第48話 略奪
「覚醒、ですか? いいえ、知りません。初めて聞きます。スキルですか?」
「いや、違う。実は女神との会話で出てきた単語なんだ。――――」
女神との会話で出てきた覚醒について改めて説明をした。
もっとも、覚醒については何も分かっていないに等しいので、説明と言ってもたいしたことはできない。
「覚醒、ね。まだまだ秘密がありそうね」
「覚醒、とかって、普通に考えて、私たちの中にまだ目覚めてない、スキルなり力があるって考えるのが妥当ですよね?」
「メロディの無断借用を利用して探れないか、今夜にも試してみよう」
「あの、良いかな?」
テリーが発言の許可を取るように軽く右手を挙げながら、聞きにくそうな顔で続けた。
「殺されたって言ってたけど、何で殺されたの? 誰に殺されたの?」
「えーとですね……」
言いにくそうに全員を見渡し、俺のところで視線が止まる。
「私、光魔法が得意なんですね。それで、向こうでは『光の聖女』とか呼ばれていまして……」
ヒイラギちゃんは様子をうかがうようにして、両脇にいる白アリと黒アリスちゃんにチラチラッと視線を走らせ、直ぐに膝の上で握られた自身の両拳に視線を移す。
さすがに『光の聖女』の呼称は恥ずかしいのか顔がわずかに赤らんでいる。
逆に白アリと黒アリスちゃんはもの凄く冷めた雰囲気を漂わせていた。
一気に居心地が悪くなった。
テリーを見ると、俺と同じように居心地悪そうにしている。
「で、ですね。私も『光の聖女』とか呼ばれていて、グループの中でもちょっとしたポジションでした」
ヒイラギちゃんはそこで言葉を切り、両手の拳を握ったり開いたりしている。
そこまで恥ずかしいものか? 『光の聖女』ってのは?
「で、リーダーのライト・スタッフさんと、割りと良い感じになりつつあったんですよ。そこで嫉妬に狂った、バニラ・アイスさんに、グサーッとやられちゃいました」
再び両手の拳を膝の上で握り締めて、視線もそこへ固定されている。
「嫉妬に狂ったって……あんたたち、出会って何日目よ? それとも、そのバニラってのは、そのリーダーと異世界に飛ばされる前からの知り合いなの?」
白アリの態度がもの凄く冷たい、半ばあきれた感じで聞いている。
「えーとですね……婚約者同士だったそうです」
誰とも目を合わせず、あさっての方向を向いて抑揚なく言った。
「略奪っ!」
黒アリスちゃんが、ひいらぎちゃんのことを指差しながら言う。ビシッ、と言う効果音が聞こえてきそうな感じだ。
「略奪って、そんなんじゃありませんよ。何にもなかったんですから」
黒アリスちゃんに向き直り、大きな胸の前で両手を小さく振りながら否定をした。
気のせいだろうか? 目が泳いでいる気がする……
あれ? 何だろう?
ちょっとだけ悲しい気がする。
「ほらっ、フジワラさんは知っているから白状しちゃいますが、私ってもとは幼児体型で、中高生に間違われることもあったんですよ」
「ふーん、若く見られてたのね」
白アリから冷ややかな合いの手が入る。
もはや、何を言っても悪意のある
「で、ですね。私にくる男の人って皆さん、ロリが入っていたんですよね。それが嫌で嫌で……」
両脇にいる、白アリと黒アリスちゃんを忙しそうに交互に見やりながら話している。
もはや、俺とテリーは眼中にないようだ。
「それが今じゃこの大人っぽい身体と雰囲気。ライトさんの顔もど真ん中ストライクでした。で、つい嬉しくって調子に乗っちゃいました」
分かってくれ、と言わんばかりに勢い良く右の拳を顔の前に突き上げながら力説している。
「自業自得じゃないの。あきれた、何が『光の聖女』よ」
「悪女ですね」
なまじ、自分で『光の聖女』とか言ってしまったからだろう、反動が凄い。
白アリと黒アリスちゃんの間では悪女認定されたようだ。
なんと言うか、俺やテリーが口を差し挟める感じじゃないな。
ここは黙して語らず、と言うのが最善の選択かもしれない。
ごめんよ、ひいらぎちゃん。
馬車の中に何とも形容し
「あのう、一つ気になったんですけど、女神さまは夢に一回ずつしか出てきてないんですか?」
沈黙に耐えられなかったのか、ひいらぎちゃんが軽く右手を挙げておずおずと聞いてきた。
「そうよ」
腕組みをした腕で胸が押し上げられている状態で、冷ややかに返す。
白アリ。冷たい、冷たすぎるぞ。
「今のところ、俺だけが二回だな。最初が早かったから順番じゃないのか?」
