第16話 酒場のあとで

 結局、食事とお茶だけして店を出ることになった。

 それとこの店、店主が探索者上がりの騎士団員で部隊長まで務めたそうだ。そのせいで探索者や騎士団員が多く出入りしているのと、どちらにも顔が利くのでこの辺りの店では一番安全らしい。


 この店を一押しで教えてくれたギルドの女性職員さんに感謝しないとな。

 しかし、状況が好転しているわけではない。相変わらず待ち伏せされている可能性が大きい。


『待ち伏せ』とすると剣呑な感じだが『まちぶせ』とすると甘酸っぱいが感じがするのはなぜだろう。


「兄貴、すみません、俺たちのせいで」


 ロディを筆頭にかれのパーティーの面々がしきりに謝罪する。


「良いんだ、気にするな。それにロディたちのせいじゃないよ」


 ロディたちが誘った女の子たちの手前、鷹揚に答え、さらに行動開始を告げる。


「先頭を俺とロビン、後方をロディたちが担当だ。女の子たちは中央な」


「分かりました」


「任せて下さい、兄貴」


「真ん中だってー」


「守ってくれるんだ」


「頼りにしてます」



 思い思いの返事が返ってくる。素直な『はい』と言う返事が無いのが若干引っかかるが、気にしないでおこう。


 俺とロビンで先行して片付けようとも考えたが俺たちをスルーされてロディたち、最悪は女の子たちだけが狙われないとも限らない。

 そんなことから全員で相手が襲撃し易い場所へ移動することにした。要は、人けの無いデートコースみたいなところに向かっている。


 そんなところへ中学生くらいの女の子たちを連れて行くのは、もの凄い罪悪感がある。いや、別に何か企んでいるわけじゃない。先ほどまでのロビンの言葉がチクチクと良心を刺す。


「緊張してるんですか?」


「当たり前だろう。子どもを守りながらなんだぞ」


 ロビンのからかうような響きにイラッとしながら答えた。


「へー、決闘に飛び入り参加するような剛気な魔術師とは思えない発言ですね」


「勘弁してくれ。反省と後悔をしているんだから、それ以上言わないで。頼む」


 わざとらしく驚くロビンに泣きそうになりながら懇願こんがんした。


 そして、自分の軽率な行動と口の軽いロディを恨んだ。


 何よりも、その話になったときにロディたちは憧れの表情で見ていたが女の子たちは微妙な顔をしていた。

 そして、真っ先に自分たちを助けに入ったロビンに熱い眼差しを終始送っていた。いや今でもそうだ。ロビンを見る目が違う。


 正直、面白くない。面白くないのだが、当のロビンは女の子たちなど『眼中に無いよ』状態なのが救いだろう。

 倫理がどうのと、少し堅物なところはあるが友だちになれそうな気がする。


「いたよー、百メートルくらい後ろを八人がついてきてる」


 俺の唯一の友だちであるマリエルが、上空からの偵察結果を教えてくれた。


「八人ってことは全員か? 思った以上に頭が悪いな」


「敵の頭が悪いと言うのは良いことです。この先の河原で決着させましょう」


 俺の言葉を受けて決戦場所を示すロビンの口元が緩んでいた。


 思った以上に好戦的なヤツなのかもしれないな。そんなことを思いながら、ロビンから視線を外し、ロディたちへ河原で戦うことを告げた。


 ◇


 河原と言ってもかなり広い、百メートル四方はあるだろう。ちょっとした河川敷のようだ。

 そこに布陣する。前衛に俺とロビン、二列目にロディたち六名、後方に女の子三名が適当に散らばる。そして、上空にマリエルを配置し、異変があればすぐに俺のところへ知らせにくる。


 うん、完璧だ。

 問題は敵の戦力、スキルが不明なところくらいだな。うん、ちっとも完璧じゃない。分かってたけどね。


「先ほど酒場で鑑定した限りでは、厄介なのは火魔法レベル2と斧術レベル3くらいですね。火魔法を受けたら川に飛び込みましょう」


 しれっと俺にそう伝えた後で皆に向かって指示を出す。


「万が一、敵が厄介な魔法を使ってきたら川に逃げ込んでください、良いですね」


 ロビン指示に全員がうなずく。



 こいつ、酒場で鑑定してたのか。それに火魔法レベル2を分かった上でこの場所を選んだ? 隙も無いし、頭も良いな。少しだけ、ほんの少しだけ負けた気がする。


「兄貴、来ましたよ。八人だ」


 俺はロディ少年の仲間Aの言葉にうなずきながら数歩前へと進む。


「俺たちに何か用でも?」


 余裕の笑みを浮かべながら、全員を鑑定する。握った手のひらに汗がにじんでくるのが分かる。

 いた。中央後ろに位置している。火魔法レベル2だ。先ずはこいつを無力化する。上空のマリエル向けてハンドサインでターゲットを知らせる。

 

