第54話 許可
白アリと二人で、自分たち専用としたワイバーンと世話をしているであろう、竜騎士の従者たちを確認してから野営地へ戻ることにした。
自分たち用にと確保したワイバーンは十四匹。
牧場のような柵で囲われている中に、鎖でつながれたワイバーンが十四匹と竜騎士の従者が五人、それにメロディ、ティナ、ローザリアの三人がいた。
竜騎士もたしなみとして竜の世話をするが、そこはボンボンである、基本は従者が世話をする。
メロディ、ティナ、ローザリアの三人は、そんな竜騎士の従者たちに竜の世話の指導を受けていた。
三人は従者五人に怒鳴られながらも一生懸命に世話をしている。
従者には「遠慮をするな」とは言ったが、本当に遠慮をしていなようである。
まぁ、頼もしくはあるな。
もしかしたら、隷属の首輪のせいで命令に忠実なだけかもしれないが。
◇
野営地へ戻ると、テリー、黒アリスちゃん、ひいらぎちゃんの三人は、野営の用意を終えてくつろいでいた。
幅二メートル、奥行き一メートルほどの大きなテーブルを二つ並べて、お茶を飲んでいる。
この世界、お茶は高級品である。
大量の茶葉を買い込んでいる俺たちは、消費量を気にせずに飲んでいる。
そんなことをしているのはこの陣営でも恐らく十人といないだろうな。
奴隷を働かせて、自分たちはのんびりとお茶を飲む。
優雅なものだ。
周りの騎士や探索者は忙しく働いているのに比べて、勝ち組の様相を呈していた。
先ほど覗いてきたメロディたちの姿が脳裏をよぎる。
メロディは半泣き状態でワイバーンの世話をしていた。
従者の厳しすぎる指導で泣いているのではなく、単にワイバーンが怖くて泣いていただけだと思う。
ワイバーンの方も、メロディが怯えているのがわかるのか、真っ赤な尻尾を甘噛みしてみたり、ミニスカートを鼻先で捲ってみたりと、終始からかっていた。
主人にじゃれつく仔犬のようで実に微笑ましい。メロディは泣いていたけどな。
まぁ、そのうち涙も枯れるだろう。
何にしても、今後もメロディたちには、ワイバーンの世話をしてもらうことになる。
頑張ってもらわないとな。
さて、そんな勝ち組状態の三人がくつろぐテーブルへ到着する。
俺と白アリは黒アリスちゃんの入れてくれたお茶を飲みながら、早速、竜騎士たちの扱いについて相談を始めた。
と言っても、帰る途中に白アリと話した内容の了解を取るだけなんだが。
竜騎士たちは全員、ルウェリン伯爵へ売却をする。
このとき、裕福な家庭であることや身代金が期待できることは売却価格に反映はされない。
価格に反映されるのはあくまでも、竜騎士としての能力だけである。
さて、そこで問題は幾らでなら手放すかである。
途中、軍に随行している奴隷商人のところへ寄って相場を確認してきた。
竜騎士としての価値以外は目ぼしいものが無いので、金貨十五枚から二十枚程度だろうとのことだ。
ティナが金貨二十枚でローザリアが金貨十五枚と考えると、意外と高いことが分かった。
同じ値段で、ティナやローザリアと竜騎士だったら、迷わず前者を選ぶ。
基本は捕虜引き渡しまで世話をするのが面倒なので、安くても構わないから売ってしまおう、と言うことになった。
加えて、今回の売却はゴート男爵経由とすることで、ゴート男爵にも恩を売る。
いや、また、賄賂扱いされるかもしれないが、それはそれで良しとしよう。
現在、俺たちが保有している竜騎士は七十一名である。
あの濁流で死亡したのは十一名で、怪我人は全て治癒魔法で回復してある。
しかし、一名ほどが、怪我で利き腕を失い、ついでに生きる意欲も失っていた。なので、そいつから治療費として、操竜術【飛行】レベル3を頂いた。
不良品となった一名は返金を求められるかもしれないが、他の七十名については問題なく売却できるはずだ。
「――――じゃあ、竜騎士たちの売却を求められたら、基本は金額の多寡に関わらず応じる。希望は七十一名を一括で金貨一千枚、返品も返金もなし。これで良いな?」
「ええ、それで行きましょう」
「私も賛成です」
「ワイバーンの売却金額と合わせて、金貨三千枚以上ですね」
「アイリスの娘たちに売ってもらってる、マジックバッグの売り上げが端数扱いになるな」
白アリと光の聖女が同意し、黒アリスちゃんとテリーは同意も忘れて金勘定である。
