第30話 討伐隊

 探索者ギルドへ戻ると、予想通り大勢の探索者で溢れかえっていた。


 探索者だけじゃない。カウンターの向こうにバーンズさんがいる。それに騎士団員と衛兵も何人かいる。


「ミチナガっ!」


 奥のほうから聞き覚えのある声に呼ばれた。


 声のした方へと視線を向ける。予想通りロビンだ。人混みをかき分けるようにしてこちらへと歩いてくる。


「ロビン、こっちだ」


 呼応するように手を振り、人混みをかき分けてロビンの方へと歩を進める。


「いつ戻ったんだ?」


「つい先ほど、三十分ほど前です。大変なことになっているようですが、事情が飲み込めていません」


「そりゃあ、そうだろう。ずっと地上にいた俺たちでさえ十分に理解していないんだから。それよりもこっちへ来てくれ」


 ロビンに声をかけながら、三人のもとへと誘導する。


「紹介するよ、前にも簡単に話しただろう、ロビンだ。入れ違いで迷宮へ潜っていて、さっき戻ったそうだ」


 俺の言葉にロビンが軽く会釈する。


「アリス・ホワイトにアリス・ブラック、二人ともお仲間だ」


 レディーファーストで女の子二名を紹介したあとで、テリーの腕を引っ張り、ロビンの前へとつれてくる。


「で、テリー・ランサー。ロビンがギルドで見かけた男だ。やはりお仲間だ」


「ミチナガ、私がギルドで見かけたのは彼じゃありませんよ。別の金髪碧眼の青年です」


 テリーから彼を紹介した俺へと視線を移し、いぶかしげに言った。


 何だって? もう一人、転生者がこの町にいる? ノーマークだった。


「確かに特徴だけ並べれば酷似してますが、雰囲気がまるで違います」


 固まったまま、ロビンのことを見詰める俺を真直ぐに見ながら言った。


「どうしたんだ? 俺がどうかしたか?」


 俺の反応が気になったのか、テリーが質問をしてきた。


「いや、なんでもない。詳しいことは後で説明するよ――――」


 一先ず、皆には簡単に自己紹介を済ませてもらい、もう一人の転移者の件はその後に話すことにした。


「――――と言うことで、特徴がテリーに酷似している転生者が、もう一人この町にいる」


「今からだと、接触するのも考えものだな」


「そうね、リスクが高すぎるわ」


 考え込むようなテリーの言葉に白アリが同意する。


「そうですね、一先ず捜すのはやめて見つけたら様子を見ることでどうでしょうか?」


「それしかないか」


 俺がロビンの提案に同意をすると皆も同意の意思を示すようにうなずいた。



「時間だっ! 先ずは俺の話を聞いてくれっ!」


 カウンターの上からよく通る男の声に俺たちの会話が中断された。


 先ほどの初老の男性だ。それにしても、カウンターの上が好きだな。


「皆も心配だと思う、襲撃された討伐隊だがあれから四百名余りが帰還した。しかし、六割ほどが未帰還だ」


 カウンターの上から初老の男性が切り出した。


 四百名以上が帰還した? 随分と多いな。襲撃の状況を聞く限り完全に奇襲が成功している。

 同じ状況で俺たち五人が襲撃側なら四百名も取りこぼすだろうか? 広域の火魔法で混乱させ、砂嵐で視界を奪い、土魔法で足場を奪えば、それほどの取りこぼしはなさそうだが。


「この未帰還者の捜索と盗賊討伐を並行して行う。町の治安維持を残して、総動員だっ!」


 周囲のようすをうかがう。

 敵の情報が不足していため、不安は隠せないが、戦力の出し惜しみがないことに安堵しているのが分かる。


 これで俺たちも現地へ行けるな。

 気になるのは配属先か。


「さらにっ! 伯爵領と王都、隣接する領国からの援軍が既に出ている」


 強力な援軍の存在に安堵と歓声が広がる。


 この雰囲気に怯えたのだろう、マリエルが俺の頭にしがみついて離れない。そればかりか先ほどから無言だ。

 いや、マリエルだけじゃない。


 黒アリスちゃんも怯えているようだ。先ほどから俺のアーマーのベルトをつまんで離さない。

 さりげなく、そう、さりげなく、黒アリスちゃんの背中に手を回す。


 背中に手を回すと俺のことを見上げて来た。

 目が合う。俺は優しいんだ、と自身に暗示をかけるように繰り返し、微笑み返した。


 視線を俺のアーマーのベルトをつまむ右手に落とし、ベルトをつまむ指が二本から三本に増える。

 距離が縮まった? 親密度が上がった? これは、もの凄く大きな前進じゃないだろうか?


