第15話 会話

「――――そうか、迷宮の魔物が強くなっているんじゃないか? と言うのがロビンの考えか」


「ええ、こちらの臨時雇用の探索者も今までは問題としなかったような魔物、オーガスパイダーにやられてます。今までの魔物の強さがどうだったのかは分かりませんが、そう考えれば納得も出来ます」


 ロビンが先般の迷宮探索で臨時雇用の探索者が死亡したことに対して疑問を投げかけて来た。


 転移後について、一通りの情報交換を終えた後、迷宮探索へと話題が移って少し話が進んでのことだ。


「どうだろうな、俺は今回初めて迷宮に潜ったからなんとも言えない。ロビンだって三回目なんだろう?」


「はい、判断するにはデータが少ないので断言は出来ません。ですが、そう仮定して他の探索者から情報を引き出してはどうかと思って相談したんですよ。私一人で聞くよりも二人で聞いた方がたくさんの人に聞けるでしょう? ロディ君たちにお願いしても良いですしね」


 少し離れたところで食事をしているロディたちのパーティーをチラリと見る。


「そうだな、情報は欲しいもんな。後でロディたちにも頼んでみるよ」


「ええ、お願いしますね」


 マリエルの葉野菜を食べる速度が落ちてきた。食べた量を考えてもお腹いっぱいと言うことはないだろうから飽きてきたのだろう。


 店員さんに果物を追加で注文しながら俺たちの転移について触れる。


「となると、原因は俺たち転移者? 或いは、強くなったから俺たちを転移させたかかな?」


「それなんですが、私たちが原因かどうかは別にして……あの白い空間でのことをどう思います?」


「どうって? あの女神っぽい女性が話していたことか?ことか?」


 よく分からない川魚の煮付けを口に運びながら聞く。


「ええ、そうです。 目的は異世界を救い、存続させること。 必須のミッションはダンジョンの攻略。 戦う相手は同胞。 これってどう受け取りました?」


 完全に食事の手を止めて話題に集中しているように見える。


「正直、あまり深くは考えていなかったな。目的は知らされたけど、達成するための手段は不明だ。もしかしたら、ダンジョンの攻略がそれにあたるのかも知れない。だけど、ダンジョンを攻略することが目的の達成――この世界を救い存続させること。 につながるとしたら、戦う相手が同胞ってのが腑に落ちない。転移者同士で協力し合った方が良い結果につながるはずだ」


 自分でも情けないがロビンのようにこの問題について深く考えたことがなかった。今、この場で思いつくままに考えを組み立てる。


「そうですね、転移者同士で争ってたらミッションなんて進まないですものね」


「最初は転移者が死亡することでその転移者が持っている魔力が拡散して魔力不足解消させるのかとも考えたけど、それも辻褄つじつまがあわない。考えれば考えるほど疑問だらけだよな」


 ぶどうのような果物を皿ごとマリエルの前へと移動させる。


「何か重要な情報が抜け落ちてるんでしょうね」


 ロビンが、まだ半分以上ビールの入った銅製のジョッキを見詰めながら考え込むように言った。


「相手がどう考えているかは別にして、当面は転移者を見つけたら争わずに手を組むことを前提に接触しよう。それで良いか?」


 出来るだけ明るい口調を心がけて話をした。


「はい、もとより私は同胞で争うつもりはありませんから」


 俺の口調につられたのか柔らかな笑顔とともに快活な答えが返ってきた。


「で、話を最初にもどすが間違いないんだな?」


「間違いありません。身長百八十センチメートル以上で金髪碧眼の細身の男性です。そのときの格好は軽戦士風。鑑定が出来ませんでした」


「隊商と一緒に来たってことは今日か明日辺り、ギルドに顔を出す可能性があるな。ギルドに詰めてみるか」


「お願いできますか。私は明日からまた迷宮探索に行きます。今度は二泊三日で潜る予定です」


 俺の思いつきの案に申し訳なさそうな顔で自分が対応できないことを伝えてきた。


「分かった、どうせ暇だし良いさ。それよりも食事をすませてロディたちと飲もうか」


「えーっ、服ー。私の服はーっ?」


 ロビンをうながし食事を再開しようとした途端、マリエルからクレームが入った。


 忘れてたよ、そんな約束してたっけ?