「ミチナガー。来たよ、男爵」
蜂蜜で顔中ベトベトにしたマリエルが男爵の来訪を教えてくれた。
「へー、使いじゃなくて本人ね」
白アリがマリエルの示す方向を見ながら驚きの声を上げた。
本当だ、確かに本人だ。
先ほどの様子もそうだが、ここから視認する限り、男爵の機嫌は頗(すこぶ)る良さそうである。
「すまないが、俺が男爵と話している間に、アイリスの娘たちに留守番のお礼をしてきてくれないか?」
「良いわよ。黒ちゃん、一緒に行きましょう」
白アリが黒アリスちゃんを手招きしながら俺に向かって確認をする。
「お礼はワイバーンを一人一匹ずつで六匹渡して良いのよね?」
「ああ、それで頼む。ワイバーンには目印を付けたよな?」
俺たちは、それぞれが自分専用のワイバーンをピックアップ済みだ。
ワイバーンは白色、黒色、焦げ茶色、赤色、栗毛色といるが、色による能力の違いはない。
赤色だからと言って、火を噴いたりはしない。少し期待しただけに残念だ。
自分たちのワイバーン以外の六匹をアイリスの娘たちに譲渡することにした。
大盤振る舞いなのは分かっているが、今後も協力してもらうのだし良しとする。
「大丈夫よ」
「あ、私も行きます」
白アリがサムズアップしながら黒アリスちゃんを伴って歩きだし、ひいらぎちゃんがその後を追った。
俺とテリーは立ち上がりゴート男爵一行を迎える。
「ああ、かしこまらんで良い」
お辞儀をしようとした俺たちを軽く右手を挙げながら制し、さらに続ける。
「実はちょっと困ったことが有ってな、相談にきた」
「竜騎士たちのことでしょうか?」
出来るだけ事務的に答えた。
短い間に分かったことがある。ゴート男爵は愚鈍な者を嫌う傾向にある。
切れものの振りをするつもりもないが、ここは単刀直入に行こう。
「そうだ、話が早そうだな」
我が意を得たり、と言うところだろう。ニヤリと笑いながら、さらに続ける。
「竜騎士を全て譲って欲しい。身代金のことは理解している。竜騎士の相場も金貨十八枚から二十五枚ほどなのも――――」
「竜騎士、全てお売り致します。総勢で七十一名、金貨一千枚でいかがでしょう?」
失礼は承知してるが、男爵の言葉を遮るようにして、こちらの条件を伝えた。
それにしても、どこの奴隷商人だよ。相手が貴族だと思って吹っかけたのは。
「おおっ、そうか! 本当に話が早いな」
感心する言葉に続いて、豪快な笑い声が響く。
「竜騎士たちはワイバーンの世話をさせているもの以外は全て一箇所にまとめてございます」
「用意が良いな。では後ほど金貨を届けさせる。その者たちに引き渡してくれ」
俺の言葉に、鷹揚にうなずきながら言い放った。
「ひとつ、お願いと言うか、許可を頂きたいことがございます」
きびすを返そうとするゴート男爵に向けて、お辞儀をしながら告げる。
「何だ? 聞こうか」
興味を持ったのか、次は何を言う? とでも言いたげな、期待のこもった表情でこちらへ向きなおった。
「ワイバーンの飛行訓練がてらの偵察を、明日の明朝あたりに行軍に先駆けて行う許可をお願いします」
「抜け駆けか?」
ゴート男爵が目を細め、冷ややかに言う。
鋭いな。こちらの意図を素早く察した。
「結果がどのようなものになるかは、誰にもわかりません」
ばれたものは仕方がない、悪びれることなく答える。
「ふんっ。まぁ良い。許可する」
急に興味を失ったような、面白くなさそうな表情になる。
俺の申し出を、目先の手柄欲しさの発言と受け取ったようだ。
どうやら、ゴート男爵はもっと大きなもの、突拍子もないものを期待していたらしい。
「許可頂き、感謝致します。ありがとうございます」
改めてお辞儀をする俺のことなど、気にもせずに立ち去って行った。
「気分屋で短気だな」
十分に距離が 離れたことを確認してからテリーが、やれやれ、と言った感じで言う。
「だが、許可は取り付けた。重要なのは明日の早朝訓練の許可が取れたことだ。それも、抜け駆けの件も含めての許可だ」
顔がほころんでしまう。
自分でも悪そうな笑みに、なっているのだろうと思う。
さて、奴隷商人を確保しないとならないな。
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