第6話 ギルドでの騒動(1)

 マリエルに続き、そっと扉を開けて店へ足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ」


 落ち着いた穏やかな声に迎えられた。


 書物をしていたようだ。ペンを持つ手を止めて、優しげな笑みをたたえてこちらを見ている。


「すみません。勝手に服を触ったりして、俺の不注意です」


 カウンターの奥で何か書き物をしていた女性に向かって謝罪をする。 


「いいえ、構いませんよ。手に取ってゆっくりとご覧ください。見るだけでも楽しいですよ」


 女性はペンを置くとスッと立ち上がり、店の奥に飾られた商品を左手で指す。こちらの行動をとがめるどころか推奨するようなことを言ってきた。

 

 背筋がスッと伸びて姿勢が良い。

 姿勢の良い女性というのはそれだけで優雅に見えるんだな。


 カウンターの奥にいる女性に軽く会釈をしながら御礼を言いマリエルに視線を向ける。


 マリエルの動きを追うと自然と店内の様子が視界へと飛び込んでくる。

 店内は表から見た以上に広いし展示されている商品の数も種類も多い。


 ブティックとファンシーショップを合わせたような雰囲気である。

 もっとも、陳列されているのはどれも着せ替え人形サイズのものばかりなんだが。


 ガラス製の大きな窓のため、外の光がふんだんに取り込まれていて店内は明るい。

 光の魔道具の数も多い。

 昨夜のアタリ食堂も光の魔道具が多かったがその比じゃあない。


 ガラスに光の魔道具か、設備にお金を掛けているな。この分だと服も高そうだ。

 着せ替え人形の服といった感覚でいたが大間違いか? 

 あまり高いようだったらマリエルには泣いてもらおう。


「マリエル、先ずは一通り見よう。その中で気に入ったのを合わせてみてそれでどれにするか決めようか。それにそんなに抱えていたら疲れちゃうだろう」


 できるだけ店に迷惑がかからない方法で服を選ぶよう誘導する。


「分かったっ! ミチナガ、これ、持ってて」


 小さな服を数着、押し付けて他の服を物色するために飛んで行った。


「すみません。ちょっと、ここを貸してもらって良いですか?」


 再びカウンターの奥の女性に謝罪を述べながら、カウンターでマリエルから渡された服をたたむ。


「あら、良いですよ。こちらでやりますから」


 カウンターの向こう側から俺と向き合うようにしてフェアリーの服をたたみ出した。

 

 二十代半ばだろうか、栗色の髪をした美しい女性だ。服もこの店に展示してあるものをそのまま大きくしたようなヒラヒラ、フワフワの服を着ている。

 フェアリーの服をたたむ姿に釘付けになる。


 胸元が大きく開いた作りの服からは、大きく張りのある双丘がその存在を主張している。

 上から見下ろしている状態も手伝って、豊かな双丘の半分くらいが見渡せる。良い眺めだ。


「タリア、このお兄さん、あなたの胸の谷間に視線が釘付けですよ」


 突然、俺の心臓を鷲づかみするような言葉が頭上から降ってくる。

 

 慌てて見上げると男性型のフェアリーが、得意げな表情で空中にフワフワと浮いていた。


「なっ! いつから? いや、誰?」


 まともな言葉が出てこない。浮いているフェアリーと店員の女性、タリアさんを交互に見ながら口をパクパクさせるのが精一杯だった。


 ◇


「本当に申し訳ございませんでした」


 何年ぶりだろう、実に久しぶりに土下座をしている。念のため誠実に見えるように心がける。

 そんな俺の後頭部をマリエルがゲシゲシと踏みつけている。


「良いんですよ、立ってください。そんなことをされても私も困ってしまいます」


 本当に困っている様子で土下座をする俺を起こそうと肩にタリアさんの手が触れる。タリアさんが床に膝をついているのが見える。


「はい、ではお言葉に甘えまして」


 顔を上げると再びあの剥き出しの豊かな双丘が目に飛び込んでくる。

 

 再び視線が釘付けになる。くっ、自分で自分が嫌になる。懲りないな、俺も。

 しかし、ここは男の見せどころだ。顔をさらに上げ、タリアさん――店の女主人の顔を見る。


「タリア、このお兄さん、またあなたの胸を見てましたよ。今度はさっきよりも間近で」


「そんな、困ります」


 ほくそ笑むような表情をした性悪フェアリーの言葉に頬を赤く染めてこちらを見る。


 両腕を交差させ、胸を隠……してないから、それ。押し上げていますから。素晴らしい双丘がよけい強調されている。


「いえ、すみません。そんなつもりは無かったんです。本当です、ウソじゃありません」


 タリアさんに気付かれないように盗み見ながら必死によく分からない弁明を繰り返した。


「良いんですよ、お兄さん。タリアは人様に見られたくてこんな格好しているんですから。ねぇ、タリア?」


 美形のフェアリーから発せられたテノールが響く。


 頬を赤く染めるタリアさんの耳元でさらに何かをささやいている。

 そのささやきに、さらに頬を赤く染め、嬉しそうに身体をよじらせている。


 いったい何をささやいたんだろう? 気になる。もの凄く気になる。


 ◇


 官能的な表情をたたえるタリアさんにマリエルが自分で選んだ服と靴を渡している。

 

