第20話 丘の上の出来事

 約束通りにギルドで転移者三名と落ち合った後、予定していた店には行かずに町から少し離れた丘へ来ている。

 途中、屋台で適当に買った食べ物を広げて四人で囲む。


 ちょっとしたピクニックみたいなものだ。

 もちろん、ピクニックを楽しんでいる訳ではなく、他の人に話を聞かれないようにとの配慮からだ。

 周りは草原、それこそ昆虫かウサギくらいしか見当たらない。



「ミチナガ・フジワラだ。改めて、よろしく。転移前は大学を卒業したばかりの新社会人だ。こちらでの年齢設定は十八歳。そして、こいつがフェアリーのマリエル。俺の相棒だ」


 来る途中、気になっていたのだろう、彼らがチラチラと視線を向けていたマリエルも併せて紹介をした。


「マリエルでーす、よろしくねー」


 自分が注目をされているのが分かっているのか、妙に上機嫌で挨拶をする。空中で妙なステップを踏むのも相変わらずだ。


「俺はテリー・ランサー。転移前は大学四年生、一浪しているからミチナガやアリスさんと同じ年齢だ。こちらでの年齢設定は二十歳、よろしく」


 金髪碧眼君が爽やかな笑顔で滑舌かつぜつ良く自己紹介をする。


「アリス・ホワイトよ。年齢のことはあんまり言いたくないけど同級の新社会人よ。四月から中学校の教員をやってたの。今は若返って十五歳、よろしくね」

 

「アリス・ブラックです。高校一年生でした。実年齢と同じ年齢設定です。よろしくお願いします」


 マリエルに続き、三人が次々と名乗る。

 もちろん、ギルドで落ち合ったときにお互いに名前だけは名乗りあっているがそれ以上の詳しいことは何も話していない。


 白アリスは革製の白いドレスアーマーを着込んでいる。黒アリスもやはり革製の黒いドレスアーマーを装備している。

 二人とも初期装備だと言っていた。容姿同様に装備品もイメージしたものが用意されていたようだ。


 しかし、白髪に黒のドレスアーマーねぇ。厨二病の香りがしてくるな。

 そんな女の子二人を見て、装備に関してはおのれのイメージの貧困さを少しだけ呪った。


 テリーと白アリスは同級なので気兼ねなく付き合えそうだな。

 黒アリスちゃんはついこの間まで女子中学生だったのか。フェアリーのことを知られた時の反応が怖いな。


「じゃあ、早速だが情報交換と行こうか」


 早速話題を切り出し、話を進めようとする矢先にふと不安になり話題を変える。


「と、その前に。自分の所有するスキルについて詳細を話すのは無しだ。こちらの常識ではそんな警戒心のない軽はずみなヤツは逆に信用されないそうだ」


 俺の言葉に三人が顔を見合わせている。

 仲良さそうにしてたから、もしやと思ったが、話してるな、これは。


「えーとね、あたしたち、お互いのスキルについてはオープンにしちゃったのよ」


 白アリスが、まだ半分以上残っているワイルドボアの焼き串を、クルクルと回しながら言いにくそうに話す。


 やっぱり。

 他の二人も食事の手を止めてバツの悪そうな顔をしている。


「オープンにしたのは三人の間だけでか? 一緒に来た隊商の人たちにはどこまで話したんだ?」


 少し、いや、かなり不安になり、聞いてみた。声のトーンが落ちているのが自分でも分かる。


「オープンにしたのは三人だ。こちらの世界の人たちには必要以上のことは話してない」


 テリーがすかさず補足する。俺の言葉から最悪の事態になっていないことを察したのだろう、若干だが安堵したようすがうかがえる。


 これに二人のアリスが同意を示し、うなずいている。

 まぁ、ここは信用するしかないか。疑ったり勘繰ったりしても得るものはないだろうしな。


 いや、ちょっと待てよ。今朝、ギルドに登録に来てたよな。


「まさかと思うが、ギルドへの登録時に所有スキルを全部、申告したりしてないよな? それとレベルについても触れてないよな?」


 三人を見渡しながら、今度は意識的に声のトーンを落として聞いた。

 

