第52話 急降下
「メロディ、良くやった。魔力の方は大丈夫か?」
自分でも会心の出来だったのだろう、真っ赤な尻尾を思いっきり振りながら、笑顔で駆け寄ってきたメロディの頭を撫でながら褒める。
「使いすぎたので魔力不足です。ご主人様はあれだけの魔法を使ったのに魔力にまだ余裕があるなんて凄いです」
両手を大きな胸の前で組み、瞳を輝かせて俺のことを見ている。
俺が所有者であるためかもしれないが、まるで崇拝するような目で見上げている。
なるほど、常識が不足しているメロディから見ても、俺の魔法の威力と魔力量は凄いようだ。
「下の乱戦に加わるのは予定通り、俺と黒アリスちゃん、テリー、メロディ、ティナ、ローザリアで良いな? レーナは連絡係に残して行く」
メロディに魔力を譲渡しながら確認をする。
メロディの笑顔が一瞬で涙目に変わったが気にしないでおこう。ここはテリーを見習って、心を鬼にする。
「それで、良いわ。こいつらの尋問は任せて」
真っ先に白アリが返事をし、これに皆が続いた。
妙に生き生きしているな。
尋問をした経験でもあるのだろうか? 腕がなるぜ、と言わんばかりの勢いである。
白アリのご機嫌とは裏腹に、竜騎士たちは死んだような目でへたり込んでいる。
この後の自分たちの運命に思いを馳せているのだろうか? 勘の良いヤツらだ。
一応、保険をかけておくか。
「こいつらのほとんどが、裕福な家庭の子弟らしい。後で身代金を取れるかもしれないから、ほどほどにな」
尋問の準備をしているひいらぎちゃんをよそに、楽しそうに竜騎士たちを威嚇している白アリに向かって言う。
「分かったわ。安心して」
俺に向かってウインクしながら言い、そのまま竜騎士たちに向き直る。
次の瞬間、竜騎士たちのすぐ横に火線が走り、すぐに消えた。後には土と草の焦げ跡と焦げた臭いだけが残る。
「実家が裕福な人は、この焦げた線よりも崖側に移動しなさい。今すぐによっ!」
左手を内側から外側へ大きく振りながら竜騎士たちに指示を出した。
分かり易い、分かり易すぎる。
しかし、これって素直に従うのか?
竜騎士たちの中に、正直者が何人いるかが見ものだな。
◇
「一匹連れて行く」
地中から首だけ出したワイバーンを救出して騎乗した。
「乗れるんですか?」
「分からない。こいつは乗り潰すつもりで盗賊連中の後方に突っ込ませる」
心配そうに聞く黒アリスちゃんに、ワイバーンを操るのに四苦八苦しながら答えた。
気の毒だが、このワイバーンはスキルを奪ったら、そのまま生体ミサイルとする予定だ。
作戦目標は風魔法レベル4と魔力強化レベル4、空間把握レベル3だ。
他にもいろいろと持っているが特殊スキルのようで奪えない。
高速飛行とか急降下とか面白そうなんだがな。残念だ。
「俺たちは先に行ってる。使えるようならテリーたちもワイバーンを使ってみてくれ」
「メロディ、来いっ!」
「私、ワイバーンなんて乗れません」
その大きな瞳に涙を浮かべて訴えるメロディの手を取り、ワイバーンに乗せた。
その間にマリエルが俺のアーマーの隙間に潜り込む。
「大丈夫だろ? 行くぞっ」
メロディが大人しくなったので、マリエルに合図をしワイバーンを飛翔させる。
風魔法と重力魔法を並行発動させて一気に高度を取る。
眼下に乱戦のようすが見える。
森と言う地形を上手く利用している。寡兵(かへい)である自分たちが数で勝る騎士団に包囲されないよう戦っている。
それだけじゃないな。
良く見れば、森の中にバリケードと塹壕(ざんごう)が作られている。あれは転移者の知識だな。
目を森の外にむけると、オーガが暴れている。
騎士団の陣営深くまで入り込んだ七体のオーガに、かなりの苦戦を強いられていることもあり、森の中から攻撃してくる盗賊たちに対応しきれていないのが手に取るように分かる。
それでも、二体ほどのオーガは既に動きがない。
道幅いっぱいに広がる騎士団も森の手前で足止め状態と言ってよいほどに動きが制限されている。
