第49話 飛来するもの

「また街道が封鎖されている――――」


 馬車の中の皆に街道封鎖の状態――街道封鎖は先ほどと同様に倒木と岩を積み上げたものであること。

 そして、今度は先ほどと違い、封鎖されている場所の片側――進行方向の右側が結構な高さのある山であり、そこに、およそ五百名以上の伏兵が配備されていることを伝えた。


「フジワラさん、凄いですね。そんな遠くのことも分かっちゃうんですか?」


 その清楚な外見とは不似合いなほど、子どもっぽいしゃべり方である。


 実年齢が十五歳の黒アリスちゃんの方がまだ大人っぽい感じがするのは、決してひいらぎちゃんの元の姿を知っているからだけじゃないはずだ。


「山の上に伏兵ですか? さっきと戦法を変えてきてるつもりかもしれませんが、芸がないですね」


「そうよね、今度は山の上から落石とかじゃないかしら? 本当に転移者が作戦を考えてるのか疑問よね」


 黒アリスちゃんと白アリがしんらつなことを平然と言い放つ。


「案外、そう見せかけておいて裏をかいてくるかもよ?」


「人数が合わないわよ。それとも援軍が間に合ったとか? とてもそうは思えないわね」


 テリーの示した可能性を白アリが一刀両断である。


「いや、数が合わない。先ほどの四百名を壊滅させているんだから、残りの盗賊の数は四百名だろう? 索敵では五百名以上確認している」


「百名くらいなら取り逃がしていますし、合流したんじゃないですか?」


 俺の白アリへの反論に、黒アリスちゃんが自身のアーマーの確認をしながら言う。


 先ほど留守番をしていたせいか、今度は前線に出る気でいるようだ。


「これまでも隊商や村をさんざん襲ってるんだ。捕虜もいるだろう。捕虜の見張りも必要になるし、全員が出て来ているとも考えにくい。敵の数は八百名をゆうに超えると考えた方が良いだろう」


 真剣な表情でアーマーの確認を続ける黒アリスちゃんを見ながら、自身の考えを皆に伝えた。


「敵の数は不明で転移者があと四名いると言うことか。面倒だな」

 テリーが馬車の窓から、自分の馬車へ向けて、何やら合図をしながら言う。


「どうする? 全員で出る? 全員で出るならアイリスの娘たちに留守をお願いするけど?」


 白アリも、やはりアーマーの確認をしながら聞いてきた。


 なるほど、その手があったか。

 非戦闘要員――留守番役の奴隷の購入の必要性を考えてたよ。


「全員で出よう。すまないが、アイリスの娘たちに留守を頼んでもらえるか?」


 窓から上空で索敵中のマリエルに戻るよう合図を送りながらの俺の頼みに、軽くウインクをして白アリが走行中の馬車から飛び降りて行った。


「俺も一旦馬車へもどるよ」


 白アリに続いてテリーも馬車から飛び降りる。


「二人とも出るけど大丈夫だな?」


 テリーが飛び降りたのとは反対側の窓からマリエルが戻るのを確認しながら聞いた。


 主にひいらぎちゃんへ向けての言葉であったが、黒アリスちゃんとひいらぎちゃんから同意のうなずきが返ってきた。


 ◇


 ゴート男爵とサミュエル団長に別行動を取ることの了解を取り付けての作戦行動である。

 

