第46話 涙の理由
出現ポイントはテリーたちから五メートルほど離れた地点。
後方は騎士団と探索者、盗賊が入り乱れての乱戦だが、前方には盗賊しかいない。万が一を考えての位置取りである。
転移と同時に周囲に魔力障壁を張り巡らせ、自身は全身を魔力と重力の二重の障壁で覆う。
なんと言うか、この複合障壁は非常に使い勝手が良い。俺にとって戦闘時のデフォルトの防御スタイルになりそうだ。
後方に撃ち込んでいた爆裂系やら広域の火炎系やらの火魔法が功を奏したようで奇襲部隊はかなり混乱している。
火力的には俺が転移者を討ち取ったのも大きい。
とは言え、街道脇の平地では、奇襲部隊に切り込まれた騎士たちや探索者たちも混乱から回復はしていない。
やはり、初撃の爆裂系火魔法によるものが大きい。
集団戦闘における、遠距離からの高火力、広域の攻撃魔法の有効性が知れる。
その功績の最も大きな白アリが、転移とほぼ同時に小規模な爆裂系の火球をいくつもばら撒く。
さながら、火薬を抑えた手榴弾の雨である。
死なないまでも大怪我は間違いない。身体的にも精神的にも、継戦能力を削ぐには十分な威力だ。
実際、死んではいないが、まともに動けない状態の盗賊たちが、うめき声を上げながら累々と横たわっている。
一応、手加減をしているようだな。
味方を巻き添えにしても、生きてさえいれば光魔法もあるし大丈夫よね? とか考えてそうではあるが。
テリーたちも三人でフォーメーションを組んで戦っている。
ティナとローザリアは、近接戦闘を得意とするスキルを所有していることもあってか、テリーの前で前衛を務めている。
その二人をテリーが魔法で援護しながら、適当なところで遠距離の敵にピンポイントで水の刃を放っている。
隠れて練習でもしていたのか、フォーメーションがさまになっている。
効率厨のテリーのことだ、おそらくミーティングや練習をしていたのだろう。
さて、こちらだ。
「メロディ、どうだ? 転移者はいたか?」
右斜めからこちらへ向かって槍を突き出してきた盗賊を中心にして、放射状に岩の弾丸を二十発、低空で射出――地上五十センチメートル程で五連射しながらメロディへ視線を移す。
俺の射出した弾幕の圏内にいた盗賊はことごとく足止めをされる形となった。
メロディは――うつむき、ボロボロと涙を流している。
うつむいた状態からわずかに確認できる顔は真っ青だ。
え? 何があった?
攻撃を受けた? 障壁の展開が遅れたのか?
「どうしたの? 怪我でもしたの?」
白アリが左前方へ小規模な爆裂系の火球をばら撒きながらも、俺よりも早く反応をした。
「違い、ウェッ、まず」
メロディはと言うと、真っ青な顔で泣きじゃくりながら首を振る。
「大丈夫? 怪我はないようだけど」
メロディの身体を簡単に調べながら、泣きじゃくるメロディを気遣っている。
その間も攻撃魔法が止むことはない。小規模なものではあるが爆裂系の火球を射出している。
「どうだ?」
「怪我はないようだけど……」
岩の弾丸を掃射しながらの俺の質問に白アリが言いよどむ。
一先ず、怪我がないことに胸をなでおろす。
原因が分からないのか。
心理的なものか? 乱戦への恐怖だろうか?
奴隷としての教育が全くできていない状態で購入したんだ、いろいろなことへの耐性や心構えが不十分なのかもしれない。
それに、奴隷商の店主が言っていた言葉を思い出す。
店主曰く、「優しい娘ですが、とても
「メロディ、大丈夫か?」
「怖い、エッ、んでず。怖い、ウェッ、顔をし、ヒック、た男の人が、グッ、こっち、グズッ、に向かって、エッ、来るのが、ウウッ、怖いんです」
俺の問い掛けに、うつむき、嗚咽しながら答える。
「今ま、ズズッ、では、グスッ、一生懸命、エッ、に耐え、ヒッ、てました。でも、こん、エッ、なにたくさん、グスッ、の怖い顔が、エッ……無理です」
俺と白アリの腕を、左右それぞれの手でつかんだ状態で、嗚咽しながら必死に訴えている。
相変わらず顔は真っ青で涙に加えて、鼻水まで加わったようだ。
え? 何を言っているんだ?
顔? 顔が怖い? え? 何だって?
男の顔? 男が苦手なのか?
思い返せば、女性陣の中にばかりいたな。
でも、俺やテリーは大丈夫だったよな?