「それは大丈夫よ。一緒に登録に行った人たちを見習って半分くらいしか申告しなかった」


「レベルについても、概念がないことは隊商に同行してる時に分かったから触れてない」


 俺の危惧に白アリスとテリーがそれぞれ答える。


 致命的な情報や問題になりそうな情報が漏れていないことに安堵しながら情報交換会を再開した。


 ◇


「大きな問題が発生したときは解決のために探索者を招集することがあると言ってましたが、今朝の二つのトラブルは招集対象になるんでしょうか?」


 一通りの情報交換を終えた後、夢枕に立った女神のことをどう切り出そうか思案しているところに、黒アリスちゃんが今朝の話を持ち出した。


「見習いだし、それはないんじゃないの?」


「でも、八百人規模の盗賊だろう。見習いも数のうちってことで引っ張られそうだけど? どう思う、ミチナガは?」


「その前に、トラブルは二つじゃなくて、三つだからな。俺もあまり人のこと言えないけどさ」


 二人、特に中年の探索者に食ってかかっていた白アリスを注視しながら釘を刺す。


「分かってる。例の決闘と奴隷落ちの話だろう。反省してる、本当にすまなかった。十分気を付けるよ」


 かなり反省しているのだろう、テリーが申し訳なさそうに話す傍らで、一番の当事者である、白アリスはわれ関せずでそっぽを向いて焼き串にかぶり付いている。


 こいつの言動には注意をしておこう。偏見かもしれないが何かやらかしてこちらに累が及びそうな気がしてならない。


「盗賊、八百人の対応は騎士団もいるし、見習いの俺たちまで話が来るとは思えないが、オーガの調査は数合わせや荷物運びで呼ばれるかもな」


 これは、タリアさんの店で他の探索者との雑談の際に教えてもらったことだ。


「数合わせなんですね。やっぱり、期待はされてないんですね」


 少し残念そうに黒アリスが口をとがらせる。


 いや、何の実績もない見習いに期待なんてしないだろうし、期待されても困るだろう。


「じゃあ、招集があったとしてもオーガ討伐くらいですね」


「討伐と言うよりも調査の手伝いだな」


 黒アリスに視線を走らせながら答える。


「気になるのは八百人の盗賊の方よね、どう考えてもオーガ数体よりも怖いよ」


 白アリスが新しい焼き串を手に取りながら盗賊へと話題を移す。


「八百人の盗賊って多いですよね? 盗賊ってそんなに儲かるんですか? それに食料とかどうしてるんでしょうね」


「元手が要らないからね。大規模な隊商を襲えば儲かるんじゃないの? だいたい、儲からないならやらないでしょう。食べ物だって隊商を襲って手に入れたお金で買えば良いのよ」


 黒アリスの真っ当な疑問に白アリスがめまいを覚えるほどの適当な回答をする。


 俺よりも酷いな、この女。教員として就職したと言っていたが、白アリスを見ていると日本の将来が危ぶまれてならない。


「盗賊が多いってことは国が乱れてる? クーデターに発展するのかしら」


「ここまでの感じではそこまで末期じゃないよ。クーデターが起きるときってさ、地球が基準だけど、それこそ餓死者が多数出てもっと酷い状態なんじゃないかな」


 白アリスの疑問にテリーが答えながら水魔法で器に水を満たす。


「それなんだけど、敵国が裏で手を貸してるか黒幕なんじゃないかな。八百人規模なんてそれこそ軍隊だ、補給部隊が必要だろう?」


 俺の予想に三人が驚いた顔でこちらを見た。


「なるほど、戦争でも仕掛けるつもりかな」


「戦争しかけるなら奇襲とか先制攻撃の方が効果的なんじゃないの?」


 テリーの疑問に白アリスがもっともらしいことを言う。


「奴隷狩りだったりして」


 マリエルが葉野菜をたべるのが面白いのか、マリエルに葉野菜を食べさせながら黒アリスがつぶやく。

 

 なるほど、そっちの方が現実的だな。俺とテリーがほぼ同時に感心しながら黒アリスを見た。

 

「ねぇ、それよりもさ、オーガが数体いるかもって言ってたじゃない? あれってどの辺りのことなの?」


 突然、白アリスが話題を変える。


「ん? ああ、この先にある森のさらに奥だよ」


 遠くを見るような目の白アリスに向かって答えた。


「あそこに見える五匹の魔物って何だかしってる?」


 白アリスにしては抑揚の少ない言葉を発しながら森の方を指差した。


 その言葉に、彼女の指差す方向へ三人が一斉に振り向いた。

 

 うん、知っている。あれはオーガだ。迷宮で見たのと同じだ。オーガが五体いる。いや、こちらに向かって走ってきている。


「あれはオーガだな。今朝、話題に上がってたやつだと思うぞ」


 迷宮で戦ったことを思い出しながら、ギルドで騒ぎになっているであろうオーガだと言うことを皆に伝える。


 迷宮では単体だったのと、やはりベックさんやトールさんと言った強力な味方が一緒だったのもあって、それほど恐怖は感じなかった。

 しかし、今は違う。この場で最も頼れるのが自分自身だと言う悲しい現実を認識する。


「足速いですね。逃げ切れますか? あれから」


「無理だろう。迎撃しよう」


 黒アリスちゃんの疑問にテリーがすかさず対応を示す。


「そうだな。迎撃しよう。敵は体力と力があり、レベルは低いが再生能力も持ち合わせてる。中途半端な攻撃はダメだ。広域の攻撃魔法か弾幕で足止めしつつ、高火力の魔法で一体ずつ確実に仕留めよう」


