第7話 ギルドでの騒動(2)
ギルドへと入ると中は室内を二分するように扉の左手側にカウンターがある。
カウンターの両端に壁との隙間――人ひとり通れるほどの隙間がある。
宿屋と同じでカウンターの天板を跳ね上げる機構や扉が設置されてはいなかった。
右手の壁には何枚もの紙、恐らくあれが依頼内容の書いてある紙だろう、それがところ狭しと貼り付けられている。宿屋のおっちゃんに聞いた通りだ。
製紙技術が進んでいるのだろう。
ドーンさんたちと一緒のときも思ったがこの世界は紙が比較的安価なようだ。
壁一面ところ狭しと依頼書が貼り出されている。
それに、あれだけ多数の依頼が残っているということは探索者が少ないのか、依頼が絶えないほどに景気も良いと予想できる。
どちらにしても、仕事にあぶれることはなさそうだ。
考えていた以上に良い町かもしれないな。
そしてカウンターのこちら側には四十名ほどの探索者らしき人たちがいた。
午前中だからだろうか、宿屋のおっちゃんに聞いていたよりもたむろしている人数が多い。
受付の女性と数名の探索者がこちらを見て軽い驚きを見せている。女性と男性で驚きの意味が違うのは仕方ないことだろう。視線は俺と俺の頭上で浮いているマリエルを行ったり来たりしている。
それぞれの反応の意味は先ほどの服屋の女主人に教えてもらった。
その最たるもの、男女共通の驚きの理由はフェアリーが隷属の首輪をしていないことだ。
隷属の首輪は、簡単に言えば奴隷やフェアリーに強制的に言うことを聞かせるための魔道具だ。
これがないということは、野生のフェアリーが自らの意思で同行している証明となる。
野生のフェアリーが自ら同行するということは、その同行者の魔力量が極端に多いということだ。
一般人の十倍以上は魔力量がないと、野生のフェアリーは見向きもしないそうだ。
つまり、周囲からは魔力量の多い見知らぬ魔術師が突然ギルドにやって来た、となる。
魔力量の多い魔術師というだけで興味と警戒の対象だろう。
使えそうならスカウトをする。危なそうなヤツなら距離を置く。そんな考えが表情に表れているように思えるのは俺の自意識過剰なのかな?
俺は周囲のそんな好奇の目と驚きなど気にせずに、一番年配の受付嬢のいる窓口へと真直ぐに向かった。
もちろん、内心は「テンプレ通りにケンカを売られたり絡まれたりしませんように」と祈りながらだ。
とはいえ、そう簡単にケンカを売られることはないだろう。
得体の知れない魔術師、それも魔力量の多い魔術師に、簡単にケンカを売ったりはしないと思う。
「すみません。探索者の登録をしたいのですが、ここで良いですか? 田舎から出てきたばかりなので分からないことも多くあります。併せて教えて頂けますか?」
一番年配の受付嬢の前に到着すると、できるだけ礼儀正しく映るように努めて話しかけた。
「はい、こちらでお受けいたします。分からないことは都度聞いてくださいね。失礼ですが読み書きは
手すきの間に書類整理でもしていたのか、作業中の書類をテキパキと横に避けて俺へと笑顔を向けた。
よし、俺の判断は正しかった。年配の女性を選んで正解だった。俺自身、緊張して言葉に詰まることも無かったし相手も手慣れた対応をしてくれた。
「助かります。登録からお願いいたします。読み書きは問題ありません」
田舎から出てきたと言ったためか文字の読み書きに不安があると思われたか。
ドーンさんの話を思い出す。
都市部では識字率が六割を超えるということだったが、田舎だと文字の読み書きができない人たちが多いとも言っていた。
ちなみに、計算となるともっと深刻だ。
足し算引き算ができる人はそれなりにいるが、掛け算や割り算ができるとなると都市部でも二割に満たないそうだ。
王宮勤めの人たちや騎士でなんとか簡単な掛け算と割り算。
商人や役所勤め、王宮の上層部にならないと複雑な計算はできないらしい。
これを聞くと俺たち転移者は四則計算ができるというだけで重用されそうだ。
「では、こちらに必要事項を書いてください」
受付の女性はニッコリと微笑み、A4サイズの用紙とペンとインクを差し出した。
受付の女性にお礼を言い、渡された用紙に目を通す。
記入欄は名前、年齢、性別、得意とするもの、この四つだけか。
