第41話 贈賄
行軍を開始してものの二時間ほどで野営の準備である。
初日と言うこともあり、今日の行軍は本当に申し訳程度で行軍の本番は明日からだ。
野営の準備は各貴族軍の陣営ごとで行われる。
いや、行軍もそうだが全ての行動が貴族軍の陣営ごとに行われている。今回の作戦行動のコアとなる単位が陣営となる。
各陣営が河川を挟んで、高原に縦長の帯状に点在するように野営の準備を始めた。
河川を挟んで軍を二分しての野営など正気の沙汰とは思えない。それに何だよ、この桶狭間の今川家のような伸び切った配置は。
貴族軍の率いる個々の陣営の独立色が強すぎて、そこには連携など見当たらない。哨戒任務も各陣営が個々に行い、自分たちの周辺の哨戒しかしていない。
これなら奇襲で
いや、むしろ、転移者と言う強力な魔術師を擁していながら、壊滅させられなかった敵の盗賊団の戦い方に疑問が残る。
もしかしたら、あちらはあちらで、作戦や指揮に介入できなくて苦労しているのかもしれない。
「探索者どもっ! 集合だっ!」
第三騎士団の部隊長の徽章を付けた男が大声を張り上げている。
部隊長の呼集に周囲に散っていた探索者たちが集まりだす。
恐らく、野営の準備の割り当てと夜間の哨戒任務の割り当てだろう。
野営の準備などの雑用は、基本的に臨時雇用である探索者たちの仕事だ。さすがに哨戒任務になると騎士団や衛兵が中心となり探索者は補助となる。
「フジワラ、お前のパーティーとアイリスは別枠だ。それと、フジワラ、お前はすぐに軍団長のテントへ出頭しろ」
俺たちは部隊長の言葉に顔を見合わせる。
「なんだろうな?」
「呼んでるんだし、ともかく行きましょうよ。遅くなって
俺の言葉に、白アリが指示に従うよううながし、黒アリスちゃんとテリーが無言でうなずき、白アリの言葉に同意をする。
指示を飛ばす部隊長のすぐ後ろにある、軍団長のテントへと向かう。
「フジワラです、命令により出頭いたしました」
「入れっ!」
テントの外で護衛をしている騎士団員に向かって告げると、中から鋭い声がした。
「失礼いたします」
改めて
何の飾り気もない、テーブルと椅子が二脚、簡易ベッドが置いてあるだけだ。
二脚ある椅子のひとつに第三騎士団の団長の徽章をつけた男が座っていた。
若いな。二十代前半といったところか、いってても二十代半ばだろう。
つい先ほどまで、第三騎士団の副長であった男だ。第二騎士団壊滅により、ゴート男爵騎士団が急遽再編され繰り上がりで騎士団長に昇進している。
「ゴート男爵から便宜を図るように指示があった。上手くやったようだな?」
神経質そうな顔をした目の細い男が、短剣の手入れをしながら睨みつけている。
挨拶も前置きもなしに、開口一番これである。
一体何のことだ?
「便宜を図って頂けるのはありがたいのですが、何のことか分かりません」
「とぼけるか? マジックバッグを幾つか進呈したと聞いているぞ」
俺のことになど目もくれない。手入れをしている短剣の輝きを確かめながら言う。
あれか。献上品兼サンプル品として渡したものだ。
あれを
「思い当たることがあるようだな」
顔に出たか? 俺が賄賂を認めたと受け取ったようだ。
まずいな。
今後のことを考えると潔白を証明した方が良いか。
「戦闘だけの武闘派ではないことは分かった。だが、今後は俺を飛び越えて勝手なことをするな。何かするにしても全て俺を通せ」
その鋭い視線と手入れの行き届いた短剣を俺に向ける。
賄賂をとがめるどころか、自分にも甘い汁を吸わせろってことかよ。
何て軍隊だ。
いや、まぁ、こんなものなのかもしれないな。
「はい、承知いたしました。以後、何事も軍団長殿に相談いたします」
軍団長を真直ぐに見詰め、よどみなく返事をする。
第三騎士団軍団長、サミュエル・ゴート。ゴート男爵の甥だったな。その神経質そうな容貌もあって好きになれないタイプだ。
何よりも、サミュエルと言う名前が良くない。俺の中ではその名前だけで悪役決定だ。
「それと、パーティー名を決めろ。呼びにくくて仕方がない」
「承知いたしました。では、後ほど――」
「今、この場で決めろ。思いつかないなら俺が決めてやろうか?」
その表情からは何も読み取れないが、特にこちらを困らせたり意地悪をしたりしている訳でもなさそうだ。
先ほどのパーティー名の話題が出たときのことが頭を過ぎる。
ブラック・アンド・ホワイト、とかどう?
