第27話 新たなる

「私はユーリア、紹介状は読ませてもらったよ。噂も聞いている。てっきり、昨日のうちに来るかと思ったけど意外と慎重だったんだね」


 ユーリアさん専用の椅子だろうか、一際大きな椅子に勢い良く座った。ドカッと言うもの凄い音をさせていたが、椅子は軽くきしんだだけだった。頑丈な椅子だな。


 通された部屋は広さ二十畳ほどで、部屋の奥に畳一枚ほどの大きさの机が二つ見える。一つはいろいろなものが散乱していて机としては機能していない。もう一つも半分近くを侵食されている。

 片付けるのを諦めて机を増やしたようにしか見えない。何となく、なんとなくだが、この部屋の主の人となりが見えて来そうな、そんなありさまだ。


 そして、部屋の中央には大きめのテーブルと七脚の椅子が適当に散らばっていた。


「何やってるんだい? 遠慮しないで好きな椅子に座りな」


「はい」


 ユーリアさんにうながされ、返事が重なる。


「ここへ来る前に魔術師ギルドへ寄って、紹介状まで書かせるとは、やるね。つまりは、追加付与の魔石を集めるために一日必要だったのかな? いずれにしても慌て者だったり、思いつきで行動したりするタイプじゃないって事は分かったよ」


 誤解と言うか買い被りも甚だしいが、こちらにとっては不都合がないのでそっとしておくことにする。


「で、どんな短剣がお望みなのさ」


 ユーリアさんの問いかけに、俺たちの答えがバラバラに発せられる。


「可愛いやつがいいわね」


「盾を装備した左手で使える刺突剣を考えてます」


「妖しい感じが漂う外観でお願いします」


「突くだけじゃなく、切ることもできる、可能なら片刃で反りが入ったものをお願いします」


 白アリ、テリー、黒アリスちゃん、俺である。


 俺たちの要望を聞き終えるとユーリアさんは腕組みをしながら、静かに目を閉じた。


「構想を練ってるのかしら?」


「いや、いくらなんでも、ここではやらないだろう?」


 耳元でささやかれた白アリの問いかけに同じように小声で答える。さすがに、会って日の浅い女性の耳元でささやく訳にも行かず、多少声が大きくなる。


「いや、長いこと仕事を請け負っているがこんな依頼は初めてだよ」


 深くうなずき、再び話し出した。


「あんたたち、うちの工房をバカにしてるだろう?」

 

 そこには笑顔があった。

 貼り付けた様な笑顔とはこう言うのを指すのだろうか? あまり見たくない笑顔だ。


「あの、誤解があるようです。私たちは決っしてふざけていませんし、こちらの工房をバカにしているつもりもありません。至って真剣です」


 シドロモドロで言い訳の口火を切る。


「悪ふざけで魔術師ギルドを巻き込んだりしません。それに、これからお世話になろうと言う、町一番の工房をバカにする訳ないじゃないですか」


 テリーが間髪を容れずに続く。お世辞も忘れていない。


 俺とテリーの必死な言葉に納得しないまでも、少しは感じるところがあったのか、あの笑顔が消えてくれた。


「本当に申し訳ありませんでした。なにぶん、田舎から出てきたばかりの世間知らずです。何がお怒りに触れたのかも良く分かっていない始末です。至らぬ点は直しますので、よろしくご指導ください」


 ここぞとばかりに謝罪と言い訳を重ねる。立ち上がり深々と頭を下げる俺とテリー。


 それをよそに、女性陣二人はキョトンとして椅子に座ったままである。

 おかしい。納得が行かない。

 俺の感覚ではユーリアさんを怒らせたのは、白アリと黒アリスちゃんたちの要望だ。


 しかし、本人たちからは微塵もそれらしい素振りは感じられない。もしかしたら俺の感覚がおかしいのだろうか?

