第24話 素材
「アンデッド・オーガか、随分と珍しいものが出たんだな」
ギルドのサブマスターである、貧相な容姿のユーグさんがもの凄く深刻そうな顔で考え込む。
「ええ、それも五体です。ちょうど土の中から出てくるところでした。あれは、誰かが故意に仕掛けたとしか考えられません」
探索隊のリーダーがサブリーダーに視線を向けながら話す。
「ただ、仮に故意にやったとしても不慣れなヤツらの仕業だと思います」
リーダーからの視線を受けてサブリーダーが話し出し、そこでいったん言葉を切ってからさらに続ける。
「地中のかなり深いところに埋まっていたのでしょう、あそこまで
「総合すると、不慣れな誰かがアンデッド・オーガを仕掛け、たまたま地中から出てきたところに出くわし、これを撃破したと」
ユーグさんが思案気に言葉を切ったあと俺に視線を移し、話を再開した。
「何にしても、君がいて助かったよ。さすがに、既にこの町で随一の光魔法の使い手と噂されているだけはあるな」
この町で随一だ? 初耳だ。おだててるのか? 何か裏があると疑ってかかった方が良いな。
「とんでもないです。私一人では何も出来ませんでした。探索隊の皆さんをはじめ、仲間がいたからです」
そう言いながらテリーと白黒アリスたちに視線を向ける。
ギルドに戻るや否や、ギルド内にある会議室へと連れてこられた。今回行ったオーガ探索の報告のためだ。
本来なら見習いの俺たちなど不要なのだが、アンデッド・オーガの件があったため同席している。
最初、同席は俺一人とのことだった。しかし、別の場所で四人バラバラに質問され、ボロが出るのを警戒しての四人同席である。後で話のすり合わせをする必要がないのも利点だな。
「報告によるとアンデッド・オーガを五体、瞬殺だったそうじゃないか」
視線を俺から他の三人へとゆっくり移す。俺たち四人の表情の変化を探るような視線だ。
「無我夢中でした。それに、アンデッド・オーガも初めて見ました。対処方法すら知りませんでした。教えていただけなければ、本当に何も出来ませんでした」
ここで調子に乗ってはダメだ。俺の中の何かが警告している、この貧相な男を信用してはいけない。
「そう言う目で若い女の子を見るのをやめてもらえます? 気持ち悪いですから」
白アリが俺の思いを打ち砕くように、ギルドのサブマスターを敵にしかねない一言を放った。
白アリの言葉にユーグさんの表情が引きつる。
他の人たちは固まり、一様に言葉と表情を失っている。恐らく、俺も同様なのだろう。加えて、思考まで鈍っている気がする。
「ははは、これは失礼した。つい、値踏みをするように見てしまったかな。若く優秀な魔術師は久しく現れなかったのでね」
若い女性に辛辣な言葉を投げつけられるのに慣れているのか、大人な対応を見せてくれた。
「謝れ、バカものっ!」
「いくらなんでも、目上の人に対して失礼だろう」
「さすがに酷すぎます」
俺たち三人に注意され、不貞腐れている白アリをよそに貧相なユーグさんに謝罪をする。
「すみません、世間知らずなもので。それに、先ほどもお伝えしましたが皆さんの協力があったからです」
「謙遜することはないよ。常識やものを知らない田舎者だが光魔法の腕だけは確かだともっぱらの評判だよ」
ユーグさんが何事もなかったかのように話した。
おバカ認定されてたのかよ……
白アリが俺の横で吹き出した後、テーブルに突っ伏して声を押し殺して笑っている。
こいつ、自分も同類の扱いをされていると気付いていないな。
ユーグさんが探索隊のリーダーたちへ向き直り、話を戻した。
「誰かの仕業だとすると他にもありそうだな」
「アンデッド・オーガはことのついでで、オーガを含めて厄介な魔物を放り込まれた可能性はありますね」
探索隊のリーダーがユーグさんの言葉にうなずきながら返した。
「明日からの探索はオーガ探索ではなく、周辺哨戒に切り替えてくれ。それと、依頼内容と報酬も更新をしておくように」
ユーグさんのこの言葉が終了の合図のように、探索隊のメンバーと同席していたギルド職員たちが一斉に了解の返事をし立ち上がる。
「ねぇ、昨日の盗賊のこともあるし、どこかの国か領主が後ろについている可能性とかはないの?」
白アリである。
白アリがいて良かった、俺よりも恥ずかしいヤツがいて良かった。
一瞬、そんな思いが思考を埋め尽くした。
いや、そうじゃない。
今、その部分に触れないように話をしてただろう? 察しろよ、空気を読めよ。
案の定、白アリを除く、その場にいる全員がもの凄く微妙な顔をした。
例えて言うなら、大人の事情を子どもに指摘され、答えに詰まったような顔だ。
「だって、八百人もの食料や補給物資をどうしてるのか? とかを考えたら普通の盗賊とは思えないわよね?」
どこか得意気な表情だ。
不味い、これ以上喋らせてはいけない。止めなければ。
でも、どうフォローする?
