第11話 初めての

 二層目も見た目は一層目と変わりがない。大きな違いは湧きがあることと裂け目の出現だ。

 

 湧きとは文字通り魔物が湧き出てくるポイント――裂け目のことだ。

 二層目から下の階層ではランダムに裂け目が出現しては消える。その出現した裂け目から魔物が湧き出てくるのだ。


 そしてこの裂け目だが戦闘中や移動中にも突然出現したりする。


 実際、戦闘中に背後に裂け目が出現しいきなり魔物に背後を取られ挟み撃ちにあった。つい先程のことだ。さすがにあれは焦った。もうね、それ何て伏兵? 状態でパニックになりかけた。

 しかし、そこはトップパーティー。俺以外、全員が冷静に対処してくれた。頼もしい人たちである。

 

 ここまでの探索で身にしみたことがある。いくら強力なスキルを持っていても使いこなすのは別問題だと言うことだ。

 冷静な対処とか落ち着きとか、経験と精神的な強さが必要――と言うか、不足していることがよく分かった。

 

 経験を積むことと知識の習得、これが今の俺には急務である。


 ◇


 二層目をかなり進んだところでマリエルが反応した。


「前から誰か来るよー、八人いる」


 マリエルが俺の少しわきをフラフラと飛びながら前方を指差している。

 

 マリエルの気の抜けた警告に皆が一斉に警戒態勢に入る。もちろん俺もだ。

 全員が一斉に警戒態勢に入り、リーダーであるベックさんの指示を待って動きが止まる。一瞬の動作と静止、一糸乱れぬとはこのことか。格好良いじゃないか。


 二層目に降りてから数度の戦闘を経て俺も成長した。

 成長した要因の主たるものが戦闘ではなくベックさんの説教――いや、指導であることは公然の秘密である。


「皆とおんなじ格好してる。探索者みたいだよ」


 マリエルからもたらされた追加情報で警戒が解かれることはない。


 先ほどの失態が脳裏をよぎる。

 同じ探索者と知って警戒を解いた途端、ベックさんから叱責しっせきが飛んできた。幸い、相手はよく知ったパーティーで何事もなかったが、不意打ちを受けてもおかしくない状況だったそうだ。

 ベックさん曰く、魔物以上に探索者に注意しろ、と。まったく世知辛せちがらい世の中だ。


「おーい、こっちは黒きほむらだ。争うつもりはない」


 かなり離れた位置から声をかけてきた。

 盾を装備した左手で大きく円を描きながら歩いてくる。交戦の意思なし、友好の意思表示だ。


「了解です。こっちは風の刃です」


 トールさんが同じ様に大声で相手に伝える。

 

「警戒を解いて大丈夫だ」


 ベックさんからパーティー全体に指示が出る。どうやら今回も知り合いのパーティーのようだ。


 お互いの姿が認識できる距離になると左手――利き手でない方を軽く挙げて挨拶を交わす。

 トールさんの説明によるとこの町では十指にはいるトップパーティーの一角だそうだ。面倒見の良い人たちでトールさんも一時期お世話になったそうだ。


 俺の目でも視認できる距離まで近づく。

 マリエルの報告通り八名で全員が男だ。一人若いのがいるが後は全員が三十代に見える。なんと言うか男ばっかりのパーティーってのはむさ苦しいな。


「珍しく若いのを連れてるんですね」


 トールさんが笑顔で相手のパーティーのひとりに話しかける。


「ん? そうだな。若造はお前さんで懲りたはずなんだがな」


 トールさんの問い掛けに先頭を歩いてたベックさんと同年代の人が後ろをチラリと振り返りながら答えた。


 その視線の先には十八歳くらいだろうか、俺とあまり変わらない年齢に見える青年がいる。


「酷いな、それ」


 決まり悪そうに苦笑いしながら答えるトールさんを見て、黒きほむらのメンバーから笑い声が漏れた。


「見所があってな。こいつは期待の新人ってヤツさ」


 俺と同じ様にパーティーの中央付近にいる青年をアゴで指す。


 自分のことが話題となったと気付いたのか青年がベックさんに向かって軽く会釈をした。

 緊張しているのかもしれないが無表情、無言である。


「ほう、精悍な顔つきの若者じゃないか」


 ベックさんが期待の新人と言われた青年を見ながら続けた。


「期待の新人ならうちにもいるぞ」

 

 え? そうなんですか? そうか、一応は期待されてたんだ。だよね、でなければあんな風に指導してくれたりしないな。


 こちらを振り返りながら続ける。


「マリエルだ」


「どうもー、よろしくお願いしまーす」


 マリエルが、元気の良い返事と共に、右手を挙げて、自分の存在をアピールしている。


 ええーっ! そっち? 俺は?


