第21話 オーガの森へ
「昨日の事は他言無用だ、いいな」
テリー、白黒アリスの三人を間近に見ながら小声で切り出す。
「もちろんよ、話すつもりなんて微塵もないわ」
白アリスが、自信満々と言うよりも、得意げな面持ちでサムズアップまでしている。
こいつは自分のしたことが分かっているのだろうか?
いや、主に俺がやったことなんだが。
「昨日のことって?」
上空からマリエルが会話に加わってきた。
「昨日起きた事は全てなかった事にしたいから、マリエルも何もしゃべっちゃだめだぞ」
「はーい、昨日のことはしゃべりません」
俺の言葉にマリエルが元気良く返事をしながら空中で宙返りを披露している。
「ともかく、余計なことは言わないようにしなと。どこからボロがでるか分からないからね」
テリーが、一瞬、マリエルの宙返りに視線を向けた後、黒アリスちゃんに視線を戻す。
「はい、私も言うつもりはありません。大丈夫です」
色男然としたテリーの優しげな話し方に、少し頬を紅潮させた黒アリスちゃんが素直にうなずき、さらに話し続ける。
「でも、ちょっとドキドキ、ワクワクしちゃいますね。私、運動部に入ったことないので分かりませんが、これが連帯感ってやつでしょうか?」
この娘は何か勘違いをしながら小さくガッツポーズをしている。
マリエルがそんな黒アリスちゃんのポーズを真似て白アリスの頭上で小さくガッツポーズをした後、右手を高々と突き上げていた。
「そうよ、これが連帯感よ。共通の苦難を乗り越えることでより強くなるの。高みを目指しましょうね」
「はいっ! ご指導、よろしくお願いします」
顔の高さに拳を突き上げた白アリスに力強く語りかけられた黒アリスちゃんが、瞳をキラキラさせながら言い
いったい、どんな高みを目指そうと言うのだろうか?
少し聴いてみたい気もするな。
実年齢が一番若い――高校一年生の黒アリスちゃんが、若さゆえの正義感やいろいろなものに捉われて青臭いことを言い出したり、葛藤したりしないか心配だったが杞憂のようだ。
思っていた以上に正義感とか責任感とか良識と言ったものが希薄なようで助かった。
◇
そう、俺たちは今、例の丘へ向かっている。いや、違うな。正確にはオーガの一次調査隊として、丘のさらに向こうにある森へと向かっている。
「近づいてきましたね」
黒アリスちゃんが、少し緊張した面持ちで左手前方をチラチラ見ながら誰ともなしにつぶやいた。
マリエルは両手で口を塞いでフラフラと飛んでいる。
別に酸欠を起こしている訳ではない。本人は何もしゃべらない、をアピールしているようだ。
「ああ。このまま進むと百メートルくらい横を通過するな。難しいかもしれないけど、何事もないような顔をしろ。せめて例の場所へ視線は向けるな。できるね?」
例の場所を見ないように意識しながら、黒アリスちゃんに出来るだけ優しく声をかけた。
しかし、慣れないことは難しい。少しずつ練習をして行こう。
「もう少し逸れるように誘導とかした方が良いのかな?」
「それはやめましょう。余計な行動をしてもろくな事にならないわ。たとえ、真上を歩いても顔色一つ変えずに皆と同じ行動していれば良いのよ」
テリーの言葉に、白アリスが確信めいた口調で、すかさず否定の言葉をかぶせる。
自分の発言に微塵も疑いをもっていなさそうだ。
ある意味、もの凄く真っすぐな女だな、こいつは。
◇
昨日、ギルドに顔を出してみると、案の定、盗賊討伐とオーガ探索を大々的に募集していた。
そして、その募集に群がる興奮した探索者たち。
一種異様な雰囲気だった。
盗賊討伐の募集は騎士団との共同任務で、当然のように上位クラスのパーティーしか参加できない。
トップパーティーと呼ばれる十指に数えられるパーティーのうち、半数のパーティーが、迷宮に潜っている最中だったり護衛の依頼を請け負って町を離れていたりと不在だった。
このため、普段はスポットライトの当たらない次点クラスのパーティーが主力としてかり出されている。
この、次点クラスのパーティーの熱の入れようと言うか浮かれようは異常なくらいだった。
いったい何が彼らをそこまで搔き立てるのか不思議でしょうがない。
しかし、ミランダさんの説明で氷解した。
騎士団との共同作戦は報酬が高額であることに加えて、盗賊が蓄えた盗品・財産は参加した騎士団と探索者で等分される。
そして、今回の盗賊団は規模も大きく襲われた隊商の積み荷も、多数の奴隷を含めて高価なものが多いので実入りは破格と予想されている。
なるほど、高い戦闘力を持つ騎士団と共同の作戦の上、実入りが大きいとなればやる気も出るだろう。
そして、盗賊討伐に有力なパーティーが参加しているため、オーガ探索の方は、ともかく参加人数を募っている。
劣る質を量で補おうと言うのか普段は荷物持ちすら、させてもらえないような実力の連中まで参加許可が下りている。
オーガのような強力な個体に対して数で対応する?