 しかし、何だろう、このタリアさんと美形フェアリーの関係は。かなり危ない関係の気がしてならない。

 三日に一度の夢の話を初対面の俺の前で赤裸々に語るフェアリー。

 そればかりか、夢の内容をリクエストするときの様子やどんな夢にするかを悩んでいるときの様子まで語ってくれた。


 タリアさんもタリアさんでフェアリーの話すのを止めるでもなく、身悶みもだえながら聞いていた。心なしか息が荒い気がした。

 さらに、身悶みもだえるタリアさんに対して話の合間に言葉責めを挟んでくる美形フェアリー。

 良いコンビと言うか、危ないコンビだ。見ていて飽きることはなかった。


 いずれにしても危険だ。この人はいろいろな意味で危険な女性だ。あまり関わらないようにしよう。


「私たち、同好の士ですものね。これからもよろしくお願いしますね」


 服が入った袋を差し出すときに、顔を上気させ妖しげな眼差まなざしを向けてくる。


 しまった、同類認定されてしまった。

 急ぎ、この場を離れなければという理性の悲鳴をよそに、意識と視線はタリアさんから外せずにいる。

 潤んだ瞳で見詰めないでください。負けそうになります。


「はい、よろしくお願いします。フェアリーのこととか、よく分からないのでこれからも相談に乗って頂けると助かります」


 負けた、負けてしまった。

 差し出された衣類の入った袋を受け取る振りをしながら、その袋の下でタリアさんの手をしっかりと握る俺がいた。


 ◇


 危険な女主人のいる服屋――フェアリーの服専門店「フェアリーと一緒」を出て、探索者ギルドへと向かう。


 服屋には小一時間ほどいただろうか。

 ゆっくりと向かったとしても、昼食にはまだまだ時間がある。


 探索者ギルドでどれだけの時間を取られるか分からないが、探索者ギルドの登録を終えるかその途中で昼食だな。

 節約を兼ねて屋台での昼食も良いな。


 結局、マリエルの服やら下着やら靴やらアクセサリーやらと、二か月分の生活費に相当しそうなくらいの額を買い込んだ。

 どうせ、現代知識を活かすか探索者になるなりして、すぐに働くつもりだったんで多少の出費は気にならない。

 

 タリアさんの店を出るなり、マリエルが自分の服の入っている袋の周りを飛び回っている。

 表情も活発だ。


 ニヘラと笑ったかと思うと、ウフフフとか声に出している。ニヤニヤしていると思ったら、先ほどのタリアさんのように両手で自分の肩を抱いて空中で身悶えたりしている。

 もしかして、早速タリアさんの影響を受けたのか?


 よっぽどうれしいんだな。

 表情も動きも見ていてあきない。可愛らしい容姿もあってか心がなごむ。

 

 探索者ギルドへ向かう途中、周囲の観察を行う。


 さすがに大通りから然程さほど離れていない通りだ、日中ということもあるのだろうが人通りが多い。

 昨日の夕方もそうだったが、ひとりで歩く女性が意外と多い。


 やはり、治安が良いんだな。

 ドーンさんから、探索者や気の荒い連中が多いので、ケンカは絶えないが、治安が良い町だと、聞いていたが予想以上だ。


 しかし、ケンカが絶えないのに治安が良いってのはどういうことだ?

 単に凶悪犯罪が少ないとか犯罪はあるが取り締まりが厳しい、ということだろうか?


 ひとりで考えたところで解決するはずのない疑問に思いを巡らせているうちに、探索者ギルドの前まで来ていた。 


 探索者ギルドの建物は三階建てで、一階が石造り二階と三階が木造だ。周辺の建物が石造りにしろ木造にしろ平屋か二階建てばかりなので目を引く。

 左右にはサッカーグラウンドくらいの広場が併設されている。事前に仕入れた情報では、この広場は主に素材の買い付けに来た商人の馬車の駐車場として利用したり、臨時の市場として利用されたりしている。そして、裏手にも同じくらいの広場が二つあり、一つは訓練場でもう一つは素材の買い取り場所だそうだ。

 事前に仕入れた情報の限りでは、探索者ギルドの雰囲気は日本で読んだラノベに出てくる冒険者ギルドにかなり似ているはずだ。


「ギルドの中ではおとなしくしていてくれよ、頼むよ」


 左手に持つ荷物、先程の服屋で買ったマリエルの服が入っている袋の側をソワソワ、ウロウロと飛んでいるマリエルに念を押す。

 気になるのだろう、袋から目を離さずにコクコクとうなずいている。


 袋の中には下着と着替えが五着、靴が三足入っている。

 服はどれもヒラヒラ、フワフワのファンシーなものばかりだ。


「宿に戻ったら着替えような」


「うん」


 俺の言葉に満面の笑みで返事をする。


 さっき買った可愛らしい服をこの娘が着る。楽しみだ。着たところとか、着替えるところを見るのが。

 俺はマリエルの着替えシーンを思い浮かべながらギルドの扉を開いた。

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