何はともあれ、話題が変わりそうなので急ぎ話を動かす。
「少ないですね。向こう側で出会った人たちは三回くらいです。私は多い方で、四回出てきてます」
働き者だな。
あちら側の女神さまは随分と精力的に動いているようだ。
「ねぇ、あちら側の異世界と差がついた、ってことだけど、原因は働き者の女神と怠け者の女神との差じゃないの?」
火魔法で馬車の中の温度を下げながら、俺とテリーに向かって言った。
「いや、それは言いすぎだろう。環境の違いだろう。向こうは平和でダンジョン攻略ができるが、こちらはもめ事があってそれどころじゃないってとこだろう。それに、女神は、ルールに抵触する、と言うようなことを話していた。あちら側の女神がルールを破ったか、ギリギリのことをしていると見るべきじゃないか?」
なるほど、確かに少し暑いな。湿度が高いか。
息苦しかったのは温度と湿度のせいだったんだな。
先ほどからいやな汗をかいているせいか、馬車の中の温度や湿度まで気が回らなかった。
「向こうはどうしてそこまで早くダンジョンの攻略ができたんだ?」
アーマーを緩めて、衣服と素肌の隙間に魔法で冷風を送りながら聞いた。
陽が傾きかけてきたとは言え、外も暑そうだな。
御者席のメロディに向けて冷気をまとわせる魔法をかける。
さすがに、自分と同じように、服と素肌の隙間に冷風を送る訳には行かない。後でばれたら何を言われるか知れたものじゃないからな。
「先ほどお話しした、リーダーのライト・スタッフと言う人がいて、その人が皆をまとめてダンジョンを攻略しました。もっとも、女神さまの情報では、そのダンジョンは偶然にも攻略が容易なダンジョンだったそうです」
正面にいる、俺とテリーを真っすぐに見ながら言う。
「皆をまとめる、ってのは何人くらいのことなの?」
「私を含めて、二十二人です」
白アリの質問に、一瞬だけ身体を強ばらせてから振り向く。
二十二人が既にまとまっているのか。あちらの異世界へ転移した数のおよそ半数か。多いな。
あれ?
ひいらぎちゃんのことを除いて考えれば、俺たち全員で自殺してあちら側へ再転移。あちら側の異世界を救った方が簡単で確実じゃないのか? これ?
「疑問なんですけど、この世界を救うよう言われましたが、救った場合、何か良いことがあるんでしょうか?」
「そうよね。何にも見返りがないなら――これまでの話を総合して判断すれば、『光の聖女』さまを見捨てて、皆であちら側の異世界へ行って頑張った方が良さそうよね。どう?」
黒アリスちゃんの言葉に続いて、白アリがもの凄く意地悪そうな顔で俺とテリーに視線を向けて聞く。
心の中を見透かされたようで一瞬ドキリとする。
頼むからそう言うことは聞かないでくれ。
俺とテリーがお互いに助けを求めるようにして視線を交わす。
ひいらぎちゃんに至っては今にも泣き出そうな顔である。
「ともかく、聞きたいことを整理して、今度、女神が誰かの夢に現れたら話を聞いて情報を共有しよう」
「はい」
「そうしましょう」
俺の言葉に黒アリスちゃんと白アリが即答し、ひいらぎちゃんが無言でうなずく。
そもそも、ひいらぎちゃんの夢にこちら側の女神って出てくるのか?
疑問はあるがそこは流そう。
「賛成だ。それにしても、最初の説明のときにあちら側の女神が担当してたら、もう少し情報があったかもな」
遅れてテリーが賛成する。
「あの白い異空間での女神さまは別人ですよ。あちら側の女神さまとこちら側の女神さまの姿や人格を融合して、一時的に造った擬似女神さまです」
知らないんですか? と言った感じでひいらぎちゃんがテリーに返しながら続ける。
「瞳の色とか髪の毛の感じとか違いますよね?」
あの状況でよくそこまで見てるな。
って、見てただけじゃそこまでは分からないよな。確認したのか。
「夢に出てきたときに聞いたんですか?」
馬車が大きく揺れたせいか、黒アリスちゃんが窓から外の様子をうかがいながら聞いた。
「ええ。あれー? とか思ったんで聞いたら教えてくれました」
そうか、腑に落ちた。
何となく感じていた違和感はそれだったのか。
「前の方、行軍速度が鈍ってるようです。何かあったのでしょうか?」
窓を閉めながら誰ともなしに言う。
黒アリスちゃんの言葉を受けて、視界を上空に飛ばしながら空間感知を広域に展開する。
また前方で
さて、本日二戦目か?
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