「顔? 男の人の顔が怖いの?」
白アリの優しげな質問に嗚咽しながら無言でうなずき、肯定の意思を示す。
「でも、ミチナガやテリーは大丈夫だったでしょう?」
うつむいたままの、メロディの真っ赤な髪を優しくなでながら、後ろも見ずに適当に爆裂系の火球をばら撒く。
「二人とも、ウェッ、二枚目だ、ヒクッ、から大、エッ、丈夫でした」
スキンシップが功を奏したのか、うつむいていた顔を上げて、白アリの問い掛けに答えた。
「ふざけんじゃないわよっ! この、面食いギツネがーっ!」
怒声と共に、特大の爆裂系火球が森の奥へ撃ちこまれる。大気と大地を震わせて、木々がなぎ倒される。いや、吹き飛ばされてるな、あれは。
誰もいないよな? あの辺り。
感情を攻撃魔法で表現するのはやめよう。
「おいっ! 赤いキツネッ! この状況で何、訳の分からないこと言ってんのよっ!」
もの凄い形相でメロディのことを睨みつけている。
先ほどまでの優しげな雰囲気は
メロディも恐怖の対象が、怖い男の顔から白アリに移ってるんじゃないだろうか?
白アリを見る眼を白黒させている。
「まぁ、今は戦闘の最中だし、ここは穏便に行こうか」
理屈にもなっていないような言葉でとりなそうとする。
もちろん、その間も攻撃魔法は忘れない。
掃射、弾幕系から切り替えて一撃必殺の狙撃を試みる。弾丸も岩から鉄へ変更する。五十メートルほどの距離を狙い違わず撃ち抜く。
「あんたは、黙っててっ!」
俺の方を振り向きもしない。その眼光はメロディに
いや、俺はお前の言うところの、赤いキツネの所有者なんだが?
それに、まだ心の傷が癒えていない可能性もあるし、精神的な負荷はあまりかけないでもらえないか?
白アリの勢いに圧し負けた気がしないでもないが、気にしないでおこう。
こう言うことは女同士の方が良い結果につながったりする。
きっとそうだ。
「顔が怖いくらい何よっ! 怖いなら近寄られる前に吹き飛ばしなさいっ!」
叫び声と共に実践をしてみせる。
最も近い場所にいた敵を爆裂系の火球で、吹き飛ばす。五方向くらいに分かれて飛んでいった。
メロディは、真っすぐに白アリの眼をみながら、無言でコクコクとうなずいている。
いつの間にか嗚咽も収まり、泣き止んでいる。
ショック療法。
そんな単語が俺の脳裏をよぎる。
「あれよ、あの赤いヒゲの不細工」
「はい」
先ほど吹き飛ばして、まだ息のある敵を指し示しながら白アリがメロディに指示を出している。
白アリにターゲットと定められて不幸な赤いひげの不細工はメロディの放った火球で盛大に燃え上がった。
え? 戦闘不能なヤツを敢えてヤッちゃうんですか?
「次、あれ」
剣を杖代わりに立ち上がろうとしていた盗賊が次のターゲットとなる。
白アリの指示にメロディが勢い良くうなずき、火球を放つ。
「よし、次はあいつよ」
「はい」
その後も白アリの指示にしたがい、次々と気に入らない顔の男をターゲットにメロディが火魔法で敵を撃破して行く。
そんな様子を横目に、俺も乱戦の中にある敵を鉄の弾丸を使った狙撃で仕留めていく。
五十メートル、七十メートル――――
◇
奇襲部隊を退け、戦闘の太鼓が鳴り響いたときには百メートルの距離を狙撃できるまでに上達していた。
途中、ミスで腕を撃ち抜いた味方にはお詫びの品を持って謝罪と治療に行こう。
「どう? 気に食わないヤツや嫌いなヤツは吹き飛ばせば良いのよ」
「はい。まだ少し怖いですが、大分慣れてきました。ありがとうございます」
晴れ晴れとした表情で言う白アリに対して、メロディは眼を真っ赤に泣き腫らしふかぶかとお辞儀をしながら、感謝の言葉を伝えている。
教育をしてくれるのはありがたいが、過激な考えは植えつけないで欲しい。
それに、今の様子を見る限り、男性恐怖症? は治っても、奴隷商の店主の言うように、泣き虫は生来のものなのだろう、そうそう治りそうもないな。
さて、いろいろと途中だったことを整理しないとな。
女神の夢の話もそうだが、一番気になるのは、ひいらぎちゃんの、死んじゃった、発言だ。
おそらく、襲われて混乱しただけとは思うが……
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