第51話 奇襲

 さて、作戦が決まれば行動は早い。


 特に今回の作戦にノリノリの白アリ、黒アリスちゃん、テリーの迅速なこと。白アリなんて文句一つ言わずに、実に協力的だ。


 テリーにしてもそうだ。

 普段なら自分のハーレムメンバーは妙に大切にするのだが、今回は違った。


 ローザリアの瞳から流れる大粒の涙など目に映っていないかのような振る舞い。

 キビキビとレーナとティナ、ローザリアに指示を飛ばしていた。


 勝負は一瞬。

 ワイバーン隊の竜騎士が騎乗する前に勝負を決める。

 

 奇襲だ。

 今回は派手な戦闘は一切ない。


 キーとなるのは黒アリスちゃんと俺、そしてメロディだ。サポートに白アリとマリエル。

 他のメンバーは攻撃陣である。

 この布陣で一気にかたをつける。


 ◇


 いた。

 森の少し開けたところにワイバーンがかたまっている。

 目視確認できる距離まで近づいたところで、全員でワイバーンと竜騎士の位置の確認をする。


 即座にワイバーンに騎乗できる距離には誰もいない。

 ワイバーンも含めて、全員が休息モードだ。

 山肌すれすれの低空飛行をして来たため、疲れているのもあるのだろうが完全に油断をしている。


「八十二匹だっけ? 壮観だな」


「あれだけかたまっていると群れとかコロニーみたいですね」


 八十二匹のワイバーンを見ながらテリーと黒アリスちゃんが感嘆の声を漏らす。


 俺自身、視界を飛ばして視認したときは驚いたもんな、二人が驚くのも無理はないな。


「ワイバーンって、休むときは地面に伏せてるのね」


 休息するワイバーンを見やりながら言う、白アリの声はどこか声が弾んでいる。


「竜騎士の半数近くは、下の戦闘を覗き込んでいて、残りは休息中ってところか。攻撃陣、頼むぞ」


 それぞれの竜騎士たちの位置を確認しながら、攻撃陣にも確認をうながす。


「こちらが終わったらすぐにそっちに参戦しますから、お願いしますね」


 俺に続き、黒アリスちゃんがテリーとひいらぎちゃんに向かって言った。


「ああ、こっちは任せとけ」


 真っすぐに休息中の竜騎士たちを見詰めながら軽く右手を挙げて返事をし、移動を開始した。


「白アリ、黒アリスちゃん、メロディ、マリエル、準備が整ったら教えてくれ。合図は俺が出す」


 前方を見据え、魔力を展開させながら、初撃を担う四名に声だけで指示を出す。


 俺自身、気分が高揚しているな。ここまで順調すぎる。こちらが考えていた以上に竜騎士たちが間抜けだ。


 何処かに見落としや落とし穴がないか、逆に気になってしまう。


「行けます」


「大丈夫です、ご主人様」


「準備完了」


「大丈夫でーす」


 四者四様の声が返ってきた。


「撃てーっ!」


 俺の掛け声と共に展開していた魔法が一気に発動する。


 イメージ通りに魔法が発動し具現化をする。それにともなってみるみる成果が現れる。


 よしっ! 捉えた。


 突然の攻撃に竜騎士は、ただそのさまを見詰めることしかできない。

 見詰めていても何が起きているのかも分からないだろう。


 そこには、ただ、咆哮ほうこうと叫び声、驚きの声だけが響いた。


 対処できる者など誰もいない。

 天を駆け、地をう者たちを一方的に攻撃してきた自分たちが、飛び立つこともできずに一方的にやられる。


 誰も想像しなかった場面が目の前で起きている。

 いや、この場でそれを想像したものは俺たちだけだ。


 自分たちを乗せて天駆けるはずのワイバーンは、その身体の半分以上が地中に埋まり、地に囚われている。

 もはや飛び立てるものはいない。


 ワイバーンたちも何が起きたのか分からないだろう。

 気が付いたときには身体は地に囚われ、身動き取れない状態だ。叫び声と咆哮を上げること以外何もできない。


 ワイバーン、八十二匹の生け捕り、完了だ。

 俺は『後からでも作れるんだぜ、落とし穴作戦』の成功に思わず顔がほころんでしまう。


「何々? あんたも怪盗とかに憧れたクチ?」


 白アリがルンルン状態で、哀れなワイバーンを眺めながら聞いてきた。


「怪盗って何だよ。まだ作戦途中だぞ、あんまり浮かれるなよ」


「怪盗、良いですね。私は憧れましたよ」


 白アリをたしなめる俺の言葉などなかったかのように、黒アリスちゃんが白アリに同意をする。


