第10話 迷宮

 俺は予定していた町の観光を取りやめ、探索者ギルドにある資料室通いに時間を割き、町の見学は食事と気分転換を兼ねた買い物程度に留めることにした。


 資料室は探索者ギルドの二階にあった。

 図書館というよりも小中学校の図書室を少し大きくしたような感じだ。


 この資料室、探索者ギルドに登録さえしてあれば利用ができる。許可さえ取れば一日中でも利用をして良いそうだ。

 魔法に関する本は魔術師ギルド、生産に関する本は生産ギルドとその専門のギルドには及ばないそうだ。


 もし、ここにあるもので不足であればそれぞれのギルドへ閲覧許可願を出す必要がある。

 許可さえもらえれば他のギルドの本も閲覧できるということだ。

 

 資料室の窓はガラスの窓が使われている。窓辺には本を読むためのスペースなのだろう、いくつもの机が並べられていた。

 書棚は窓から離れた場所に集められている。やはり本は高価なのだろう、陽射しから遠ざけてある。


 予想していたよりも本の数も種類も多い。

 それぞれ、分類されて書棚に収められている。魔法関係、薬の調合や鍛冶といった生産系といったものだけでなく、生活に密着した知識を集めたものもある。


 武器や防具の種類や手入れの仕方なんてのもあった。

 およそ探索者ギルドとは無関係としか思えないものも散見される。娯楽小説なのだろう、子ども向けの絵本のようなものや女性向けの恋愛小説まである。


 本に使われている紙の質はさまざまだ。大雑把に分類して魔法に関する書物の紙質は良い。反面、娯楽小説のような書物の紙質は悪い。中には粗悪品と呼んでもよいものもあった。

 やはり、この世界の製紙技術は他の技術に比べてかなり進んでいるようだ。


 最も上等な紙が使用されていたのは地図だ。

 王国の地図はもとよりこの町の周辺という、もの凄く限られた需要の地図まで上等な紙が使われていた。


 一番驚いたのは他国の地図まであったことだ。

 良いのかよ、自国の地図や他国の地図を誰でも閲覧できるところに置いて。地図なんて軍事機密じゃないのか?


 まあ、軍事機密にもならないようなものか。

 俺は手に取った地図に目を落とす。


 地図には驚かされたがその精度は残念なことこの上ない。製紙技術の発達にくらべて測量技術は目を覆うばかりだ。

 これは数学が普及発達していないからだろう。


 ドーンさんの隊商で移動中にも感じたが、この世界の人たちの計算に関する知識は低い。

 簡単な足し算や引き算はできても四則計算ができる人となると希少価値が発生する。いわゆる貴重な人材だ。


 その貴重な人材でさえ計算能力は低い。

 帳簿や使用した食料の記録のために紙を何枚も無駄にして筆算をしていた。


 ソロバンを作って売ったら儲かるかもしれないな。

 地図を元の場所に戻しながら魔物に関する本が並んでいる書棚へと視線を向けた。

 

 ◇

 ◆

 ◇


 結局、三日間ギルドの資料室へ通った。

 三日間でできることなんてたかが知れている。常識は後回しにして魔法と魔物の知識の詰め込みに終始することとなった。


 お陰である程度の魔物の知識と自分が修得している魔法に関する知識だけはそこそこ身に付けたはずだ。

 その過程で分かったことだが、やはり、俺の魔法の威力は尋常じゃない。


 理由は分からない。分からないが……

 思案を中断して俺の少し前をフラフラと飛んでいるマリエルを鑑定する。


 同調 レベル5

 