「なぁに、さっきの続きでもと思ってな」


 槍を持っているが槍術のスキルはない。スキルに合わない武器を、攻撃範囲の広さだけで、所持しているのだろうか? いずれにしても雑魚ざこだ。

 雑魚ざこだと分かっていても鼓動が早くなる。


「続きですか? 大人気おとなげないことはやめませんか? 痛い目見ますよ?」


 挑発しながら隙をうかがうが、場慣れしているらしく隙が見当たらない。


 人死にを出さないのは難しいか? その場合は火魔法レベル2を奪おう。

 奪うと考えた瞬間、ドクンッと心臓の音が一際大きく聞こえた気がした。

 足を止めてイメージを創り上げる。


「いや、こう言うことはな、見逃しちゃいけねぇんだよ。大人としてはキッチリと教育しないとな」


 剣術レベル2のヒゲ面が仲間に目配せをすると、左右の男たちがゆっくりと広がりだした。


「見逃してもらう事は出来ませんか?」


 盾代わりのガントレットに魔力を流しながら時間稼ぎをする。あと少し。


「金と装備、それと女を置いてったら今日のところは見逃してやるよ」


 完全にこちらを見下している眼だな。


 左右に広がった男たちは、後方の女の子たちを見ながら下卑た笑いを見せている。


 後ろの女の子たちを人質に取るつもりか? こちらを甘く見たのか、いずれにしても広がり過ぎだ。隙ができた。


「何をするつもりなのか。教育が聞いて呆れますね。教育が必要なのは自分たちじゃないんですか?」


 ロビンから鋭い響きの言葉が飛ぶ。


 予定に無いぞ、ロビン。

 冷静なようで結構熱くなってくれる。俺の位置からじゃ見えないが、声の方向からして右側に広がった男を睨んでいるのだろう。


 頃合いだな。俺が合図を出すのとほぼ同時に敵――左右に広がった男たちが動いた。


「きゃーっ」


「うわっぷ」


 左右から迫る男たちの動きに合わせるように、女の子たちから悲鳴が上がる。

 敵の火魔法レベル2の男からは、突然上空から現れた大量の水に驚きの声が上がる。


 次の瞬間、火魔法を行使して冷却する。イメージは急速冷凍。たちまち火魔法レベル2の男が、氷と霜で覆われ動きが止まる。

 同時にロビンの放った風の刃が斧術レベル3の右腕を肩口から切断する。


 俺はそれを横目に、左側から女の子たちへ迫る男へ向けて、複数のエアハンマーを乱射し無力化した。

 これに続くようにロビンが放った二発目の風の刃が右側から迫る男の右足を太ももから切断し、足止めをした。


 敵さんは何が起きたのか、まだ理解できていないようでキョロキョロしている。

 さて、一瞬にして、主力を含む半数を失ったのを理解するのに、どれくらいかかるかな。


 俺は剣術レベル2の男に向かってゆっくりと歩を進める。ロビンは斧術レベル3に向かっている。見れば、健在な左手に斧を持ち替えて、立ち上がろうとしている。

 悲鳴一つ上げてないよ。敵ながら根性あるな。水を頭からかけられて悲鳴を上げた、火魔法レベル2の男とは大違いだ。


「お引き取り願えませんか? こちらとしては出来るだけ荒事は避けたいんですよ」


 俺の言葉が終わらないうちに右側からくぐもったうめき声が聞こえた。

 視線を向けると、ロビンに残った左腕を切り飛ばされた斧術レベル3が――ない? 斧術レベル3が消えている。


 何故だ? 両腕を切り飛ばされて、もう斧を使えないから? そんなことはないよな?

 ……ロビンが奪った? 奪える? 俺と同じ? どのタイプを持っている?