「そうよね、怪盗って良いわよね。知恵を使って他人の財産を奪うってのが良いのよね」


 まるで自分が知恵を使ってワイバーンを地中に埋めたかのような発言である。


「分かります。厳重な警備をかいくぐったり、相手がだまされたりしたときとか快感ですよね」


 熱に浮かされたように黒アリスちゃんが答える。


 ダメだ、このままじゃ。

 とっとと、次の行動に移ろう。


「おいっ、本当に一緒に行くのか?」


「ええ、余裕よ。ワイバーンから降りた竜騎士なんて、ただの痩せた男よ」


 一応、心配して念押しをする俺に、白アリが余裕の笑みで同意をする。


 いや、幾らなんでもそれは言いすぎだろう。

 まがいなりにも騎士なんだし、武術の訓練くらいはしているはずだぞ。具体的には、弓矢とかの遠距離攻撃武器だな。


 俺と白アリは全身に魔法障壁と重力魔法の障壁を複合展開させて、悔しげな咆哮を上げるワイバーンの間を通り抜けて、ゆっくりと騎士団の前に姿を現した。


 ワイバーンの間を抜ける時に、地中に半ば以上埋められて身動きできないワイバーンの周りを、マリエルが、からかうようにして飛んでいた。

 いや、飛びながら小さな火球をワイバーンにチマチマとぶつけていた。


 捕食側と被捕食側の関係だし、いろいろとあるのかもしれないが、売り物であるワイバーンをあまり傷つけないで欲しいものだ。



 俺の隣を歩く白アリは、ワイバーンを生け捕りにできて上機嫌である。

 鼻歌どころか、深夜アニメの主題歌を口ずさんでいる。


 俺たちの姿を認めて、ようやく竜騎士たちにも思考力が戻ってきたのか、口々に何かを怒鳴りだした。

 何が起きたのか状況はつかめていなくとも、やったのが目の前の若造と小娘の二人と認識して、正気に戻り強気になったようだ。


「貴様らっ! 自分たちがしでかしたことを分かっているのかっ?」


「私の竜を解放しろ!」


「貴様ら、後悔させてやるからなっ!」


「何者だ、貴様らっ!」


 口々に高飛車な態度で何かをわめいている。

 剣を抜いたり、弓矢をつがえたりしている者は極わずかだ。ほとんどの者が戦闘態勢を取らずに威嚇をしている。


 そう言えば、ティナが言ってたな。竜騎士はワイバーンを買えるだけの資産がある裕福な家庭の子弟が多いと。

 まったく、おめでたいと言うか、気の毒な連中だな。


 好意的にとらえれば、まだ混乱の中にあるのかもしれない。

 混乱しているから、ワイバーンを解放しろ、などと高圧的な態度で命令しているのだろう。


 俺たちを誰何すいかする声や、行いを非難する声を聞き流しながら、尚も近づく。

 そろそろかな?


 俺と白アリが足を止めた途端、竜騎士たちの足場が幾つもの爆発を伴い崩れ落ちる。

 下の戦場を見物していた四十名ほどの竜騎士たちが岩や土砂とともに落下して行く。


 落下に合わせて水魔法による多量の水が生成され、濁流となる。落下する竜騎士たちや土砂を押し流し、加速させる。

 オーガでさえ怪我をする高さを多量の水流により加速されるのだ、無傷とは行かないだろう。


 さて、テリーとひいらぎちゃんを中心とした、『崖っぷち竜騎士団の背中を押そう作戦』の成功を確認したところで、残る半数の竜騎士たちへ向かって、進行方向を変える。


 崖っぷち竜騎士と同様に、高飛車な態度で喚いていた、休息中の竜騎士たちも、さすがに静かになった。


 高飛車な態度での怒声から、少し怯えた様子で、絞り出すように驚きの声を上げている。


「あんたたちっ! 武器を捨てて投降しなさいっ!」


 武器の携帯もせずに両手を腰にあて、堂々とした態度と、よく通る声で言い放つそのさまはまるでどこぞの将軍のようである。


「おとなしく投降すれば命は助けてあげる。抵抗したら確実に命を落とすことになるわよ」


 いや、そこは、命の保証はない、と言うところだろう?


 白アリの物騒な降伏勧告が終わるのに合わせたように、皆が姿を現す。


 二人だと思っていたところにぞろぞろと言うほどでもないが、人数が一気に八人に増えたためか我先に涙目で武装解除しだした。

 手間がなくて良いが、本当にこいつら精鋭なのか?


「ワイバーンは全部無傷か?」


 駆け寄りながら妙に高いテンションで聞いてきた。

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