第53話 論功
ルウェリン伯爵遠征軍としては、盗賊の奇襲部隊を退け、竜騎兵団であるワイバーン隊を壊滅させることに成功はしたが、受けた損害は少なくない。
一万の軍勢で既に一千弱の損害を出している。
竜騎士団は機能していなかったので、実質、盗賊一千名弱とオーガ七体により与えられたものだ。
数で劣る盗賊相手にこの数字は誇れるようなものではない。
それもこれも、盗賊の二度にわたる奇襲が成功しているからだ。
バリケードや塹壕もそうだが、戦い方を見ていると間違いなく転移者が作戦の立案に参加している。
次あたり、車懸りの陣や釣り野伏とか使ってくるかもしれないな。
「ほらっ、行くわよ」
白アリが俺の背中を叩きながら追い越し、先に歩き出した。
白アリに向かって返事をしながら、俺も歩き出す。
向かう先はルウェリン伯爵の本陣だ。
向かうといっても勝手に向かっている訳ではなく、呼ばれて仕方がなく向かっている。
そう、仕方がなくだ。できれば、少し休みたいところだ。
戦闘終了後は、光魔法を使える者たち――俺と白アリ、ひいらぎちゃん、メロディもそうだが、例によって負傷者の治癒にあたった。
治癒の対象は味方だけでなく、捕虜も含めてである。
目を見張ったのはひいらぎちゃんの治癒魔法だ。さすがは光魔法レベル5、俺に次ぐ治癒魔法の威力だった。
光の聖女の面目躍如(めんもくやくじょ)と言ったところだろう。
メロディと違い、見た目で差別をしない分、うけも良い。
治療中も、「私、光の聖女、って呼ばれてたんですよ」と宣伝も怠らなかった。そのためか、治療が終わるころには陣営内にも『光の聖女』が浸透していた。
俺の『光の勇者』が浸透しないのは、宣伝が足りないのかもしれない。
そして、大勢の治療を終えて、ようやく休めると思ったら、呼び出しである。
白アリと二人、連れ立って歩きながら周囲に目を向ける。
周囲は皆、忙しそうに野営の準備中だ。今夜の野営地は草原と平地なので、昨夜ほどの苦労はないだろう。しかし、昨日と違い、のんびりしてる者が少ないな。
先ほどの戦場からわずかに後退した場所で、少し早目の駐留となっていた。
今夜の野営地は平地でこそあるが、水場となる川から少し距離があるため、水魔法の使える魔術師を抱えたグループとそうでないグループとで格差が激しい。
水魔法の使える魔術師がいないグループや水の蓄えの無いグループは、重労働である水汲みを奴隷にやらせて、自分たちは自ら野営の準備である。
そんな中を俺と白アリは伯爵の本陣に向かって歩いている。
俺たち以外にも、呼ばれたであろう人たちが、ちらほらと向かっているのが見える。
呼ばれた理由は、今回の一連の戦闘でのお褒めの言葉と、褒美を受け取るためである。
負け戦とまでは言わないが、それに等しい状況で褒められたり、褒美を受け取ったりというのもどうかと思うが、俺たちの功績からすれば当然か。
それに、領主としては、少しでも軍勢の士気を挙げるためにも、ここは大盤振る舞いをして、勢いを付けたいところだろう。
なので、こじつけに近い功績で呼ばれている人たちもいるはずだ。
それはそれで、居心地悪そうではあるな。少し同情してしまう。
護衛兵に誰何(すいか)されることもなく、ルウェリン伯爵の本陣に通される。
本陣は日本の戦国時代を模した時代劇に出てくるような、布と衝立(ついたて)で囲われた空間である。
奥にテーブルがあり、中央にルウェリン伯爵本人、その並びに数名の身なりの良い人たちが座っている。ルウェリン伯爵の右側には、もの凄く上機嫌なゴート男爵がいた。
俺たちのすぐ後から四人ほど入ってきたところで、入り口に衝立が置かれ入り口が閉ざされた。
俺たちと同じように呼ばれた人たちを見やる。
緊張しているのだろう、顔が強ばっている。
「緒戦での迎撃、見事であった。被害を最小限に抑えられたのはその方たちの働きによるところが大きい。良くやってくれた」
突然、中央に座っていたルウェリン伯爵が立ち上がり、よく通る声で言う。
三十代半ばくらいだろうか、まだ若い領主である。大きな体躯に似合わず、その動きはキビキビとしている。声にも迫力がある。
「特に、チェックメイトは良くやってくれた。この度の勲功第一位である」
俺のほうを真っすぐに見ながら言う。
白アリが肘で俺のことをつつく。
こんな場面で何をするんだこいつ?
あっ!
