第50話 竜騎士
「ワイバーンがたくさん飛んできたよ。人が乗ってた」
マリエルがしきりに身体を動かしながら伝えた。
どうしたんだ?
いつもよりも落ち着きが無いようだが?
「えーっ! ワイバーンッ! いやー、ワイバーン、いやーっ!」
レーナも両手で自身を抱きしめ、
マリエル同様にレーナもいつにも増して落ち着きが無い。
比較的背の高い木々が生い茂った場所を選んで待機しているにもかかわらず二匹のフェアリーは大騒ぎである。
敵に捕捉されたら、されたで、真っ向勝負と言う気構えなのか誰も何も言わない。
ひいらぎちゃんが、そんなマリエルとレーナを両手で抱きかかえて、ちょうど、木陰になる大きな岩の上に腰かけた。
マリエルもレーナも幾分か落ち着きを取り戻したようだ。
「ご苦労さん、ありがとう」
マリエル専用の小さなコップに冷水を満たし、ひいらぎちゃんに抱きかかえられているマリエルに渡してやる。
捨てられたオーガと飛んできたワイバーンの状況を確認するために視界を飛ばし空間感知を広範囲に広げていると、背後でテリーがティナとローザリアに話しかけた。
「ティナ、ローザリア、人が乗っているワイバーンに心当たりはあるか?」
「恐らく、ガザン王国の王国軍直属にあるワイバーン部隊だと思います。騎乗しているのは竜騎士と呼ばれる特別な騎士です。前の戦争でも大きな脅威でした。精鋭部隊のひとつです」
テリーの質問に、ローザリアが蒼い顔で答えた。
顔も蒼ざめているが足も震えている。見たことがあるのか? 噂だけで震え上がるほどなのか?
そんなローザリアを気遣うようにテリーが彼女の腰に手を回しながらささやく。
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。ご心配をお掛けし申し訳ございません」
「いいんだ。謝るようなことじゃない」
テリーはローザリアのことを気遣いつつ、ひいらぎちゃんの腕の中にいるレーナへと視線を走らせる。
「ワイバーンはフェアリーを捕食するので怯えているのだと思います」
ティナがローザリアの肩を抱きながら、ひいらぎちゃんに抱かれたレーナを見て補足をする。
テリーがレーナのことを心配していることを察したのだろう、安心をさせるとともに一般常識を補完している。
「それと、竜騎士ですが呼び方は特別ですが、特殊なスキルを持っている訳ではありません。ワイバーンに騎乗する騎士と言う事で竜騎士と呼ばれています」
ティナの補足に軽く右手を上げながら礼に代えた。
賢い娘だ。
俺も一人で良いから一般常識を補完してくれるような奴隷が欲しいな。
いたっ!
これか、ワイバーン部隊。数は八十二。
練度も高そうだな、視認されないように低空を飛んできている。
あれを相手に制空権確保とか、嫌すぎる。
オーガの方は、ここまで叫び声と悲鳴が聞こえてきている。
こちらは騎士団と探索者の皆さんに任せてワイバーン部隊に集中するか?
空間感知で把握した情報を皆に説明をする。
ワイバーン部隊およそ八十二騎が既に尾根の向こう側に集結していること。
こちらの斥候から隠れるようにして、山肌スレスレに低空飛行ができるほどの練度を備えた部隊であること。
先ほどのローザリアからの情報で、ガザン王国王国軍直轄の精鋭部隊のひとつであることを全員の認識とした。
「それはそれでありがたい情報なんだけど、下のほうから聞こえてくる叫び声や喚き声、
白アリが自分の肩越しに親指で後ろを指しながら言うと、ひいらぎちゃんと黒アリスちゃんが続く。
「そうですね、何が起こっているんでしょう?」
「聞こえてくる声の様子からして、あんまり楽しいことじゃなさそうですね」
そんな彼女たちの傍らでテリーのは欧米人のように肩をすくめている。
「レーナの話にあったようにオーガが七体、崖の下にいる先頭部隊のど真ん中に落とされた。違うのは捨てられたんじゃなくて、投下されたんだ」
「良く考えれば捨てるために連れて来るとか、しませんよね」
「そうね、不法投棄じゃあるまいしね」
無言でうなずく黒アリスちゃんに続き、ひいらぎちゃんと白アリが続く。
今起きている惨状が理解できていないようだ。
俺の伝え方が悪かったか?
