第37話 光の勇者

 光魔法で治したばかりの左腕を一振り、腕に残っていた血を飛ばす。目の前の男に返り血を浴びたかのように付着する。

 周囲の好色騎士団とギャラリーが、俺の血が男に付着したのを認識するのを待って火魔法を発動させた。


 付着した血を起点に炎が広がり、男を包む。まるで俺の血が燃え上がったように見える。

 炎に包まれた男は悲鳴を上げながら地面を転げ回る。

 隣の男が慌てて水魔法で炎を消しにかかるが、無駄だ。この距離で魔力を注ぎ込み続けているんだ、その程度の水魔法じゃ消えないよ。


 しかし、人間ってのは七十パーセントが水分と聞いていたが、よく燃える。こいつの場合、七十パーセントは水分じゃなくて、脂だったんじゃないのか?

 その太った体はみるみる、細くなって行く。既に悲鳴は上げていない、もちろん動いてもいない。


 魔力を注ぎ込むのをやめると、程なく炎がおさまり静寂がおとずれた。


「黄色いグリフォンの徽章を付けた連中が排除対象だ。三人は近場の連中を頼む」


 静寂を破ったのは俺の声。


 三人を振り返ることなく、散開している好色騎士団の輪の中へと歩を進めた。


 後方に残してきた雑魚が、テリーと白アリに次々と倒されるのを空間感知の魔法で把握できた。


 一歩進むごとに、状況を理解できる連中が増える。輪の中央へ到達した時には、顔を真っ赤にして目を血走らせていた。全員が武器を手に取りこちらを睨んでいる。

 いや、かなりの数が脅し文句や悪態をついているようだ。


 魔術師が俺に向けて右手を突き出したまま固まる。

 得意だった風魔法を放とうとしたのだろう。

 残念だったな、その風魔法ならここにあるよ。固まる魔術師を一瞥し、風魔法を放つ。


 右腕を失った魔術師は、悲鳴を上げながらうずくまる。

 続けて岩の槍を、うずくまる魔術師の喉頭こうとうへ撃ち込む。岩の槍は喉頭から入り、脊髄せきずいへ抜けた。くぐもった声を最後に、悲鳴がやむ。


 残る魔術師は四人。主要スキルは既に奪ってある。

 今回の戦闘では、決闘に飛び入りしたときの風魔法と火魔法の使い手とのイメージを一新する。


 四人の魔術師が、光魔法の聖光と熱さのない蒼白い炎に包まれる。

 アンデッドが浄化されるかのように、消し炭になりながら崩れ落ちる。


 聖光で何の罪もないとまでは言わないが、生身の人間が浄化されるのを見るのは初めてなのだろう。

 驚きのあまり言葉もない状況である。


 無理もない、俺だって驚いている。

 まさか、思いつきでやったことが、成功するとは。しかも、これほど上手く行くとは思っていなかった。


 念のため、もう数人を聖光で片付けるか。

 魔法の発動とともに先ほどまで手練だったヤツらが、聖光と蒼白い炎に包まれ魔術師と同様に消し炭になりながら崩れ落ちる。


 よしっ。これで俺のイメージは光魔法、光の勇者で定着したことだろう。

 思わず笑みがこぼれる。


 さて、残りを片付けるか。


 次の瞬間、白アリの放った、数十発の火球が左手奥の集団へ襲い掛かる。

 火球は着弾と同時に爆発を起こす。まるで小型の手榴弾である。

 爆発がおさまったときには、手足を吹き飛ばされたものを含めて、十名以上が戦闘不能状態で横たわっていた。いや、半数は頭部へ着弾しており、着弾と同時に頭部を失っている。