「ありがたきお言葉、お褒めにあずかり光栄です」
俺は慌てて礼を述べながら頭を垂れた。
そうだった、パーティー名をチェックメイトにしたんだった。忘れてたよ、そんなこと。
勲功第一位か、当然と言えば当然か。
何しろ、ワイバーン、六十七匹をルウェリン伯爵に言い値で売却している。
もちろん、ゴート男爵の許可を得てだ。
ワイバーンの売却にはゴート男爵も、一瞬、悩んだようだが、そこは貴族。
即座に損得勘定をし、ルウェリン伯爵への売却を許可してくれた。
事前に仕入れた情報では、前回の戦争でガザン王国の竜騎士団に辛酸(しんさん)を舐めさせられた伯爵は、それ以降、航空兵力の育成に力を入れている。
ワイバーンは喉から手が出るほど欲しかったようだ。
「――――にある屋敷を下賜するとともに、金貨百枚を与えるものとする」
ルウェリン伯爵たちが座るテーブルの近くにいた騎士が、書類を大きな声で読み上げる。
周囲に控えていた者や一緒に呼ばれた人たちから感嘆の声が上がる。
金貨百枚か、日本円で一億円ほどか。
皆の驚きを見ると、異例の金額のようだ。
メロディが金貨五十枚だから、メロディが二人分か。ワイバーンの売却額の方が高いな。
ワイバーンが一匹あたり、金貨三十枚で、六十七匹。総額、金貨二千十枚である。
そう考えると、敵に与えた損害と言うのは相当なものだろうな。
「この度の功績を記した書面と金貨である」
脇に控えていた年配の騎士が、俺の前まで足速に近寄り、紋章入りの書類と金貨の入っているであろう袋を差し出した。
卒業証書を受け取る要領でうやうやしく受け取った。
その後も他の人たちが同様に目録と現金を受け取っていく。
俺たちの受け取った金額からすれば小さいが、皆の表情から推し測る限り、それでも緒戦の褒美としては大きいようである。
途中、オーガを仕留めた功績で評価されているヤツらが五人いたのには驚いた。
七体のうち五体は俺が倒したから、三人は嘘をついている。
後でこっそりと報告をしてみようか……
「以上を以て論功を終える」
目録を読み上げていた騎士の一声で入り口を塞いでいた衝立が取り払われ、俺たちは外へと誘導された。
◇
午後四時を回ったくらいか?
テリーたちは野営の準備を終えた頃かな?
伯爵本陣を出ると待ち構えていたように数組の集団が、「話をしたい」「相談がある」と寄ってきた。
全員、見覚えのない人たちだ。探索者や騎士の従者たちである。野営地に戻りながらであれば、話を聞いても良いか、と迷っていると、俺が返事をする前に白アリがバッサリと断る。
「疲れているので明日にしてください。明日の朝食の後片付けの最中か、行軍中であれば時間が取れます」
威嚇でもするかのように、右手を内から外へ大きく凪ぎながら言い放った。
白アリの凛としたもの言いに怯んだのか、全員が口々に、明日来ることを伝え、引き下がって行った。
「ありがとう。助かったよ。取り敢えず、戻って休もうか」
俺は散って行く探索者や従者たちに視線を向けたまま言う。
「そうね。じゃあ、歩きながら竜騎士たちの扱いをどうするか話し合いましょう」
え?
それこそ、明日で良いんじゃないのか?
「早ければ今夜にも、竜騎士たちの扱いで、ゴート男爵から呼び出しが来るわよ」
俺が言葉に詰まっているところに、気付いてなかったの? とでも言いたげな表情で、冷ややかな流し目を送ってくる。
そうかっ!
ワイバーンに騎乗できるのは竜騎士だけだ。
竜騎士たちを捕虜引き渡しまで俺たち所有の奴隷とするか、ゴート男爵経由でルウェリン伯爵に預けるなり売却するなりを決めないとならないのか。
「竜騎士か……」
正直なところ彼らには何の魅力もない。面倒を見る手間を考えたら、ルウェリン伯爵に売却しても良いくらいだ。
いろいろと疑いや疑問の有った竜騎士たちだが、結果から言えば雑魚だ。
精鋭だったのはワイバーンの方である。やはり、裕福な家庭の子弟が多いと言うだけあって、身代金のあてがあるのだろう、投降後は驚くほど従順だったそうだ。
光の聖女が知恵を絞ってその場で用意した拷問の道具――いや、違った。尋問の道具も使われず、白アリが腕を振るうこともなかったらしい。
竜騎士たちは、こちらの質問にペラペラと答えたそうだ。
竜騎士の誇りとは、生きて帰ること、なのかもしれない。
何はともあれ、竜騎士たちから欲しい情報は入手できた。
用済みの竜騎士たちだが、捕虜として王都なり領都なりに送られるのかと思ったが違った。
捕虜たちは、隷属の首輪を着けられ奴隷として土木作業や雑用に従事させられている。
竜騎士――裕福な家庭の子弟であっても、待遇は変わらない。今日から奴隷だ。
何と言うか、効率的と言えばそうなのかもしれないが、凄いシステムすぎる。
これは、大量の捕虜を確保すればするほど戦争が有利になるな。
「売却しても良いと思うけど、どう?」
「賛成だ。でも、皆に相談してから結論を出そう」
白アリに返事をし、自分たちの野営地へと急いだ。
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