第29話 一時間後に

 ミランダさんから一通りの情報を聞き終え、怪我人から話を聞いていると入り口の方が騒がしくなった。

 騒ぎの中に視線を向けると見知らぬ初老の男性が数名の男たちと一緒に入って来たのが見える。

 一緒に入ってきた男たちの中に、貧相な容姿のユーグさんを見つけた。


「ギルドマスターが帰られました。外しますね」


 ミランダさんが騒ぎの中へと駆け寄る。


 察するにあの初老の男性がギルドマスターだろうか。

 初老の男性の表情からは何も読み取れないが周囲の男たちの表情は硬い。面倒ごとが深刻である事がうかがい知れる。


 ミランダさん他、三名の職員さんが初老の男性に駆け寄り何か話している。

 雰囲気は指示を仰いでいるように見える。

 集まった探索者たちからは、今入ってきた男たちに向けて質問が投げかけられ、喧騒けんそうがますます大きくなっていく。


 喧騒の中、初老の男性がカウンターへ飛び乗り周囲を見回すように視線を巡らせると喧騒けんそうは波を引くように消えていった。皆の視線がカウンターへと飛び乗った初老の男に注がれている。

 視線が初老の男性へ集中する。もちろん俺たちもそちらへ意識を集中する。


 初老の男は喧騒けんそうが静まり皆の視線が自分へと集中していることを確認すると突然大声を発した。


「一時間だっ!」


 第一声がギルド内に響き渡る。皆の意識がその後に続く言葉を聞き逃すまいとばかりに、カウンターの上にいる男へ向けられた視線は鋭さを増す。


「一時間待ってくれ。一時間後に皆に話がある。そのときに答えられることは答える」


 その年齢からは想像も出来ないほどの張りと声量のある声が響いた。

 

 初老の男性の言葉が終わると、静寂がざわめきに変わり幾つかの小さな集団となったと思うと次々とギルドを退出して行った。

 

「私たちも食事に行きましょう」


 全員の治療を終えたことを確認した白アリが一時間の使い道を提案した。


 そう言えば、夕食がまだだったな。すっかり忘れてたよ。

 彼女に賛成し、先般、乱暴な探索者に絡まれた酒場へと皆を案内することにした。


 ◇


 酒場で食事をしながら先程の情報を踏まえて今後のことについて話し合うことにした。


「さてと、先ずはさっきの話について皆の意見を聞きたいな。情報を整理しながら意見交換しとこうか」


「その前に、ミチナガに教えて欲しいことがあるんだ。フェアリーの加護ってどうだった?」


 女性二名が席を外している間を狙ったように、テリーが声を潜めて聞いてきた。


「何だよ、こんなときに」


「こんなときも何も、二人がいないときじゃないと無理だろう」


 女性二名がいつ戻ってくるか分からないからだろう、店の奥を気にしている。


 つられて俺も二人が入っていった扉へ視線を向ける。

 確かに、彼女たちが戻ってきたらこんな話は出来ない。


「分かった、今、話す」


 テリーの気持ちも分かる。いつ邪魔が戻るか分からない状況なので要点だけを簡潔に伝える。


「目が覚めた後のことを除けば、現実と変わらない感覚だ。夢の中とはいえ、感触、温もりや匂いも感じられる。何よりも、現実には絶対無理な相手とも可能だ。もちろん、夢に登場する相手やシチュエーションをリクエストすることができる」


 一昨日、女神さまが降臨したときのことが鮮明に蘇る。

 マリエルにリクエストをしたら女神さまの夢を見ることができるのだろうか? もしかしたら、夢に呼び出すことが出来るかもしれない。

 うん、これは実験をする必要があるな。


「聞いてた通りだな。決めた、フェアリーを買うぞ」


 テリーは目を輝かせると決意に満ちた顔で言った。


「唐突だな、どうしたんだ?」


「別に唐突じゃないさ。昨夜、自分たちが凄い力を持ってることが分かったし、大金も手にできた。ハーレムを考えてもおかしくないだろう?」


 周囲を気にしてか小声だが目に力がある。本気の目だ。


「異世界に来たんだ、ハーレムを考えなかったとは言わないよな? 奴隷制度もある。奴隷も欲しいだろう?」


「そりゃぁな。フェアリーの加護だけじゃなく、生身の人間が欲しい」


 テリーの勢いに気圧されてつい本音を言ってしまった。 


「だよな、俺も好みは何パターンあるし、できれば全部のパターンをそろえたいんだ。ギルドで話を聞いた後で奴隷商へ一緒に行かないか?」


 話している内容とは裏腹にもの凄く真剣な顔である。


 奴隷商か、まだ行ってないな。後学のためにも一度くらい見ておくか。

 いずれ行くことになるんだし今日で悪いことはないよな。

 あれ? 今って十九時頃だよな? ギルドの用事終わって二十一時過ぎだぞ、奴隷商ってこんな時間から開いてるのか?


