第19話 約束

 俺の髪の毛をしきりに引っ張りタリアさんの店へ行こうと、催促するマリエルを制止しながら今入ってきた三人に意識を向ける。

 同胞の三名には申し訳ないがこちらの方が重要な気がしてならない。

 

 それに、荒事のトラブルなら転移者が三名もいれば対処できるだろう。

 あのゲームで三人揃って、生産系のスキルしか取得しないようなことはないと信じたい。



「いったいどうしたんですか? それにそちらの女性は怪我をしてるじゃないですか。早く病院へ連れて行かないと」


 入り口近くにいた二十代半ばの女性職員が駆け寄りながら女性を気にする。


「ありがとうございます。私はゼルフォード市に登録のある探索者、アリーサ・アルクラです。病院よりも先ず話をさせてください」


 全身の傷や火傷が痛むのだろう、気遣う女性職員にお礼を言いながらも顔をゆがめている。


 着用している皮鎧もボロボロだ。

 剣で付いたであろう傷や槍で貫かれたようなあとまである。


「でも、凄い怪我ですよ」


 女性職員さんが、アリーサと名乗った女性の左肩口の傷に顔をしかめながら念を押すように言った。


 全身に切り傷や火傷のあとが見られる。どれも新しいものばかりだ。

 特に左肩口の傷がやばい。致命傷一歩手前じゃないだろうか。早めに治療した方が良いな、行くか。


「フジワラさん、緊急事態です、治療をお願いします」


 立ち上がろうとする矢先、カウンターの向こうからアルフレッドさんとの会話を中断したミランダさんが、真直ぐにこちらを見ながら叫んだ。続いてカウンターの内側にいた女性職員に話しかける。


「グレイス、急いでユーグさんを呼んできてっ!」


 女性職員さんの声に皆が一斉にこちらを見る。一人だけ俺に目もくれずに奥へ走っていく。グレイスと呼ばれた若い女性職員だ。


「え? フジワラさん? 藤原?」


「日本名?」


「まさか、本名? そんな人いないよね?」



 転移者と思しき三人も別の意味で驚いているのだろう、驚きの表情をみせながらこちらを振り向いた。


 気付かれたかな? まぁ良い。今はそれどころじゃない。

 もとより治療はするつもりだったんで良いのだが、いろいろとぶち壊しである。

 俺は軽く右手を挙げて了解の意思を示し、大怪我を負っている女性へ向かって走った。


「大丈夫ですか? 今、治療をしますから。こちらへ掛けてください」


 近くの椅子をつかみ女性の傍へ駆け寄る。


 女性を抱える二人の衛兵のうちの一人が俺と怪我を負った女性との間に入り、女性への接触をはばむ。警戒をあらわにしている。


「大丈夫です、その人は探索者見習いのフジワラさんで光魔法の使い手です」


 続くミランダさんの言葉ですぐに警戒を解いてくれる。


「すまないが、頼む」


「意識が保てて話ができる程度に痛みを和らげてもらえると助かります。お願いします」


 衛兵の言葉に続いて痛みに耐えながら女性が頭を下げる。声がくぐもっている。しゃべるのもつらいのだろう。


 しかし、俺が頼りなく見えるのかだろうか、その言葉の調子からはたいした成果を期待していないようだ。

 いや、言葉だけじゃないな。その表情からも期待や安堵は読み取れなかった。


「大丈夫です。任せてください」


 傷口を確認しながら女性を椅子へ座らせ、治療を開始する。


 大丈夫、感覚で分かる。魔力の消費は大きくなるがこの傷なら完治させられる。

 先ずは肩口の傷からだ。


 傷口に木の破片が入り込んでいる。木製の盾でガードしたところを盾ごと斧か何かでやられたのか? 鎖骨も砕けている。

 不純物の除去と消毒も含めて光魔法を行使した。


 逆再生のように砕けた骨が形をなしていく。傷口がみるみるふさがり皮膚が再生されていく。

 間近で見ると気持ちが悪いな。


 二人の衛兵も何とも言えない表情で黙ってみている。


「うわー、気持ち悪いー」


 正直者のマリエルが俺の頭の上で、両腕で自分自身を抱きかかえるようにして何かを言っているが気にしない。


 治療はほぼ完了したが血色がもどらない。血が足りないようだな。増やすか。増血によりアリーサさんの血色がみるみる良くなっていく。

 このまま増血し続けると全身の毛穴から血液が噴出したりするのかな? 少しグロいことを想像してしまった。

 治癒魔法で魔物を倒す。うん、今度やってみよう。


 血色が戻るとともに表情に驚きがあらわれる。

 そうだろう、そうだろう。俺の光魔法にあまり期待してなかったようだもんな。見習いとあなどったか?