「了解」


「はい」


「わかったわ」


 俺の言葉に三者三様の返事が返ってきた。


「接近戦は避けたい。接近される前に片付けよう。三人は足止めの遠距離魔法を頼む」


 三人に向けて足止めを頼みながら土魔法で鉄の弾丸と岩の槍を先頭のオーガへ放つ。


 土魔法レベル2、理屈の上では、俺の持つ魔法の中で最大の攻撃力を生み出すはずだ。

 俺の放った魔法とほぼ同時に五体全てを包み込むような炎が広がり、行く手をはばむ。無数の風の刃がオーガの顔を切り刻み、視力を奪う。そして、岩の槍が地表から出現しオーガの足を貫く。


 魔法の同時発動も連射も期待以上のものだ。弾幕のはずなのに、三人掛かりとは言え、オーガの再生速度を上回る火力が継続的に撃ち込まれている。

 先頭のオーガが絶命したのを確認し、再び鉄の弾丸と岩の槍を数発ずつ、次のオーガへと放ちながら三体目のオーガに視線を移す。


 次の瞬間、一際大きな岩の槍が三体目のオーガの腹を貫いた。絶命には至らないがかなりの威力だ。

 俺じゃない、黒アリスちゃんか。三体目のオーガを見る顔が得意げにほころんでいる。


 弱った三体目のオーガへ鉄製の弾丸を数発撃ち込み絶命させる。

 四体目のオーガの胸部へ向けて五発の爆裂球を連射する。次々と着弾し、オーガの胸部で五つの爆発が連続して発生する。五発目が着弾したときには四体目のオーガが絶命し地面へと倒れる。


 最後のオーガは全員の魔法、三種類の火力の高い属性魔法を全身に受ける中、俺の放った、大口径の鉄の弾丸を左胸と頭部に受け、絶命した。


 あっけない。あっけなさ過ぎる。

 いや、遠距離攻撃魔法が強いのだろう。改めて魔法の凄さを思い知った。


 それは俺だけじゃない。

 三人とも自分自身の魔法の破壊力に驚いている。


「自分の魔法の攻撃力にも驚いたけど、あんたの火魔法はあたしの上を行くんじゃないの?」


 自分自身の最大火力である火魔法レベル5を引き合いに出しながら、白アリスが驚きの表情をみせる。


「私の土魔法もレベル5ですけど、それよりも強力に見えました」


 黒アリスちゃんも同様に驚いている。


「最初に取得した魔法が得意魔法――レベル5に設定されると思ってましたが、ミチナガを見てると違うようですね」


「あんた、キャラメイク、大成功だったんじゃないの?」


 テリーの疑問に白アリスが続いた。


「よく分からないが、多分そうなんだと思う。取得出来る魔法の数も多いみたいだしな」


 すかさず白アリスの考えに乗る。


 よし、今後はキャラメイク大成功で話を作ろう。


「羨ましい限りね」


 白アリスがさほど羨ましそうでもない口調で言いながら、オーガの死体に向き直る。


「それよりも、どうするの、これ?」


「ギルドに持っていけばそれなりの値段で引き取ってくるとは思うけど、間違いなく騒ぎになって注目を集めるだろうね」


 白アリスの質問に答えながら残る二人に視線を走らせる。


 テリーはオーガの死体を見ながら何か思案している。

 黒アリスちゃんはもの凄く、俺のことを見ている。

 俺、何か迂闊うかつなことをしたか? 少し不安になりながら、オーガの死体へと視線を戻す。


「注目は集めたくない、とか言っちゃうタイプ?」


「いや、ある程度の注目が集まるのは仕方ないだろう。何しろこれから迷宮攻略をしていかなきゃならいんだし。それなりの力も備えないと。でも、このオーガは俺たちが倒しちゃいけなかった気がする。どう思う?」


 白アリスのからかうような言葉を受け流し、皆に同意を求める。


「同感だ」


「私もそう思います。ギルドの人たちのあの騒ぎようや妙に元気な対応を見ていると、一種のお祭りのような感じがしました」


 テリーと黒アリスちゃんが即答で同意をした。


「だろう。あの高揚感とか、その楽しい祭りを奪っちゃいけないと思うんだ」


 二人の同意を後押しする。


「でも、やっちゃったことよ。もっと前向きに考えましょうよ」


 何を前向きに考えるんだ? もっとらしいことを言ってるが、中味が伴ってないぞ。と言う、白アリスへの言葉を飲み込み、思案を続ける。


「埋めちゃおうか」


「なるほど、それは良い考えね」


「何の解決にもなっていない気がするんだけど」


 黒アリスの名案に間髪を容れずに白アリスが賛同を示し、テリーが不満を漏らす。


「良いのよっ! クローゼットに詰め込めば部屋は奇麗になるでしょう」


 白アリスの部屋のようすがうかがい知れる発言だ。


 ◇


 土魔法で地中深くに埋め、他から雑草を移植する。一通りの隠蔽いんぺい工作を完了し俺たちは町へと帰還した。

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