第43話 同じような防具

 行軍中と言うこともあるのだろう、軍隊の朝は早い。

 空が白み出したころから活動が活発になる。


 周囲はテントをたたんだり、朝食の準備をしたりと慌ただしく動いている。

 のんびりしているのは貴族や自分たちの代わりに働く奴隷を抱えた者たち、そして、贈賄の恩恵にある俺たちくらいなものだ。


「凄いな、フェアリーの加護って。それと、昨夜の夢に女神さまが出てきた」


 テリーが周囲を気にしながら小声で話しかけて来た。


 何と言うか、その口調は興奮しているようなのだが、その表情は爽快感に溢れている。器用なやつだ。

 しかし、朝っぱらからその話題か。


 俺の方はと言うと、顔を洗ってさっぱりしたところにフェアリーの加護と女神さまの話題だ。昨夜の切なさがよみがえる。

 まったく、朝から気分が悪い。


 それにしても、あの女神さまはフェアリーの加護に合わせて出て来るのか? もしかして淫乱なんだろうか?

 ますます面白くない。


「で、フェアリーの加護に出てきた女神さまとはどうだった?」


 感情が優先してしまい、つい、投げやりに聞き返す。


「え? フェアリーの加護はフェアリーの加護で、女神さまは女神さまで別だろう?」

 

 え? フェアリーの加護に合わせて出てきた訳じゃないのか?

 そうか、そうなんだ。

 あれ? なんだ? 思わず顔がほころんでしまう。


 もしかして、自分だけが特別なのかも? と言う今まで心の奥底に隠れていた期待が頭をもたげる。

 

 

「ああ、すまない。まだ寝ぼけてるようだ」


 愛想笑いをしながらとぼける。


 とぼけられたか? 誤魔化せたか?


「もう一度、顔を洗ったらどうだ?」


 半ば、あきれたような顔で返された。


「そうするよ」


 自身の迂闊うかつさに若干落胆しながら、再び顔を洗った。



 顔を洗った後、朝食の準備をしている皆のところへ向かう途中、フェアリーの加護について話を聞いた。


 フェアリーの加護については聞く限り普通のもので、その後、いろいろと片付けて寝直したところで、女神さまが現れたそうだ。

 女神さまの話題については後ほど四人で集まって話をすることにし、朝食にありつくために足を速めた。


 ◇


 奴隷娘三人に朝食の仕度をさせて優雅にくつろいでいるだろうと思って来てみれば、意外なことに朝食の仕度を切り盛りしている白アリの姿があった。

 そう言えば、白アリは料理も上手かったな。


「へー、裁縫も上手いし、案外家庭的な女の子なのかもな」


「それは無いだろう。整理とか整頓と言ったものが壊滅的だ。何よりも口うるさいし、絶対にやきもち焼きだぞ」


 甲斐甲斐しく働いている白アリを見ながら、漏らした俺の言葉にテリーがすかさず突っ込む。


 その通りだ。


 優しくされたり女の子らしかったりといったところを見ると、ついフラつくのは、こっちの世界に来ても変わっていないようだ。

 だが、テリー。お前、ティナとローザリアのことで嫌味を言われたことを根に持ってないか?

 わずかばかり、悪意を感じるぞ。


「ほらっ! ぼうっとしてないで手伝いなさいよ。働かざるもの食うべからず。それと、片付けは二人の担当だからね」


 大きなフォークのような調理道具でこちらを指しながら大声で叫ぶ。


 悪意の混じった評価をしたテリーと、好感をもって評価した俺と同じ扱いである。

 とは言え、あちらが働いている間、俺たちが何もしてなかったのも事実だ。

 俺たち二人は白アリの言葉に、軽く手を上げて了解の意思を示し、出来上がりつつある朝食へ向かって歩を進める。


 周りの騎士たちや探索者たちが、白アリたちを盗み見るようにして、様子をうかがっている。

 美少女五人が朝食の仕度をしているからと言うのもあるのだろうが、それ以上に食欲を刺激するにおいが理由だろう。

 もちろん、見た目も違う。食欲をそそるような盛り付けがされつつある。


 何よりも保存食ではなくアイテムボックスから出した鮮度の高い食材で、火と水を贅沢につかっての温かい料理だと言うのが最大の要因だろう。

 周りを見渡せば、保存食をかじっている者がほとんどだ。


 火を節約した湯気の立っていないスープでも、スープがあるだけマシなほうである。

 食べると言うよりも、流し込んでいる、と言ったほうがふさわしい食事だ。


 それは気にもなるだろう。

 だが、俺たちに干渉してくるような不届き者はいない。


 俺たちが躊躇なく人を殺せると言う噂と、強力な魔術師であることが知れ渡っているのだろう、盗み見はしてもおとなしくしている。


 美少女の調理した美味い朝食をのんびりと食べる。

 何と言う至福の時間だろう。

 たとえ、小言を言われながらとは言え、優越感に浸りながらの食事と言うのは良いものだ。


 爆発しろ、リア充。と言う声が聞こえてきそうな中、俺たちは食事を続けた。


 ◇

 ◆

 ◇

 

