第45話 雷撃

 瑠璃色るりいろのドレスアーマーに身を包んだ、おとなしやかな雰囲気の女性を見詰めてしまう。


 いやいや、ちょっと待ってくれ。

 ひいらぎちゃんなのか? 

 いや、それよりも殺されたって? 何だそれは?


 周囲の混乱や喧騒とは関係なく、ひいらぎちゃんのセリフに軽い混乱を覚える。


「お知り合いですか?」


 黒アリスちゃんが俺とひいらぎちゃんを交互に見ながら、遠慮がちに聞いてくる。


「はいっ! 会社の同僚ですっ!」


 そのおとなしやかな外見には不似合いなほど、元気な口調での返事だ。


 なるほど、外見に目を奪われずに声だけ聞いてる限り、ひいらぎちゃんと言われれば、そんな気がする。

 外見は女神の能力で変わっても、人間、中身まではそうそう変わらないということか。


「いろいろと聞きたいこともあるし、あなたも話したいことがあるんでしょうけど、今は奇襲への対応を優先させましょう」


 テリーと二人でレーナからの報告を聞いていた白アリが、奇襲を受けている騒ぎの方向を背にしたまま、後方を右手の親指で指しながらうながす。


 全くその通りだ。

 別世界に浸っている場合じゃない。


「そうだな、本陣側面にはロビンもいるし加勢に行こう。それに、少しでも戦力を削げるようなら削いでおきたい」


 敵援軍の想定の話には触れずに目先の目的のみを伝える。


 実際に戦力を少しでも削いでおきたいのは事実だ。具体的には転移者だな。 


「どうする、全員で向かう? 留守番を残す?」


「テリー、ティナとローザリアは戦えるか?」


 白アリの質問に答える代わりにテリーに質問をする。


 スキルは鑑定で分かっているので覚悟と本人が了解しているかの確認だ。


「大丈夫だ。二人とも、戦える」


 二人を見ながら答えるテリーにティナとローザリアが力強くうなずく。


「黒アリスちゃん、ひいらぎちゃんと残ってくれるか?」


「はい、大丈夫です」


 俺の頼みに、黒アリスちゃんが即答をする。


 白アリとテリーに視線を移すと同意のうなずきが返ってきた。この際なので、混乱気味のひいらぎちゃんの意思は確認しない。


「黒アリスちゃん、二人で留守を頼む。奇襲へは残りで対応しよう」


「レーナ、また先行して偵察を頼むよ。ティナ、ローザリア、近接戦闘と弓矢の両方を用意してくれ」


「黒ちゃん、後はお願いね」


 俺の言葉に続いて、テリーと白アリの言葉が続いた。


「テリー。俺と白アリ、それにマリエルとメロディで先行する。追ってきてくれ」


「レッドフォックス、カモーン」


 白アリが俺の言葉に目で同意し、右手を大きく振り上げてメロディを呼ぶ。


 いや、何だよその妙な呼び方は?

 素直に白アリの言葉にしたがって駆け寄るメロディ。

 良いのか? それで?


 左眼でテリーのうなずきを見ながら、右眼の視界を転移先へと飛ばして転移先の安全を確認する。

 俺たち三人とマリエルは混乱の最中へ転移をした。


 ◇


 いや、混乱の最中と言うとは嘘だな。 転移した先は奇襲を仕掛けてきた盗賊たちの後方、森の浅いところだ。

 四陣の左翼の部隊と盗賊が街道脇の少しひらけた場所で交戦中なのが視認できる位置だ。


 まずいな、左翼部隊が混乱しているのもあるが、奇襲を仕掛けてきた盗賊の一部が四陣である本陣へ向かって、左翼部隊を抜く勢いだ。

 敵の数はおよそ四百名と言ったところか。

 このうち、半数の二百名ほどが左翼の部隊に深く切り込んでいる。


「マリエル、俺から離れるな。メロディ、盗賊たちの索敵を頼む」


 俺自身は、着地と同時に空間感知で周囲の索敵を行いつつ、自分たちの周囲に重力魔法で障壁を張り巡らせる。


「後ろから吹き飛ばしてやるっ!」


 白アリのその言葉と同時に盗賊たちの間から爆発が起きる。ターゲットは左翼の部隊深くまで切り込めていない二百名の盗賊。


 大気と大地を振るわせる、もの凄い振動が伝わってくる。

 火魔法レベル5か。凄い威力だ。


 白アリ自身、自分の放った火魔法の威力に若干の驚きを見せている。練習のときよりも威力が上がっているのか? 或いは数をこなして熟れてきたことによる威力上昇か。

 何れにしても俺の火魔法レベル3とは大違いだ。やはり本物は違うな。


 となると、敵のレベル5の魔法は全て欲しいところだ。

 とはいえ、今はここを制圧することが先決だ。しかし、白アリが容赦なく吹き飛ばした中に雷魔法を得意とするヤツがいる可能性は十分にある。いつでも対処できるようにしておくか。


 白アリの爆裂系火魔法で盗賊の相当数が空中に舞う。

 もちろん、中には手や足、首が別々の方向に舞っているものもいる。

 遠目にも奇襲を仕掛けてきた盗賊のうち、こちらの部隊深くまで切り込めていない連中の半数ほどが今の爆破で戦闘不能であること、いきなり自分たちの部隊内から爆炎が上がり、混乱していることが分かる。

 

 目的の人物が、今の爆破で死亡していないことを祈りながら、鑑定できる範囲で再度鑑定を行う。


「ご主人様、いました」


 索敵中のメロディが耳打ちをしてきた。


 メロディの示す先へと視線を巡らせると盗賊団の中にあって一際目立つデザインのアーマーを装備している若い男が居た。すぐさまその男を鑑定する。鑑定が通らない、転移者だ。

 やはりと言うか、陣営深くへ切り込んできている中にいた。


「白アリっ! 転移者を一名確認した。確実に仕留めたい。メロディは置いて行く。メロディ、白アリの指示にしたがえ」


「承知致しました、ご主人様」


「分かったわ、仕留めたら直ぐに戻ってきてね」


 白アリに軽く手を上げて答え、マリエルと共に転移をする。


 狙い通り。至近、左隣への転移に成功だ。ターゲットが驚きと混乱の中にある間に奪う。

 そのまま、右手でターゲットの髪に触れる。


 タイプB発動っ!