 マリエルを見るとうっすらと涙を浮かべている。あ、これは不味いな。


「そうだよな、マリエルの方が先約だったな」


 マリエルの口元にぶどうに似た果物を運びながら話を続ける。


「大丈夫だ、ギルドへ行く前にタリアさんのところで買い物をすませよう。で、新しい服でギルドへ行こうか」


 そのままご機嫌取りモードへ突入し、果物をさらに口元に運びながらまだ見ぬ服を着たマリエルをしきりに褒めた。


 ロビンの視線がもの凄く痛いが気にしない。ここでマリエルに泣かれるよりはマシである。何しろ今夜はフェアリーの加護をお願いする夜だ。この程度のご機嫌取りなど苦にならない。


 機嫌の直ったマリエルがぶどうのような果物を、二粒ほど胸に抱えている。一対のおっぱい、巨乳に見えるのは目の錯覚だよね。


 あれ? 俺は何をやってたんだ? マリエルの抱える二つのぶどうっぽい果物を見て、唐突に思い出す。


「ロビン、女神との会話。いや、女神からの説明のときのことで抜け落ちてたことがあった」

 

「キャーッ」


「ちょっと、やめてくださいよ」


「ガキが女連れで酒か? 良い身分だな?」


「酒と女を置いてとっとと出て行きなっ!」



 思い出したことをロビンに伝えようとする矢先に女性の悲鳴が響き、続いて酔っ払いの声が酒場にとどろいた。間に子どもの声が聞こえた気がするが気のせいだろう。


 悲鳴の方へ視線を向けるとロディたちが絡まれている。いつの間にか女の子と同席しているよ。リア充じゃねぇか、ロディ少年。

 気のせいと思った子どもの声は、ロディ少年、お前か。

 さすがにこれから一緒に飲もうって少年たちを見捨てるわけには行かないよね、若い女の子も一緒にいるし。


「やめなさいっ!」


 俺の行動よりも早く鋭い制止の声が飛ぶ。ロビンだ。


「あなた方、よそ者ですね。この町にはこの町のルールがあります。これ以上酒場で騒ぎを続けるようなら叩き出されることになりますよ」


 最初の鋭い声とは違い落ち着いていることが伝わって来る。


「ロビン、いざとなれば加勢するが、出来るだけもめ事は回避の方向で頼むよ」


 ロビンの隣に立ち小声で話しかけた。


「大丈夫です。あいつらがこれ以上暴れるようなら、この酒場のほとんどの探索者がこちらに加勢してくれます。あいつら、よそ者ですから。昼間の隊商の護衛です。覚えてます」


 そんなルールがあったのか。ロビンの余裕の根拠はそこか。やはり、情報を知っていると言うのは強い。


「そうなんだ」


「ええ、それに、大の大人があんな年端も行かない少女に手を出そうなんて私の倫理が許しません」


 酔っ払った大の大人を見据えたまま言った。


 そうだよね、大の大人が少女に手を出すなんてダメだよね。ロビン、意外と常識があり、正義感の強いやつなのかもしれない。


「何だと?」


 酔っ払った大の大人の一人が、酔って赤い顔を益々赤くしてこちらを睨んでいる。


「待て、ここは出ようか。すまなかったな、坊やたち」


 もう一人の酔っ払った大の大人が周囲の反応を確認しながらロディ少年たちへ謝罪した。


 周囲の客、恐らくは探索者が大半だろう、は剣呑な雰囲気をただよわせている。くつろいだ様子ではあるが、意識は酔っ払った八名の大の大人に向けられていた。

 約一名を除いて、そんな雰囲気を感じ取ったのだろう、問題を起こしそうになった八名が、俺とロビンにわざとぶつかるようにして歩き、酒場から出て行った。


 彼らが出て行った直後、酒場の中は拍手が鳴り響いた。ロビンに向けられたものだ。

 うーん、格好良いところを持っていかれた。


 ロビンは拍手に対して軽く右手を挙げて答え、俺をうながしてロディ少年たちのテーブルへと向かう。

 俺とマリエルもロビンの後を追うようにして歩を進めた。


「それにしても、出て行くなら素直に出て行けば良いのにわざわざぶつかって行くなんて感じ悪いな」


 先程あいつらが出て行った、出口の方へ視線を向けながらひとりごちる。


「あいつら、待ち伏せしてるかどうか賭けませんか?」


 面白そうにこちらを見ている。


「待ち伏せてると思うのか?」


「結果は別にして、待ち伏せていると考えて行動した方が良いと思いますよ。ミチナガもお酒は控えてくださいね」


 既に視線はロディ少年たちへと向けられている。


 一先ず、了解の返事をするために急ぎロビンの横へと並んだ。

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