「フェアリーが期待の新人? そっちの兄ちゃんじゃないのか?」


「違う」


 うわー、言い切った。言い切っちゃつたよ、ベックさん。


 その後も特に訂正されることなく、黒きほむらの人たちとの情報交換が進む。

 情報交換といっても休息を兼ねている。


 軽い食事と水分補給の準備を四人の女性奴隷がしている。

 そして、臨時雇いの人たちが周囲の警戒とあらかじめ役割分担が決められていたかのように、スムーズに行動に移った。


 その間、俺は相手パーティーの期待の新人に視線と意識を向けた。

 落ち着いていて整った容貌であるが、多少目付きに鋭さを感じる。そんな青年を鑑定して見る。


 鑑定出来ない?

 あれ? まさかね。念のためもう一度、鑑定を試みるが何も見えない。


 転移者、お仲間か?


 俺がその青年を驚き、見詰めるのと同様に向こうもこちらを見ている。

 間違いない、お仲間だ。


 こっちの世界へ来て初めて出会った同胞だ。いるのは分かっていたが、いざ目の前にすると緊張するな。少し、いや、かなりドキドキしながら期待の新人へ向かって歩を進めた。


「期待の新人だって? いきなりスタートダッシュしてるみたいじゃないか」


 初めてお仲間と出会った緊張と喜びがあらわになるのは仕方ないとしても、自分が期待の新人と言われなかったことを気にしている素振りを見せないようにして話しかける。


「そんなつもりは無かったんですけどね。人よりも多少なりとも有利なスキルを持っていたようです」


 向こうも若干の緊張を表に出しはしたが、期待の新人と呼ばれたことを特に鼻にかける様子もなくにこやかに答えた。


「ミチナガ・フジワラ、四日前にこの町に着いた。よろしく」


 真っすぐに相手の目を見て右手を差し出す。


「ロビン・フッドです。できればロビンでお願いします。正直なところ適当すぎて後悔してるので、これ以上は聞かないでください」


 もの凄く言いにくそうな表情で切り出し俺の右手を取った。


「俺のこともミチナガで頼む」


 俺は「大丈夫だよ、名前で後悔してるやつはたくさんいると思うぞ。あんたなんてまだマシな方だ」という、慰めの言葉を飲み込んで握手を交わした。



「どうぞ」


 ダリナさんが、軽食と水を俺に差し出す。


「ありがとうございます」


 ダリナさんにお辞儀をしてお礼を言い、差し出された軽食と水を受け取る。


 あれ? 俺の分だけ?

