第22話 夢の会話

 白アリスの言葉に全員の視線が彼女に釘付けとなり、固まる。

 いや、マリエルだけは固まることなく俺の頭上を軽快に飛び回っている。


「ともかく、歩こう。歩きながら話をしよう」


 三人をうながし、何食わぬ顔で皆と同じように移動を続ける。


「その、疑ってすまなかった。夢枕の話をもう少し詳しく教えてくれないかな」


 テリーが申し訳なさそうに謝りながらも、話の先をうながした。


「マリエル、申し訳ないが周辺の警戒を頼む」


 こちらに降下して来る途中のマリエルに向けて言い、さらに続ける。


「ああ、もちろんそのつもりだ。白アリスも女神が夢枕に立ったのなら二人の情報を全員で共有して今後のことを考えよう」


「ちょっと、白アリスって何よ。変な呼び方しないでくれる。アリスさんって呼んでよね」


「じゃあ、私は黒アリス?」


「一昨日の晩、夢に女神が出てきた。女神と言うか、キャラメイクが完了した途端に飛ばされた、あの白い空間に最後に出てきた女だ」


 抗議の声と、なぜか嬉しそうにしながら投げかけられた疑問の声には取り合わずに話を開始し、そのまま続けた。


「夢の中で本人が女神と名乗っていたので取り敢えず、女神として話を進めたい。良いか?」


 全員が無言でうなずく。


 ◇


「――――これが俺の夢に出てきた女神の話した内容だ。続いて白アリスの方の話を頼む」


 女神から聞いたことを一通り伝え、白アリスへ話を振る。


 当然のことだが、今後の俺の信用とかいろいろなものに関わることには一切触れていない。

 

「分かった。じゃぁ、次は私ね。話の内容はほとんど一緒よ。――――」 


 他の調査隊と同じように周囲を警戒する振りをしながら白アリスの話に耳を傾けた。




「ここまでの二人の話を整理しながら全員で意見を交換したいんだが良いか?」


「そうだね、そうしよう」


 テリーが俺の言葉に即座に賛同する。

 

 白黒アリスも無言でうなずきながら周囲に視線を走らせた。

 大丈夫、声を聞かれる距離には誰もいない。それに、やばそうな魔物も出て来ていないようだ。


「異世界へ強制転移させられたのはあの場にいた百名ってことで間違いなさそうね」


「或いはさらに別の場所にいた百名を合わせた二百名かな? 可能性は低いかも知れないが」


 白アリスの言葉に俺が別の可能性を示唆しさする。


「何でさらに百名がいると思うんですか?」


「うん? あの場には女神が一人しかいなかっただろう。異世界が二つなら女神が二人いて、その二人で競ってるのかもしれないと思ったんだ」


 黒アリスの質問に答えながら、彼女の白髪が絡まった枝を短剣で落とす。


「つまり、異世界は二つあり、その百名だか二百名が同数ずつ配置されているのかなってね。さっきの話を総合すると、まるで二つの異世界で得点を競い合っているみたいじゃないか」


「なるほど、競い合わせるか。ただ頑張れじゃなくて目的とミッションを示して、行動の方向性を固定させているのか」


「で、配置されてまだ日は浅いが、あちら側の異世界とこちら側の異世界とで既に何らかの差がついてしまった。そこで、慌ててこちら側の女神が夢に出てきたんじゃないかな」


 テリーの独り言のような予想を受けて、俺の考えを皆に伝えた。


「二つの異世界はどちらも魔力不足にあり、これを救うことが目的。異世界に魔力を供給するのに必要なことは魔物の討伐と迷宮の攻略。と言うのはシナリオみたいなものですね」


