第18話 トラブル

 ギルドの朝は早い。いや違うな、基本は二十四時間開いている。

 明け方でも、暇な探索者や買い付けの商人などがたむろしていたりする。

 朝食を終え、タリアさんの店が開くまですることがない俺とマリエルも、そんな暇な探索者に混じって時間をつぶしている。

 


「兄さん、自分専用のフェアリーを持ってるのか。羨ましいねぇ」


 予定よりも早くに商品が売れてしまい仕入れが追いつかない、と贅沢なことを言っていた行商人Aさんがマリエルに葉野菜をやりながら言った。


「いやー、専用って言っても野生のフェアリーに懐かれちゃっただけなんですけどね」


「もっと凄いじゃないか。野生のフェアリーに懐かれるなんて早々あるこっちゃないぞ」


 俺の答えに本当に羨ましそうに言う。


「兄ちゃん、もしかしてドーンさんと一緒来た新人さんかい?」


 ドーンさんと同郷だと言う、行商人Bさんが聞いてきた。

 

「ええ、そうです。ドーンさんにはお世話になりました」


 ドーンさん、俺なんかのことを話題にしてくれたんだ。


「じゃ、凄い光魔法の使い手ってのは兄ちゃんのことか。ドーンさんが兄ちゃんの光魔法の凄さに惚れ込んでたぞ」


「そうなんですか? そんなこと一言も言われませんでしたよ」


 行商人Bさんの言葉に、先般のドーンさんとの会話やようすを思い出すが、そんな素振りもなければ、心当たりもない。


「あの人はそうさ。本当に欲しいものや手に入れたい人材にすぐに声はかけないよ。ゆっくり時間をかけるのさ」


 行商人Aさん面白いものを見るように俺を見ながらさらに続ける。


「例えば、こんな風に他人から良い噂や好感度の上がる話を広げるのさ。それで、出どころが自分だと分かると――若いやつほどコロッと行っちゃうのさ。兄さんも気をつけな」

 


「そんな人には見えませんでしたよ」


 ドーンさんの人の良さそうな顔と護衛の人たちへの気遣いを思い出すが、にわかには信じられないな。


「それがヤツの手さ。で、どうだ俺の隊商で働かないか? 臨時で次の行商の往復だけでもどうだ。報酬ははずむぞ」


 行商人Aさんが右手の人差し指と親指で輪を作り、ニヤリと笑いながら言った。


「結局それが狙いか。兄さん、こんなヤツの隊商なんてやめとけ」

 

「だいたい、俺はまだ見習いなんで護衛はできませんよ」


 マリエルのお茶を注いでやりながら愛想笑いをする。



「おや? 見ない若い連中だな?」


「昨日の隊商と一緒に来た連中じゃないのか? 若い探索者が十名近くいたそうだぞ」


「俺の後輩になるんですかね?」


 行商人BさんとAさんの言葉に入り口付近へ視線を向けた。


 来た! 鑑定ができない。金髪碧眼きんぱつへきがんの身長百八十センチメートル。細身で軽戦士風、ロビンの言うとおりの容姿だ。年の頃は二十歳くらいか。

 初日、ものの二時間ほどで見つけた。運が良いな。

 

 向こうはまだ気付いていないようだし、もう少しようすをみるか。

 男女六名で入ってきた集団を横目に観察しながら、行商人の人たちと会話を続ける。


「フェアリーか、俺も買いたいんだよなぁ」


 行商人Aさんがまたグチりだした。これは先程と同じ展開か?


「年頃のお嬢さんがいらっしゃるんでしたよね」


「ああ、せめて成人するまで、あと二年は我慢がまんかな」


「まだ女奴隷の方が家事をやってくれる分、体裁がつくろえるものな。どうだ、俺のところで娘さんから文句のでないような女奴隷を探してやろうか?」


「ぬかせ。娘から文句の出ない女奴隷なんて俺が願い下げだよ。女奴隷ならこっちの若い兄さんに売り込みな」 


 行商人Bさんのからかうような言葉に行商人Aさんが笑いながら返した。


「そうだな。フェアリーがいると女の子が寄り付かないから、女奴隷は必要だよな。どうだ、兄ちゃん」


「いやー、奴隷とかまだ早いですよ。俺、まだ見習いですよ」


 本当はもの凄く欲しい。欲しいがここで金もないのにがっついて小物に見られるのも嫌だしな。


 そう、タリアさんのところで教えてもらったフェアリー愛好家のこと。

 フェアリー愛好家はその大半が未婚だったり、伴侶に先立たれた人がさびしさを紛らわしたりするために走る世界らしい。

 まぁ、性質からしてそうなるよな。


 そのため、結婚をしたい女性はフェアリー愛好家を避ける傾向にある。もちろん、フェアリーに勝利する女性も希にいると言っていたな。

 また、数は少ないが普通に結婚とフェアリーを両立させている人もいる。どうやっているのかは知らない。

 そうなると需要が出てくるのが男女ともに奴隷である。目的はいろいろだ。説明のとき、タリアさんの瞳が終始妖しく光っていたのを思い出す。


「でも、まだ若いんだしフェアリーだけってのも辛いだろう。せっかく二枚目なのにな」


「ありがとうございます。ですよね、昨夜も女の子を格好良く助けたつもりだったんですが、人気は相棒に全部持っていかれました」


 行商人Bさんのお世辞にお礼を述べ、笑い話のように軽く答える。もちろん、実情は顔で笑って心で泣いている。



 ターゲットを含めた六名の男女――男三名に女三名で、どうやらギルドへ登録をしに来たようだ。

 六名をよく見ると、中学生くらいの女の子が二人もいる。昨夜の女の子とそう違わない年齢だろう。しかも可愛い。 



「フジワラさん、どうしました? 今日は治療コーナーの開催日ではありませんよね? それとも少しでも早くやってみたくなりましたか? もちろんギャラはお支払い致しますよ」


 ターゲットに気を取られていて気付かなかったがいつの間にか例の女性職員さんが傍に来ていた。


 治療コーナーって、何だよ。それにしてもこの女性職員さんは商魂たくましいよな。


「ミランダちゃん、治療コーナーってなんのことだ?」


 行商人Bさんが女性職員さんに不思議そうな顔でたずねた。


 そうか、この女性職員さんはミランダさんと言うのか。


「ギルドの待合室を利用してフジワラさんに光魔法で治療をしてもらうことになったんですよ。もちろん有料です」


「いえ、ギルドに少しでも慣れておこうと思って顔を出しただけですから。お気になさらずに」


「そうですか。気が変わったらいつでも言ってくださいね」


 俺の回答にさほど残念がるようすもなく答え、歩き出した。


 

 バタンッ、と言う響きの良い音ともに扉が開かれ、声が響く。


「買い取りだ。それと情報だ。どっちも急ぎで頼む」


 中年の男達が次々と入ってきた。全員が強面こわもてだ。町で会ったら目を逸らして道を譲ってしまう、そんな感じのおじさんたちである。


「情報は私の方でうかがいます。買い取りは誰かお願い」


 ミランダさんがすかさず声をかけ、中年男たちとの方へと駆け寄る。


「デービス、外のヤツらに獲物を買い取り場へ運ぶよう指示してくれ。おれはミランダと話をする」


 先頭で入ってきた男が他の男へ向けて指示を出し、ミランダさんと一緒にカウンターへと向かう。


「兄さん、すまんがここまでだ。楽しかったよ、マリエルちゃん」


「アルフレッドのあの勢いだ。結構な獲物みたいだな。またな、兄ちゃん。それと、情報が何か分かったら後で教えてくれ」


 二人が席を立つ。


「あの探索者はアルフレッドさんと言うんですか? 有名な人でしょうか?」


 後学のために聞いてみる。


「ん? ああそうだ。別にそれほど有名ってことはないが腕は確かだぞ。面倒見も良いし、何よりも奴隷を何人も買ってくれている。俺のお得意さんだ」


 行商人Bさんが足を止めて教えてくれた。


「ありがとうございます」


「バイバーイ、まったねー」


 俺のお礼の言葉とマリエルの別れの挨拶あいさつに軽く手を振り、行商人AさんとBさんが連れ立って買い取り場へと向かった。



「何かあったようですね」


「隊商の足止めをされると厄介ですな」


 周囲で同じように時間つぶしをしていた行商人たちが次々と買い取り場へと向かう。

 皆が情報を気にしていたので、注意をミランダさんの方へと向ける。

 

「ザハの森でオーガを仕留めた。それもかなり浅い場所でだ」


「何だぁ、じゃまなんだよガキども。しかも、生意気に女連れかよ」


 アルフレッドさんとミランダさんの会話に被さるように別の方向から怒鳴り声が聞こえた。


 振り向けば新手のパーティーだ。こっちも強面じゃないか。この世界の男は強面率と美形率が妙に高いな。


「いきなりなんですか? じゃまも何も、俺たちがここで手続きしてたんじゃないですか」


「そうよ、割り込んできたのはそっちじゃないの」


 って、何、テンプレ通りに絡まれてるんだよ。見れば転生者の金髪碧眼君を含めた新人が絡まれている。


 しかも、女の子の一人が強面のおっさんに食ってかかってるよ。

 金髪碧眼君が慌てて、強気で抗弁している女の子を抑えにかかる。


 助けに行くか? もう少しようすを見るか? 転移者だ、それなりの力はあるだろうし一蹴されることもないだろう。

 念のため全員を鑑定する。


 え?

 鑑定が通らない?

 なっ! 転移者がさらに二名いるじゃないか。俺を含めてこの場に四名かよ。百名が送り込まれたにしても確率高すぎだろう。


「俺たちが遭遇したのは一体だが、周囲のようすからして数体のオーガがいたと思われる」


 アルフレッドさんが、もめている連中を気にすることなく話し続けている。


「何だ、威勢の良い姉ちゃんじゃないか」


 強面の一人が金髪碧眼君の取り押さえている女性に向かってニヤケながら近づく。


「すみません。俺たちこの町初めてで不慣れなもので。俺たちは後で良いのでどうぞ」


 抑えていた女の子を後ろにかばうように位置を変えて男と対峙する。


「そんな浅い場所にですか。かなり危険ですね」


「ああ、出来るだけ早く討伐隊を組んだ方が良いだろう。情報を持ってきておいて何だが、オーガの数も数体と決まった訳じゃない。余裕を見た討伐隊を用意した方が良い」


 それをよそに、ミランダさんとアルフレッドさんの会話が続く。


 このギルド、本当に揉め事に無関心なんだな。

 ギルドは無関心でも、俺の方は違う。さすがに転移者三名を放っておく訳には行かない。格好良く助けに行くか。 



 バンッ、と言う音とともに扉が乱暴に開けられた。


 乱暴に開けられた扉から大声で叫びながら男が入ってきた。


「おいっ! ギルドマスターはいるか? いなければ、サブマスターのユーグさんを頼む」


「しっかりしろ。ほらっ、ギルドに着いたぞ」


 入ってきたのは三人。二人の衛兵とその二人に抱えられるようにされている一人の女性だ。怪我をしているようだ。


 何だ、またトラブルっぽいのが入ってきたぞ。


「ミチナガ、そろそろ服を買いに行こうよ」


 話し相手と言うか、構ってくれる行商人さんたちがいなくなって暇になったからだろう、マリエルがタリアさんの店へ行きたがっている。


「いや、マリエル。さすがにこの状況でそれは出来ない。少しだけ時間をくれ」


 先ずは同胞を助けるためにマリエルの説得から入るか。

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