第28話 ギルドへの道

 俺たちの住んでいた現代日本と違いこの異世界の夜は早い。日の出と共に起き日暮れと共に寝ると言うとさすがに言い過ぎだが地方の一般的な家庭なら十九時を過ぎれば半数ほどは眠りにつく。

 もちろん、ここは街中なのでこの時間でも一般の家庭はもちろん夜がかき入れ時となる飲み屋などの店からも薄っすらと灯りが漏れていた。


 そんな家屋や夜間営業の店からわずかに漏れる灯りが街の輪郭を薄っすらと浮かび上がらせる中、俺と白アリが光魔法の光球で前方を照らしながら黒アリスちゃんとテリーを含めた四人で走る。

 三人はレベル差こそあれ身体強化を持っている。その三人に、さも身体強化を持っているかのような顔をして付いて行く。


 属性を加える前の純粋魔法を身体に流し身体能力の底上げを図る。

 当然、ひずみが来る。内臓まで含めて、身体全体が悲鳴を上げる。あちこちの筋肉が断裂し骨がきしむ。

 全身を光魔法で治癒しながらの移動である。骨などは先ほどからひびが入り続け、これを治癒し続けている。


 光球と空間感知を合わせると、常時四つの魔法を並行して継続発動させている。

 いや、治癒魔法などはいったい何箇所を並行していることか。

 われながら良くできるものだと感心するよ。

 

 そして、そんな俺たちにマリエルはなんなく付いて来ている。余裕さえうかがえる。

 一体どんなカラクリだろう? 身体強化は持っていない。


 可能性があるのは重力魔法くらいか? 或いは風魔法か?

 今度、俺も試してみようかな? 全身の治療しながら走るよりは良さそうな気がする。

  


 ユーリアさんの工房を後にして探索者ギルドへ向かう途中で三人に問いかけた。


「やっぱり、転移者だと思うか?」


 恐らく三人ともこの話題を切り出したかったのだろう、すぐさま乗ってきた。


「間違いないだろうね」


「戦い方があたしたちに似すぎてるわ」


「人数も多いようですね」


 真っ先にテリーが反応し続いて白アリと黒アリスちゃんの二人も同様の予想と危惧を口にする。


「そうだな、工房での情報で判断する限り、多数の転移者がいる可能性はあるな」


 黒アリスちゃんの発現に同意しながら対応方法に思いを巡らせる。


 戦うか? 交渉して仲間に引き込むか? 或いは、あちら側に与するか? 先ほどから頭の中を巡っていた選択肢を再度確認する。

 最後はないな。


「それで、どうするつもりなのですか? 戦いますか? 話し合いますか?」


 黒アリスちゃんが隣を走る俺へ視線を向けながら聞いてきた。


「だいたい、問答無用で現地人を襲うなんて人道に反してる、道徳心を疑うわね」


 白アリには珍しく真剣な面持ちである。


 つい先日、現地人をサル扱いしていた女のセリフとは思えない。『やっちゃう? やっちゃいましょうよっ! 現地人なんてサルみたいなもんでしょう』先日の白アリのセリフが頭の中でリフレインされる。

 素晴らしい成長振りだ。思わず生暖かい目を向けてしまう。


 黒アリスちゃんとテリーの様子を見る限り白アリの考え方に同意しているのか、かなり近いものがあるようだ。そんな三人に向けて誘導するように危惧を提示する。


「その道徳心の欠落したヤツらと正面から接触するか?」


「危険だな、できれば即時の接触を避けて様子をみたいな」


 俺の問い掛けにテリーが即答し、黒アリスちゃんと白アリが続いた。


「元不良とかでしょうか?」


「どっちかと言うと『抑圧されたヤツらのタガが外れちゃった』ってとこじゃないの?」


 白アリが軽く頭を振りながら「協力してダンジョンを攻略しなきゃならないってのに……何でこうなるのよ」とつぶやきさらに続ける。


「戦う相手が同胞、ってのはこう言うことじゃないわよね」


「同胞だろうと相容れないものは戦うしかないだろう。現地人でも手を取り合えるなら協力し合う、それじゃダメか?」


 誰ともなしに問いかけるような白アリの言葉に、即答する。


 問いかけるように答えたが、主要は前半。同胞だろうが何だろうが相容れない相手とは戦う。覚悟を決める必要がある。

 三人の答えを待つ。


「同胞だろうが何だろうが、怖い人や乱暴な人は嫌いです。必要なら同胞を含めて人殺しもしますよ」


 黒アリスちゃんから逡巡することなく答えが返って来る。真直ぐに俺のことを見詰めながら言った。真剣な眼差しだ。真っ先に返事をするのはテリーで彼女は最後まで悩むと思っていただけに意外だった。思わず黒アリスちゃんの眼差しを見返してしまう。


「同感だ、敵対するようなら容赦はしない」


「そうね、下手に説得しようとか考えたら、こちらに隙ができてしまうわね」


 俺と黒アリスちゃんの前を走る二人――テリー、白アリからも答えが続く。


 二人とも俺の前方を走るため、その表情は見えないが声から受け取る限り黒アリスちゃん同様、迷いは感じられない。

 よし、この面子でなら十分に戦えそうだ。


「何にしても、数が多いと厄介だな。先ずは帰還者から情報を集めよう。その上で、現地派兵へ参加できるようなら参加して、やはり情報収集かな」


「それで良いと思うよ。情報収集を最優先にして、集まった情報をもとに作戦を考えよう」


 俺の言葉にテリーが同意を示す。

 

 テリーの横を走る白アリがサムズアップをしている。

 隣を走る黒アリスちゃんに視線を向けると同意を示すようにうなずいた。


 さて、問題は俺たちのような見習いを騎士団の一千名と探索者三百名余りを壊滅させたような敵のいる所へ連れて行ってくれるかだ。

 対魔術師要員及び光魔法要員として志願するか?