「この、得意とするもの、って何を書けば良いんですか?」
「魔法が使えるのでしたら魔法の属性ですとか、得意な武器があるならそれを記入してください。他に生産系や特殊技能をお持ちでしたらそれの記入もお願いいたします」
「全部を正直に書く必要はありませんよね?」
受付嬢の説明に『知っているぞ』と言わんばかりの表情とやんわりとした口調とで聞き返す。
もちろん、これも宿屋のおっちゃんから事前に仕入れた情報をもとにしている。
「はい、もちろんです。ご本人がギルドに明示した方が良いと思われる情報だけで十分です。ですが、ギルドが把握している得意な技能によっては、指名で依頼をお願いすることがあります」
こちらが何も知らないと思っていたのだろう、驚きと警戒を
説明は事前に宿屋のおっちゃんから聞いたものと一緒だった。
「ありがとうございます。では、これで登録をお願いいたします。それとこれ、ありがとうございました」
記入して、受付の女性へ用紙とペン、インクを返す。
名前:ミチナガ・フジワラ
年齢:十八歳
性別:男
得意とするもの:光魔法 火魔法 風魔法 剣術 盾術
「はい、ありがとうございます。そちらでお待ちください。今、ギルド証を発行いたしますので」
受付の女性は用紙を確認すると一瞬、驚いたように俺の顔を見てから、再び用紙に視線を戻すと、用紙から目を離さずにそう指示した。
しまった。どれくらい時間が掛かるのか聞き忘れた。
まぁ、良いか。昼食にはまだ時間がある。時間潰しも兼ねてボードに貼られている依頼内容を見に行くか。
壁には大きなボードが三つあり、そのうちの一つを見る。それぞれところ狭しと依頼の紙が貼られている。
なるほど、ボードごとにカテゴリー分けして依頼書を貼ってあるのか。
「よう、兄さんもフェアリー愛好家かい?」
後ろから、決して大きくはないがよく通る声で呼びかけられた。
声の方を振り返ると三十歳くらいの男がフェアリーを左肩に乗せている。今、声をかけて来たのはこの男だろうか?
同じ目線の高さの男に返事をする。
「ええ、初心者ですけど」
「それはフェアリーの格好を見れば分かるさ」
フェアリーを左肩に乗せた男は快活に笑いながら先を続ける。
「俺はトール。兄さん、この町には長くいる予定なのかい? 来月、フェアリー愛好家の会があるんだ。気が向いたら声を掛けてくれよ」
そう言い、トールと名乗った男は人の良い笑顔を見せる。
「そんな会合があるんですか? まだ、いつまでいるかは決まっていませんが居るようでしたらお願いいたします」
取り敢えず、愛想良く答える。やっぱり人間関係は大切だ。特にこの人、親切そうだし。
「すみません、トールさん。そいつと話がしたいんで、良いですか?」
「ん? おう、良いぜ。じゃあな、兄さん」
トールさんが軽く手を振り、人の良さそうな笑顔を残してその場を
入れ替わるようにして会話に割って入って来た少年が俺の正面に立つ。
トールさんと比べると随分と小さいな、それに細い。
「なぁ、お前。お前、初心者なんだろう? 良かったら俺のパーティーに入れてやろうか?」
見た感じ、十四・五歳の少年が、前置きはおろか挨拶もなしに生意気そうな顔と口調で切り出した。
十四・五歳のガキがいきなりお前呼ばわりかよ。十八歳設定なんで俺の方が歳上なんだがな。
まぁ、背伸びしたい年頃だ、寛容に相手するか。
「ありがとう。でも、君たちも俺とそう変わらない、初心者に見えるけど?」
寛容になるつもりだったが、生意気そうな顔を見ていたら、ツイ、
俺の言葉に続いて周囲から冷やかしやアオリの声が上がる。
「
「先週まではお前らも見習いで荷物持ちしかやらせてもらえなかったもんな」
「なめられてんぞ、ロディ」
「そんなんじゃ、いつまでも自分たちのパーティーなんて組めないぞ」
周囲のからかいと煽りでロディと呼ばれた少年は顔を真っ赤にしている。
どうやら図星だったのと彼自身、いじられキャラだったようだ。
少しだけだが、さすがに申し訳ない気持ちになるな。
「てめぇ、年下だと思って舐めやがってっ! ちょっと稽古付けてやるよ。訓練場へ来い」
いきなり声を荒げたかと思うとそのまま訓練場へと通じる扉へ歩き出した。
そのいきなりの反応にあっけにとられてしまった。
本当かよ?
