第9話 登録完了
マリエルの涙目でのボディプレスのお陰で我に返った俺は改めて周囲の状況を確認する。
手足を切断された槍男が転がりながら悲鳴を上げている。
後ろで待機していた厳ついヒゲとその仲間はうめき声を上げるのが精一杯のようだ。一応、動いているから生きているのだけは確認できる。
ザックたちは? 振り返って確認するが動きはない。
ただ、こちらを見ているだけだ。驚いた顔をしている。先ほど、俺がギルド登録を済ませていないと知ったとき以上の驚きの表情だ。
歓声とざわめきの中、何人もの人たちがこちらを指差したり視線を向けたりしていた。
人が多いな。
開始直前に確認したときよりも人が増えているようだな。ざっと見ても二百名以上いる。
その人たちのほとんどが驚きの表情を浮かべている。いや、驚きという表現よりも驚愕という表現の方が合うかもしれない。
やり過ぎたのか? そんな気がする。
何だよ、この魔法の威力は? 同じレベル1なのに威力が違いすぎるだろう。
自分の放った魔法の威力にビビッている。正直なところ、ここまで魔法の威力が高いとは想像しなかった。
俺の予想を根底から覆すような威力だった。
改めて思う。レベル1の魔法ってのはこんなに強いのか? だとしたら、魔法使いなんて反則的な強さじゃないか。
イーノスさんの火魔法レベル3なんてどんな威力なんだよ。
さまざまな疑問が湧きあがる。
いや、でも相手が放ってきた火球はそこまでの威力はなかった。
手加減したのか? いや、それはないな。
対戦相手が放ってきた火魔法を思い出す。
ナパームのような火球だった。着弾と同時に燃え広がる。
火球が物理的な衝撃をともなって飛来し、着弾と同時に炎が広がるだけだった。その炎の広がりもそれほど大きなものではなかった。
違いは何だ?
ナパームのように火炎が広がるタイプとダイナマイトのように爆裂するタイプの違いか。
着弾後のダイナマイトのイメージか? 魔力量か?
炎や熱に対する現代知識とそのイメージと野生のフェアリーが懐くほどの魔力量だろうか?
違いはそのあたりしか思い当たらない。
強くなったつもりではいた。
その根底にある最たるものは突出したレベル――の光魔法レベル5だ。
さらに、盾術レベル4と剣術レベル2がその裏付けだ。
手練と呼ばれていた対戦相手でさえレベル2のスキルがほとんど。レベル4になると一人しかいなかった。
敵が頼りとし味方が警戒したスキル、盾術レベル4。
その強奪に成功した瞬間、強気になった。強くなったと思った。
敵が頼りとした猛者を弱体化しての自身の強化、これに加えて攻撃系の魔法もある。勝てると思っていた。
だが、そんなものは問題じゃない。
反則的な火力だ。
いずれにしても魔法については急ぎ情報を集めた方が良さそうだ。
先ほどの戦いだってもし威力がもっと高かったら、ギャラリーに怪我人が出ていた可能性だってある。
いや、運良く狙ったところに着弾したから良かったが、着弾地点がずれていたら大ごとになっていたかもしれない。
「ミチナガ、ミチナガってば。大丈夫?」
マリエルが髪の毛を引っ張りながら俺の顔を心配そうに覗き込んでくる。
しまった、がらにも無く考え込んでしまい、周囲への注意がおろそかになっていたようだ。
「大丈夫だよ。何も問題はない」
マリエルを安心させるように軽く頭をなでながら優しさを意識しながら言う。
「どいてっ! どいて下さい」
ギャラリーをかき分けながらギルド職員の制服を着た数名の人がこちらへ向かって来る。いや、厳ついヒゲたちへと向かっている。担架みたいなのを持っている。
そうだ、治療。せめて治療だけでもしないと。
何かに突き動かされるようにうめき声を上げている待機組へと駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
自分でも間の抜けたセリフだと思うがとっさに他の言葉が見つからなかった。
「試合は終わりです。これ以上の戦闘行為は処罰の対象となりますよ」
「いえ。俺、光魔法が使えるので治療を手伝おうかと思ったのです」
とどめを刺しに来たと勘違いしたのだろうか? 俺と怪我人との間に身体を入れながら警戒するギルド職員へ向かって誤解を解く。
「それは助かります。お願い出来ますか?」
軽い驚きの後、安堵の表情を浮かべながら了承の意思を示した。
「一番の重傷者から診ましょう」
決闘開始時とは違い、この場で人が死ぬかもしれないことにわずかではあるが、忌避感を覚えているのが自分でも分かる。