「随分と回りくどいことをするのね」


「すまん、一つ伝え忘れてた。女神が言ってたんだが、ジャッジするものがいる、らしい」


 黒アリスと白アリスの会話から、突然思い出し皆に伝える。


「ジャッジする者ねぇ? 本当、ゲームみたいね」


 白アリスが行く手を阻む木の枝を、八つ当たりをするようにして、短剣で、力任せに切り落としながら言った。


「良いように操られてるみたいで、面白くないな」


 短剣を無頓着に振り回す白アリスから距離を取りながらテリーがつぶやく。


「と言うか、私たちはゲームの駒のようですね」


「ゲームの駒か。戦う相手が同胞と言うのは、恐らく別々の異世界に配置された強制転移者が迷宮の攻略を競いあう。と言うことと考えて間違いないかな、どう思う?」


 俺の後ろをついてくる黒アリスの言葉を受けて、予想を皆に言いながら意見を求めた。


「私もフジワラさんの考えに賛成です」


 木の枝を落としながら進む俺の後ろから黒アリスちゃんが同意をしてくる。


「今はそう仮定しても良いんじゃないかな? 次に誰の夢に女神が出てくるか分からないけど、その辺りを確認するようにしようか」


「そうね。そうしましょう。それと、負けた側の異世界がどうなるのかとかも知りたいわね」


 テリーはともかく、珍しく白アリスからも真っ当な意見が出てきた。


「じゃあ、女神への質問を整理しようか――――」


「前の方で何かあったみたいよ」


 テリーの言葉を遮るように白アリスから警告が入る。


「ミチナガー、オークがいるよ。十匹以上いるよ」


 ほぼ同時に上空のマリエルからさらに詳しい情報が伝えられる。


「オーク、十匹以上? お気の毒さま」

 

 黒アリスちゃんのつぶやきに同意するように、全員が安堵と言うか、拍子抜けした感が漂う。


 この探索隊はオーガ五匹以上を想定して組まれている。オーク程度なら十匹どころか、その数倍出て来ても余裕で排除できるだけの戦力だ。

 黒アリスちゃんの言葉通り、気の毒なオークたちである。

 

 案の定、瞬く間に剣戟の音が消え、平常通りの粛々とした、探索隊の森を切り分ける音だけに変わった。

 オークの集団と遭遇したからかどうかは分からないが、リーダーからもっと間隔をつめて移動するように指示がでた。


 これにより、俺たちの貴重なミーティングは中断となる。

 と言っても、会話は止まない。緊張感の無い中、適当に雑談をしながら探索隊に歩調を合わせる。

 途中、俺たちのあまりの緊張感の無さに何度か注意を受けるが、そこは現代の若者たちである、しおらしく聞いた振りをするが、一向に行動は改まらない。特に白アリスが、である。

 俺たち三人も白アリスに引っ張られるように、雑談を続けた。

 

 ◇


「呼んでるよー」


 マリエルが前方を指差しながらこちらへ降下してくる。


 どうやら、前方で俺たちのことを呼んでいるらしい。誰か怪我でもしたのか?


「何でしょうか?」


「おお、すまんな兄ちゃんたち」


「思わぬ収穫だぞ」


「この先でハイビーの巣が見つかった。かなり大きいらしい。そこで魔術師の出番ってわけだ」


 俺の質問に次々と先輩探索者たちが話しかけている。


「ハイビー? うわー、ミチナガ、ハイビーだって」


 マリエルが俺の耳元でもの凄く興奮している。


「えーと、すみませんが言われている意味が分かりません」


「何のこと?」


「何故でしょうか?」


 俺の疑問の言葉に白アリスとテリーが続く。


 ハイビーとか言う魔物の巣が見つかったので、魔術師である俺たちの力を借りたいと言うのは分かったが、それ以上は何も分からない。

 だいたい、ハイビーって何なんだろう?

 マリエルが上空を旋回しだした。よほど嬉しいらしい。マリエルがここまで喜ぶものって何なんだろう?