 ロビンへと視線を向けるとこちらを不思議そうに見ている。


「ごめん、何かロビンの分を忘れたみたいだな。すぐに用意してもらうように頼むよ」


「それはダメです」


 ダリアさんの後を追おうとする俺の腕をつかみ、さらに話を続ける。


「ダンジョン内では水と食料は貴重なんです。パーティーの人間以外には緊急時以外は分けないのが通例です」


 ロビンが俺の腕をつかんだまま、小声で早口に説明をした。


 なるほど、またベックさんにしかられるところだった。ロビンの気遣いに感謝をしよう。


「そうなのか、知らなかった。ありがとう」


「それと、奴隷に対してお辞儀をするのはどうかと思います。自然とお礼の言葉が出てくるのは仕方ないにしても、お辞儀をするのは周りには奇妙に映るはずですよ」


 お礼を言う俺に、さらにロビンの注意が告げられる。


「そうだな、言われて見ればそうか」


 正直、奴隷に対する対応や扱いなんて、気にもしていなかった。迂闊うかつといえば迂闊うかつか。

 これは、常識の勉強を後回しにしたのは失敗だったかもしれない。


「まあ、そういう私も、食事をしに入った店で従業員兼奴隷にお礼とお辞儀をして、その店の店主から注意を受けたんですけどね」


 ロビンはそう言うと俺の腕を放し、肩をすくめておどけてみせた。



「――――ともかく、予定外の出来事なんで早々に撤退することにしたよ」


「そいつは災難だったな。しかし、あの二人が四層目でやられるとはな」


 黒きほむらのリーダーとベックさんが何やら深刻そうな面持ちで会話をしている。


「何かあったのか?」


 ベックさんたちの会話に割ってはいるわけにも行かないのでロビンに聞いてみた。


「臨時で雇用した二人の探索者が四層目でやられました。どちらもベテランだと言うことでしたが油断をしたのかもしれませんね」


 物事に動じない性質なのか仲間が死んだと言うのに淡々としている。


 臨時雇用ってことで仲間意識が薄かったのだろうか。

 仲間の死を話題にするのは良い趣味じゃないな。この話はここまでにするか。


「ところで、お仲間には会ったりしたか? 俺の方はお仲間と会うのはロビンが初めてだ」


 他の人たちに聞こえないよう、近づいて耳元でささやく。


「私の方もミチナガが初めてです。さっきも鑑定が通らなかったので、ちょっと驚いてドキドキしちゃいました」


 クスリッと笑って同じようにささやく。右手の自然な仕種で口元を隠している。


「そうか。お仲間のネットワークを広げて情報の共有をしたかったんだけどな。残念」


「お仲間ですか。転移者と言うよりも良いかもしれませんね。万が一聞かれてもごまかせそうです」


「じゃ、お仲間ってことで。改めてよろしく」


「ええ。こちらこそ、よろしくお願いします」


 二人ともお互いに耳元でささやきあっている。傍から見たら危ないものにしか見えないかもしれない。


 俺の方は周囲の目を気にしながら近づき過ぎないように心がけていたのだが、ロビンの方は特に気にする様子はない。本当に動じない性格のようだ。


「ところで、魔物は手ごわいヤツだったのか?」


 ささやきあう会話を続けるのもどうかと思い、普通の話題を、普通の声の大きさで、普通に距離をとって聞いてみた。


「うーん、どうでしょう? 私も魔物の強さをまだよく分かってないんですよ。敵は巨大なクモです。皆の様子からするとさほど強くはなかったと思います。実際、二人が倒された後も苦戦せずに魔物を倒してましたから」


 ロビンが、先ほど中断したパーティーメンバーが死亡したときのことを話題にした。


「そうか、やっぱり油断したのかもな」


 ロビンが話題にしているのに無理やり話題を変えるわけにもいかず適当に話を合わせる。



「よし、そろそろ行くぞ」


 ベックさんから移動開始の声がかかる。


「じゃあ、戻ったら飲みながら情報交換でもしようぜ。あ、飲みは大丈夫か?」


「ええ、大丈夫ですよ。楽しみにしてます」


 半分社交辞令みたいなもので、のりで誘ったんだがロビンの方は笑顔で気持ちの良い回答をしてくれた。


 後ろから、カランッと響く音がした。振り向くとロビンが自身の右手を見ている。何があったんだ?


「どうした、大丈夫か?」


 臨時雇用Cの弓使いさんが地面に横たわっている槍を拾いながらロビンに話しかけている。

 

 あの槍、ロビンのだ。槍を取り落とした?


「ロビン、どうした?」


 声をかけてロビンの方へと歩を進めた。


「ありがとうございます」


 ロビンが臨時雇用Cさんから槍を受け取り握手をしながらお礼を言っている。


「どうしたんだ?」


 ロビンの傍らまで来て、再び聞いてみた。


「心配かけてすみません。戦闘で右手を少し痛めたようです。大したことはありません。大丈夫です」


「そうか、何なら――」


 光魔法で治療しようか? と言いかけたところでベックさんから急ぐよう声がかかった。


「呼んでますよ。早く行ってください」


「ああ、じゃ、後でな」


 俺はロビンにうながされベックさんのもとへと走った。

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