 大盤振る舞いだっ! 昨夜大量に取得したスキルを生贄にして目的のスキルの強奪を試みる。


 失敗。だが、強奪のターゲットとしたスキルとレベルが間違いでないことが分かる。

 失敗。

 失敗。


 三度の連続失敗、時間を与えすぎたか?

 敵が魔法を発動しようとしているのが分かる。純粋魔法が全身から溢れ出ている。まずい、かなり強力な魔法を放ってくるか?


 再び、空間転移の準備をしながら、四度目の強奪を試みる。

 敵の魔力が膨れ上がるっ! 

 属性が加味されたか?


 同時にこちらの空間転移の魔法の準備が整う。自分でも驚くほどに空間魔法の発動までの準備時間が短縮されている。


 限界か?

 敵の魔法が放たれるのとほぼ同時に空間転移を行う。

 先ほどまで俺がいた場所に高温の雷撃が射出される。十名以上の敵味方がそれに巻き込まれる。金属の武具は融解し身体は燃え上がる。


 一瞬のことである。

 敵も味方も何が起きたのか理解できないでいる。


 それを間近で視認できる場所へ空間転移を成功させた。

 ショートレンジでの空間転移。距離にして数十センチメートル。右手はターゲットの髪に触れている。

 

 タイプB発動っ!


 成功っ!

 四度目の試みでようやく成功か。消耗が激しいな。さすがにレベル5のスキルと言ったところか。

 また生贄スキルをかき集めないとならないな。


 敵が魔力を膨れ上がらせながら振り向く。

 だが、遅い。

 土魔法で岩の槍を地面から突き上げる。左の腰から入った岩の槍は、そのまま上半身を斜めに縦断し右の肩口へと抜けた。

 それと同時に魔法が中断される。


 まだ息があるが、時間の問題だ。

 だが、待ってはいられない。短剣を心臓に突き立て、とどめを刺す。


 絶命を確認し、マリエルを伴って再び白アリとメロディのもとへと転移する。



「たっだいまーっ」


「一人だけだが、転移者を片付けた」


「お疲れさま」


「お見事でした、ご主人様っ!」


 マリエルと俺の言葉に白アリとメロディが労をねぎらってくれた。


 周囲を見ると、いつの間にか火球による攻撃がやり易いように木の枝が切り払われている。

 風の刃かな? 器用に切ったものだ。


「で、この後どうするの?」


 白アリがナパームの様に着弾と同時に火の海が広がる火球を撃ちこみながら聞いてきた。


 彼女がまだ攻撃魔法をぶっ放したがっているのが伝わってくる。

 おそらくは俺と同様に魔術を使えば使うほどに発動までに時間が短くなり、威力も上がっているのを実感しているのだろう。


 属性魔法のスキルレベルは変わっていない。

 これが熟練度や経験の効果であり差なのか。


「敵も、奇襲と言うには深入りしすぎている。消耗も激しいし撤退するとは思うが、念のため、一番深入りしている連中を仕留めたい。乱戦の中で精密な攻撃はできるか?」

  

「誰に聞いているの? できる訳ないでしょう、精密な攻撃なんて。皆まとめて吹き飛ばしてやるわよっ!」


 長き黒髪を爆風になびかせて、追加の爆裂系火魔法を揚々と撃ちこみながら自信満々に言い放つ。


 なぜ、できない事をそんなに自信満々で言い放てるんだ?

 魔法の精密操作については、能力云々ではなく性格に起因するんじゃないだろうか? 白アリと黒アリスちゃんを見ているとそう思えてしまう。


 人選を誤ったのかもしれない。

 このまま、この女を連れて乱戦に飛び込むのは危険だ。

 見境なくと言うよりも敵味方を意に介さず吹き飛ばしかねない。


 いったん戻って、黒アリスちゃんとチェンジするか? いや、二人の機嫌を損ねるだけだろう。下策だな。

 強行か……


「テリーたちがロビンと合流したみたいだよ」


 俺が迷っていると、マリエルが、剣を振るう真似をしながら教えてくれた。


 乱戦ってことで、接近戦を繰り広げてるのか?

 ロビンもいるってことは、接近戦で敵の目ぼしいスキルを奪っているのかもしれないな。


「何迷ってるのよ、さっさとテリーたちと合流して欲をかいた深入り連中を後悔させてやりましょう」


 白いドレスアーマーと長い黒髪が舞い上がる土煙で汚れているのを気にするように風魔法で払うと、敵の退路を断つようにして相手の後方を広域の火の海に変えながら言ってきた。 


 誰のせいで迷ってると思ってるんだよっ! などと余計なことは言わずに覚悟を決める。


「乱戦時は広域魔法禁止な」


「分かってるわよ、無茶はしないわよ」


 俺が静かに伝えた制約に、白アリがうなずきと共に即答をする。


 本当だな? 本当だよな? 信じて良いんだな? 信じて良いんだよな?


 のどまで出掛かった言葉を飲み込んで、乱戦に加わるべく空間転移をした。

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