一番の重傷者は厳ついヒゲと火魔法使いだった。
ダメだな、これは。厳ついヒゲを見た瞬間に思う。
両足とも大腿部から下を失っている男を見て判断する。下半身がグチャグチャだ。内臓の一部が吹き飛び、焼け焦げている。
専門的な医療知識があるわけじゃない。
しかし、自分の光魔法でどこまで治せるのか直感で分かる気がする。魔力を大量に流し込めば治癒できそうな気もするが自信がない。
ここで無理をしても仕方がない。無理のない範囲でできることをしよう。
「十分です。お願いします」
両足とも接合、再生は出来ないこと。止血して痛みを和らげ傷口をふさぐくらいしか出来ないことを告げると、ギルド職員が安堵の表情で了解の意思を示した。
「凄ーい。こんな怪我も治しちゃうんだね」
まだ怖いのかマリエルが俺の背中に隠れながら治療のようすを覗き込んでいる。
一瞬、火魔法を放ったヤツの治療だけ断ろうかとの考えが
「何であんなヤツの治療なんかするのよ。とどめ刺しちゃえば良かったのに」
「こら、そんなことを言うものじゃない。決闘は終わったんだから」
全身で怒りを表現しているマリエルをたしなめながら治療を続ける。
自分がしようとしていたことを他人がすると客観的に見えるものだな。反面教師になってくれたマリエルに心の中で感謝する。
全員の治療を終え、複雑な表情でこちらを見る対戦相手とザックたちを後にしてギルド内部へと向かった。
「ミチナガ、顔が怖いよ」
マリエルが心配そうに下から顔を覗き込んでいる。
しまった、また考え込んでしまった。
「ごめん。ちょっと考え事をしていただけだよ。取り敢えず、ギルド証が出来ているか聞きに行こうか」
マリエルに笑顔を見せてうながす。
そうだ、俺は何を深刻に考え込んでいたんだ。似合わないよな、それに俺みたいなのが深刻に考え込んだって良い答えが出る訳ないじゃないか。
そんなことよりも取り敢えず今日の収穫と課題だ。
魔法が考えていた以上に強力だってことだ。この世界の魔法の強さがどうなのかは分からないが、俺が使う魔法はレベル1でも十分に脅威となる。理由は知らない。
となれば、スキルを活かして魔法の強化を図る。
次だ。
武術系のスキルと違って魔法スキルは失えばすぐに分かる。下手をすれば疑われるか?
他人のスキルを奪うことが出来ると知られるのは困る。となると、人から奪うのはリスクが高すぎるな。
奪う相手を魔物に限定して強化をするのが良さそうだ。
さて、そうと決まれば魔物の情報収集と仕事探しだ。
カウンターに目を向けると先ほどの受付嬢がいた。先ずは登録を完了させないと。
「すみません、ギルド証って出来ていますか?」
「はい、出来ていますよ。こちらです。記載内容の確認をお願いいたします」
差し出されたのはクレジットカード大の金属のプレートで片側に小さな穴があり、そこにチェーンが通されている。
「すみませんが、説明をお願いできませんか? 何しろギルド証なんて見るのも初めてなんで」
確認といっても何を確認して良いのかも分からない。遠慮せずに説明を求めた。
「表に今日の日付とお名前、そして現在のギルドランクが記載されていります。裏には申告のあったスキルが記載されています。剣と盾、火と風と光の魔法が使えることが分かります」
それぞれ、記載されている部分を指し示しながら丁寧に説明してくれる。
表には文字と数字が記載され、裏にはそれぞれのスキルを現すマークが刻まれていた。
そして、探索者ランクは見習い。
自分で仕事を請けることが出来ない。誰かの手伝いや、パーティーに付いて行くしかないそうだ。
「この町には来たばかりで知り合いなんていないんですよ。探索の手伝い仕事とかも、募集しているんですか?」
依頼の紙が貼られている壁のボードへチラリと視線を走らせながら聞く。
「え? フジワラさんなら引く手あまたですよ。先ほどの騒ぎはすぐに広まりますから。それに光魔法の使い手は良い条件で迎えられますよ」
軽い驚きのあと、半ばあきれたような顔を一瞬だけ見せたが、その後は先ほどの笑顔に戻り説明をしてくれた。
「そうなんですか?」
「え? ええ」
何に対して、そう、なのか分からないような適当な俺の言葉に、これまた、困ったような表情で適当な返事が返って来た。
「よう、兄さん。凄かったぜ。当分、見習いだろう? どうだい、うちのパーティーに来ないか? 兄さんなら正規の取り分を出すぜ」
トールさんだ。後ろにいるのはパーティーの仲間だろうか?
