


 有効化の手を止め、身体ごと向き直っている。


 ジェロームは転移者のことを知らない。

 知らないのならそう考えても不思議はないのかもしれないな。


「私が言っているのは、魔法の力だけじゃありません。発想や考え方もです。敵の情報をこと細かに集め、自分たちの力と照らし合わせて戦い方を吟味する。聞いたことがありません」


 敵味方の戦力分析をしない?

 この世界ではどうやって戦争を決定しているのだろう、そっちの方が気になる。


「それだけじゃありません。作戦立案中の会話や雑談の内容もです。今回の奇襲攻撃もそうですが、「情報が不足してたら逃げれば良い」などと、実力がある者が考えることじゃありません。「分散と集中」「機動戦と機略戦」、どれも理解はできませんでしたが、根本的な発想や考え方が違うことだけは分かりました」


 孫子とクラウゼヴィッツか。

 聞いていたのか。


「私には、皆さんが、もの凄く危ういものに感じられます」


 ジェロームは完全に手を止めて、真剣な表情で語りかけてくる。


「危うい?」


「ええ、そうです。権力者に利用されそうな、それでいて、ある日、突然に消えてしまいそうな、そんな気がします」


 消えてしまう、か。

 そうだな、あちらの世界でダンジョンが攻略され、ある日、突然消えてしまうかもしれないな。


「ジェローム、俺たちは突然消えたりはしない。大丈夫だ。それに一方的に利用されるほどお人好しじゃないさ。仮に利用されても、そうと分かれば仕返しを必ずする」


 俺は真っすぐにジェロームの目を見て、ゆっくりと、だが、力強く話す。


「それは……」


「心配してくれてありがとう」


 ゆっくりと頭を下げて感謝の気持ちを伝えた。


「あ、いえ。失礼なことを申し上げてしまいました。お許しください」


 先ほどまでの真剣な表情は消え、どこかおどおどした感じで意味もなく両手を動かしている。


「許すも許さないもない。俺は感謝の気持ちでいっぱいだよ。なぁ、ジェローム。俺のことはミチナガと呼んでくれ」


「え?」


「話はここまでだ。さぁ、さっさと済ませちゃおうか」


 話を無理やり切り上げるようにジェロームの背中を叩いて、作業に戻る様うながした。


 ◇


「白姉の方は見張りを倒して、捕虜の解放中です」


 レーナが窓から飛び込んでくるなり、騙し討ちチームの成功を大声で知らせた。


 テリーがレーナの労をねぎらいながら左手を差し出して迎えた。


 こちらも全員に隷属の首輪を装着し、有効化を終えたところだ。

 これで作戦の第三段階が終了した。


「ジェローム。疲れているところすまないが、向こうにいる四名の歩哨の隷属化をしたい。一緒に来てくれ」


 俺はジェロームの返事を待たずに、収容所へ向けて駆け出した。


 ジェロームが何やら言っているが、こちらに向かって走ってきているので、良しとしよう。


 ◇


 ん?

 白アリが助けた人に向かって何やら怒鳴っているように見えるが……それを聖女が圧しとどめているような。

 メロディは横でオロオロしている。

 急いだ方が良さそうだな。

 


「どうしたんだ? 何か問題でもあったのか?」


 白アリを圧しとどめる聖女と解放した捕虜――白アリと口論していた商人風の男との間に走りこみ、白アリに向かって尋ねた。


「どうもこうもないわよ。そこの豚親父がいきなりの協定違反よ」


 今にも噛み付かんばかりの勢いと形相だ。


 割とすぐに怒るが、ここまで本気で怒っているのは、はじめて見る。

 

「協定違反?」


 白アリと聖女を交互に見ながら訪ねた。


「そちら商人の男性ですが助けてもらったにもかかわらず、盗賊に奪われた財産、この場合お金と商品ですね、それは変わらずに自分の物だと主張しているんです」


 聖女も怒っているのだろう、表情も口調も厳しい。


 はぁ? そのなバカな話があるか。

 盗賊に奪われたものは本人の生命を除いて全て盗賊を討伐した者の所有物になる。


 今回の場合は、金品、商品、奴隷がいた場合はその奴隷も含めて盗賊を討伐した俺たちのものだ。

 

 それは出発前に何度も確認をした。

 今回の場合も例外じゃない。

 

 そんなことを身なりの良い商人が知らない訳がない。


「どう言うことでしょうか? 説明頂けますか?」


 俺は聖女の言葉を受けて、白アリの言うところの、豚親父に向きなおった。


「今回の件は盗賊による被害じゃない。明らかにガザン王国の軍による被害だ」


 不遜な態度で自信めて救出だろう満々に言い放った。


 俺が小さくうなずくのを確認してさらに続ける。


「そこの小娘どもは救出と言っているが、建物から連れ出されただけで、まだ監視兵もいれば、友軍への合流もしていない。友軍への合流をして初めて救出だろう」


 俺のことを威圧するように、語調がだんだんと強くなっていく。


 メチャクチャなことを言っているが、本人は自分の言っていることが正しいと本気で信じているようにも見える。

 周りの反応を見ると、この豚親父の言動に辟易へきえきとした顔をするものと、あわよくば自分たちもそれに乗ろうとしてる者とに、別れているのが見て取れる。


「ともかく、ガキや小娘じゃ話にならん。責任者を呼べっ!」

 

 俺が黙っているのを、萎縮したと思ったのか、さらに高圧的な態度に出た。


 さて、どうしたものかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る