 それは置いておくにしても、困った人たちね、と言わんばかりの表情で俺とテリーを見るのはやめてくれないか、白アリ。


「まぁ、仕方がないか。絵をかけるヤツが来るまで付与効果の話をしようか」


 取り敢えず、機嫌は直ったようすで話を再開してくれた。


「ありがとうございます。では、希望する効果についてご指導お願いします」


 利用予定の魔石をテーブルに並べながら、早速、付与効果についての相談に入った。


 ◇


「ふーん、付与したい効果は分かったよ。変わった付与のしかただね。使いづらくないかい?」


 俺たちの希望を書きとめた用紙とテーブルの上の魔石を見ながら思案気に言う。


「それよりも、次は見た目をお願いします」


「絵のかけるヤツがまだ来てないんだ。もう少し待ってくれるかい?」


「こんな感じのが欲しいんですけど、どうでしょうか?」


 黒アリスちゃんが、おもむろに先程から何やら熱心に描いていたものをユーリアさんに差し出した。


「あんた、絵がかけるのかい?」


 感心したように差し出された絵を見ながらさらに続ける。


「上手いじゃないか。これなら絵の職人はいらないね。話を詰めようじゃないの」


 黒アリスちゃんで絵の職人さんの代わりになると判断したのだろう、ユーリアさんが短剣のデザインへと話題を移した。


 ◇


「やっぱり、可愛らしいのが良いわね」


 先ほどのユーリアさんの反応を忘れたのか、白アリがのん気に希望を口にする。


「バカかお前はっ! だから、そう言うのをやめろってっ!」


「本当に懲りないね」


 俺の罵声とテリーのあきれたような声が白アリに向けられる。


「何言ってんだい、若い女の子なら可愛らしいのものを持ちたいだろう?」

 

 予想外の方向から白アリへの援護の声が飛ぶ。ユーリアさんだ。


 え?

 何で?

 その言葉に俺とテリーの動きが止まる。


「そう言うものなんですか?」


「そういうのものだよ。兄さん、女心が分かってないね」


 俺の絞り出すような言葉に、あきれたようにユーリアさんが言った。


「あの……妖しい感じってのは?」


 納得しきれないのだろう、テリーが恐る恐る聞く。


「信念があって良いじゃないか。優秀な探索者ってのは、持ちものの外観にもこだわるものさ」


 ユーリアさんからは、さも当然、と言った感で答えが返って来た。


 そうか、今、理解した。先ほど、ユーリアさんが怒ったのは俺たちが原因だったんだ。

 間違ってたのは俺とテリーの方だったのか。何か釈然としないものがあるが、ここは飲み込もう。


 ダンッ!


「親方っ! 大変な知らせが入った」


 扉の開く大音響と共に、一人の青年が飛び込んできた。

 

「何だい今頃? お前の仕事はもうないよ。このお嬢ちゃんが、あんた以上にこなしてくれたよ」


 ユーリアさんが黒アリスちゃんに視線を向けながら言った。


 黒アリスちゃんが間髪を容れずに、得意気な顔で胸をそらしている。


 この青年は絵の担当者だったのか、気の毒に。


「いや、それどころじゃないんですよ」


 ユーリアさんの言葉に全く動じることもなく、自分の話を聞いてくれとばかりに言葉を発する。


「じゃあ、何だってんだい?」


 ユーリアさんが、面倒くさいなぁ、感を溢れさせながら聞いた。


「騎士団と探索者で組織された、盗賊討伐隊が壊滅したらしいんです」


「討伐隊はおとといの夜に出発してるんだよ、逃げ帰る時間とか考えたら、わずか一日で壊滅したことになるじゃないか?」


 真剣な面持ちで伝える青年とは対照的にまともに取り合う様子もなく、あきれた様にユーリアさんが返す。

 

「逃げ帰った者の話では、初日の野営で奇襲されてお終いだったそうです」


 そんな扱いに慣れているのだろうか、へこたれるどころか気にする様子もなく説明を続けた。


 奇襲?


「はぁ? 騎士団が野営中に奇襲されて壊滅? そんなバカな? どっかの間抜けな探索者や隊商じゃないんだよ。きちんと哨戒くらいしてるはずだろう?」


 さすがに、ユーリアさんの反応が変わる。態度はともかく目つきが真剣だ。


 騎士団の哨戒をかいくぐった?


「何でも、こちらが気付く前に遠距離からの攻撃魔法の集中砲火を受けて成す術もなく壊滅。散り散りに逃げてきたそうです」

 

 遠距離からの攻撃魔法?

 似ている。俺たちの攻撃方法に似ている。


 自分達は安全なところから、相手に気付かれる前に仕留める。発想が酷似している。

 三人に視線を走らせる。顔色が悪い。表情が消えている。

 三人とも同様のことを考えているようだ。


「それも、尋常じゃない攻撃魔法の数だったそうです。四方八方から飛んできたと言ってました」


 人数がいる? 転移者が多数、与しているのか?

 或いは、転移者が現地の魔術師をかき集めて統率しているのか? いずれにしても厄介だな。

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