「白姉、それは皆が分かってて、あえて触れなかったのよ」
黒アリスちゃんが気の毒そうな響きを乗せて白アリに語りかける。
いや、その発言は追い打ちだろう。
周囲の人たちの表情が何とも名状しがたいものとなっている。ギルドの職員さんなど、泣きそうな顔をしている。
「どうも、すみませんでした。今の発言は無かったことでお願いします」
「よく言って聞かせますので」
俺とテリーで暴れる白アリと大人しくしている黒アリスちゃんを連れて会議室から急ぎ退室した。
どうにもならないときは逃げるに限る。孫子だってそう言ってた、と思う。
◇
ギルドの一階に下りるとギルド職員と探索者たちの視線が俺たちに集まる。
「皆が見てますね」
「アンデッド・オーガの件じゃないのか?」
少し尻込みをしながら黒アリスちゃんが言い、テリーが続く。
「ハイビーも含めてだろう。俺たちの魔法はかなり強力だったようだしな」
帰路でのリーダーさんたちとの会話を思い出しながらテリーの言葉を修正する。
「あんたの無知が知れ渡ったんじゃないの?」
先ほど、無理やり連れ出されたのが面白くないのか、少しむくれたように白アリが言う。
そんな白アリの言葉を聞き流しながら、買い取りをしているであろう広場へと向かう。
「あれが……」
「さっきのアンデッド・オーガを仕留めた連中か?」
「ハイビーのときの魔法も凄かったらしいぞ」
「ビルが大火傷を負ったがすぐに治しちまったらしい」
「若いな」
「まだ子どもじゃないか」
「見習いだって?」
「パーティーも決まってない?」
何の遠慮もなく、視線が突き刺さる。
聞こえてくる声も胸を抉るものがチラホラと。
見れば三人とも居心地の悪そうな顔をしている。黒アリスちゃんに至っては、俺のアーマーのベルトを左手の人差し指と親指でつまんで離さないでいる。
うわー、メッチャ可愛いじゃないかっ!
こうなっては臆してはいられない。
黒アリスちゃんの背中にそっと手を回し、探索者たちの間を、会話が聞こえない振りをしながら彼らの中をぬうように歩く。
もっと言ってくれ、探索者たちよ。黒アリスちゃんを怯えさせてくれ。
今の俺には怖いものなど何もない。
他の三人とは明らかに違う、心の中で感涙にむせびながら買い取り場へと抜けた。
◇
買い取り場へ出ると、買い取りもそろそろ終わろうかと言ったタイミングだった。
「おう、ちょうど良いところへ来たな」
後方チームのリーダーが声をかけてきて、手招きしながら続けて話す。
「ちょっと来てくれ。オーガの角、四本は兄ちゃんたちのものだ。売るか自分たちで使うか決めてくれ」
なるほど、帰路で聞いた俺たちの特別報酬か。でも、オーガの角なんてどう使うんだ?
同じ疑問を持ったのだろう、四人で顔を見合わせ、後方チームのリーダーのもとへと歩き出した。
マリエルはヨダレを垂らさんばかりに蜂蜜を見つめている。
おとなしくしている様だし、そっとしておこう。
「あのー、アンデッド・オーガの角って何に使えるんですか?」
黒アリスちゃんが後方チームのリーダーにおずおずと聞く。
良い質問だ、同じことを聞くつもりだったよ。煎じて薬にでもするのだろうか?
「オーガの角ってのは魔力を流すと鉄よりも硬くなるんだ。アンデッド・オーガだとさらに魔力による修復も出来る。まぁ、だいたいは短剣にするな。実用性も十分にあるがオーガを倒した証しの意味合いの方が強いな」
黒アリスちゃんが聞いたためか嫌に丁寧な説明だ。いや、ありがたいんだけどね。
「ちょっと相談させてください」
すかさず答え、四人で顔を突き合わせる。
「どうする? 高価な短剣なんているか?」
「短剣はサブウェポンなので安いやつで十分でしょう」
「オーガの短剣、格好良いじゃないの」
「アンデッドって響きが良いですね」
男女で意見が真っ二つに分かれた。
「あんたたちが要らないなら頂戴。私たちで短剣を双剣で使うから」
「私たちは魔術師ですし、魔力を通して強化出来る武器は魅力ありますよ。しかも修復まで出来るじゃないですか」
白アリと黒アリスちゃんの言葉が重なる。
なぜこうも反応が異なるのだろう。これが女子力と言うやつなのだろうか。
俺とテリーは無言でうなずき、黒アリスちゃんの意見に従った。
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