テリーとメロディ、ティナ、ローザリアに視線を走らせる。
四人とも深刻な顔をしている。
良かった、こちらには伝わったようだ。
「落とされたオーガは一時的に怪我をするが、すぐに再生して大暴れだ。まさに、今、先頭部隊のど真ん中で暴れまくっている」
叫び声や悲鳴の聞こえてくる方向を右手の親指で指差しながらさらに続ける。
「上手く対処できずに苦労しているのが、今、聞こえてきている叫び声と悲鳴だ」
俺の補足説明を聞いても特に崖下で交戦中の先頭部隊を気に止める様子もなく、白アリが口元を緩めながら視線を返してくる。
「ふーん、でも、そっちを助けるんじゃなくてワイバーン部隊を叩くんでしょう? そっちの作戦をとっとと考えましょう」
そんな俺と白アリのやり取りに続いて黒アリスちゃんが崖の方を一瞥し、少し離れたところに座っていたひいらぎちゃんが抱きかかえたマリエルとレーナを、指先でつつきながら穏やかにほほ笑む。
「そうですね、その方が最終的には良い結果に繋がりそうですからね」
「オーガの対処は騎士団の皆さんに頑張ってもらいましょう」
良かった。どうやら伝わっていなかった訳じゃなくて、意に介して無かっただけのようだ。
「それで、ワイバーン部隊への対処はどうする?」
まともに答えてくれそうなテリーに向かって聞いた。
「精鋭ってことだしそう簡単には行かないかも知れないけれど、空を飛ぶってことは、処としてはやっぱり風魔法を中心に組み立てるのが良いのかな?」
空を振り仰ぎ、風に揺れる木々を見ている。
「待ってくれ」
テリーに向けて話を中断するようにジェスチャーで示す。
俺の空間感知に山に伏せていた敵、五百名が山を一気に駆け下りて行くのが引っ掛かる。
「今、待機していた連中、約五百名が山から駆け下りた。恐らく、先頭部隊が壊走するのは時間の問題だろうな」
当初の予定では敵兵力が山を駆け下りたところで、その背後を突くと言う単純なものだった。しかし、ワイバーン部隊の存在が確認できた以上、これの攻略が最優先だ。
オーガ投下で混乱しているところへ五百名の伏兵投入。
今の状態で制空権まで奪われては、先頭の部隊どころか、一万の軍勢が壊走の憂き目に遭いかねない。
制空権?
いや、こちらの軍には航空兵力が皆無だよな?
どうするつもりだ?
「ワイバーン部隊への対応と言うのは、前回の戦争ではどうやったか教えてくれないか? それと、普通はどう対処するんだ?」
ティナとローザリア、一応、メロディに向かって聞いた。
ローザリアの顔色が変わるが、他の二人はそれほどの反応は無い。
「騎士団で空を飛ぶのは、飛行魔法が使える魔術師とペガサス隊くらいです。でもペガサス隊は伝令部隊ですから戦いません」
相変わらず顔は蒼ざめているが、ローザリアが真っ先に話してくれた。
そう言えばいたな、ペガサス。普通の馬に比べても、線が細く、あまりに弱々しいので忘れてた。
思い出したところで、あれは戦力外だな。
人を乗せて飛べることが信じられないような体格だった。もっとも魔法の補助で飛行するので見た目はあまり関係なのかもしれないが。
「そうですね。後はフェアリーくらいです」
メロディ、頼むから戦力の話をしてくれ。まぁ良い、取り敢えず聞き流すか。いや、魔法が使えるから、飛行魔法が使える魔術師と同列か。
「王都の騎士団にはグリフォン部隊とワイバーン部隊がいます」
いるのか、飛行兵団。しかし、グリフォン部隊もワイバーン部隊も遥か後方だ。下手したら王都で留守番をしている可能性もある。早い話が全くあてにならない。
何にしても、ティナのように常識に精通した奴隷と言うのは助かる。
「ティナ、ワイバーンについて知っていることを教えてくれ」
俺の質問に戸惑いながらも次々と答えてくれた。
鳥と違い、直ぐに飛び立つことができない。飛び上がれるが旋回をして加速をして、初めてまともな飛行ができる。
ホバリングはできない。
頭の良さは馬と同程度である。
ワイバーンはフェアリー同様に全ての個体が風魔法を持っている。
ワイバーンについての情報を頭の中で整理していると、自分の装備の点検を終えた白アリが聞いてきた。
「ねぇ、今、ワイバーン隊は何をしているの?」
「待機中だ。突入のタイミングを計っているところじゃないのか?」
白アリの質問に答えながら、改めて空間感知と視界を飛ばして最新の状況を確認する。
気が緩んでいるのか?
ワイバーンに騎乗しているものはいない。
まぁ、先ほどまで低空飛行で移動して来てたんだし、休ませているのか。
「全員が降りて、ワイバーンに休息を取らせているようだな」
全員に向けて追加の情報を提供する。
そして、全員に向かってそのまま作戦内容を伝える。
「――――と言う作戦でどうだろう?」
俺の立案した作戦を聞いている途中から、白アリと黒アリスちゃん、テリーの三名は満面の笑みである。
俺たちの魔術師としての力を十分に理解していない、ひいらぎちゃんと三名の奴隷は若干引き気味である。
ローザリアに至っては蒼い顔どころか、白くなっている。
メロディが瞳に涙を浮かべているのは見なかったことにしよう。
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