第14話 スケジュール
買い取り場へと戻るとベックさんが書類にサインをしているのが見えた。どうやら査定が完了したようだ。
マリエルはそんなベックさんと女性職員さんの頭上をクリスタル――トールさんのフェアリーとグルグルと追いかけっこをして遊んでいた。
「今戻りました」
ベックさんに報告をしながらマリエルにこちらへ来るように手招きする。
「おう、こっちも終わったところだ。で、これが今回のお前さんの取り分だ」
ベックさんはそう言い終えるや否や下手投げで小さな革袋を放った。
下手投げで放られ、緩やかな放物線を描いて俺の胸元へと向かって来た小さな革袋を左手で受け止めると『ジャラッ』という小さな音を革袋の中の硬貨が擦れ合う感触が手に伝わってきた。
「ベックさん、これは多すぎますよ。約束の報酬は銀貨十枚だったはずです。それだって、見習いには破格です。なのに、これ金貨が一枚多く入ってます」
『受け取った報酬はその場で確認しろ』とのベックさんの言葉に従って革袋の中を確認すると、その中には光を反射するほどの磨かれた金貨一枚と使い込まれた銀貨十枚が入っていた。
「間違っていない。それは正当な報酬だ。雇い契約の銀貨十枚と褒賞金としての金貨一枚だ」
俺が慌てている様子を面白がるように笑いながら内訳の説明をしてくれた。
雇い契約の報酬は探索成果の
さらに、成果が大きい場合は報奨金を上乗せするのが通例だそうだ。このときの上乗せは雇用者、今回はベックさんの胸一つできまる。
「それにしても金貨一枚は多すぎませんか?」
「良いんだよ、ミチナガ。今回の探索では大きいものだけでも、空間トカゲを二匹仕留めてる。さらにドロップアイテムの短槍がある。短槍は金貨九枚でギルドが引き取った」
俺の疑問にトールさんが答えてくれた。
なるほど、あの槍はそんなに高く売れたのか。いや、ちょっとまて、金貨九枚って日本円に換算して九百万円だぞ。どんな魔法が付与されていたんだよ。そっちの方が興味あるぞ。
「何よりも、マリエルが良くやってくれた。その分も上乗せしてある」
そう言い、ベックさんがマリエルの頭をなでている。
マリエルの分も報奨金に含まれていたのか。
褒められたのがよほど嬉しかったのかマリエルが大喜びで空中をスキップしながら飛んでいる。感情表現が豊かだし素直な娘だ。
迷宮の中でのトールさんの言葉を思い出す。
俺がギルドへ入ってきたときに注目を浴びたのはマリエルを連れていたことが大きいらしい。
もちろん、フェアリー愛好家として注目を集めたのもあるがそれ以上に探索者はフェアリーを大切にするし、所有者をパーティーメンバーへ迎えたいと考える。
これは探索者全般がフェアリーの有用性、夜目やドロップアイテムの発生確率が上昇するのを認めているからだそうだ。
「ありがとうございます」
俺は素直にお礼を言い、報酬を受け取ることにした。
「マリエルに何か買ってやれよ」
「はい、そうします」
ベックさんのマリエルを気遣う声に即答する。
「それと、今夜、食事を一緒にどうだ?」
続くベックさんからの食事の誘いに一瞬だが固まる。
そうか、打ち上げや反省会みたいなのをする習慣があってもおかしくないよな。先程のロビンとの約束を思い出しまたもや自分の思慮の浅さを後悔する。
「すみません、せっかくのお誘いですが、今夜はロビン――黒き
「何、気にするな。同年代との交流は大切だ、遠慮せずに楽しんでこい」
ベックさんは気にする様子もなく鷹揚に答えてくれた。
「そう言うことなら、今のうちに言っておこう。明日から俺たちは護衛の仕事が入った。往復で十日間の予定だ。見習いのうちは護衛の仕事に同行は出来ない。つまり、お前さんを連れて行くことが出来ない。俺たちが不在の間、何かあてや予定はあるのか?」
心配そうな目で俺を見ている。