それなりに効果は期待できるだろうが、被害も大きくなるだけの気がしてならない。作戦として間違っていないのだろうか。
まぁ、オーガはもういないから良いか。
ロディのパーティーもこのオーガ探索に参加するらしく、よほど嬉しいのだろうかなり興奮しているのが分かる。
当然、そんな連中はロディたちだけじゃない。
オーガ探索パーティーの半数以上がそんな弱小パーティーで編成されている。
俺も、本来はギルドで治療コーナーを開くはずだったのだが、ギルド職員の、現地に光魔法の使い手が欲しい、の一言で強制参加となった。
テリーと白黒アリスも俺の巻き添えで参加である。
気の毒な気もしない訳ではないが、俺一人が心臓に悪い思いをすることを考えたら、
結果、俺とテリー、白黒アリスの四名はロディたちのパーティーに、見習い枠で参加することになった。
ロディたちは快く迎え入れてくれた。白黒アリスのドレスアーマー姿に鼻下を伸ばしながらだったが。
同年代の美少女二人が少年ばかりのパーティーに見習い枠とは言え参加する。
いろいろな妄想でドキドキ、ワクワク状態なのが見て取れる。
そんな少年たちを、つい生暖かい目で見てしまう。
例の場所に最接近するポイントに差し掛かる。
マリエルが俺の前を飛びながら再び両手で口を塞ぐ。口を塞いではいるが視線は例の場所に釘付けである
俺たち四人に緊張がはしる。
四人とも
よし、うまく誤魔化せてる。この調子でやり過ごそう。
マリエルの視線の先なんて誰も気にしない、誰も見ない。きっとそうだ。
祈るような気持ちで歩を進める。
周囲に視線を走らせると森が近づいているせいもあるのか興奮に若干の緊張が加わっている。
しかし、期待と興奮にかげりは見られない。
迷子になった、そんな間抜けなオーガが一体くらい残っていて、フラフラと出て来てくれないものだろうか。
そんな、限りなくゼロに近い可能性に思いを馳せながら皆に合わせて森へと分け入った。
◇
「兄ちゃんたち、仲が良いな? 新人同士、早速交流か?」
後方チームの取りまとめをしているパーティーのリーダーさんが声をかけて来た。
森へ入り、固まっての移動から多少バラけての移動に変わったので、俺たち四人がコソコソと会話を始めたタイミングだった。
「あ、俺たち同郷なんですよ。地球ってところの出身なんです」
「チキュウ? 聞かないとこだな。でも同郷同士でパーティーを組むってのは多いから仲良くしとけよ」
俺の即興の言い訳にパーティーのリーダーさんが親切に言う。
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございまーす」
快活に答えるテリーに続き、マリエルが、相変わらずよくわからないステップを踏みながらお礼を言う。
「兄ちゃんたちは見習いなんだから、離されないように気をつけろよ。それと、万が一のときは大声を上げろ。近くの探索者が駆けつける、良いな」
「ご心配頂き、ありがとうございます」
黒アリスが、心配してくれたリーダーの人だけでなく、パーティー全体へ向けて、明るい笑顔でお礼を述べる。これに白アリスが別人のようなしおらしさで続く。
「本当にありがとうございます、皆さん優しい方で嬉しいです」
なんと言うか、世渡りだけはうまそうだな。
そんな白アリスの対応の見事さに、見習うべきものを探してしまう自分が少しだけ悲しかった。
「さっきの話の続きだ。話しておきたい事ってのは、俺たちをこちらへ送り込んだ女神のことだ」
親切なパーティーの人たちと距離が出来たところで話を再開する。いったん言葉を切ったが皆を見渡しさらに続けた。
「昨日話しそびれたんだが、一昨日の夜、その女神が夢枕に立った」
「夢枕? ただの夢なんじゃないのか?」
テリーがもの凄く疑わしそうな目で俺のことを見ている。
無言だが黒アリスも同様に疑わしそうな目をしている。
そんなに信用なかったのか、俺は。
「一昨日の夜? あれー?」
マリエルが不思議そうに小首をかしげている。
不味い、もの凄く不味い。
ここでマリエルにいろいろなことを何の配慮もなくしゃべられるのは、俺の繊細な神経では致命傷になりかねない。
「マリエル、さっきの話と一緒な。何も言わない、他言無用だ、良いね」
なんでもない事のような顔でマリエルを言い含める。
「はい、分かりましたーっ!」
もの凄く嬉しそうな顔で、勢い良く答えが返ってくる。
他の三人に視線を走らせるが、このやり取りに疑問を持ったようすはない。
それ以前の夢枕の話の方に意識が言っているようだ。
「あたしは、あんたのことを、信じるわ」
白アリスが真剣な眼差しで俺のことを見詰めながら言った。
おおっ! いままですまん。何だか分からんがすまん。心の中で白アリスに謝罪しながら見詰め返した。
こいつ、本当はもの凄く良いやつだったのかもしれない。
「昨夜、私の夢枕にも出てきたの、あの女神が」
白アリスが三人を見渡しながらゆっくりと言った。
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