 マリエルの持つ特殊スキルだ。効果は「特定の対象者の魔法効果を上昇させる」とある。

 それ以上のことは分からない。


 思い当たるのはこれくらいか。

 あとは、俺が転移者であることだろうか。転移者であるために、この世界の人たちよりも魔法の効果が大きいとかの優遇措置がされているとかだな。


 いや、考えるのは後だ。今はダンジョンの探索に集中しよう。

 ベックさんのパーティーの見習いとしてダンジョンの一階層目にきている。いや、連れてきてもらっていると言った方が正しいな。 


 改めて周囲を見渡す。

 これが北の迷宮か。ダンジョンの通路って結構広いんだな。それに天井も高い。何よりも、壁のところどころに生えているコケのようなものが発光している。


 北の迷宮の地下一階、周囲を観察しながら歩く。

 通路の幅は八メートルほどで天井までの高さは五メートル弱。これなら長柄の武器も十分に振り回せる。

 

 パーティーのメンバーをもう一度見る。


 一列目を行くのはトールさんとダリナさん、そして臨時雇用の軽戦士風の男性A。

 二列目はこのパーティーのリーダーであるベックさんとシュリーさん、そして俺だ。

 三列目がリューリさんとディタさん、弓使いの臨時雇用の男性Bと同じく臨時雇用の荷物運びの男性Cのパーティーとなる。


 臨時雇用の男性三名以外は全員何らかの魔法が使える。

 普段の編成でも九名中六名が魔法を使えることになる。このパーティーの魔法が使える比率は高い。魔術師が多いと言うことはそれだけ攻撃力が高いことになる。

 事実、ベックさんをリーダーとするこのパーティーは、ここ数年の間トップクラス――十指に入るパーティーとして認められている。


 自分の幸運に驚く。いきなりトップパーティーに紛れ込んでの迷宮探索である。しかし、一番驚いたのは四名の女性全員が奴隷だと聞いたときだ。

 自己紹介で奴隷だと知らされたときは、正直なところ反応に困ってしまった。


 ゲームの説明にもあったので奴隷制度があるのは知っていた。町で情報収集している間にも奴隷が存在することは確認できた。

 しかし、改めて目の前でそうと告げられると違った驚きがある。因みにトールさんの奴隷はダリナさん一人で他の三人はベックさんの奴隷だそうだ。

 

「あの、奴隷の方をパーティーに加える探索者の方って多いのですか?」


 迷宮への興味と警戒から周囲をキョロキョロと見ながら、隣を歩くベックさんにたずねた。


「ん? ああ、多いぞ。リーダー以外、全員奴隷ってパーティーだってあるくらいだ」


 迷宮とは言え入り口付近と言うこともあるのか、周囲をまるで警戒する様子もなく笑いながら教えてくれた。


 よく見れば緊張したり警戒したりしているのは俺一人のようだ。皆、かなりリラックスしている。マリエルに至っては鼻歌交じりで俺の横をフラフラと飛んでいる。

 フェアリーを連れてきているのは俺だけじゃなくトールさんもだ。


 迷宮にフェアリーを連れて来るのは一般的なことらしく、当たり前のように受け入れられた。

 フェアリーは何かしかの魔法が使えるのとアイテムの出現率が上がるので歓迎されるそうだ。


 それにしても、迷宮でアイテム出現って……ゲームだな、まるで。

 いや、魔法が使えたり、異世界だったりで既にゲームみたいか。今の今まで、普通に受け入れていた。


 リーダー以外ってことは本人以外全員奴隷ってことだよな。まんま、ラノベの主人公みたいだな。


「最近はトールと潜ることが多いが、予定や内容によっては奴隷だけ連れて潜ることもあるぞ。今日は連れて来てないが家に後二人ほど残して来ている」

 

 いた、いたよ、ここにっ! 俺の目指す人がここにいた。

 しかも、自慢するでもなく世間話のようにさらりと話している。

 思わずベックさんを見てしまう。きっと、今の俺は尊敬の眼差しでベックさんのことを見ているに違いない。

 

