第55話 夜間飛行
俺たち八人と二匹は翌日の深夜と言うか、夜明け前に、ワイバーン六匹に騎乗して陣営を離れた。
目的は昨日、竜騎士から入手した情報の真偽の確認と真であった場合の対応だ。
建前はワイバーンの飛行訓練を兼ねての周辺哨戒である。
その飛行訓練中に不慣れなワイバーンを操作しきれずに軍勢を離脱。そして、偶然に――――と言うシナリオだ。
しかし、俺も含めて全員がぎこちない。
操竜術レベル3を入手したが、スキルを入手したからと言ってその瞬間から熟練者になる訳ではない。
スキルはスキルとして、やはりある程度の訓練は必要である。
スキルを入手した俺でさえそうなのだから、他のメンバーなど推して知るべしだ。
このままだと偶然を装わなくとも、本当に軍勢を離脱してしまいそうだな。
結局、一番まともに操作できる俺が先導をし、他のメンバーはワイバーンに任せての飛行が、一番効率的だとの結論に達した。
もちろん、その合間に、個々で思い思いに操作の練習をしている。
今も、白アリと黒アリスちゃんが明後日の方向へ飛んで行ってしまった。
「おいっ、抱きつくな。男に抱きつかれても嬉しくない、むしろ気持ち悪いだけだ」
「そんな、殺生なことを言わないでくださいよ。私は高いところがダメなんですから」
俺の突き放すような言葉に、奴隷商人のラルクテルが、必死に俺にしがみつきながら情けない声で答えた。
今回、随行してきた奴隷商人の中でも、若く、やり手との評判の男だ。
見た目は、小太りのボンボンと言ったところだが、なかなかどうして、わずか二十二歳で遠征軍に随行できるだけの奴隷商人となっている。
「ラルクテル。お前、高いところがダメなのによく今回の話に乗ってきたな」
「そりゃあ、私は商人ですからね。苦手でも、嫌いでも儲け話の臭いがすれば、何にだって乗りますよ。それと私のことはジェロームとお呼びください」
俺の腰にしがみついた状態で必死に話す。
よほど怖いのだろう、歯の根が合っていないので非常に聞き取りづらい。
「分かった。ジェローム、それ以上抱きつくようなら振り落とすから、そのつもりでな」
言葉にならないジェロームの抗議を聞き流し、ワイバーンの高度をとった。
高度を取ったところで何も変わらない。
情報通りならもうそろそろのはずなんだが……かがり火でも見えればと思ったが、無駄だったか。
「見えたっ! もう少し右の方だよ」
俺のアーマーの中に潜り込んでいたマリエルが、胸当ての隙間から顔だけ出して教えてくれた。
さすがだ。ベックさんの言うところ期待の新人だけある。
展開している空間感知で、全員がついて来ているのを確認しながら、マリエルの指示にしたがって、ワイバーンを操作する。
目的地の五百メートルほど手前にある丘の裏側に、一旦、着地をさせる。
俺に続き、全員が無事に着地をした。
着地は意外とボディバランスが要求されるのだが、そこはメロディ以外の全員が身体強化を持っているだけあってか、見事なものである。
メロディも無断借用を使って無事に着地をした。
両手の籠手にタオルを巻きつけてある。それで涙を拭きながら降りてきた。
用意が良いな。
同じ泣くにしても、ワイバーンの世話をしていた時とは大分違う。
泣き叫ぶようなことはない。涙こそまだ枯れていないが、声を押し殺して必死に耐えていた。
わずか半日弱で素晴らしい成長である。主人として鼻が高い。この調子で頑張ってもらおう。
「情報通りですね」
黒アリスちゃんが、俺の隣から闇に浮かぶかがり火を覗き込む。
「ああ、警備の人数も多いし、情報は正しいと判断して良いだろうな」
入手した情報の一つは捕虜――拉致された村人や隊商の人たち、そして、先般の討伐隊で捕まった者たちの収容場所とその状況だ。
場所は確定。警備の数から見て、隷属の首輪が間に合わず、監禁しているだけとの状況も間違いないだろう。
「プランAで行くんですか?」
「そりゃあ、プランAでしょう」
「俺もプランAに賛成だ」
「皆さん、そう言うの好きですね」
黒アリスちゃんの質問に答える間も無く、白アリが誘導し、テリーが賛成する。
お前ら、コンビネーション良すぎないか?
