第36話 戦闘開始

「どうする? 二人を止めるか?」


「いや、あの状況だ、今更後には引けないだろう」


 ここから見る限り、白アリと黒アリスちゃんが前面に出て、女の子たちの盾代わりになっているようだ。



「それに下手に弱気と受け取られると、付けいるヤツらが出てくる。イジメの構図と一緒だな。町について早々に思い知らされたよ。必要なら力を示す」

 ギルド登録のときのできごとを思い出しながら、自身に言い聞かせるように覚悟を決める。


「分かった、覚悟を決めようか」


 予定とは違ってしまったが、知り合いを助けたいと言う、彼女たちの気持ちも分かる。もう、後には引けない。ここは強気で行く。

 とは言え、一触即発と言った感じでもないな。

 前面に出ているのが白アリと黒アリスちゃんなので、そうそう後れを取ることもないだろうとは思うが、念のため相手を鑑定する。


 雑魚、と言うほどではないが警戒するほどではない。

 むしろ、後方でニヤニヤと眺めている同じ黄色いグリフォンの徽章を胸につけた連中の方が危険だ。


「どうしたんですか?」


 割って入る前に、周囲の人たちから情報を集めることにする。


「ん? ああ、ゴート男爵のところの騎士があの女の子を無理やり馬車に連れ込もうとして失敗したのさ」


 聞く相手を間違えただろうか? 白昼どうどうの犯罪行為を当たり前のように教えてくれた。


「ゴート男爵の騎士? あの胸の黄色いグリフォンの徽章の連中ですか?」


 あの黄色いグリフォンの徽章の連中が全部相手となると、魔術師もいるし、真正面からだと少し厳しいか。 


「ああそうだ。もめ事が大きくなると、後ろに控えた腕の立つ連中が出てくるんだ」


 面白くなさそうに言う。

 

「伯爵のところの騎士団は介入しないんですか?」


 周囲に伯爵領の騎士団を探しながら聞く。


「ゴート騎士団は素行に問題はあるが、戦力としてはあてになる。これから戦争しようってのに、大切な戦力の機嫌を損ねることはしないさ」

 ゴート騎士団を嫌っているのが分かるくらいに口調も顔つきも変わってきた。 


「一昨年のダナンシ王国との小競り合いでも一番の手柄を上げたのもゴート騎士団だしな」


 隣で話を聞いていた男が追加の説明をしてくれる。


「ありがとうございます。ところで通してもらえますか? あの女の子たち、俺のパーティーメンバーも混じってるんですよ」


 俺はお礼を言いながら先へ進もうとした。


「あんたらは逃げた方が良い。連中は強い上に理不尽だぞ。話し合いは無理だと思った方が良いな。女の子は殺されることはないだろうが、男は殺される危険性もあるぞ」


 気の良いおっちゃんが、俺たちを引きとめながら忠告をしてくれた。


「え? まがりなりにも男爵お抱えの騎士でしょう?」


「ゴート男爵がそう言う人だから、騎士も自然とそうなるのさ」


 テリーの疑問に、ゴート騎士団を睨みながら言い放つ。


 ターゲットと方針は決まった。ゴート男爵の騎士の皆さんには、俺の糧となってもらおう。


「ご心配とご忠告、ありがとうございます。大丈夫です、軽くひねってやりますよ」


 おっちゃんにお礼を言い、遠巻きにニヤニヤしている、胸に黄色いグリフォンの徽章をつけた一団の方へと進路を変える。

 

 事前準備として厄介な連中を弱体化させる。

 そして、有用なスキルを奪っておれ自身の強化を図る。


 わざわざ迂回してゴート男爵の騎士たちをかき分けるように進んだ。タイプA、タイプBを連続発動させながら、もめ事の中心へと近づく。

 さすがに一昨年の戦争で一番手柄を立てた男爵のお抱えの騎士や魔術師だ。素行に問題があろうと美味しいスキルをたくさん持っている。スキルのバイキング状態だ。


 女の子たちをかばうようにして、白アリと黒アリスちゃんが騎士たちと対峙している、その間に俺とテリーが割ってはいる。


「何だっ? お前らはっ!」


 ニヤニヤと好色そうな顔をしていた連中が、突然怒気をはらんだ声で誰何すいかする。


 美少女二人を好色そうな目で見ながら、あれこれと妄想を膨らませていたところに、突然二枚目二人が割って入っただ。そりゃあ、面白くないよな。怒る気持ちも分からんでもない。