「フェアリーは良いのかよ? それに今夜はもう遅いんじゃないのか?」


「なんだ、知らないのか? フェアリーも奴隷も奴隷商で売ってるらしいぞ。それに奴隷商ってのは夜の遅い時間しかやってないよ」


 俺の疑問をテリーの言葉が氷解させる。


 奴隷商やフェアリーに関する知識は、この町へ来る途中に知り合った隊商の人たちに教えてもらったものだそうだ。

 しかし、大金を手にした途端に行動に移るとは、なかなか頼もしいヤツだ。

 普段は見せない、アレな一面が見られたこともあり、なんとなくテリーとは上手くやっていけそうな気がした。


 そこまで話したところで、扉の向こうから白アリと黒アリスちゃんが現れた。こちへ向かって来る。

 テリーに合図を送り、戻ったことを知らせる。


「お待たせー。男二人でコソコソと何を話してたの?」


「コソコソしてたんですか?」


 白アリのからかう様な響きの言葉に黒アリスちゃんが、クスッと笑いながら続く。


「コソコソなんてしてないぞ。これからのことについて話してただけだ」


 できるだけ、何でもないことのように言う。


「そうそう、そっちこそ女の子二人で何を話してたのか気になるなぁ」


「あらー、気になるの? でも、秘密よ。ねぇ、黒ちゃん」


 テリーがふざけた感じで白アリと黒アリスちゃんを交互に見ながら言い、これに白アリが、からかうような、ふざけるような感じで答える。


「え? ええ」


 場慣れしていないのだろう、黒アリスちゃんが反応に困ったような様子で白アリに同意する。


 ◇


 先ほどのギルドでの出来事を含めてこれまでの断片的な情報と憶測が俺たちの周囲で飛び交っていた。

 俺たち同様にこの一時間の間に食事を済ませておこうと考えている探索者や傭兵たちがあちらこちらの飲み屋を占拠していた。恐らくどこも一緒なのだろう、店の中では情報収集と好奇心を満たすための噂話が誰はばかることなく大声で語られていた。


 周囲の話し声に耳を傾けながら白アリと黒アリスちゃん、テリーへと話しかける。


「最初の隊商への襲撃では多数が姿を現したが、今回の騎士団への奇襲では二十名程度しか視認できていない。明らかに襲撃方法、戦術が変わっている。これをどう思う?」


 ミランダさんと怪我人の情報を聞いた上での話し合いだ。


「襲撃したのが別の集団か、指揮官、或いは戦術面に影響がある魔術師が新たに加わったからじゃないのかな」


「実戦を経験して魔法の威力や利点を認識したのかもしれませんね。私たちみたいに」


「そっちの方がありそうだな。あまり考えたくはないけど」


 テリーと黒アリスちゃんがそれぞれの考えを口にしたが、黒アリスちゃんの意見を聞きテリーが同意を示す。


「あたしも黒ちゃんの意見に賛成ね」


「俺もだ。しかし、そうなるとテリーが言うように考えたくない方向に向かうな」


 白アリと俺が黒アリスちゃんの考えに賛成をする。


「まぁね。でも、隊商の生き残りの二名からの情報を聞く限り決まりでしょう?」


 目をそむけても仕方ないでしょう、とでも言うように白アリが三人へ視線を走らせながら言った。


「見たこともない防具を身に付けた魔術師と戦士か」


 十中八九転移者だな、問題は人数だ。そう思いながら天井を仰ぐ。


 隊商の襲撃時に目撃された目立つ防具を装備した者だけで五人、最悪は倍くらいの転移者がいると見てかかるべきだろう。

 ロビンを含めてもこちらの転移者は五人。

 分が悪すぎる。


「で、本題ね。下手な交渉や接触はせずに戦うで良いのよね」

 

 白アリの言葉に俺を含めた三人が無言でうなずく。こちらの同意を確認するとさらに白アリが続けた。


「そうなると、どう戦うの?」


「あまりやりたくはないが、安全第一で考えるなら、騎士団を犠牲にして敵の戦力と位置を把握してから五人がかりで一人ずつ倒していくんだろうな」


 白アリの問い掛けに、先ほど思いついたことを口にする。


 黒アリスちゃんが俺に同意するように無言でうなずき、白アリは手にしたカップに視線を落とすとカップに水魔法で水を満たしながら疑問を口にした。


「そんなに上手く行くかしら?」


「上手く行くかは分からない。ともかくもっと情報を集めないと。そのためにもある程度の犠牲は目をつぶろうよ」


 白アリの手にしたカップの中の水が見る見る凍りついていくのに目を奪われているとテリーがゆっくりと言葉を区切りながら俺の考えを後押しする意見を言った。


「ああ、先ずは自分たちが生き残る。転移者といっても敵対する可能性はある訳だ。もし敵対するなら最も危険な相手となる。躊躇は出来ない」


 スプーンでカップの氷をガリガリと削りだした白アリに視線を向けたまま再度念を押すように言う。

 あの表情を見る限り水を冷やすつもりで間違って凍てつかせたな。

 

「そろそろ時間ですよ」


 黒アリスちゃんの言葉を合図にこれまでのことをまとめる。


「相手は転移者と仮定。人数は五人以上でおそらく十人程度。騎士団を犠牲にしてでも情報を集めて、その上で作戦を立案。そんなところで良いか?」


 相手は問答無用で襲い掛かってくる連中だ。こちらも遠慮はできない。そればかりかこちらの戦力を上回っている可能性もある。

 現地の騎士団を犠牲にするのはしのびないが自分たちが生き残ることを行動基準の最優先としよう。

 

 正直、作戦どころか大まかな方針にしかなっていない。われながら情けない。

 

 俺の言葉に黒アリスちゃん、白アリ、テリーと次々と同意の返事が返ってきた。


「はい」


「ええ、それで良いわ」


「了解だ」

 

 何も決まっていないような状態なのは、三人も分かっているだろう。それでも、すぐさま同意をしてくれた。

 

 先ずはギルドの発表を聞きに行こうか。

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