他のパーティーメンバーの人たちに視線を走らせたが同じように心配そうな顔で見ていた。そんなに頼りないかな? いやまぁ、頼りないか。
「特に考えていませんでした。取り敢えず明日にでも武器と防具の見直しと生活用品の買い出し、それにマリエルの服の追加を買いに行こうかと思ってました。あとはギルドの資料室で魔物や魔法の勉強をしようかと」
本当に、先程大金を手にしたときに思いついた目先の行動について話した。
まさか、道行く人を片端から鑑定しまくって、スキルや魔法に関係する情報を集める予定です。とは言えないしね。
「そうか。本来なら別のパーティーを紹介したいところなんだが、懇意にしている連中が全て出払っているらしい。勉強と休息を兼ねてゆっくりすごすならそれも良いか」
「何でしたら、ギルドの待合室で光魔法の治療をして頂いてもよろしいですよ。価格交渉や手続きは全て私どもでやるので取り分は五十五パーセントがフジワラさんで、四十五パーセントがギルドで如何でしょうか?」
女性職員さんが名案とばかりに得意げな顔で申し出た。
あれ? ここでそこまで言い切るだけの権限があるんだ、この女性職員さん。それともギルドの職員さんの裁量ってのは大きいのかな?
「それはありがたい。頼んで良いか? お前さんもそれで良いか?」
今の今まで心配そうな顔をしていたベックさんの顔に安堵の表情が広がる。
「え? ええ、ありがとうございます。毎日でなければ構いません。あと、簡単な仕事もしてみたいので。それで良いですか?」
ベックさんにお礼を言い、女性職員さんに確認をする。
「ええ、構いません。ギルドとしても光魔法の使い手は歓迎致します。出来れば、あらかじめこちらで治療をして頂ける日や時間を決めて頂けると助かります」
女性職員さんは主にベックさんを見ながら、俺の要望を了解しつつ、あれこれと要望を伝えてきた。
「ああ、それで構わん。予定がある程度決まっていた方がミチナガにも良いだろう」
まるで保護者を連想させるようにベックさんが了解の意思を示した。
もう、そこには俺の意思や意見は存在していない。
まぁ、ありがたいことではあるのだが、何か釈然としなというかわずかな情けなさを感じながら成り行きを見ていた。
◇
話は決まった。
明後日から一日おきに朝の六時から夕方の六時までギルドに常駐。暇な時間はギルドの資料室で勉強か訓練場で訓練をしてすごす。
依頼は一日以上かからないもので可能な限り、初心者パーティーに同行する。
出来れば、ロディたちのパーティーが望ましい。
と言うことだが……『可能な限り』とか『望ましい』とか言っているがなんとなく必須事項の気がする。
ギルドの女性職員さんが、お任せくださいっ! と拳を握り締めながら、ベックさんに小声で話していたのが聞こえたような気がする。
ベックさんたちと別れ、明日からの治療についての取り決めや諸々の手続きがあったのでマリエルとギルドに残る。時間も時間だしこのままギルドで時間をつぶしてロビンを待つかな。そんな目先の予定を考えながら女性職員さんの後に続いた。
「では、明後日からこの時間でお願いしますね。書類を確認してください」
俺に書類を手渡しながらさらに続ける。
「そちらの確認とサインが終わったら次はこちらの、報酬に関する書類をお願いしますね」
手渡された書類と差し出された書類を確認する。書かれている内容はシンプルだ。これなら一枚にまとまりそうなものなんだがな。
マリエルも俺の肩の上から書類を覗き込んでいる。
「読めるのか?」
「読めるよー、でも計算が分からない」
計算が分からないことをジェスチャーを交えて表現しているつもりなのだろうか、頭をかきむしりながら、空中でのけぞっている。
「はい、内容確認しました。サインもこれで良いですか?」
