第47話 もたらされたもの

 行軍が再開されると、再び暇になる。


 暇と言っても奴隷三名は交代で操車だし、マリエルとレーナは周辺索敵をしているので、本当に暇なのは俺たち四人とひいらぎちゃんだけである。


 その代わりと言っては何だが、戦闘終了の合図から行軍が開始されるまでは忙しかった。

 俺と白アリ、メロディは光魔法が使えることから、負傷者の治療にかかりっきり状態であった。


 治療の際もメロディはイケメン限定状態となる。

 このためゴート男爵とサミュエル団長に事情を説明して、事前に負傷者の選別を行ってもらったのと、治療開始前に白アリとは別のテントでの治療役にしてもらったほどだ。

 ゴート男爵とサミュエル団長にあきれられたのは言うまでもない。

 そうだよな、それが普通の反応だよな。

 良かったことといえば、苦労したかいもあってか、白アリの爆発を見ずにすんだことくらいだろう。


 そして、サミュエル団長とゴート男爵への報告は黒アリスちゃんとテリーにやってもらった。

 俺たちが活躍したのは知れ渡っていたらしく、二人とも上機嫌だったと聞いた。

 なるほど、メロディのことで便宜を図ってくれたのは、俺たちの活躍を事前に知っていたからのようだ。


 そして、今である。


 俺たちは、話し合いの続きと言うか、ひいらぎちゃんから話を聞くために再び馬車の中に集まった。

 さすがに大きめの箱馬車とは言え、大人五人となると圧迫感がある。

 馬車の中では、進行方向右側のベンチに俺とテリー、向かい側である進行方向の左側にあるベンチにひいらぎちゃんを真ん中にして左右に白アリと黒アリスちゃんが座る。

 窓からの明かりだけでは足りないので光魔法で明かりをともす。


 それにしても揺れが大きいな。

 この世界、板バネも存在しないため、車輪の衝撃がダイレクトに伝わってくる。

 今夜にでも、馬車の改造をしよう。


「で、さっきの、私、殺されちゃったんです。一度、死んだんですっ! ってのはどう言うことだ?」


「そうね、いろいろと聞きたいことはあるけど、それが気になって他のこと、どころじゃないわね」


「そうですね。何から話したら良いでしょうね」


 ひいらぎちゃんが、俺と白アリの言葉に、少し考えるようにしながらゆっくりと話し出したが語尾は弱々しい。


 三人の視線がひいらぎちゃんから、俺へと移る。

 やっぱり、俺の役割か。女の子に話をうながすのとか苦手なんだがなぁ。


「一つずつ行こうか。じゃあ、先ず、殺されたってのは?」


 仕方がなく、俺が水を向ける。


「はい、私は背中から剣で心臓を一突きされました。こう、グサーッと」


 両手で剣を水平に突き刺す真似をまじえながら説明を続ける。


「刺されて倒れるときに、ガラスに映った姿を見たので、間違いありません」


 なるほど。ひいらぎちゃんのドレスアーマーの傷と血糊の付着具合を見れば背中から心臓を一突きと言うのもうなずける。

 だが、なぜそれで生きているんだ?

 

「ほぼ即死だったと思います。床に倒れて気が遠くなったと思ったら、急に意識がはっきりして――気が付くと、最初に飛ばされた、あの白い空間と似た空間を漂っていました」


 彼女の癖なのだろうか? 両方の拳を胸のあたりで、握り締めながら力説をしている。


 異空間に飛ばされた?

 再転移をしたのか?