「お前ら、怒れ。辺境の村がいくつか襲われた。恐らく村人だろう、大勢の人間が奴隷としてガザンに連れて行かれた。先ほどもたらされた、密偵からの報告だ。敵はガザン王国、既に被害を受けた村は、バール、ユラリア、ベスラ、ドルバン、ゴートルド。これらを故郷に持つ者はいるか? 大切な人はいるか? 知り合いはいるか? 仇を討つぞっ! そして助けだすっ!」


 初老の男性が突き上げた拳に合わせて、怒号のような歓声が上がる。

 俺までこの雰囲気に飲み込まれそうだ。


 いや、ちょっと待てよ……これって、もう戦争じゃないのか?

 どう考えても軍事行動だよな。


 四人の表情をうかがう。

 周囲の高揚した雰囲気とは明らかに違う、深刻な顔が四つ。俺も同じような顔をしているのだろうな。ここだけ空気が違う。


「集合は明日の正午、北門の外側っ! 準備を怠るなよ、解散だ」


 初老の男性の言葉が終わると、弾かれたように、皆が一斉に動き出した。


 これは奴隷商へ見学に行くどころじゃないな。


「どうする? この後」


「次回にしようか」


 俺の冷めた問いかけにテリーが即答する。


「すみません。お世話になってるパーティーに呼ばれてるので、もう行かないとなりません」


 呼んでいるパーティーメンバーに合図を返しながらロビンが言う。


「分かった、明日の十時にここへ集合でどうだ?」


 ロビンの都合を踏まえて、皆に確認をする。


「はい、それでお願いします」


 ロビンが即答し、三人の言葉が重なるように続いた。


「あたしもそれで良いわ」


「私もそれで良いです」


「そうしよう」


「武器と防具を確認しろっ! 予備を多めに買い漁っとけよ」


 武器か、俺たちも予備を用意した方が良いよな。さすがに、ユーリアさんにお願いした武器は、間に合わないか。


「あたしたちも武器と防具の予備を買った方が良さそうね」

 

 白アリの言葉にうなずき、出口へと向かう。


「奴隷だ、有り金はたいて奴隷を買いに行くぞ」


 そう叫びながら、前を見ずに足早に歩いていた男がテリーにぶつかった。


「おう、すまんな兄ちゃん」


「あの、何で奴隷を買いに行くんですか?」


 この非常時に奴隷を買いに行くのを不思議に思ったのか、未練があったのかは分からないが、テリーがぶつかった男に聞いた。


「ん? 戦争だ。戦力は多いに越したことは、ないだろうが」


「奴隷は荷物運びや土木作業、雑用に必要だ。それに、奴隷を連れて行けば報酬も増えるしな」


 ぶつかった男とツレだろう、追いついて来た男が答えた。


 その言葉に、俺とテリーは思わず顔を見合わせた。


 ◇


 その後の行動は早い。

 武器屋、防具屋、魔道具屋とハシゴし、ユーリアさんのところに駆け込む。


「遅いよ、あんたらっ! なぜ真っ先にうちに来ないんだいっ?」


 俺たちが、駆け込むや否やユーリアさんに叱責しっせきされる。


「ほらっ! だから、あたしが先にこっちに来ようって、言ったのよっ!」


 小声だが勝ち誇ったように、白アリが言う。


 お前も同罪だろうがっ! と言う言葉を呑み込みひたすらユーリアさんに謝罪をしながら、内心安堵する。

 良かった。テリーの提案通りに奴隷商に行かなくて、本当に良かった。


「まあ、許してやるよ。真っ先にここへ来たところで武器は間に合わなかったんだしね」


 大型の鎚を担いだまま、不機嫌そうに言う。


 間に合わなかったのかよ。

 そりゃそうだ。さすがに無理だよな。


「その代わりって訳じゃないが武器をいくつか用意しとくよ。明日の朝、取りに来な。それと、頼まれた武器は出来上がり次第、たとえ最前線だろうと必ず届けるよ」


 ユーリアさんが、工房へときびすを返しながら言う。


「ありがとうございます」


 俺たち四人の声がハモる。ハモる声とともに、ユーリアさんの後ろ姿に俺たちは頭を下げた。


 ◇


「さて、この後の行動だが――」


「ここからは別行動にしましょう。女の子だけで買い物をしたいから」


 俺が話している途中から、白アリが言葉を被せた。


 白アリと黒アリスちゃんが顔を見合わせた。同様に俺とテリーも顔を見合わせる。

 テリーが無言でうなずいた。


 もとより俺たちに異存はない。

 二つ返事。渡りに船状態で、二人別れた俺たちは、奴隷商へと走った。

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