「何だ、本当に何にも知らないんだな」


 やれやれと言った感じでこちらを見ている。


「田舎から出てきたって、どんな田舎なんだよ」


 隣に立っている補佐っぽい人まであきれた様子である。


 周囲からは失笑が漏れている。

 どうやら、俺たちは、魔術師としての腕はともかく、世間や常識を知らない田舎者と言う評判で固定されているようだ。


「やっちゃう? やっちゃいましょうよっ! 現地人なんてサルみたいなもんでしょう」


 後ろから白アリスのささやき流れてくる。しかも日本語だ。


「お前、その考えはやめろよ。危険だ、非常に危険だ」


 俺も小声で白アリスのことをいさめる。念のため日本語で返す。


「いくら命が軽い世界とは言っても、サルと同一視はちょっと……」


「そうですね、さすがに私もその考えには反対です。相手が犯罪者や人権の無い奴隷ならともかく」


 俺を援護するようにテリーが若干引き気味で続く。さらに黒アリスちゃんが、援護するようなことを言ってくるが、内容は白アリスとさほど違いがない。


「いや、それも危険だから」


「百歩譲って犯罪者は仕方がないにしても奴隷は無闇に傷つけては犯罪ですよ」


 すかさず、俺とテリーが黒アリスちゃんに矢継ぎ早に言う。


 え? 奴隷って傷つけると罰せられるのか?


「そうなのか? 罰せられるのか?」


 浮かんだ疑問をテリーに聞き返す。


「フェアリーもそうだけど、どれも理由無く傷つけると主人が罰せられるらしいよ」


「そんなの建前に決まってるじゃないの、バッカねぇ」


 テリーの回答に被せる形で、白アリスが言う。


 いったい何を根拠に言っているのだろうか、この女は。

 

「所詮は人権を失ったやからです。使い捨ての道具と変わりませんね」


「そうよ、分かってきたじゃないの」



 見た目、十五歳の美少女二人がもの凄く殺伐としたことを話している。


「で、どうだ? 兄ちゃんたちは全員が風魔法を使えるんだろう? 本来の目的とは違うが手を貸してもらえないか?」


 俺たちの日本語でのコソコソ話が一段落するのを待っていてくれたらしい。


 良い人じゃないか、同胞がサル扱いしてたことを心の中で謝る。


「まぁ、いいや。ハイビーってのは蜂の魔物で幼虫と蜂蜜、巣が高値で売れるんだ。その巣が見つかった。それも普通の三倍近い、でかいやつだ」


「ハイビーの巣を手に入れるには、風魔法で結界を作って蜂が出てこないようにする。そこへ眠り草をいぶして一網打尽にするんだ」


 リーダーと補佐っぽい人が二人がかりで説明をしてくれた。


「えーっ! 売っちゃうの? 売らないで食べようよー」


 マリエルが涙目で泣きまねをしながら抗議してきた。


 そうか、食べたかったのか。

 野菜と果物しか食べているところを見ていないが、狙いは甘い蜂蜜だな。


 ミツバチの魔物か。

 なるほど、風魔法は俺たち全員が登録時に申告してたな。


 しかし、良いのだろうか?

 先程、俺たちのことを緊張感が無いと注意してきた人たちまで、ハイビーとか言う魔物の話で浮かれている。


 浮かれるほど、ハイビーと言うのは実入りの良い魔物なのだろうか?

 いや、あまりにオーガが出てこないので緊張感が解けたか?


「俺たちで良ければ協力させてください。ただ、攻略方法とかは知らないのでご指導お願いいたします」


 四人を代表して協力の意思を伝え、さらに続ける。


「それと、俺の取り分ですが一部を現物でもらうのはダメですか?」


「よし、決まった。もちろん現物でも大丈夫だ。じゃあ、取り分は等分で良いか? 本来なら魔術師の方が取り分は多いんだが」


 遠慮がちに話すリーダーの言葉がにごったところで、すかさず被せる。


「等分で十分です。お願いいたします」


「じゃあ、付いて来てくれ。他の魔術師も紹介する。役割分担も含めてこれから打ち合わせよう」


 俺たちにそう告げると、リーダーをはじめ複数の探索者が先に立って歩き出した。

 

 俺たちはお互いにうなずき合い、それに続く。

 マリエルは上空で喜びのステップを踏んでいた。 

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