第26話 魔術師ギルド
探索者ギルドからさほど離れていないところに魔道具屋、武器屋、防具屋が軒を連ねている。
ポーションとかの魔法薬も魔道具屋で売られているのには驚いた。普通に病院や薬屋を想像していたよ。
そして、この三軒の向かい側に魔術師ギルドがある。今日の第一の目的地だ。
昨日同様に周辺哨戒の依頼を早々に終え、ギルドからここへ直行して来た。
考えてみれば俺たちは全員が魔術師なんだし、もっと早くに来ておくべきだったかもしれない。
「ここだな」
「ここね」
「ここですね」
「よしっ、入ろうか」
いつまでも魔術師ギルドの看板を見上げていても仕方がないので、思い切って扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
「ようこそー」
十五・六歳くらいに見える、可愛らしい少女たちに明るく迎えられた。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
笑顔を絶やさずに明るく丁寧な口調で尋ねてくる。
スマイルゼロ円! いやいや、美少女のスマイル、プライスレス!
教育が行き届いていることがうかがえる対応だ。来て良かった、魔術師ギルド。
「魔道具作成と魔石のことで相談があるの、職員の方をお願いね」
「少し展示されているものを見てても良いですか?」
「魔道具のことよくわからないんで教えてくれると嬉しいな」
三者三様に俺の幸せな瞬間を打ち砕いた。
◇
「意外ね」
白アリと二人、カウンターの前で職員さんを待っていると、白アリが突然話しかけて来た。
「意外って、何がだ?」
黒アリスちゃんと二人、美少女店員の間近で魔道具の説明を受けているテリーを横目に見ながら聞き返した。
いや、マリエルが黒アリスちゃんにまとわり付いているから二人と一匹か。
「てっきり、テリー同様に鼻の下伸ばして女の子に話しかけると思ったから」
「お前、俺をどう言う目で見てるんだよ。今は女の子にかまけてる場合じゃないだろうが」
図星をさされて内心ドキドキだが、そんなことは表に出さずにクールに対応する。
「ふーん、少しは見直したわよ」
何があったのだろう? 妙に上機嫌で可愛らしい笑顔を向ける。
「からかうなよ、ほらっ、来たぞ」
内心のドキドキを悟られないように、すぐさま白アリスちゃんから顔を背ける。
ちくしょー、可愛いことは可愛いんだよな、見た目だけはさ。
そんなことを考えながらチラリと白アリスちゃんを盗み見たあと、カウンターの奥の扉からこちらへ向かって歩く壮年の男性と、先ほどのもう一人の美少女へ視線を移す。
テリーと黒アリスちゃんも、説明していた美少女に伴われこちらへと歩いてきた。
◇
「私はバーンズと申します。正規職員をさせて頂いております。本日は、どのようなご用件でしょう」
バーンズさんは俺たちをテーブルの前までいざなうと、椅子を勧め、自身も腰掛けた。
「ありがとうございます。突然で申し訳ございません――――」
俺たちは自己紹介に続き、来訪の目的であるギルドへの登録と錬成魔法、付与魔法、魔物のテイムの習得、魔石の買い取りとアイテム作成についてアドバイスを欲しいことを伝えた。
「なるほど、お話は分かりました。登録は相応の実力がある魔術師なら全く問題はございません」
バーンズさんはそこでいったん言葉を切り、俺たちを見渡す。
どこかの貧相な容姿のサブマスターとは違う。表情は穏やかだが、視線は鋭い。なんとなく、ロビンの目を連想させる。
「自惚れるつもりはありませんが、登録に支障のない程度の力は備えているつもりです」
その鋭い目を真っ直ぐに見つめ返しながら、売却する予定の魔石が入った袋を置き、さらに話を続ける。
「私たち四人がかりでですが、昨夜一晩で仕留めた魔石です」
これが証明だと言わんばかりに、魔石の入った袋をバーンズさんの前へと押しやる。
それに視線を移したバーンズさんの表情が変わる。目が大きく見開かれ、動きが止まる。
中に入っているであろう魔石の量は外側からでも十分に分かる。
あらかじめ、探索者ギルドで上級の探索者が、どの程度の数の魔物を一晩で倒せるのか確認してある。
その魔石の量だけでも俺たちの力の証明には十分のはずだ。
「どうぞ、中をあらためてください」
俺の言葉に、一瞬だけこちらへ視線を向けたが再び袋へと視線を移し、それへと手を伸ばした。
俺たちは無言でバーンズさんが言葉を発するのを待つ。
バーンズさんは額の汗を拭ったり、両手で顔を覆ったり、髪をかき上げたりと、その動きは忙しそうだが目はテーブルの上に広げられた魔石から離せないでいる。
マリエルが、そんなバーンズさんの頭上でその動きに合わせてその動きを真似している。
決して小バカにしている訳じゃない、多分。
そんなマリエルを先ほどの美少女二人がチラチラと見ながら、肩を震わせて必死に笑いを堪えているのが目の端に映った。
頼むよ君たち、必死に笑いを堪えるくらいならどこか眼に入らないところへ行ってくれないか?