聖女のセリフは無視しよう。
「じゃあ……プランAで行こうか」
もとから、プランAを切り出すつもりもだったが、この状況では何も言えない。なし崩しにプランAに決定した。
◇
フロントは俺とジェローム、黒アリスちゃんとテリーで行く。
残りは待機チームとした。
収容所は丸太を組み合わせた高い柵で、大きく囲われていた。
囲われたエリアの中心部に、収容所と監視兵の宿舎兼詰所が見える。
大きいな。
情報通り、百名近い監視兵が詰めているようだ。
門は一箇所、門番が四名いる。暇なのだろう、気が緩んでいるのがよく分かる。
収容所の周囲も、一組二名で二組が哨戒任務についているのが確認できた。
無防備なのは詰所くらいなものか。
さすがに、詰所を急襲されることは想定していないようだ。
作戦開始だ。
俺たちフロントチームが大きく手を振りながら門へと近づいて行く。
二十メートルほどの距離まできて門番がようやく気付いてくれた。
「何だか、もの凄く雑な警備ですね」
黒アリスちゃんが、皆の心情を代弁してくれた。
俺とテリーは苦笑したが、ジェロームは引きつった笑みを浮かべただけだった。
「止まれっ! 何者だ?」
門番の一人が、俺たちのことを、まるで自分で発見したかのように、高圧的な態度で誰何する。
「奴隷商人です。隷属の首輪を大量に持って参りました」
ジェロームが隷属の首輪の束を頭上に掲げて、詰まることなく言った。
先ほどまでとは別人のように落ち着いている。本番に強いタイプなのかも知れない。
ジェロームの言葉に門番たちの顔色が変わった。顔がほころんでいる。
「それは本当か? どれくらいあるんだ?」
「二百個です。ありったけ持ってきました」
ジェロームの言葉に、後ろの方からは、「これで楽になるな」とか、「少しは気が抜ける」などと言った声が聞こえてくる。
つい先ほどまで、気を抜いていた連中のセリフとも思えない。
「後ろの連中は何だ?」
「護衛です。私一人じゃここまで辿り着けませんよ」
「そうか、それもそうだな」
ジェロームの言葉に納得したのか、俺たちを門の中へ通してくれた。
「夜通し歩いてきたんです。詰所で休ませてもらえませんか?」
俺の話など聞いちゃいない。四人とも、視線は黒アリスちゃんに釘付けである。
気持ちは分かる。
見慣れない、黒のドレスアーマーを着込んだ美少女が目の前にいるのだ、興味は尽きないだろう。
しかし、チョロすぎるな、この門番たち。敵ながら、収容所の責任者に同情してしまう。
「少しは休みたいのですが、ダメでしょうか? それに、皆さんをこんな時間に起こすのも心苦しいです」
黒アリスちゃんが軽くよろめきながら上目遣いで門番たちを見上げる。
「そうだよな、疲れてるよな。朝まで休んでそれから隊長に引き合わせよう」
門番の野郎、黒アリスちゃんに覆いかぶさらんばかりだ。
即答である。
俺の言葉は届かなかったが、黒アリスちゃんの囁くような声は、よく聞こえたようだ。
黒アリスちゃんに群がる門番たちを挟んで、テリーに目配せをする。
テリーから無言のうなずきが返ってきた瞬間、鼻の下を伸ばしていた門番たちが、崩れ落ちた。
三人は意識を失っているが、一人は呼吸が出来ずにもがき苦しんでいる。
頭部を魔法障壁で覆い真空状態にしたのだが、大変な騒ぎだな。声が漏れないのもこの魔法の利点か。
意識を失った三人は雷撃を見舞った。
四人に隷属の首輪を装着していると、待機チームが到着した。
白アリを先頭にティナ、ローザリアと続き、聖女とメロディが最後尾だ。
ん?
見間違いか? 聖女の左手がメロディの腰に回されていたような……
右手は胸元から慌てて引っ込められたような……
野営地でも、黒アリスちゃんにちょっかい出してなかったか? この聖女。
マリエルのことも抱きしめてたよな?
何だろう、この胸のモヤモヤは。
光の勇者たる俺のハーレム(候補)が、光の聖女に浸食されつつある気がする。
敵だ、ある意味この聖女は敵だ。
危うくロリボディに騙されるところだった。大人の女性の身体に換装したお陰で正体を知ることができた。
今後は十分に注意しないと、不味いことになる。
「上手く行ったようね」
隷属の首輪が装着された門番たちを見ながら白アリが言った。
「取り敢えず、第一段階はな」
視線を聖女から白アリに移し、うなずいた。
ここで再びチームを二つに分ける。騙し討ちチームと襲撃チームの二つだ。
騙し討ちチームは白アリを筆頭に聖女、メロディの三名とし、残りは襲撃チームとした。
騙し討ちチームは、俺たちからの伝令があるまでここで待機をする。
伝令後に、意識のある門番を連れて収容所へ向かう。歩哨、四名を騙し討ちするためである。
白アリと聖女がいるから大丈夫だろう。
加えて、メロディがいる。一人では何もできないが、強者がそばにいれば無双だってできる。
虎の威を借りる狐
うん、大丈夫だ。
そして、俺たち、襲撃チームは詰め所を急襲する。
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