第42話 途中

 切り倒された丸太の上に座ったまま、メロディが走り去るのを空間感知で確認をする。

 よし、無事に戻ったようだな。


 しかし、この暗闇の中をあの速度で走れるのか。夜目と聴覚と嗅覚が優れているとは言え、身体強化なしであれだ、獣人の身体能力と言うのは凄いな。

 欠点は魔力の絶対量が少ないことくらいか?


 それにしても、無断借用、思わぬ用途があったものだ。

 これでロビンに対しては完全に優位に立てた。警戒を怠る訳にはいかないが、一息つけた感じだ。


 月明かりの中で手紙を書く。文字は日本語を使う。

 たったこれだけの明かりで手紙が書けると言うのも、先ほど奪った身体強化レベル4のおかげだな。

 書き終えた手紙を小瓶こびんにしまいながら、身体強化スキルの凄さを認識した。


 周囲に人がいないのを確認した後、アイテムボックスから、もう一つの失敗作を取り出す。


 ボトルレターか……似合わないよな。

 出来上がったボトルレターを頭陀袋の中へ放り込む。ボトルレターはそのまま、頭陀袋の中へ消えてなくなる。

 さて、どこへ行ったのか。


「フジワラさん?」


 不意に名前を呼ばれた。慌てて声のする方向に振り向く。黒アリスちゃんだ。


 黒一色のコスチュームもあってか、月明かりの中、その白い肌と長い白髪はくはつが妙に目立つ。

 え? いつから? 空間感知には引っ掛からなかったよな?

 まさか、メロディとの会話を聞かれたか?


「どうしたんだ? こんな時間に」


 内心の戸惑いが表に出ないようゆっくりと語りかける。


「女狐が戻ったのに、フジワラさんが戻ってなかったので、心配で来ちゃいました」


 両手を後ろに組み、身を乗り出すようにしながら上目遣いだ。


 女狐? メロディのことだよな。赤いキツネから女狐って、格上げされたんじゃないよね?

 いったい、何があったんだ?


 小枝を踏む音や草を踏みしめる音をさせながら、暗闇の中を慎重に歩いてくる。

 普通に音もするし気配もある。これに気付かないほど、気を抜いていたのか。


「心配かけちゃったのか、ごめん」


「隣、良いですか?」


 少しはにかむようにしながら、遠慮がちに聞いてきた。


「ああ、気が利かなかったね。どうぞ」


「良いんですよ、私が勝手に来ちゃったんですから」



 隣に腰掛け――って、ピタリと身体を寄せて隣に座った。

 え? 密着しすぎだろう。

 いや、決して嫌な訳じゃない。むしろ歓迎だ。


 これは、先ほどの、格好良いですっ! 素敵ですっ! の続きか?

 これはあれだよな。肩くらい抱いても大丈夫だよな? 余裕だよな? いや、肩じゃなくて腰か? どっちだ? どっちにする?


 さりげなく、そう、さりげなく、左手を回して肩を抱く。

 一・二・三・四・五……、おとなしい。よしっ、抵抗はない。肩を抱く左手に少しだけ力を入れる。


 力を入れた俺の動きに過剰に合わせるようにして、寄りかかってくる。

 黒アリスちゃんの頭部が俺の左鎖骨の上に重なる。そして柔らかな感触が左のわき腹に押し当てられている。

 左の鎖骨の上に重なる頭部へ目をやると、いつの間にか顔をもたげて、下から仰ぎ見るようにして俺のことを見詰めている。


 目が合った。うるんだような瞳をしている。

 保護欲をそそる容貌の美少女が、潤んだ瞳で見詰めている。破壊力抜群だろう。俺の身体の左側に広がる感触と相まって、理性が吹き飛びそうだ。

 彼女の存在が、味覚以外の五感を刺激する。

 見詰めていたその瞳がそっと閉じられる。


 限界だ。


 ゆっくりと唇を重ねる。

 彼女の両腕が俺の背中に廻される。

 限界だと思ったが、どうやら限界を突破したようだ。


 右手を彼女の服にわせる。

 あれ? 思ったよりも簡単に服を脱がすことができた。面倒くさそうな服だと思ったが……脱がせ易いように緩めてきてくれたのかな?

 右手を彼女の双丘へとわせる。大きいな。先ほどの脇腹に感じた感触から想像したよりも大きい。一生懸命、寄せてるのだろうか?


 ゆっくりと唇を離し、彼女を見詰めた。

 ――鮮やかな青い双眸で睨みつける、金髪の美しい少女がいた。


 え?

 女神さま?

 え? 何で? さっきまで黒アリスちゃんだったはず……


 理解したっ! フェアリーの加護かっ!