「彼女たちのパーティーのリーダーですよ」


 白アリと黒アリスちゃんの様子を確認し、好色騎士団へと再び視線を戻す。


「で? そのリーダーが何しに来たんだ? 女の子を差し出しに来たのか?」


「女の子の説得に来たんだよな?」


 何が可笑しいのか、好色騎士団から侮蔑ぶべつの言葉に続いて下品な笑い声があちこちで上がる。


「ちょっと、ふざけんじゃないわよ。あんたたちのやってることは犯罪よっ!」


 俺の背後からもの凄くエキサイトした白アリが好色騎士団に向かって叫ぶ。


「落ち着けよ」


 視線は好色騎士団に向けたまま、白アリを俺の背後に隠して、好色そうな視線の範囲外へと置く。


「あんたね、まさかここまでされてるのに、穏便にすませようって事じゃないわよね?」


 背後から、怒り心頭状態の白アリが聞いてくる。


「なぁ、坊主たち。大人が穏便にすませようとしてるんだから、そこはおとなしく言うことを聞いたらどうだ?」


「そうそう、でないと、パーティー解散どころか、五体満足じゃいられないぜ」


「戦争前に命を落としちまうかもな?」


 また、侮蔑の言葉と嘲笑が響く。

 言葉も笑い声も下品だ。

 不愉快だな。


「なぁ、あんたたち。自分のやってることや言ってることが、恥ずかしくはないのか? 見っとも無いとは思わないのか?」


 怒鳴るわけではないが、周囲に聞こえるようにはっきりと言う。


 俺が言った言葉が理解できなかったのか、自分たちが言われているとは思わなかったのか、キョトンとした顔で俺のことを見ていた。

 俺の目の前にいる連中はキョトンとしていたが、黄色いグリフォンの徽章を胸につけた――周囲に散開している、少し前まで腕利きだった騎士たちは、顔色が変わり始めている。


 所詮は下端、頭の出来まで下端のようだ。



「あのさ、自分たちは格好良いつもりなのかもしれないけど、周りから見れば格好悪いんだよ。虫唾が走るって言うのかな? まさにそれなんだよ」


 諭すような口調でゆっくりと、しかし周囲にも聞こえるようにはっきりと伝える。


 自分でもよくもまぁ、ここまで言うと思うよう。

 テリーなど隣であきれたように聞いている。


 それは黒アリスちゃんも同様で、ポカンとした顔で俺のことを見ている。

 白アリだけは違った。行け、もっと言ってやりなさいよ、語彙ごいが少ないわよ、ちゃんと勉強したの? と背後から小声で煽っている。


 失敗したかな?

 口喧嘩なら白アリの方が明らかに上である。口喧嘩のパートは任せた方が良かったかもしれない。


 目の前の好色騎士団もようやく理解したのか、見る見る顔が赤みを帯び怒気をはらんで来るのが分かる。

 良かった、伝わったようだ。


「てめぇ、命が惜しくないらしいな」


 凄んでいるつもりなのだろうか、目を細めながらどこかで聞いたようなセリフを言う。


 どこの世界も、小者の思考は一緒らいしい。

 目の前の好色騎士団もそうだが、それ以上に周囲に散っている元腕利きに注意を向ける。


 腐っても鯛。

 有用なスキルを奪ったとは言え、戦闘の知識や経験までは奪えない。

 そして、俺たちに一番欠けているのが知識と経験だ。知識と経験を活かされる前に決着をつけるのが良策だな。


 周囲に注意を向けながら目の前の小者と対峙する。

 さすがにギャラリーも身の危険を感じたのか、潮が引くようにさらに遠巻きになる。

 人垣の中心付近は、俺たちとそれに対峙する好色騎士団。そして、人混みに紛れて散開していた、好色騎士団の残りのメンバーがあらわになる。


 目の前の男と背後にいた騎士の一人が、俺に向けて長剣を突き出した。

 俺はその長剣を左腕で受け、格闘スキルレベル3を使って、そのまま回し蹴りで長剣を突き立てた不意打ち騎士の意識を刈り取る。


 後ろの女の子たちから悲鳴が上がる。

 ギャラリーからもどよめきが聞こえる。

 目の前の好色騎士は俺の左腕に突き立てられた長剣を見ながら笑みを浮かべている。味方がやられたというのに酷いヤツだ。

 

 左腕で剣を受けたのはもちろんわざとである。

 突き立てられた長剣を引き抜き、傷つき血が流れている左腕を高々と上げ、光魔法で治療をする。

 ギャラリーにも何が起きているのか分かるように、ゆっくりと完治をさせる。

 血が止まり、見る見る傷口がふさがる。


 女の子たちの悲鳴は消え、驚きが伝わって来る。

 ギャラリーのどよめきは感嘆へと変わる。

 そして、好色騎士団の気持ちの悪い笑みは凍りつく。


 さぁ、戦闘開始と行こうか。

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