分かりやすく、チキュウ、で良いんじゃないか?
黒き閃光、とかどうでしょう?
「チェックメイト、でお願いします」
一瞬、オセロと言う名も浮かんだが何となくこちらにした。
◇
団長のテントを出ると、白アリ、黒アリスちゃん、テリー、マリエルとレーナが待っていた。
メロディとテリーの奴隷二人、ティナとローザリアには馬車で待機をしてもらっていた。
「何だったの? こっちも野営の準備と哨戒任務をいきなり免除されたんだけど――――」
白アリの質問にたった今行われた中での会話を話して聞かせた。
賄賂と勘違いされたこと。
今後は何かをする場合、騎士団長を通じて行うこと。
雑務が免除されたこと。
パーティー名を決定したこと。
賄賂については最初こそ眉をひそめたが最終的には投資の延長と考え、利用できるものは何でも利用すると言うことで一致した。
最も非難を受けたのはパーティー名だった。
しかし、決まってしまったものは仕方がない。適当に聞き流しておく。
野営の準備の任務を免除されたとは言え、自分たちの分は当然自分たちでやらなければならない。
それは、食事も同様だ。
自分たちで用意をしないとならない。
俺たちは、ロビンのパーティーに挨拶をした後、アイリスの娘たちと合流し、食事と野営の準備に取り掛かるべく馬車へと歩を進めた。
◇
◆
◇
「で、どうだ?」
食事も終え、すっかり夜も更けた時間、二十二時を回った頃だろうか。馬車から少し離れたところにある、丸太の上に腰掛けて話をする。
周囲には誰もいない、メロディと二人っきりだ。
聞こえてくるのは風に揺れる草木の音と虫の音くらいのものだ。
「はい、ご指示の通り意識してみました。最初は分かりませんでしたが、今ならもう分かります」
自信に満ちた表情で力強くうなずくのが、月に照らされた、わずかな明かりの中に浮かぶ。
少し興奮しているのだろう、わずかに頬が紅潮している。
「どんな風に、どこまで分かる?」
「ご主人様が仰られてようなスキル名やレベル? ですか? までは分かりませんでした。私が使うことが出来るスキルかどうか。それらのスキルがどんなものなのかまで分かりました」
なるほど、鑑定と違って視認できないから感覚的なものでしか分からないのか。
「ロビンのスキルは分かったか?」
「はい、分かりました。ご主人様が仰っていた、特殊スキルの二つ目のものをお持ちでした。さらに魔法スキルも含めて、非常にたくさんのスキルをお持ちです。あれほどのスキルを持った方を私は他に知りません」
無断借用、当初考えても見なかった使い方だ。
メロディが他者のスキルを利用しようとして、スキルをサーチすることで、誰がどんなスキルを所持しているのか分かる。
鑑定と違い、スキル名やレベル、スキルの詳細までは分からないが、大体のところは把握できる。
これは今後起こるだろう、転移者同士の戦いで有利に事を運ぶことが出来る。
事実、ロビンの所持スキルを五十メートルギリギリのとこでサーチして知ることができた。
しかし、疑問は残る。
ロビンの所持スキルが多すぎる。スキル強奪タイプBであることは間違いないのだが、どうしてそこまでスキルが多いんだ?
まぁ、良い。おいおい考えよう。
「良くやったな、メロディ。もう休んで良いよ。お休み」
「はい、お休みなさいませ」
深々とお辞儀をして、白アリたちのテントへと向かって走っていった。
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