 俺たち八人と二匹は戦場を大きく迂回うかいし、山登りの真っ最中である。

 しかし、山の中を高速で走るのがこれほど大変だとは思わなかった。

 これ、純粋魔法で身体の表面に、硬質の障壁を展開してなかったら、今頃は全身傷だらけだな。


 作戦は単純だ。

 奇襲が成功したと思い気が緩んでいるところで、敵の背後を突き、広域の遠隔攻撃魔法で殲滅する。


 個人的には殲滅はさせずに、スキルを奪うチャンスが欲しいところだが、贅沢は言っていられない。

 目的完遂のための必要人数以上に生け捕ることは考えないようにしよう。


「分かっているとは思うが、敵の背後関係を知りたい。それと、襲われた隊商や村人がどこかに捕らわれているはずだ。聞き出すための人員を最低限は残すようにしてくれよ」


「分かっているわよ」


「はい」


「おう」


「分かりました」


 白アリ、黒アリスちゃん、テリー、ひいらぎちゃんと返事が続く。


「かしこまりました」


 メロディ、ティナ、ローザリアの三名の返事が四人に続いて重なる。


 いつもの事だが、返事一つとっても俺たちの行動が終わってから、それに続くようにしているな。


「マリエル、俺からあまり離れるなよ」


 上空を飛びながら索敵をするマリエルを仰ぎ見ながら伝える。


 マリエルが了解の意思表示である、八の字の旋回をして答える。

 よし、伝わったようだ。


 いろいろと検証はしたいが、どうやら俺の魔法が通常の同レベルの魔法よりも威力があるのはマリエルの影響の可能性が高い。

 マリエルがある程度そばにいると、魔法の威力が格段に上がり、離れると魔法の威力はレベル本来の威力よりも高い程度になる。

 

 これはマリエルの持つ特殊スキル『同調』によるものだろう。

 増幅、のようなものが隠れているのかとも考えたが『同調』と仮定をして動こう。


 これから転移者相手に戦うんだ、不確定とは言え、少しでも加点要素と思われるものは取り入れるようにしないとな。


 そろそろか。空間感知を再び広範囲に展開をする。


「なっ? 何だ?」


 走りながら、思わず叫び声を上げてしまった。かろうじて、速度は落とさずにすんだ。


「どうしたんだ?」


 隣を走るテリーが真っ先に反応する。


「伏兵の人数が増えているのとオーガが別に数体混じっている。ちょっと待ってくれ、今、正確な数を確認する」


 走りながら視界を敵の上空へと飛ばし、空間感知を新たに合流した部隊へと集束させる。

 皆が俺の確認結果を待って、無言で目配せをし合いながら森の中を駆ける。


 しかし、右目の視界を上空へ飛ばして、左目だけを頼りに走るのはつらいな。

 いや、なまじ、右目は上空から別の場所を見ているだけに片方の目だけを頼りに走るよりもつらい気がする。


 オーガを連れた部隊、増えた人数から見て百名ほどか。その部隊が七体のオーガをそれぞれおりにいれて合流したようだ。


「確認した。合流した部隊は百名ほどで、七体のおりに入れたオーガを連れてきている」


「オーガですか? 森にオーガを放した人たちかもしれませんね」


「檻に入っているってことは、テイマーがいるわけじゃないのかもね。断言はできないけど」


 俺とテリーのすぐ後ろを走る、黒アリスちゃんと白アリの会話が聞こえる。


 なるほど、オーガの存在からテイマーを想定していたのか。

 確かに、そんなのがいれば厄介なことになるか。

 欲しいスキルではあるな。


「何にしても、これで敵は盗賊以外にも大勢いるってことは分かったね、敵の数もまだまだ増えそうだ」


「ああ、本格的な戦争になるかもな」


 テリーのあまり嬉しくない予想に答えながら、本来の目的であるダンジョン攻略のさまたげになりそうな事態が、さらに悪化したことに心の中で舌打ちをした。


 後、十数分で敵の側面にでられるな。

 再び、空間感知による索敵を自身の周囲への展開にもどし、走る速度を上げた。


 ◇


「テリーッ! 大変ですー。オーガが突き落とされました」


 上空から手足を器用にバタつかせながら、急降下してきた。


 突き落とされた?

 え?

 けし掛けるんじゃなかったのか?


