第38話 ゴート男爵
ゴート男爵が何とも名状しがたい表情で、俺とテリーを見た後、そのまま視線を俺たちの背後へと移す。
そこには、白アリと黒アリスちゃんが並んで立っている。そしてその後ろに、助けた女の子たちと奴隷が三人いる。
いずれも、若く可愛らしい女の子たちだ。
特に白アリと黒アリスちゃんが二人並ぶと、目立つことこの上ない。
その容姿もさることながら、本来、この世界にあるはずのない、ドレスアーマーのでデザインを含めて目を引く。
黒髪のロングストレートに白のドレスアーマーと白髪のロングストレートに黒のドレスアーマー。対をなすような出で立ちに、背格好も似ていることもあって双子のようである。
意外なことに、男爵は彼女たちを見ても好色そうな顔を一つ浮かべなかった。 下卑た笑みを終始浮かべていた、好色騎士団の親玉とは思えない、見事なポーカーフェイスっぷりである。
この間、数人が入れ代わり立ち代わり、男爵に何か耳打ちをしている。
再び視線を俺に戻す。
探るような視線だ。先ほどの俺の言葉が信じられないのだろう。
無理もないか。
二十歳になるかならないかの男二人と、十五~二十歳の女の子が奴隷を含めて十一人。
そんなのが、歴戦の騎士団員、数十人を殲滅できるなど、普通は思わないよな。
俺だって疑うよ。
こうしている間も、配下の者たちは死体の検分や周辺の探索者との会話に余念がない。
あれは世間話じゃないよな。どう考えても、先ほど起きたことの裏を取っているんだよな。
となると、先ほど耳打ちをしていた連中は、あれに先駆けて情報を集めてたヤツらか。
情報に重きを置いているようだな。
この男爵、思った以上に出来るのかもしれない。
戦争で十分な実績があったはずだ、少なくとも無能じゃあないよな。
周囲を確認した後で男爵へ視線を戻すと、目が合った。
「本当のことを言え。それ以上言うようなら、嘘だと分かっていても罪に問うことになるぞ」
すうっと、目を細めながら落ち着いた口調で静かに言った。
ゴート男爵に先ほどまでの怒りに任せた感じはもうない。
それは男爵だけでなく、周囲に展開している騎士団も――いや、少し違うな。騎士団の方は、怒りを無理やり抑え込んでいる感じだ。
ゴート男爵騎士団の方の怒りはそう簡単に収まりそうにないな。
仕方がない。戦争中は背中に注意をすることになりそうだ。
ゴート男爵騎士団のことは一先ず忘れて、ゴート男爵を真っ直ぐに見詰め返して言葉を準備する。
喉が渇くな。
緊張しているのが自分でも分かる、手が汗ばんでいる。背中を冷たい汗がつたう。
うろたえるな、ここまでは順調だ。予定通りだ。
慎重に言葉を選ばないとな。ここで対応を間違えたら、本当に亡命するハメになってしまう。
「やったのは俺たち四人だ。それについて嘘を言うつもりもないし、誤魔化すつもりもない」
言葉を切って、男爵の表情をうかがうが、わずかに眉を動かした程度だ。
ここで起きたことを、どの程度正確に把握しているのか? その表情からは読み取れない。
「だが、俺たちに一切の非はないっ! やられるだけの理由がこいつらにはあった」
男爵から視線を外さずに、横たわる死体を指差す。
男爵は俺から視線を外さずに聞いている。
軽はずみに俺たちを攻撃してこないあたり、かなり正確に把握していると見て良さそうだな。
先ほどの情報収集も考えれば間違いないだろう。
「こいつらが弱かった。それが最大の理由だ。強ければ、数十人がかりで、たった四人にやられはしない」
男爵から視線を外すことなく言い放つ。
命乞いをするとでも思ったのだろうか、ゴート男爵は俺の言葉に驚きを隠せずにいる。
周囲の騎士団は驚きよりも怒りの感情の方が大きいようだ。