 俺はいつ眠ったんだ? あれ? マリエルはどこに? どこからが夢だっんだ?


「一度ならず二度までも。まぁ、今回は未遂と言うことで許しましょう」


 上半身裸で俺の背中に腕を廻した状態で言う。


「今日はどのようなご用件でしょうか?」


 女神さまの双丘をう手は休むことはない。


「あなたが、聞きたいことがある、と言うので来ました」


 耳元で吐息混じりにささやく。


 そうだ。聞きたいことが山ほどあったんだ。


「ありがとうございます。先ずは前回聞き損ねたことから教えてください。この世界、俺たちが救えなかった場合、どうなりますか? そして、そのとき俺たちはどうなりますか?」


 身体が密着したせいで手の動きが制限される。そのまま右手を背中に回し、腰へと滑らせる。


「世界そのものが消滅します。あなた方は、この世界で生きていた場合、共に消滅します」


 吐息を首筋に吹きかけながらだ。


「そのとき、あなたはどうなりますか?」


「それはあなた方には関係のないことです。知る必要がありません」


 女神さまの首筋に唇をはわせると、わずかに身体をよじりながら答えてくれた。


「差がついた、と言われましたが、具体的にどんな差がついたのでしょうか?」


 衣服を腰からはがし、女神さまの身体を膝の上へと移動させる。


「あちら側は、一人の損害も出すことなく、ダンジョンの一つを攻略しました。これにより、世界に多量の魔力が供給されました。ひるがえって、こちら側は二人の犠牲者をだしながら、攻略どころかその目処すら立っていません」



 犠牲者が二人出たのか。


 それよりも、もう一方の異世界では既にダンジョンを攻略したのか。確かに早いな。


「さらに、この戦争です。余計なことをせずにダンジョンの攻略を進めてください」


 ゆっくりと身体を動かし、厳しい眼差しを向けながら言う。


「あちら側――対峙している軍にも転移者がいると?」


「います。戦争で転移者同士が殺し合うのが、最も避けたいことです」

 

 俺たちが争うことを望んでない?

 やはり、戦う相手は同胞と言うのは、もう一つの世界の同胞を指すのか?

 となると、こちら側の世界で争うのは同士討ちみたいなものなのか?


「説得するなら向こうでしょう? 仕掛けて来たのは向こうですよ」


「言って聞く相手ならそうしてます。全員に説得を試みましたがダメでした。世界を救うのではなく、好き勝手に生きたいそうです」


 次第に動きが速くなるが、その冷たい双眸と口調には全く変化が無い。


 いや、自分が説得失敗した相手と上手くやれって? それは無茶振りだろう?


「その犠牲者はそいつらがヤったんですか?」


「一人はそうです。もう一人はあちら側の影響です」


 一人はヤったのか。危険分子決定だな。

 もう一人は、あちら側の影響? 双方が影響をおよぼし合う? それにより、死者が出る可能性があるのか?


「その説得に応じなかった連中の人数と人となり、能力を教えてもらえませんか?」


 正直、人となりなんてどうでも良い。危険分子認定した以上、知りたいのは人数と能力だ。


「人数は五名。偶然ですが、全員が地球では知人同士でした。能力は全員が魔術師です。特殊系の能力は持っていませんし、覚醒もしてません」


「そいつら、話を聞く限り今後もダンジョン攻略の障害になりませんか? 実際に会ってみて、そう判断したら戦いは避けられませんよ。不穏分子を排除した方が目的の達成に向けて集中できますしね」


「そうですか、止むを得ませんね」 


 あきらめとも、承諾ともとれる言葉を発しながら、身体を大きく仰け反らせる。俺の目の前にその豊かな双丘が強調される。


 よし、こっちもあと少しだ。


「では、終わったので帰ります」


 満足気な表情を浮かべて、俺から身体を引き剥がすと上空へと舞い上がる。


 え? 終わった? そんな、あんまりな……


「いや、ちょっと待って。俺の方はまだ、いろいろと終わってないんだけど?」


「また来ますね」


 何とも言えない、艶のある笑みを浮かべている。


「最後まで――いや違う。まだ聞きたいことがあるんだっ!」


 笑顔を向ける女神さまに必死で叫ぶ。


 さっきまでの深刻な話はどこへ行った。もの凄く楽しそうな顔をしていないか?


「ちょっと待てーっ! 最後に教えてくれ、覚醒って何のことだ?」


 俺の言葉などまるで届いていないかのように、その笑顔は変わらない。そして、次第にその姿は透けて行き、暗闇に溶けるように消えてしまった。

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