男性三名と女性三名が後ろからこちらを見ている。
いや、周囲に視線を走らせると他の探索者たちもこちらをうかがうように見ている。
受付嬢のいうように、注目されたか。
まあ、能力を隠してひっそりと暮らすつもりは毛頭ない。
現代知識と能力をフル活用して裕福な暮らしを手にするつもりだったんだし、ここは開き直ろう。
「ありがとうございます。二・三日、ゆっくりしてから仕事を始めようと考えています。それで良いですか? それと、そちらの受ける仕事内容でお願いするかどうか決めるのでどうでしょう」
トールさんとその後ろにいる人たちに向けて、深々とお辞儀をしてから言った。
少し図々しいかとも思ったが、闇雲について行っても仕方ない。
それに、魔法の強化に向いた仕事を優先させたい。いや、それ以前に魔法と魔物に関する勉強もしておかないと。
「ほう、さすがに腕に自信のあるヤツの言うことは違うな」
トールさんの後ろに控えていた三十代半ばの男が笑いながら言った。
あれ? さすがに図々し過ぎたかな?
「ベックさん、良いじゃないですか」
振り返り、その男に向かって言い、そのままこちらへ向き直り続ける。
「それで構わない。よろしく頼む」
差し出された手を取り、握手を交わす。
「こちらこそ、生意気言って申し訳ありません」
その後、トールさんのパーティーメンバーを簡単に紹介してもらった。今日のところは挨拶だけと言うことで、三日後に改めて自己紹介することになった。
「ところで、さっきから待ってるがどうする?」
トールさんに釣られて隅へと視線をむける。
ロディ少年だ。忘れていたよ。今から稽古か……面倒だなぁ。
「アニキ、申し訳ありませんでした。許してください」
彼らに向き直るや否や、全員が駆け寄ってきて頭を下げた。
◇
しきりに謝るロディ少年たちに、もう、十分であること、気にしてないことを告げると、逃げるようにギルドを後にした。
そして、マリエルの着替えを見るため――いや、違うな。新しい服を着たところを見るために宿屋へと急ぐ。
タリアさんの店で買った服を抱えて、店でのことを思いだす。
タリアさん、あの危ない女主人がいろいろなことを話してくれた。
そう、いろいろと教えてくれるしいろいろと妄想をかき立てて――違う、いろいろな可能性を考えさせてくれるので頻繁に会いに行きたいのだが。
俺の心のどこかで警戒信号が鳴り響いている。危険だと訴えている。
タリアさんを見ているとフェアリー愛好家の奥の深さ――違う、闇の深さに
しかし、勉強にはなる。あの美形フェアリーを百八十センチメートルにして夢の中に登場させている。
そこでいろいろなことをさせてと言うか、いろいろなことをされている夢を見ているそうだ。
頬を上気させ、耳元でささやく。内緒ですよ、と言って教えてくれた。息の荒さも手伝って妙に
しかし、教えてもらった内容よりもそのときのシチュエーションの方を鮮明に覚えているのには困ったものだ。
しかし、目からウロコが落ちる思いだった。
そうだ、小さいのが問題なら大きくすれば良いんだ。タリアさんのように百五十センチメートルも大きくするなんて贅沢なことは言わない。百センチメートルほど大きくするだけで十分だ。
問題は、それをマリエルに伝えられるかと言うことだな。
そんなこと言ったら引かれるかな? 引かれるよな? 普通は引くな。
ダメだ、マリエルのごみ虫を見るような冷たい視線を想像してしまった。無理だ、俺には耐えられない。
ここは大人しく、着替えの見学で我慢しよう。
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