第13話 帰還

 初めての迷宮探索を終え、ギルドで手続き中である。と言っても俺は見習いなのですることは何もない。パーティーリーダーであるベックさんの手続きが終わるのをこうしてお茶を飲みながら待っている。


 考えてみれば良い身分だ。

 初めての迷宮探索はこの町のトップパーティーの護衛付き。雑用や荷物もちはそれ専用に臨時雇用した探索者や奴隷がやってくれる。


 アイテムボックスを使えることを明かしてからは、荷物をアイテムボックスに収納するくらいはしたが、それくらいだ。

 当然、見習いなので手続きなどは一切しない。精々が書類の書き方を横で見ていたくらいだろうか。

 

 

 初めての迷宮で六層目へ到達し一泊二日の野営を伴う探索。初めてにしては割とハードなのではないだろうか。

 いろいろと反省すべき点や思うところはあるがやり遂げた感――達成感はある。

 もっとも、誰も褒めてくれないので、もしかしたら自己満足の域を出ていないか勘違いかもしれないけど。


「トールさん、ところで迷宮の中で話にあった奴隷落ちって何ですか?」


 隣でお茶を飲んでいるトールさんに小声で聞く。


 女性の奴隷四名は立ったままだがフェアリー二匹はテーブルの上に座ってお茶を飲んでいる。

 これだけ見ているとフェアリーよりも奴隷の方の扱いが下に見える。


「奴隷になるには大きく四つある。一つ目は犯罪だ。罪の重さにもよるが一定年数の間、奴隷として過ごさなければならない。ほとんどが強制労働を伴うので解放される前に事故で死亡することもある。二つ目が戦争や奴隷狩りによる捕虜だ」


 こちらが小声で聞いているのに全く気にせずに普通の声で話し出した。


 反射的に四人の女性奴隷の様子をうかがってしまう。しかし、何の反応もないく壁際に立って待っている。

 それにしても、戦争はともかく奴隷狩りって何だよ。そんなのあるのか。


「三つ目が借金だな。ミチナガのような若い探索者は特に多い。酒、女、ギャンブルで借金まみれになって身売りのコースだ。まだあるぞ。不注意で怪我をして探索者としてやっていけなくなり、身売りだ」


 テーブルに身を乗り出し、小声で続ける。


「まぁ、ミチナガは光魔法を使えるから探索者を引退してもそれで何とかなると思うがな」


 俺が光魔法を使えることに触れるから小声になったようだ。

 ギルドへの申請書にも書いたし、この間の決闘でも使ったので隠す必要も疑問だが、気遣ってくれることは素直に嬉しい。俺もこの辺りは見習わないといけないな。


「最後が決闘だ。ミチナガの場合、一番心配なのはギャンブルと決闘だろうな」


 ここまでの話し方と違い、世間話風の話し方から言い聞かせるような話し方に変わった。 


「嫌だなー、決闘やギャンブルなんてしませんよ」


 決闘でも奴隷落ちしたりするのか。ギャンブルに興味はないし決闘なんて怖いことするわけないでしょう。


「おいおい、つい数日前に決闘へ飛び入り参加したヤツのセリフじゃないだろう?」


 思いきり、あきれた表情で突っ込まれた。 


「そんなこともありましたね、気を付けます」


 そうでした。やりました、決闘。トールさんの突っ込みに素直に謝る。


 この人たちと一緒にいると自分がもの凄く子どもに思えてくる。見た目は十八歳だが、本当なら大学を卒業しての新社会人なんだし立派な大人と自負していた。そんな自信が連日、根底から覆されている。

 よく考えてみれば、自信の根拠なんて何もないよな。単に大学卒業して働き出して自分で給料を貰ったってだけで大人になった気になっていた。


 探索終了の手続きを終えたベックさんが、何やら数枚の書類を手にこちらへと歩いてきながら左手の親指を買い取り場へと続く扉へ向けた。


「こっちは終わった。次は買い取りだ、移動しようか」


 ◇


 買い取り場で回収してきた魔石や素材を並べていく。

 俺もアイテムボックスから素材を取り出して同じように並べていく。


「フジワラさん、アイテムボックスを使えたんですね。登録のとき記載がなかったので驚きましたよ」


 ギルドの女性職員さんが聞いてきた。俺の登録手続きをしてくれた女性だ。名前、聞いてなかったな。


「そうですね、アイテムボックスくらいは記載しても良かったかもしれませんね」


 ベックさんに指導されたように、何でもないことのようにさらりと流した。流せたよね?