「落ち着け、レーナ。詳しく頼む」


 テリーがレーナを気遣って、速度を落としながら聞いた。

 

 後、二・三分の距離まで近づいたので、一旦、止まって状況の確認をすることにした。


「七体のオーガが崖の上から、ポイッと」


 両手でしたから何かを投げるようなジェスチャーを交えながら話している。

 

 ひいらぎちゃんが、俺の隣に移動して、レーナのことを見ている。


「ウガーッて落ちていきました」


 空中で手足を器用にバタつかせながら、身体は上下に行ったり来たりしている。


 崖から突き落とされ空中でアタフタとするオーガを表現しているつもりなのだろうか?

 よく見ると、表情もいろいろと変化をさせて表現しているようだ。


 ひいらぎちゃんが、レーナの報告と言うか、演技を食い入るように見ている。

 先ほどよりも近いな。

 面白いのか?


 フェアリーが珍しいのか?

 そう言えば、向こうの異世界の種族構成とかは聞いていなかったな。

 後で、聞こう。


「全部で七体のオーガが捨てられちゃいました」


 合計七回、オーガ落下のシーンを再現したせいか、急いで飛んできたからかは分からないが、肩で息をしている。


「可愛いー、これ、可愛いですね。私も欲しくなっちゃいました」


 レーナのことを人差し指でつつきながら満面の笑みである。


「あんた、そう言う趣味があるの?」


 白アリがジト目でひいらぎちゃんのことを見ている。


「え? 何のことですか?」

 

「――――と言うものなんだよ、フェアリーってのは」


 何も知らない様子のひいらぎちゃんに、フェアリーのことを説明した。

 まったく、この状況で自分の性的嗜好を疑われるようなことを説明しなきゃならないんだ。

 

「そう言うものなんですね。でも、オスのフェアリーは要らないかなぁ。どうせなら可愛い女の子のフェアリーが良いな」


 少し考えるような表情をしたと思ったら、直ぐに満面の笑みに変わる。


 用途が分かって尚、欲しがるのかよ。それもメスを。

 ってか、雄はオス呼ばわりで、雌は女の子って呼ぶんだな。


「え?」


「ちょっと、あんた、そう言う趣味があるの?」


 黒アリスちゃんが短い驚きの言葉とともにもの凄い目でひいらぎちゃんのことを見、白アリは先ほど聞いたことのあるセリフをやはり先ほど見たような嫌そうな顔――それ以上の嫌悪感を漂わせて、ひいらぎちゃんのことを見る。


「どっちも大丈夫ですよ」


 軽い感じでにこやかに言い、さらに続ける。


「ほらっ、私、女子高出身なんで修学旅行とか大変だったんですよ。なんで、耐性はあります」


 白アリが無言で一歩下がり、黒アリスちゃんに至ってはメロディの後ろに隠れてしまった。


「え? 冗談ですよ。ちょっと場を和ませようと思って言ってみただけですよ」


 白アリと黒アリスちゃんの反応を見て、少し、いや、かなり困った顔で誤解を解こうとしている。


「そうですか、冗談だったんですね。安心しました」


「そうね、冗談なのよね? 安心したわ」


 黒アリスちゃんと白アリが全然安心したそぶりを見せずに、言葉だけで安心したことを伝えた。

 

 気まずいな。

 しかし、このままじゃ話が進まない。


「修学旅行の詳しい話は後で聞かせてもらえるかな? 今は情報を整理して作戦の修正をしないと」


 テリーがひいらぎちゃんの両肩に正面から両手を軽く添えて話しかけている。


 テリー、お前に感謝するよ。

 俺の感謝の気持ちとは違い、もの凄く冷たい白アリと黒アリスちゃんの視線がテリーの背中に突き刺さる。


 さて、どう収拾をつけるか。


「ワイバーンだー、ワイバーンが来たよーっ!」


 マリエルが両手を羽ばたくようにしてこちらに飛んでくる。


 こっちの収拾もまだなのに、新たな問題が飛んできた。

 敵を目の前にして、少し眩暈めまいがしてきた。

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