白アリスちゃんと黒アリスちゃんが今にも噴出しそうじゃないか。
魔石の一つを手に取りこちらを見る。
先ほどまでは魔石を持つ手が震えていたが、今は震えが見られない。少しは落ち着いたか?
「これをどこで? いや、どうやって? いや、違うな……」
ようやく言葉を発したと思ったが、再び言葉を切り首を振って押し黙る。
前言撤回、まだ落ち着きは取り戻していないようだ。
「噂は聞いていた。決して小さな町ではないが、力のある者、特に力のある若者の噂はすぐに広まる。魔術師だと言うことも知っていた。そのうちここへも現れるだろうと、思ってもいた。期待もしていたよ」
口調が先ほどまでとは違う、こちらが本来なのだろう。
「しかし、ここまでとはな。噂以上だ、期待以上だ、歓迎しよう。ようこそ、魔術師ギルドへ」
俺たちは、差し出された手を取った。
◇
魔石を査定してもらっている間に他の用件を詰める。
「錬成、付与、テイムについてはそれぞれ師事できる方を紹介する。もちろん紹介状も書かせてもらおう」
「ありがとうございます」
「アンデッド・オーガの角で短剣を作るんだったな。先ほど見た魔石の中に麻痺や毒、睡眠、それと混乱と恐慌もあったかな? これらを追加付与させられるものがあったがどうする?」
「それは複数追加付与できますか?」
バーンズさんの言葉に黒アリスちゃんが身を乗り出しながら聞く。
「先ほど見せてもらったアンデッド・オーガの角なら、五つくらい付与できそうだが発動がランダムになって使いづらいぞ。それに麻痺と毒は仕留めた獲物も食用としては買い取れなくなる」
「良いか?」
三人に問いかけながら魔石を一つ取り出しテーブルの上に置いた。
テーブルの上の魔石を確認してから三人が静かにうなずく。
以心伝心。短い付き合いだ、そんなものは期待していない。俺の意図が伝わったかどうかは知るべくもないが、了解したものとして残りの魔石をテーブルに全て出した。
よしっ、誰も驚いていない。意図は伝わったようだ。
「これは自分たちで利用しようと思って残していた分です。これらで何が付与できるか教えて頂けませんか?」
視線をバーンズさんに移した。
しまった、一人驚いている人がいた。
テーブルの上に突然現れた買い取ってもらった魔石の倍ほどの量の魔石を前に、バーンズさんが顔を引きつらせていた。
◇
「こんちは、短剣の作成をお願いに来ましたー」
白アリスちゃんの声が工房に明るく響く。
魔術師ギルドでの目的を完了させ、向かいにある鍛冶屋の工房へと直接来ている。
工房の中はもの凄い暑さだ。昔、ガラス工房の見学に行ったことがあるが、それを思い出す。マリエルなど、サッサと外に避難している。
工房は男の職場、或いはドワーフの職場。厳つい頑固なおっちゃんやドワーフが出てくるかと思っていたが、予想に反して厳ついおば、お姉さんが出てきた。
「なんだい? こっちは工房だよ、鍛冶屋に用なら表に回りな」
大型の鎚を肩に担いだままこちらに歩いて来る。
デカイ、百八十九センチメートルある俺が見上げなきゃならない。二メートル以上あるよな? 巨人族の人かな?
いや、それ以前に目のやり場に困る。この室温だ、汗でシャツが身体に張り付いて身体のラインが丸分かりだ。
身体もデカイが胸もデカイ。本当に目のやり場に困る。このままでは視線が胸に釘付けになってしまう。
「なんだ、若い兄さん二人にそんな風に見つめられたら、照れるじゃないか」
隠すどころか恥ずかしがる様子など
自分の格好がどんなものか十分に分かっていて言っているのが分かる。
それは分かるが、それでこちらの対応が変わる訳でもない。
不味いっ! 慌てて目をそらす。気配で分かる、テリーも同様に慌てている。
「あんたたち、目的を忘れたの? バッカじゃないの?」
「安心しな、取ったりしないからさ」
俺たちをあきれたように
「そんなんじゃないわよっ! だいたい、こんなヤツら要らないからっ!」
白アリがもの凄い剣幕で反論をする。
なんだと! ちょっとは可愛いとか思ったのに。おめぇは、やっぱり白アリで十分だ。
「アンデッド・オーガの角を短剣にしてもらいたく来ました。魔術師ギルドの紹介状もあります」
黒アリスちゃんがわれ関せずで用件を伝え、俺に紹介状の提示をうながした。
「これが紹介状です。お忙しいところ申し訳ありませんがよろしくお願いいたします」
視線を適当にそらせながら紹介状を渡す。
「ふーん、礼儀正しいね。良いところの出かい? まぁ、いいさ、礼儀正しい子は好きさ」
受け取った紹介状に目を通しながら言った。
「で、どんな短剣にしたいんだい? 奥でゆっくりと聞こうか」
大柄な女性はそう言うと、俺たちについて来るように合図し工房の奥へと歩を進めた。
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