サインを済ませた二枚の書類を差し出しながら疑問を質問にする。
「この簡単な内容に何で二枚も書類を使うんですか?」
「え? 質問はそちらですか?」
女性職員さんが驚きの表情とともに俺が差し出した書類に目をやる。
「えーっ、計算してないよ。ミチナガは計算してないのに計算とか分かったの?」
マリエルが納得できないと言った感じで頭の上から聞いてきた。
「計算してないのに計算って、『計算してないのに金額が分かったのか』だよな? 分かったよ。大丈夫だよ」
マリエルのおかしな言葉を訂正しながら、からかうように言う。
「どうして、どうしてー」
「暗算だよ、頭の中で計算したんだ。紙に書かなくてもこれくらいの計算なら簡単だよ」
尚も納得できないようすのマリエルに種明かしをする。
「えーっ! 頭の中で計算ができる? 凄ーっ!」
マリエルが驚いて空中でピョンピョンと飛び跳ねている。
器用に空中を飛び跳ねながら驚くマリエルを一先ず置いておいて、手続きを終わらせるべく女性職員さんへと向きなった。
固まっている。
マリエル以上の驚きの表情で俺を見詰めたまま固まっている。
「あの、ちゃんと読みましたし、サインもしましたよ。大丈夫ですよね?」
固まっている女性職員さんに向かって今しがた返した書類に不備がないことを確認する。
なおも固まっている。
暗算か! ラノベのテンプレ展開だったな。
「あの、俺、計算が得意なんですよ。その程度の計算なら紙に書かなくても頭の中だけで計算できます」
もうしかたがない、暗算を出来ることをカミングアウトする。
「そうですか……それだけでも食べていけますよ。ところで、他にどんな特技があるんですか?」
「内緒です」
親切そうな笑みを向けて聞いてきた女性職員さんへ向けて、俺も満面の笑みで返す。
早いよ、立ち直るの早いよ、この女性職員さん。
「それよりも、ここらで食事とお酒が飲めるお勧めの店、酒場とかありますか?」
お勧めの食事処を聞きながら、ロビンと親睦を兼ねて食事をすることになったと伝えた。
「見習い探索者二人で酒場ですか? 変なのに絡まれて騒ぎを起こさないように気をつけてくださいね」
そう、言いギルド付近の店を幾つか教えてくれた。
心配してくれるのはもの凄くありがたいし、嬉しいんですけど、お願いだからそんなフラグ立てないで。
「兄貴っ! ミチナガの兄貴じゃないですか」
聞き覚えのある声にもの凄く嫌な予感を抱きながら振り返る。いたよ、ロディ少年だ。
「あ、ロディ君。良いところに来たわね。依頼と言うかお願いがあるの」
『早くきなさいよっ!』 とばかりに女性職員さんがロディ少年を手招きしていた。
◇
「――――と言うわけなの。ベックさんの頼みでもあるし、何とか引き受けて欲しいんだけど」
「任せてください。ミチナガの兄貴の見習いサポート、引き受けました」
「ありがとう、助かるわ。フジワラさんも異存はありませんね?」
「はい、お願いします」
ベックさんが俺のことを心配して配慮してくれたことだ。もとより俺に異存などあるはずもない……
こうして、明日からの俺の予定は概ね決定した。
ばかりではなく。
「兄貴、夕食ご一緒させて頂きます。よろしくお願いいたします」
ロディ少年とその仲間達の声が重なる。もの凄く得意げな表情に見えるのは気のせいだろう。
それをほほ笑ましいものでも見るような目で見ている女性職員さん。
賑やかになる、と言ってはしゃいでいるマリエル。お前、何も考えてないだろう。
さて、今夜の予定も概ね決まったな。俺は待ち合わせまでのわずかな時間をロビンへの言い訳を考えながらギルドの待合室ですごす事になった。
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