「はい、もう大丈夫ですよ」


 アリーサさんの驚きの表情に満足しながら治癒を終える。


「どうしました。何があったんですか?」


 先程、奥へ走っていった若い女性職員とともに、一人の男性職員がカウンターからこちらへ向かいながら声をかけてきた。

 

 若い、二十代後半に見える。容貌は残念だ。一言で片付けるなら貧相と言える。話の流れからするとギルドの要職にあると想像できるんだが。ギルドってのは若くても出世できるのだろうか?

 家柄か、或いは実力なのか? 確かゲームでは、この世界は身分や家格とかが職業、出世にかなり影響してたな。


「あなたは?」


 アリーサさんがユーグさんを若干失望の混じったような目で見る。


 明らかに、この人じゃない、感をかもし出している。


「私はこのギルドのサブマスターを務めているユーグだ。君が求めているであろう権限は持っているつもりだ」


 その年齢や容貌、服装から侮られることが多いのだろう。妙に心得たようすで対応している。大人の対応だ。


「私はゼルフォード市で登録している探索者でアリーサ・アルクラと申します。ゼルフォード市から王都への隊商の護衛をしていました」


 ユーグさんの大人の対応に何か思うところがあったのだろう、バツの悪そうな顔で話を始める。


「馬車二十四台で護衛の探索者は二百名を超えていた大規模なものです。トールの町まで一日半の距離で八百人規模の盗賊に襲われました。このことを周囲の町や村に知らせるため、私を含む十名ほどがその場を離脱しました」


「八百名規模の盗賊だって? ちょっとした軍隊だな」


 ユーグさん、ギルドのサブマスターが驚きながら衛兵へ視線を移す。


「騎士団へは別の者がもう一人の生存者と一緒に向かってます。追って騎士団から何らかの要請があるものと思われます」


 衛兵の人が、すかさず答える。


 衛兵のその回答にユーグさんが小さくうなずき、再びアリーサさんへと向き直る。


「襲われた時の状況はもちろん、その後のことも詳しく知りたい。続きは奥の部屋で頼む」


 有無を言わせない言い方だ。しかし、その貧相な容貌のせいか、断ろうと思えば俺でもことわれる、そんな雰囲気が漂っている。


 アリーサさんは小さくうなずくとユーグさんの後に続き、奥の部屋へと消えていった。


 これで一つ解決、の訳はない。あれは絶対この後で大問題に発展するな。

 大体、八百人の盗賊ってなんだよ。そもそも盗賊なんて半端者の集団だろう、そんな連中どうやって統率するんだよ。

 歴史の教科書にあったよな、私掠船。この手の類じゃないのか? どこかの国が裏でつながってるか糸をひいてそうだよな。


 などと適当なことを考えながら、絡まれていた同胞の方へ視線を移す。

 誰も絡んでいない。誰も絡まれていない。


 ユーグさんがアリーサさんを連れ込んだ扉を見詰めるもの。衛兵をもの言いたげに見詰めるもの。そして、俺のことを見詰まる人たちがいる。特に同胞の三人は穴の開くほど見詰めている。

 あの三人、間違いなく鑑定を使ったな。俺が鑑定できないことを確認している。同胞と認識した目だ。


「よう。お仲間だろう? 昼飯でも食べながら情報交換をしないか? 良い店に案内するぜ」

 傍からは、新たに登録にきた六名の新人たちに向かって話しかけているが、実情は転移者三名へ向けたものだ。


「え? あ、すみません。あの、よろしかったらお先にどうぞ」


 俺の言葉に、我に返ったのか、金髪碧眼君が絡んできた連中に順番を譲る。


「ん? あ、ああ。新人は気をつけな。調子に乗っているといろいろと厄介なのに絡まれるからな。特に女連れはな」


 すっかり毒気を抜かれたのか、これ以上絡むどころか自分たちのことを棚に上げて忠告までしている。


 こちらはすっかり解決したようだ。

 一人釈然としない、先程の気の強い女の子が、尚も絡んできた連中を睨んでいたのは些細なことだ。

 

 俺は昼前に再びここで落ち合うことを彼らに約束し、マリエルと一緒にタリアさんの店へと向かった。

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