「俺たちが悪かった、もうお前たちには関わらねぇ」


 剣術レベル2の男が無抵抗の意思を示した。


「関わらない、とどうやって証明しますか? いえ、私たちを納得させられますか?」


 ロビンだ。怒りの感情もあらわに剣術レベル2の男を睨みつけている。


「おい、ロビン。それはさすがに無理難題すぎるだろう」


「ミチナガ、私たちならこんなヤツら、どうと言うことはありませんが、ロディたちが狙われたら? もしかしたら女の子たちを狙うかもしれませんよ。逆恨みで」


 俺の制止の声にロビンの言葉が重なる。


 危惧だとは思うが、可能性はある。否定出来ないな。実際、逆恨みでここまで追いかけて来たんだもんな。


「それはそうだが……」


 言いよどみ、剣術レベル2の男に視線を戻す。


 顔面蒼白で棒立ちだ。そりゃそうだろう。格下だと思って仕掛けたら格上で、降参しても追撃が止まない。


「だいたい、私たちが謝ったところで、こいつらが許してくれたと思いますか?」


 ロビンの口調がますます厳しくなる。


「許したさ、謝れば許すつもりだった。本当だっ!」


 必死の形相だが、もの凄くウソくさい。


「女の子たちはどうなっていたと思いますか? こいつらが無事である以上、あの子たちはこれからも、怯えて暮らすことになるんですよ」


「俺たちはすぐに町を出る。もう二度とこの町には来ない、約束する」


 必死の形相なのだが、やっぱりウソくさい響きしかない。


 槍を持った男が突然動いた。


「うわっ!」


 ロディ少年の仲間Bが槍男の突きに驚きながらも盾でかわした。


 二撃、三撃とかわす。

 俺の位置からでは仲間Bを巻き込みかねない。

 俺が躊躇していると、突然の槍男の悲鳴とともに、彼の両足が膝から切断された。ロビンの放った風の刃だ。


 俺は剣術レベル2の男に振り返る。

 爛々とした眼が飛び込んでくる。やばいな、眼が尋常じゃない。ある種の覚悟を決めた眼だ。


 そう思った、その矢先に男が剣を抜きにかかる。

 油断したっ! 盾代わりのガントレットを構えながら後方へ飛び退く。間に合うかっ? 


 次の瞬間、上空からの火球の一撃が、男の右肩をとらえた。

 着弾した火球は燃え広がり、男の右上半身と顔の右側を、容赦なく焼く。


 ケモノの咆哮ほうこうのような悲鳴を上げて男が転げ回る。

 炎に巻かれ悲鳴を上げる男をそのままに、残りの二名をエアハンマーの乱射で気絶させた。


 ◇


 ロディ少年たちに騎士団を呼びに行ってもらっている間、絡んできた探索者たちを縛り上げる。


「大活躍だったな、ありがとう。助かったよ」


「えへへへー、褒められちゃった」


 俺のお礼の言葉にマリエルが、得意げな顔で喜んでいる。


  三人の女の子たちは相変わらずロビンに熱い視線を送っている。

 女の子たちはこいつらの引き渡しが終わったら、俺とロビンで送っていくと約束してある。


 しかしだ、一人だけ、栗毛の女の子が笑顔で俺にお礼を言ってくれた。良い娘だなぁ、この娘。われながらチョロイと思うが笑顔一つで舞い上がってしまう。

 うん、今夜の夢に出て来てもらうのはタリアさんじゃなく、さっきの栗毛の娘にしよう。


「ミチナガ、ロディたちが戻ってきましたよ」


 ロビンが女の子たちから離れ、こちらへ向かいながら教えてくれた。


「ありがとう。ところで、あいつなんだけど、斧術レベル3がなくなってるんだ。気付いてたか?」


 顔に出ないように気をつけながら、ロビンにたずねた。


「いえ、気付きませんでした」


 そう言いながら両腕を失った男を振り返える。


「ないだろう」


「ええ、ありませんね。確かにあったと思ったのですが、気のせいだったのでしょうか」


 男から視線を外さずに考え込むようにつぶやく。


「両腕を失って斧を使えない状態になったのでスキルを失ったのかもしれない。或いは違う要因か」


「そうですね、スキルについてもう少し情報を集めた方が良さそうですね」


 俺のこじつけのような理由付けに同意しながら、スキルの強奪について素振りも見せなかった。


 本当にとぼけているのか? スキルが消えたのは別の要因かもしれない。

 いずれにしても、ロビンは警戒する必要がある。

 俺の中でロビンの位置づけが大きく変わった。

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