三分の一程度の騎士団員が怒りをその表情にあらわしている。
「ゴート男爵。もう、やめにしませんか? 何が起きたのかは、粗方掴んでるのでしょう?」
多くは語らない。
驚くゴート男爵に対して、さらに言葉を発する。
「俺たちを雇いませんか? 失った戦力、騎士団の四分の一くらいですか? 俺たちだけで、補って余りあるものがありますよ」
数十人の自慢の騎士たちを、たった四人で一蹴する魔術師。平時であっても喉から手が出るほど欲しい戦力だろう。
たった今失った戦力を考えればなおさらだ。と言うか、それを目論んでの殲滅だった訳だしな。
まして、俺たちが他の貴族の手に渡るのは阻止したいはずだ。
ゴート男爵の表情が、驚きから思案をする表情へと変わる。先ほどの、女の子たちを見たときのボーカーフェイスっぷりはもうない。
男爵だけでなく、ゴート男爵騎士団のうちの相当数は、同じように思案する表情へと変わる。その表情に安堵が見え隠れしているのは、気のせいじゃないはずだ。
いざ、ことを構えるとなれば戦うのは自分たちだ。
得体の知れない、十倍以上の数の騎士団を、一蹴するほどの強力な魔術師たち。
そんなのと積極的に戦いたいやつなんていないだろう。
決まりかな?
左側からざわめきと甲冑の音が響いてきた。音のする方向に目をやると、物々しい一団が近づいてくるのが分かる。
伯爵騎士団だ。
さて、来てくれた伯爵騎士団が、ダメ押しになるかな。
伯爵騎士団が俺たちの身柄を確保すれば、自身の自由のために、今度は伯爵に売り込むのは容易に想像できるだろう。
「これはゴート男爵、何か問題でも起きましたか?」
騎士団の一人が、お気の毒に、と言った感じでゴート男爵に話しかける。
何か恨みでもあるのか、薄笑いすら浮かべている。
おや? そのまま身柄を確保なり、取り調べにでもなるかと思ったが違うようだ。
さすがに、この惨状に眉をひそめたが取り乱すようなことはない。
伯爵騎士団の他のメンバーも、取り乱すようなことはなかった。あらかじめ内容を聞いていたようだ。
ゴート男爵が、伯爵騎士団の言葉に苦虫を噛み潰したような顔をする。
「問題など起きとらんよ。私の騎士団と新たに雇い入れた探索者との間で、少し、もめ事があった程度だ。内輪の事だ、こちらで処理する。お引き取り願おうか」
男爵が折れた。
◇
◆
◇
周囲は木と
さすがに屏風とは違い飾り気はない。
戦争で勇名を馳せた陣営の本陣である、兵の動きがキビキビとしている。
陣の外にはマリエルとレーナ、フェアリー二匹、メロディを含む奴隷三人と助けた女の子六人を待たせている。
「先ずは伯爵騎士団との交渉、ありがとうございます。大ごとにならずに済みました」
俺たち四人はゴート男爵へ深々と頭を下げた。
「ふんっ。よくも言う」
ゴート男爵が面白くなさそうな顔をしながら言った。
あのまま伯爵騎士団に拘束されたらされたで、伯爵側に取り入るつもりだったのが分かっているようだ。
「それで、俺たちの役割は何でしょうか?」
新しい雇い主に対して、愛想良く質問をした。
「お前たちが殲滅した騎士団は、うちの第二騎士団で戦場では先鋒を務める部隊だったんだがな」
おいっ! まさか、いきなり先鋒じゃないだろうな。
「俺たちは戦争に初参加なんですよ。緒戦くらいは見学させてもらえませんか?」
無理だろうとは思うが、言うだけ言ってみた。
「先鋒を希望する部隊や探索者たちは他にもいるので、外れるのは構わんが見学は認めん」
俺の半分冗談交じりの希望に真摯に答えてくれた。
「では、二陣への参加か遊撃をお願いします。第一希望は遊撃です。俺たち四人と外に待たせている九名とフェアリー二匹だけでも十分に成果をあげてみせますよ」