 軍勢はおよそ一万。

 先頭に偵察部隊、その後ろに一陣、二陣、三陣と続き、本体である四陣、その後方に補給部隊で最後方に後詰めの五陣で構成されている。


 俺たちは本陣右側面の最外周部に配置されている。


 行軍を開始してから一時間ほど経過しただろうか、情報共有のために四人で馬車に引きこもる。


「メロディと一緒に御者席で待機を頼む、誰か来たら知らせてくれ」


 四人が集まった馬車の中で居心地悪そうにしていたマリエルに周辺警戒を頼む。


「はーい。行ってきまーす」


 元気良く窓から飛び出して行く。心なしか嬉しそうだ。


「黒ちゃんも女神さまが夢に出て来たの?」


 マリエルが飛び出すのを待っていたかのようにして、白アリが切り出した。


 そう、今夜だけで三人が女神さまの夢を見ている。と言うか、女神さまが夢に現れた。

 よほど切羽詰まっているのか、精力的に活動をしているようだ。



「じゃあ、女神さまとの会話を全員で情報共有して、そこからあれこれと考えてみるか」


 三人をゆっくりと見やりながら、確認を求める。


「俺から話すよ、――――」


 俺の言葉に三人がほぼ同時にうなずき、テリーが口火を切った。


 昨夜、夢に現れた女神さまの話を総合してみる。


「――――とまぁ、こんなところか」


 一通り、女神さまの話が終わったところで区切りをつける。


 さて、ここからは仮説と考察だ。


「先ず、戦う相手が同胞ってのはこの世界の同胞じゃなく、もう一つの異世界に飛ばされた同胞で間違いないと思うが、どうだろう?」

 

 女神の話を総合して、一つずつ仮説を立てていく。


「賛成だ」


「疑問は残るけど、同じ考えよ」


 俺の質問にテリーと白アリが賛成し、黒アリスちゃんが無言でうなずいた。


「ダンジョンを攻略すると、魔力が解放されて世界に拡散する。これを繰り返すことで世界に魔力が供給されて世界が救われる、と言うことでしょうね」


「それで間違いないだろうね。分からないのは、それがなぜ競い合うことになるのか? 戦う相手が同胞になるのかだ」


 考え込むように静かにゆっくりと話す黒アリスちゃんの仮定に、テリーが同意しながらも誰ともなしに疑問を口にする。


「あんがい、向こうの異世界にも女神さまみたいなのがいて、どっちが早く全てのダンジョンを攻略するか競争してたりして」


「それで負けた方の異世界が消滅する? そんなゲームみたいなことするかな?」


 白アリの仮定の話にドキリッとしながらも、あえて賛同はしない。


 まいった。こちらの考えに相当に近いことを言う。


「ゲーム感覚なのかもしれませんよ。問答無用で拉致して来るような存在ですから、私たち人間なんて軽く見てるのかもしれません」


「そうだな、神か……」


「あたしたちが、動物や昆虫、植物を勝手に別の場所に移すのと、同じ程度の感覚かもしれないわね」


 俺が言いよどんだ考えを白アリが淡々と口にする。


 あんたも、そう言いたかったんでしょう? とでも言いたげな目で真っすぐに見詰め返してくる。

 それに答えるように静かにうなずく。


「ミチナガーっ! 誰か倒れてるよ。ずーっと右の方、五百メートルくらい離れてる。血だらけ、もの凄く血が出てるよ」


 次の疑問に移ろうとしたところで、マリエルが馬車の窓から飛び込んできた。


 ことの重大さを伝えようとしているのか、何やら、手足をバタつかせながら、全身を使って表現しようとしている。


「こんなところで、行き倒れか?」


「もしかして、逃げ延びた人じゃないの?」


「その人はまだ息があるんでしょうか? あるなら助けないと」


 テリー、白アリ、黒アリスちゃんと続く。


 マリエルの慌て様からして、まだ息があるのだろう。


「助けに行ってくる。マリエル、案内を頼む」


 馬車の外に出るため、腰を浮かせながら言う。


「はーい。その人ね、白姉や黒ちゃんのみたいな防具を着てたよ」


 マリエルの言葉に俺たち四人は顔を見合わせた。

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