「あのう、ベックさんの所有されている奴隷の皆さんは魔法が使えて戦闘もこなすんですよね? そのう、高いんですか?」


 恐る恐る聞いてみた。


「何だ、興味があるのか? 別に奴隷をパーティーに入れないで、仲間だけで編成しているところもたくさんあるぞ。それに、探索者向けの奴隷ってのは、あまり市場に出回らないんだ。急ぎ戦力を整えたいなら探索者同士でパーティーを組んだ方が良い。戦力になる奴隷は滅多に手に入らないからな」


「それもそうですね。じゃぁ、何で奴隷だけでパーティーを編成するんですか?」


 女性の奴隷を毎晩取っ替え引っ替えしたいから、ってことは無いよね。それなら、それ専用の奴隷がいれば良い。


「奴隷だけでパーティーを組む最大のメリットは探索で得た素材やアイテムの分配で揉めないってことだ」


「なるほど、それは確かに良いですね」


「まぁ、そんなことは見習いのうちに考えることじゃないな。大金も必要だしな。今は生きて帰ることだけを考えろ」


 ベックさんが、感心する俺に至極もっともなことを言っておきながら、さらに続ける。


「で、どんな奴隷が望みなんだ?」


「出来れば、魔法と戦闘ができて家事ができる若くて美人が良いです」


 ニヤリとしながら聞いて来たベックさんに対して遠慮がちに答えた。


「何だ、お前さんもか。フェアリーがいるから満足しているのかと思っていたが、トールみたいに欲の深いヤツだったんだな」


 ガハハと大声で笑った後で、周りに聞こえないように小声で言う。


「え? フェアリーだけで満足する人って多いんですか?」


「いや、多くはないな。だが、女に対して面倒くさがるヤツは満足する。お前さんはその口だと思っていたよ」


 図星だ、図星だよ。見る目あるな、ベックさん。


 感心する俺に構わずベックさんがさらに話を続ける。


「だがな、今お前さんが望んだヤツは皆が欲しがってる。つまり、数が少ない上に高価だってことだ。今は無理をせずに身の丈にあったことをし……ろっ」


 ベックさんの語尾が乱れたと思ったら、全員が一斉に武器を構える。え? 臨戦態勢?


 先頭を行くトールさんを見ると大きく右に曲がった角の手前で足を止めて、緊張した表情で剣と盾をしまい弓矢を構え壁際に隠れるようにしている。

 マリエルは既に俺の頭の後ろに避難していた。さすがに野生していただけの事はある。危機回避能力は高そうだ。


 魔物か? 俺の位置からだと魔物の存在は分からない。皆の雰囲気につられて俺も緊張しながら警戒する。

 トールさんのフェアリー――クリスタルが全身を使ったブロックサインで静かにするように伝えて来た。器用だな、それに役に立っている。

 弓矢に換装したってことは遠距離から一撃でしとめられる敵なのか?


 突然トールさんが動いた。

 角から飛び出したと思ったら続けざまに矢を三連射した。見たこともないような速射だ。仕留めたのかな?


 トールさんがこちらへ振り返り、失敗のサインを出す前に、トールさんの頭上でクリスタルが失敗のサインを出している。

 失敗か、ところで何の魔物がいたんだろう。


「ダメでした。これで三連続で取り逃がしています」


 首を横に振りかなり残念そうにしている。


「空間魔法を使ってくるからな。気にするな、仕留められたらラッキー程度に考えておけ」


 ベックさんが落ち込んでいるトールさんの肩をバンッと叩きながら先へ進むよう、うながした。


 空間トカゲか。このダンジョンにいる魔物の中では是非とも接触し、スキルを奪いたい魔物だ。

 このダンジョンにあって、必ず空間魔法を所有している魔物である。しかも、低層階で出現する。


 本でも仕留めるのが困難と書いてあったが今の二人のやり取りを見ていると、想像以上に難しいかもな。


 欲をかいても仕方がない。

 先ずはコツコツとスキルを奪って地道な強化からだな。


 この三日間で覚えた魔物と魔法の知識を思い出しながらダンジョンを進んだ。

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