森の中で盗賊と互角以上にやり合っているのは探索者たちと一部の騎士だけのようだ。
大半の騎士たちは森での戦いに熟れていないのか良いようにやられている。
先ほど、崖から落ちていった竜騎士たちはほとんど動きがない。
生きてはいるようだ。
そんな竜騎士たちの惨状に気付きだした盗賊の一部は既に逃走、いや、退却を始めている。
あれはすぐに波及するな。
十分な高度に達したところで、眼下に広がる森の中、バリケードのような拠点に立てこもっている盗賊たち目掛けて降下させる。
ワイバーンも魔力強化された風魔法で必死に抵抗する。
抵抗するワイバーンから目的のスキルを一つずつ奪っていく。
先ずは魔力強化レベル4。
ワイバーンの操る風魔法と純粋魔法の威力が落ちる。それに反比例するように落下の速度があがる。
続いて、風魔法レベル4。
突然、風を操ることができなくなる。もはや、自身の持つ翼だけでは飛行することはできない。
最後に空間把握レベル3。
天駆ける王者にとってなくてはならない力。突然、力を失ったことでの戸惑いが伝わってくる。
飛行するためのスキルを奪われたワイバーンはなす術なく、目標に向かって落下する。
落下するワイバーンを、さらに重力魔法と風魔法で加速させる。
森の中に立てこもっているのがあだになったな。
こちらの高速での急降下に気付いていない。
バリケードに突っ込む寸前に、メロディとマリエルをつれて、空間魔法で転移をする。
最も近いオーガまで五メートルの距離に転移を成功させた。
オーガを目視確認すると同時に後方からもの凄い轟音が大気を振動させ、わずかに遅れて地面が揺らぐ。
風魔法と重力魔法で加速されたワイバーンが盗賊たちの立てこもるバリケードに突入した結果だ。
ワイバーンも盗賊たちも無事ではないだろうな。
「メロディ、盗賊たちのスキルを確認しながら、岩の弾丸で狙撃を頼む」
オーガに狙いを定めながら、左腕で抱えているメロディに向かって言う。
ん? 反応がない?
オーガの狙撃を中断して、腕の中のメロディを確認する。
白目を剥(む)いて気絶をしている。
せっかくの美少女がだいなしだ。気絶するにしても、もうちょっと、こう、何かあるだろう?
それにしても、いつからだ?
震えもせず、泣きもしないと思ったが……おとなしくなった訳じゃなかったんだな。
いや、おとなしくはなったか。
まぁ、良い。この際だ、このまま気絶しててもらおう。
メロディを抱きかかえたまま、手近なオーガを狙撃する。狙いは頭部、ゴルフボール大でホローポイント付きの鉄製の弾丸である。
しかし、岩と違って鉄の生成は魔力消費が激しいな。
しかし、その価値は十分にあった。
一撃でオーガの頭部が吹き飛び、その巨体が弾丸の威力で大きく弾き飛ばされる。
次の標的に視線を移す。
オーガのスキルが一つ消えた。身体強化レベル3が見事に消えた。
ロビンが戦っているな。
まぁ、こちらとしてもオーガから奪いたいスキルはもうない。
あれほど魅力的だった身体強化と再生だが、身体強化は先日の騎士団から奪ったし、再生もアンデッド狩りで取得している。
邪魔な魔物はとっとと始末しよう。
二匹目のターゲットを視認し、頭部に狙いを定める。
と、ちょっと待てよ?
先ほどのオーガ、頭部破壊とともに角も破壊されてないか?
少なくとも回収するのは忘れていた。
狙いを頭部から心臓に変えて、残るオーガを次々と狙撃していく。
最後のオーガの心臓を撃ち抜いたところで、上空にテリーと黒アリスちゃんが騎乗したワイバーンが現れた。
そのようすから見て、かなり苦労しているようだ。
何はともあれ、森の中のバリケードに立てこもっていた盗賊も逃走に入っている。
そこへあの二人の参戦だ。
敵を退けるのも時間の問題だな。
あとは白アリたちが上手く聞き出せているかだな。
逃走する盗賊たちの追撃戦を騎士団に任せて、ゴート男爵とサミュエル団長に報告しておくか。
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