「そのとき、いろいろな事が一度に頭の中に流れ込んできて、いろいろな事を理解しました」


 一旦、そこで言葉を切り俺のことを真っすぐに見た後で、さらに続ける。


「自分が死んだこと。そして、もう一方の異世界に新たな命を与えられて飛ばされること」


「じゃぁ、なに? 死ぬともう一方の異世界へ行けるの? 行ったり来たりが可能ってこと?」


 白アリがすぐさま反応をする。狭い馬車の中で中腰になりながら身を乗り出して聞いた。


「それは違います。行き来はできません。もう一方の異世界へ行けるのは一度だけ。最初の異世界で死んだときだけです」


 ゆっくりと首を振り、悲しそうに答えた。


 再転生のチャンスは一度だけと言うことか。

 彼女にはもう後がない。


「理屈は分かりませんが、そのことだけははっきりと理解できました」


 膝の上に置かれた両方の拳が強く握られる。


「ですから、私は、もう一度死ぬと、本当に最後です。もう生き返ることはできません」


 その蒼い大きな瞳に、わずかに涙を浮かべている。


 一度、死を体験している。俺たちが想像する死の恐怖とは違う、本当の死の恐怖を知っているのだろう。


「もう一方の異世界にいたのは間違いないんだね?」

「はい、間違いありません」


 ハンカチを眼にあてながら、テリーの言葉に迷いなくうなずく。


「戦う相手は同胞、ってのは、直接の戦いじゃなくて、ダンジョン攻略を競い合う相手同士ってこと?」


 白アリがひいらぎちゃんへ、と言うよりも皆へ質問をした。


「女神さまとの夢の話だが、犠牲者二人のうち、あちら側の影響で一人死亡したっと言っていた。その情報の中で、あちら側の異世界でダンジョンがひとつ攻略されている」


 俺は自分の考えは述べずに、女神からの情報と推測できる関連だけを伝えていた。


 ひいらぎちゃんを含めた四人の顔が強ばる。

 恐らく、俺の考えと同じ結論を導き出したのだろう。


「ダンジョンを攻略することでランダムに相手側の転移者を死亡に至らしめて、自分たちの側の異世界へ強制的に転移させることができるんじゃないか?」


 皆が今考えているであろうことを、自身の言葉を引き継ぐようにして問いかける。


「じゃあ、なに? 向こう側のダンジョン攻略が進めば、私たちも無事ではいられないってこと?」


「多分、白姉の考えている通りだと思います」


 問いかけるような白アリの言葉に、黒アリスちゃんが肯定の言葉を発する。


 白アリの顔色が悪い。

 否定をして欲しかったのだろう。すがるものを、わずかな可能性でも見出したかったのかもしれない。

 だが、それを否定する材料がないのも事実だ。

 

「つまり、同じ異世界の転移者が死亡したら、もう一方の異世界の戦力が増強されるってことか。仮に半数の二十五人が死亡して、一方の損害がゼロなら戦力差は三倍になる」


「しかも、一度死亡した者は次がないから協力をせざるを得ない。再転移時にそのことを理解させられる訳か。嫌な感じだな」


 テリーの言葉に、ひいらぎちゃんがもたらした事実を付加させる。


「戦力差が三倍ってのは別にしても、一度戦力差がついたらそう簡単にはひっくり返りそうにないわね」


「女神さまも焦る訳ですね」


「もちろん、仮定の部分が相当にある。だが、正解からそう遠くないと思うんだが、どうだろう?」


 改めて四人を見渡しながら聞く。


 俺の問い掛けに誰も言葉を発することなく、四人は静かにうなずいた。


 沈黙が続く。

 馬車の車輪が大地の上を行く音が大きく響く。 


 気まずいな。


「事実は事実として受け止めよう。それにまだ仮定の部分も多分にあるんだしな」


 できるだけ軽い口調で言いながら皆を見渡す。


 ダメだ、所詮は気休めか。口調だけじゃどうにもならない。


「それよりも、これからどう対処するか考えよう。俺たちが生き残るために必要なことを考えて実践しよう」

 

 ネガティブな方向で悩むよりも、建設的なことに頭を使って、ポジティブなことで悩もう。

 人間の頭なんて、いくつも並行して考えたり悩んだりなんてできやしないんだ。

 頭の中をポジティブな悩みで埋め尽くしてネガティブな悩みを追い出そう。


「そのために、くだらないことでも何でも言い。考えをどんどん言葉にしよう」


「そうね、盗賊の中に紛れている残る四人は殺さない方が良いのかな? 事情を説明して協力してもらう?」


 俺の言葉に、白アリが口火を切って話し出した。


「身勝手なヤツらだし、向こうに行っても不穏分子になってくれるんじゃないでしょうか?」


「分からないわよー。逆に恨みつらみで、あちら側でもの凄く協力的になったりして」


 白アリが黒アリスちゃんに、からかうような口調で反論する。


「どちらもありえそうだが、これから協力し合ってダンジョンを攻略して行くには邪魔な存在だ。予定通り排除するほうが俺たちにとってプラスになると思う」

「賛成だ。不穏分子を抱え込むよりも、少数精鋭で行こう」


 俺の案にテリーが即座に賛意を示す。


「ダンジョンの攻略を優先するんですか?」


 俺とテリーの会話に反応した、ひいらぎちゃんが聞いてきた。


 もう、泣いてはいないようだ。


「ダンジョンを攻略して、もう一方の異世界の同胞を死に至らしめる訳ですよね?」


「そう言ってしまうと、身も蓋もないが、その通りだ。女神の思惑通り進めるしかないのが悔しいが、それ以外の選択肢がないからな」


 黒アリスちゃんの言葉を受けて、今、分かっている事実を改めて伝えた。


 果たしてそうだろうか?

 女神、ひいてはその上位の存在を出し抜くことは本当にできないのか?

 全員が無事に地球へ帰還する。或いは、両方の異世界を存続させる。


 二つの異世界を統合して全員が同じ世界で生き残る。これがベストの選択じゃないだろうか?

 では、どうやってそれを実現する?

 皆目見当もつかない。


 やはり、女神とのコンタクトが必要だな。


 そうだ、一つ聞き忘れていた。


「ひいらぎちゃん、覚醒、について何か知識を得なかったかな?」


 女神との会話で一番引っ掛かっていた単語だ。


 俺の言葉に、ひいらぎちゃんだけでなく、それ以外のメンバーも反応を示した。

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