得体の知れない魔術師にいきなりケンカ売ってきたよ。もしかして俺が思い違いをしているのか? 魔術師ってのはそんなに警戒するようなものじゃないのかもしれない。
ロディの後に三人ほど続いている。仲間がいたのか。
念のため、ロディを鑑定するが戦闘用スキルは投てきくらいしか持っていない。
本当かよ……
よくこれで喧嘩を売ってくるな、感心するよ。相手が魔術師かどうかなんて関係ないレベルだったんだな。
無軌道な若者って怖いよね。
それにしても、テンプレ通りにギルドで絡まれたけど相手が自分よりも弱そうな……しかも、子供とか。自分自身からもの凄い小物臭が漂っている気がしてならない。
一応、助けを求めるように先程の受付嬢を見ると、どうぞ、と言わんばかりに訓練場への扉を手で指していた。
そして、周りからははやし立てる声しか聞こえない。皆、面白がっているな。
◇
「遅えぞっ!」
自分自身から漂う小物臭に落ち込みながら訓練場へ出ると、対戦相手の怒鳴り声で迎えられた。
俺に続いてギャラリーが訓練場へと出てくる。次々と出てくるギャラリーに押しやられる形で中央へと進む。
なるほど、確かに広い。
ゆっくりと歩きながら訓練場を観察する。サッカーグラウンドよりも広いんじゃないだろうか。
訓練場というから色々な地形を模したり訓練用の機具が設置されていたりするのを想像していたが、何のことはないただの広場だ。
「逃げずによく来たな。褒美に手加減してやるよ、遠慮せずにかかって来な」
恐らくは自分自身が今までに言われたセリフなのだろう。得意気に語りかけてくる。
いや、もう良いよ。何も喋るな、聞いているこっちが恥ずかしくなって来た。
それに、これって周りから見たらただのガキ同士の喧嘩だよな。
さっさと終わらせるか。
先ほど渡された木剣と皮の盾を構える。
いや、まてよ。この際だから剣術と盾術のレベル1がどの程度のものなのか試しておくか。
「お前ら、邪魔だ! どけっ!」
ギルドへの出入り口付近から怒鳴り声とざわめきが聞こえて来た。
「おい、ガキども、遊びはお終いだ。今から決闘だ、どいてろ」
「ザックのヤツまたもめ事か?」
「相手は誰だ? 気の毒に」
「気にくわねぇが、腕だけは立つからな」
好感度の低そうな感じはしたが、予想通りのようだ。
と、ロディ少年を見るとギャラリーの中に紛れて蒼ざめていた。
なるほど、多少は世渡りを心得ているようだ。存外、無軌道と言うことでもないらしい。
好感度の低い男、ザックを鑑定したが、強い。魔法こそ火魔法レベル1しか無いが武術系のスキルは剣、槍、弓、斧、盾と軒並みレベル2だ。
一つくらい強奪出来ないものかな。そんなことを考えながら、マリエルを連れてギャラリーへと紛れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます