第17話 夢

 どうやら、酒場の店主から騎士団へ通報があったようで話は非常にスムーズに進んだ。もちろん、俺たちにおとがめはない。

 ロディたちがいやに早く騎士団をつれてきたと思っていたが、酒場の店主の通報で周辺を巡回していたそうだ。


 襲ってきた連中の方は軽犯罪の扱いなので、罰金程度だが犯罪となるだろうと言うことだ。


 明日、改めて店主にお礼に行こう。


 ◇

 

 女の子たちを全員送り、ロディたちと別れたところでロビンと二人きりになった。

 お互いの宿の方向へ向かうための分かれ道まで数十メートル。

 先程のスキルがなくなったことについて、もう一度切り出すか?


「ミチナガは随分と高い身長をイメージしたんですね。いくつくらいですか?」


 唐突にロビンが聞いてきた。

 

 まぁ、この手の話は他に人がいては出来ないか。


「ああ、俺、もともと百七十九センチメートルあったんだ。なんで、百八十センチメートルだと高身長って感じじゃなくてさ。単純にあと十センチメートルをプラスして、百八十九センチメートルをイメージしてた」


「そうですか。私はもともと背が低いので、百八十センチメートルで十分に偉丈夫って感じだったので百八十センチメートルでイメージしました。でも、もう少しあっても良かったかなと、今更ながら思ってます」


「百八十センチメートルならこの世界でも十分に高い方だろう、ベックさんもそれくらいだ」


「まぁ、そうなんですけどね。ミチナガはキャラメイクで後悔とかはありませんか?」


「そりゃ、あるさ。でも、後悔してもどうにもならないから悩むのをやめた」


「前向きですね、それに強い。私なんて、後悔と悩むことの真っ只中ですよ」


「ところで、さっき斧術レベル3のことなんだが」


 そこで一旦言葉を切り、足を止める。


「キャラメイクのときに強奪スキルを見ている。特殊スキルの階層下にあった。もしかして、それを持っているんじゃないのか?」



 俺に遅れて足を止めてこちらを振り返る。


「あーあ、気が付いちゃいましたか。やっぱり、あれは失敗でしたね」


 クスッと笑ったかと思うと、星空を仰ぎ見ながら、悪びれる様子もなく言った。


「どう言うつもりなんだ?」


 自身、緊張しているのが分かる。ロビンののんびりとしたようすに関わらず、臨戦態勢を取る。


「やだなぁ、やり合うつもりありませんよ」


 両手を顔の高さに挙げて微笑んでいる。


「そうしてもらえると助かるよ」


 俺もロビンの雰囲気につられて緊張感が解けていく。


「どうと言われても、自分のスキルを有効活用しているだけですよ。この世界で生き残るためにね」


 普段の精悍な顔つきとは打って変わって穏やかな表情と声で続ける。


「ミチナガがあの強力な風魔法と火魔法を活用しているのと変わりません。風魔法と火魔法、レベルは3ですか? 4ですか? 火はもしかしたら5ぐらいあるかもしれませんよね?」


 風魔法も火魔法もどちらもレベル1だ。ロビンから見ても俺の魔法の強さは異常なのか。転移者だから魔法の威力が高い訳ではないんだな。


 自身の魔法のことで考え込んでいると、ロビンが俺の反応を待つのをやめて、話を再開する。


「ミチナガが高レベルの魔法を以てこの世界を生き抜こうとしているように、私はこの強奪スキルでこの世界を生き抜かなければならないのです。他には何の力もありませんから」


「他者からスキルを奪うこと、これまでの努力の積み重ねを、成果を奪うことに罪悪感はないのか?」


 これは俺自身のことだ、自分に向かって語りかけている。いや、ロビンに理由を、言い訳を求めている。


「全くありません、とは言い難いですね。やはり、それなりに罪悪感はありますよ。でも、それ以上に自分が可愛いですから」


 何だ? 一瞬寂し気な表情がよぎった。


「それに、努力の積み重ねや成果を奪う、と言うことに関しては、商売でお金を儲けるのとあまり変わらないでしょう? いえ、ギャンブルの方が近いですね」


 気持ちは分かる、理屈も納得は出来ないが分かる。どこに妥協点を持ってくれば良いだろうか。


「一つ約束をしてくれ。争う相手は同胞とあったが、争う理由が判明するまでは同胞からスキルを奪うことはやめてくれないか」


 それだけ伝えるのが精一杯だった。


 自分でも疑問はある。果たして妥協点ってのはどこなんだろうか。


「約束しましょう。私もミチナガに嫌われたくはありませんしね。それに、もとより、同胞からスキルを奪うつもりはありませんから。ただし、私に敵対した場合は除外です」


 最後の部分の口調が厳しくなる。


「もちろんだ、それで良いよ。ありがとう」


 迷宮でのことが蘇る。いつもなら、ものともしないような魔物にヤられたと言う二人の探索者。臨時雇用と言ってたな。そして、こちらの臨時雇用Bさん。あのベックさんが、弓術スキルがない人に弓をまかせるか? 

 さっきのヤツだってそうだ。槍術スキルもないのに得意気に槍を持っていた。あいつ、酒場でロビンにぶつかっていたよな。

 疑いが次々と湧き上がってくる。


「では、改めてよろしくお願いしますね」


「え? あ、ああ、よろしくな」


 差し出されたロビンの右手を慌てて取り、握手を交わす。


「全く、本当に人が良いですね」、


 ため息を尽きながら首を振り、なおも話し続ける。


「少しは疑いとか警戒心を持った方が良いですよ。私がここであなたのスキルを奪うとか、考えなかったのですか?」


「考えなかった」


 これはウソだ。


 ロビンが俺からスキルを奪うことは出来ない。スキルを奪うには対象となるスキルのレベルまで含めて把握する必要がある。そして、転移者に鑑定は通じない。

 

「スキル強奪と言うのも万能じゃないんですよ。相手のスキルをレベルまで含めて把握して、皮膚と皮膚で接触しなければ奪えません。しかも、結構な確率で失敗します」


「そうなのか?」


 俺の把握している情報と食い違いはない。ロビンの持っているのはタイプAで決まりだな。


「ええ、そうです。ですから同胞から奪うのは、もの凄く難しいんです」


 肩をすくめながら言う。


「信用するよ、よろしくな」


「ええ、こちらこそ」


 俺たちは再び握手を交わして、それぞれの宿へと向かった。


 ◇

 ◆

 ◇


 俺の身体の上を柔らかいそれが動いている。

 お腹の辺りに押し付けられたその柔らかな双丘は、俺の身体をすべるようにしてゆっくりとお腹から胸へと移動してくる。


 弾力のある柔らかさが十二分に伝わって来る。

 双丘の先端が固くなっているのが分かる。


 双丘が俺の胸へと近づくにしたがい、双丘とは違う、別の柔らかな羽毛のような感触が下腹部からお腹へと移る。

 

 これは夢だ。


 自分が夢を見ているのだとはっきりと認識できる。

 しかし、感触は現実と変わらない、吐息の熱さや甘いにおいまで感じることができる。


 フェアリーの加護、この夢の正体だ。

 しかし、あの娘はこんなに胸があったのか? まるでタリアさんのようじゃないか。数時間前に見た娘の姿を思い出し、疑問が持ち上がる。


 マリエルのやつ、間違えたか?

 目を開け、俺の上で動いている女の子を見る。


 誰? 貴女は誰ですか? 見知らぬ女性がいる。いや、どこかで見たような気もするかな?

 冷たい眼差しで俺を睨みながら顔を近づけてくる。体重のかけられた双丘の形が変わる。

 柔らかな圧迫感が俺の胸に広がる。


「いったい、どう言うつもりですか?」


 先ほどの冷たい眼差しからは想像も出来ないような、熱い吐息とともに言葉が漏れる。


「女神である私にこのようなことをさせるとは、万死に値します」


 わずかに口を開き、顔を上気させながらも目だけはゴミ虫を見るような、凍てつくような目で俺のことを見下ろしていた。


 なんと言うか、堪らないなこれは。何でもありか? フェアリーの加護万歳っ!


 女神がゆっくりと身体を起こす。

 全裸だ。

 俺からは上半身しか見えないが全裸だと分かる。俺の肌に触れる女神の下半身が全裸だと感触で分かる。フェアリーの加護って、本当に素晴らしい。


 俺の身体にまたがり直した女神は、そのままゆっくりと腰を沈めていく。


「夢枕に立つはずが、このようなことになろうとは想像もしませんでしたよ」


 その冷たい眼差しと、熱くささやくような、絞り出すような、ない交ぜとなった声の響きにギャップがありすぎる。


 夢枕に立つ? あれ? これって、フェアリーの加護じゃないのかよ?

 いや、違うだろう。重要なのはそこじゃない。何だろう、何か伝えるつもりなのだろうか?


 と言うか、本物の女神だ?

 夢じゃないのか?


 いや、落ち着け。落ち着け、俺。この状況がどうであれ、ここは本物の女神と考えて対応をしよう。


「それで、今夜はどのようなご用件でしょうか?」


 下半身の感覚を楽しんでいることが表情に出ないよう注意をしながら聞いた。


「あなた方があまりに不甲斐ないので、テコ入れに来ました」


 俺の腰の上で動き出す。


 不甲斐ない? テコ入れ?


「あの、何のことでしょうか?」


 目的とミッションのことだろうか? もしそうなら、ここで疑問が一気に氷解するな。


「あなた方には目的とミッション、戦う相手を伝えたはずです。それにもかかわらずこのていたらく、正直、あきれてます」


 身体の動きに合わせて豊かな双丘が大きく揺れる。


「それなんですが、抽象的すぎてわかりません。もう少し具体的にお願いします」


「よいでしょう、聞きたいことを述べなさい」


 息がわずかに乱れている。


「目的はこの世界を救うこと、とありますが、どう言うことでしょうか? それと、どうやって救うのですか?」


「話を聞いてなかったのですか? この世界は魔力が不足しています。世界の魔力を増やすには魔物を倒すこと、迷宮を攻略することで、世界を魔力で満たすことができます」


 次第に動きが速くなっていく。


 それで必須のミッションが迷宮の攻略なのか。


「では、戦う相手が同胞と言うのは?」


「それを、今伝えることはルールに抵触します」


 汗が滴り落ちてくる。


「では、この世界を救った後、俺たちはどうなりますか?」


「どうしたいのですか?」


 早くなった動きに引っ張られるようにして息遣いも次第に早くなる。


「それは希望が叶えられる? それとも、幾つかの選択肢から選べると言うことですか?」 


「それに答えることは出来ません」


 息が乱れないように、必死に言葉を搾り出すようにして話している。眼差しだけは相変わらず冷たく、さげすむようだ。


「二つの異世界のいずれか、と言っていましたが、もう一つの異世界はどうなってますか?」


「もう一つの異世界も同じようなものです。ただ、あちらに配置された人たちの方が、アグレッシブです。そのため差が開きすぎたので、私がこうして夢枕に立ちました」


 俺の質問に、何かに必死で耐えるように、目をつぶった状態で答えた。


「俺の知り合いがどこにいるのか、せめてどちらの世界にいるのか教えてもらうことはできますか?」


「それもルールに抵触します」


 再び目が開かれる。またあの突き刺さるような冷たい視線だ。


「ルールがあると言うことは、ジャッジをする者がいる? 競う相手がいる? 何らかの評価基準がある?」


「それは質問ですか? ただの疑問ですか?」


 俺の淡々とした言葉に、大きく仰け反りながら答えた。


「質問です」


 荒くなる息を抑え、冷たい眼差しを必死に保とうとするようすに、興奮を覚えながら聞いた。 


「ジャッジする者がいる、とだけ答えましょう。私はあなた方を応援しています。ルールに抵触しない範囲で手助けもしましょう」


 そう言い終えると、力尽きたように再び俺の上に倒れ込み、唇で唇をふさがれた。


 それ以上、質問することも答えを聞くことも出来なくなってしまった。

 心残りは女性らしい可愛い声を聞くことはできなかったことだろうか。


 ◇


 何てことだ、夢枕に立つのとフェアリーの加護が融合しちまったのかよ。

 だが、今出てきた女神は本物なのだろう。


 女神の話してくれたことで幾つかのことが分かった。しかし、疑問が深まったのも確かだ。

 本当の目的ってのが別に存在すると疑ってかかった方が良いな。


 疑うと言えばロビンだ。

 汗と体液で汚れた下着を着替えながらロビンのことを考える。


 ちょっと待てよっ!

 あの時の握手、スキルを奪おうと思えば奪えたじゃないか。俺はなんて迂闊うかつなんだ。

 転移者は鑑定が通らない? 俺は何を得意になってたんだ。


 鑑定なんて通す必要はない。スキルのレベルを知る必要もない。デタラメにレベル1から順次奪いに行けば良いんだ。

 本当にこの性格を何とかしないと命がいくつあっても足りないな。


 気を取り直して下着の洗濯を続ける。

 

 洗い終えた下着を椅子にかけて干す。水魔法って便利だな。生活する上で一番有効な魔法なんじゃないだろうか。

 タライにある、洗った後の汚れた水。さて、どうするかな。


 このままにしておくのも嫌だな。飛ばすか。

 空間魔法で外へ汚れた水を転移させる。

 魔法って本当に便利だよね。


「ウァーッ! 何だ? 水? 何だよ、これっ!」


 何が起きたのか分からないのだろう、悲鳴とともに疑問を投げかける、男性の声が聞こえてきた。

 しかし、その疑問に答える声は続かない。


 あれ? もしかして、やっちゃったか? どうする? 謝るならすぐに謝らないと。

 いや、やめておこう。今ここで謝罪に出てもろくなことにならないような気がする。と言うか、普通の水をかけてしまったのならともかく、あんな水をかけておいて出て行くなんて俺には出来ない。それに被害者はおっさんみたいだし、良いだろう。


 何やら騒ぐ声が聞こえてくるが、何も聞かなかったことにして、もう一度眠ろう。

 騒ぐ声が聞こえなくなるまでベッドの中から出ないつもりで、再び潜り込んだ。

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