 よく考えたら戦力は欲しいはずだ。

 見習いとは言え、俺たちの魔法が十分に戦力なることは理解してもらっているはずだ。


 そして、今回は敵にも強力な魔術師がいる。

 魔術師はのどから手が出るほど欲しいはずだ。


「現地派兵に参加させてもらえなかったらどうするつもり?」


「お散歩していたら偶然出くわしちゃいました。で良いと思いますよ、そんなの」


 俺の胸中を見透かしたような白アリの疑問を黒アリスちゃんが一蹴する。


 なるほど、それで行こう。


 ◇


 探索者ギルドへ入ると、何時間か前に解散したオーガ探索隊改め、周辺哨戒部隊の面々も再び集まっていた。

 やはり、今回のことは大事件のようで、ギルドに集まっている人たちの間からも尋常でない驚きと興奮が伝わって来る。


 騎士団、一千名。

 正確には騎士団員が二百名と衛兵が八百名だそうだが、それとトップパーティーを含めた探索者三百名余りが奇襲を受けて壊滅である。


 しかも、散り散りに逃げた人たちの行方も分からない。

 辛うじて逃げ帰ってきた、十名余りの人たちからもたらされた情報だけである。


 騎士団員と衛兵合わせて一千名はこの町の常備兵の約三分の一の戦力にあたる。

 それが壊滅したかもしれないのだ。そりゃあ、ただ事ではない。


「フジワラさんにホワイトさん。怪我人が出ています。これから増えるかもしれません」


 ギルド建屋内の喧騒けんそうの中、俺たちに気が付いたミランダさんが声をかけてきた。


「分かりました。協力させて頂きます」


「治療するコーナーを用意頂けますか?」


 俺の了解の返事に続き、白アリが腰を据えて治療をするつもりがあることを示した。


 白アリの言葉にミランダさんが俺を見る。

 確認か? 同意か? いずれにしても治療コーナーはあったほうが良いだろうとの判断から、ミランダさんへうなずき返した。

 治療コーナー、これは、これからまだ散り散りに逃げた騎士団や探索者が、戻ってくることを前提としたものだ。


 すぐにミランダさんが二名ほどの若い男性職員に治療コーナーを用意するよう指示を出していた。


「ありがとうございます。すみませんが、よろしくお願いしますね」


 お礼を言いに来たミランダさんに向かって、俺とテリーが矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。


「今、どんな状況ですか? 何名くらい戻ってきてますか? それと騎士団側の動きは?」


「敵側の情報はありませんか? 強力な魔術師がいたとも聞いていますが?」


 俺たちの勢いに気圧けおされる感じではあったが、若い男性職員が机や椅子を並べている一角へといざなう。


「落ち着いてください。今、ご説明いたします。ですが先ずは治療コーナーの方へ移動しましょうか」


 そうだな。怪我人がいたんだ。

 それに治療しながら本人から聞くこともできるか。


 今のミランダさんとの会話を聞いていたのか、同じように情報を欲している人たちが俺たちの後へと続く。


 俺たち以外の人にも聞こえるように大きな声でミランダさんが切り出した。


「情報が不足している上に錯綜さくそうもしてます。取り敢えず、今分かっていることをお伝えしますね」


 歩きながら話を続ける。


「正式にはギルドマスターか騎士団側からアナウンスがあるはずです」


「ギルドマスターはどちらに?」


「今、騎士団の本部へ行っています。今後、この件に関してはギルド単独での判断はできなくなるでしょう。皆さんに情報を勝手にお伝えできるのも、後わずかな時間だけかもしれません」


 俺の質問にミランダさんが今後のことに関して含みを持たせた回答をしてくれる。


 なるほど、今のところ騎士団からは何も言ってきていないという事か。あちらも混乱しているのだろう。

 領主へ早馬でも飛ばしている頃か。


 用意してくれた治療コーナーへ到着すると椅子に腰掛けながら、ミランダさんを見上げるようにして話す。


「分かりました。治療をしている横で良いので教えてください」


「恐れ入りますが、集中を欠いた状態で治癒の魔法を使えるのですか?」


 俺の言葉に、遠慮しながら聞いてくる。


 なるほど、治癒魔法とはそう言う性質のものなのか。

 今なら分かる。自身が受けた矢傷を瞬く間に治した俺を見てカーラさんが驚いた理由はそれか。


「大丈夫です。自分で矢傷を受けても治せますから」


「そうですか。では隣に座らせて頂きます」


 そう言うと、俺の隣に座り、これまでに分かったことを話し出した。

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