 黒いドレスアーマーを着た白髪の美少女が、その身体に不釣り合いな――死神の持つような、大鎌を持って右側の一団に駆け寄るのが目の端に映る。黒アリスちゃんだ。

 彼女は大鎌を一団目掛けて水平に凪ぐ。

 一団――五人の騎士たちは、大きく振られた大鎌の切っ先の内側、柄の部分へと入り込む。大鎌に一番近いものが盾を構え、他の四人は少女へと迫る。



 何の技術もない少女が、単調な軌跡を描いて振るう大鎌を、手練れの男たちが軽くあしらう姿を誰もが想像しただろう。

 確かに、感心するような連携だ。戦い慣れているのが分かる。だが、それじゃあダメだ。


 少女は躊躇なく大鎌を振りきる。

 大鎌は五人の騎士たちを腰のあたりから防具ごと両断した。刃の部分ではなくその柄の部分で。


 そこには、俺たち以外は想像もしていなかった結果がうめき声とともに横たわる。

 切られた当人たちはもとより、ギャラリーからも驚きと戸惑いの表情が見られる。


 まさか、木製の柄の部分で両断されるとは、思ってもいなかっただろうな。


 タネを明かせば簡単だ。

 振られる柄に沿わせて、魔力を多量につぎ込んだ闇の刃を展開しただけだ。

 展開された闇の刃は触れるものを分子レベルで分解をしていく。


 白アリの放った火球の効果範囲外にいた数名が突然苦しみだした。

 見た目には何が起きているのか分からない。

 恐らく、テリーがターゲットの肺を水で満たしているのだろう。地味だが少ない魔力で、実に効率よく倒していく。


 白アリの火球に巻き込まれたギャラリーはいないようだ。

 周囲の状況の確認を終えて、正面の残党へと向き直る。


 これで健在なのは九名か。

 俺が向き直ると、九名の好色騎士団の残党は涙目で首を横に振るだけだ。


 九名を一度にやれるか?

 三度、聖光と蒼白い炎を発動させる。

 問題ない。あっさりと成功した。聖光と蒼白い炎に包まれ、消し炭となって崩れ落ちる。


 終わったな。

 九名が崩れ落ちたところで、ギャラリーからは驚きと感嘆の声が上がる。


 圧勝だった。

 事前準備をしていたとは言え、五十人近い騎士団、それも戦闘面で評価の高い騎士団を一蹴である。

 しかも、いずれも通常の戦闘ではない。


 魔法を使ったとは言え、見たこともない戦い方や理解の範囲を超えた戦い方だ。

 ギャラリーからすれば、俺たちが勝利したこともそうだが、それ以上に勝ち方に驚きを隠せないでいる。


 さて、次の行動だ。

 ゴート男爵や残りの騎士団、雇われ探索者たちが出てくる前に済ませておくか。

 白アリのところへ戻り、女の子の無事と助けた女の子たちが美人かどうかを確かめないとな。


 ◇


「皆、無事だったか?」


 戻る途中、黒アリスちゃんと合流し、並んで歩きながら声をかける。


「ありがとうございます」


「本当に助かりました」


 助けた女の子は六名、美人だ、全員が美人だ。良かった。感謝をしてくれる美人が六名か、期待してしまうな。


 もちろん、そんな考えが悟られないようにポーカーフェイスを決め込む。

 ただ、少し気になるのは、お礼を言ってくれたのは二人だけで残りの四人は若干引き気味な感じだ。戦闘が派手過ぎたか?


「ちょっと、派手にやっちゃったけど、これからどうするつもり?」


 小声で聞いてくる白アリの質問に黒アリスちゃんとテリーも反応し、俺へ視線が集まる。


「任せておけ、俺に考えがある。それにダメでも、最悪は亡命すれば良いんだよ」


 小声で自信満々で答える。


「亡命って……そんなバカな案を自信ありげに言わないでよ」


「でも、それも選択肢に入れた方がよさそうだな」


「どこへ行っても、私たちの場合は同じですよ」


 白アリの突っ込みにテリーと黒アリスちゃんが援護をしてくれる。



 ん? 左側からざわめきが聞こえる。ざわめきに混じって、ゴート男爵、と言う声が聞こえてきた。

 お出ましか。



「どこの馬の骨か知らないが、戦争前に大変なことをしてくれたなっ! 明らかに利敵行為にあたることだぞっ!」


 よく通る、大きな声が響く。


 あれがゴート男爵なのか? 想像していたのとは大分違うな。

 声の主は体格の良い、いかにも武人と言った感じの中年の男性だった。


 ゴート男爵と思しき中年の男性を筆頭に、その護衛たちが周囲の惨状に表情を強ばらせる。

 有能な、少なくとも戦闘面では有能な部下や同僚の変わり果てた姿を目の当たりにしたのだ、平静ではいられないか。

 

「犯罪者は誰だ? おとなしく出て来いっ!」


 ゴート男爵と思しき男性の声が怒気をはらみ、さらに大きくなる。


 その声に反応するようにギャラリーの視線が俺たちへ集まる。


 え? 犯罪者ってところに反応して見てるわけじゃないよね?

 思わず聞きたくなるくらいにタイミング良く視線が集まった。

  

 で、当のゴート男爵と思しき男性だ。見た目は予想に反していたが、言っている内容はほぼ予想通りだ。自分たちのことを棚に上げてこちらを糾弾する。

 まぁ、自分の手柄の源泉である、騎士団の四分の一を壊滅させられたんだ、頭にもくるか。


 しかし、頭にきてくれているのは助かる。

 こちらの思惑通りである。


「やったのは俺たちだっ! あんたがゴート男爵か?」


「貴様っ! 無礼ものがっ!」


 護衛の一人だろう、俺の誰何する言葉に脊髄反射のように即座に反応する。


「そうだ、私がゴート男爵だ。殺人犯はお前たちなのか?」


 いきり立つ護衛を制して、俺に向かって、何かの間違えだろう、とでも言いたげな感じで聞いてきた。

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