 女性職員さんもそれ以上は何も言わずに魔石と素材、そしてドロップアイテムの鑑定作業に移った。

 事前にベックさんから、アイテムボックスが使えることは知られても困ることではないので何食わぬ顔で流せ、と言われていた。


 それと、自身の使える魔法については同じパーティーメンバーであっても軽々しく明かさないよう注意もされた。

 所持魔法を明かすようなことは信用にはつながらず、口の軽い思慮の足りないヤツと見られるそうだ。

 

 迷宮内で野営の準備中にトールさんから土魔法が使えることについてたずねられた。

 このとき水魔法も使えると言った途端、ベックさんから叱責が飛んできた。そして、そのまま指導タイムに突入。

 要は自分の力の底が知られないようにしろと言うことだ。

 魔法についてしか言及がなかったのは、他の剣術や盾術と言ったものが明確にスキルとして認識されていないからだろう。


「フジワラさん、先日の決闘の報酬受け取りがあるので、カウンターの方へお願いできますか?」


 別の若い女性職員さんがギルド本館と買い取り場とをつなぐ出入り口のところから呼ばれた。


 決闘の報酬? そんなのがあるのか?


「行ってこい。対戦相手の財産か身売りした代金を参加者で頭割りにしてるはずだ。正当な受け取り資格がある」


 決闘の報酬とは何のことなのかと、この場を離れて良いかの確認をしようとする矢先にベックさんから行くようにうながされた。



「はい、分かりました。マリエルはどうする? 一緒に来るか? ここで見学してるか?」


 ベックさんに返事をしたあとマリエルに向き直り聞いてみる。


「ここで見てて良い? ダメ?」


 鑑定の様子が気になるのか、ギルドの職員さんたちの動きを気にしながら言う。


「分かった。じゃぁ、ここで待っててくれ。終わったら戻ってくるから。ベックさんたちから離れないようにな。では、ちょっと失礼します。ベックさん、トールさん、マリエルをよろしくお願いします」


 マリエルに了解の意思を示し注意を伝えた後でベックさんとトールさんにマリエルをお願いすると、出入り口の女性職員さんの方へ向かって走った。


 ◇


 カウンターの向こうで金貨や銀貨の枚数、書類を確認している若い女性職員さんを見ながら、先程、若い女性職員さんから教えてもらった決闘について考える。


 今更だが何も知らないとは言え軽率だった。

 決闘のシステムも理解せずにと言うか確認もしないで決闘に飛び入り参加。


 傍から見たらただのバカにしか見えなかっただろうな。今の自分があのときの自分を見たら、やはりただのバカにしか見えないよな。

 要は決闘ってのはお互いの命を懸けての戦いで、助命してもらったとしても財産を失う。一定額以上の財産がなければ身売りして奴隷となり、その代金を相手に渡すことになる。この身売りが奴隷落ちだ。


 つまり、俺にもその可能性が十分にあったと言うことだ。実に恐ろしい。

 今こうして無事でいて、報酬を受け取れるのは運が良いからだ。もう、二度と決闘はしないようにしよう。


「ミチナガ、今戻ったんですか?」

 後ろから聞き覚えのある声で話しかけられた。


「ロビン、右手は大丈夫か?」


 振り返ると予想通りロビンがいた。


「ええ、もう大丈夫です。打ち身だったようです。ミチナガこそ、怪我はなかったんですか?」


「ああ、無傷とは行かないが、光魔法で何とかなる程度で済んだよ」


「それは良かった。他の皆さんは?」


「今、買い取り場で魔石とか素材をギルドの職員さんに鑑定してもらってる」


 買い取り場へと通じる出入り口の方へ視線を向ける。


「フジワラさん、こちらが報酬です。金額を確認しましたらこちらへサインをお願いいたします」


 振り返ると、若い女性職員さんがお金と書類を差し出していた。


「ごめんな、先に用事を済ませちゃうから」


 書類に目を通しながら、声だけロビンへ伝えた。


「いいえ、良いんですよ。私も明日からまた迷宮へ潜るので今夜あたり食事をしながら飲みませんか?」


「いいね、それ。じゃあ、今夜七時にギルドで待ち合わせはどうかな?」


 ロビンからの誘いに思わず振り返り、即答する。


「はい、それで構いません」


 了承の返事を残して、背を向けたまま大きく手を振ると、黒きほむらのメンバーの方へと戻って行った。


 良かった。決闘したのが知られないで。やっぱり、自分のバカさ加減を知られるのって恥ずかしいよなぁ。 

 内心、安堵しながら書類へサインをした。


「はい、金額確認しました。サインはこれで良いですか」


 金貨三枚と銀貨五十二枚、銅貨が数十枚入った袋をアイテムボックスへしまい、書類を若い女性職員さんへと渡す。


 金貨一枚を日本円換算すると百万円くらいか。手持ちの一枚と銀貨を合わせると日本円で約五百万円以上になる。

 当面の生活費に問題はないから武器や防具を揃えるか。あとマリエルの服も追加で買ってやろう。


 今回は迷宮探索ってことで今までの服だったが、迷宮探索でも大丈夫な服が欲しいな。


「はい、確認できました。大丈夫です」


 書類の内容確認が終わったことを告げられると、受付嬢にお礼を言ってから再び買い取り場へと向かった。

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