できれば、自由に動きたい。自信満々に言い切った。
「ゆくゆくは遊撃を任せても良いが、今はまだダメだ。第二陣で第三騎士団の指揮下に入れ」
まぁ、当然か。
信用だってされてないだろうしな。
実績と言っても先ほどの第二騎士団を殲滅させたことくらいしかない。さすがにそれを実績として評価してくれとは言えない。
「指揮下に入るのは良いけど、女の子たちにちょっかい出したら、問答無用で対応するからね。そのつもりで飼い犬をしつけておいてくださいね」
明るい、妙に明るい調子で白アリが男爵へ向けて釘をさす。
先ほどのことが思い出される。
ここへ向かう途中、男爵騎士団の下端の一人がメロディのお尻を触った。
次の瞬間には、白アリの放った爆裂球がその腕を肩口から消失させていた。
もちろん、治療なんてしない、そのままである。
「分かっている、周知しておく。お前らもあまり暴れるな」
男爵が渋い顔をしながら答えた。
その後ろでは、飼い犬呼ばわりをされた第一騎士団の団員が赤い顔をしている。
「飼い犬云々のくだりは忘れてください。では、出発までは自由行動で良いでしょうか」
出発まであと三時間ほどある。これを有効活用するためにも自由時間が欲しいところだ。
「出発時には合流しろ、それまでは自由にしていて構わん」
「ありがとうございます」
お礼を言い、男爵の陣を後にした。
◇
男爵の陣を出て女の子たちと合流する。
女の子たちのパーティー名はアイリス。
彼女たちは同じ村の出身で、その村にたくさん咲いていた花の名前だそうだ。
なし崩し的に俺たちと行動を共にすることになってしまったこと、巻き込んでしまったことを謝罪した。
だが、助けてもらったことを感謝され、逆に自分たちのせいでこうなったと、謝られてしまった。
最年少の娘など泣き出すしまつだ。
状況を利用した俺としては非常に心苦しい。良心が痛む思いだ。
せめて、この作戦の間、この娘たちを守ろう。
「じゃあ、馬車を取ってきます。合流はここで良いんですよね?」
アイリスのリーダーである、ライラさんが白アリに確認をしている。
「ええ、ここでお願いね」
二十歳のライラさんが敬語を使い、十五歳の白アリがため口である。
アイリスのメンバーとテリーの奴隷二人が俺たちの馬車二台を移動させるため、離れたのを確認してからメロディへ話しかける。
「メロディ、馬車が到着したら魔道具を作成したいんだ。手伝ってくれ」
俺の言葉にメロディが涙を浮かべて顔を強張らせた。
やはり、説得が必要か。
三人の顔を見ると、白アリが半分非難めいた目で見ている。
え? 俺が悪いの?
「ねぇ、メロディ。あなたのお祖父さんのことは聞いたわ」
白アリの言葉にメロディの肩がビクッと動く。
「まだショックが抜けないのも、怖いのも分かる。それでも少しだけ私たちに協力してくれないかしら」
白アリがメロディを抱きしめ、優しくささやく。そして、黙ってその真っ赤な髪を撫でる。
髪を撫でられているうちに、メロディが少し落ち着きを取り戻した。
「私たちも、あなたに協力をするわ。あなたには可能性がある。とても大きな可能性よ。それを引き出しましょう」
ゆっくりとメロディから離れ、目を真っすぐに見詰めている。
「あなたのご主人様、ミチナガね。とても優秀な魔術師よ。そして私たちもね」
白アリの言葉にメロディが小さくうなずき、俺の方を見る。
「何があっても守ってやる。どんな事故からだって守ってやる。誰も死なせやしない、心配するな」
俺はゆっくりとうなずき力強く伝えた。
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