第3話 強奪
この隊商の馬車がある程度の余裕を持ってすれ違えるほどの路幅の街道に、先頭の馬車二台を横に配置して塞ぐ。さらに一台ずつ交互に縦列に配置、合計七台の馬車が一定の距離を保って街道の左右――草原と森に対してバリケードと化した。
路面は馬車や人で踏み固められているためか他の街道に比べて足場としてはそう悪くないそうだ。
街道の左側からそよぐ緩やかな風が夏草の薫りを運んで鼻孔をくすぐる。風の来る方向には背の低い草がなだらかな斜面に生い茂り、およそ五キロメートル以上に渡って広大な草原を形成していた。
伏兵があるとすればこちら側だよな。
伏兵には適してなさそうな草原から街道の右側に視線を向けると、如何にも伏兵が潜んでいそうな鬱蒼とした深い森が広がっている。
再び前方へと視線を移すと五匹のゴブリンが街道を警戒しながら歩いてくるのが見える。
ゴブリンとの距離約五メートル。
馬車で作った簡易なものとはいえ陣地を構築してさらに数が多い。こちらの方が圧倒的に有利だ。
そんな相手に戦闘を仕掛けてくるゴブリンってのは本当に知能が高いのか?
伏兵を配置していたとしてもそうそうこの優位は引っ繰り返らないと思うが?
そんな疑問を持ちながらも迫るゴブリンを注視し、自身のスキルの鑑定結果とゴブリンの鑑定結果を思い返す。
――【スキル強奪 タイプA】
一番使い勝手が良さそうだったやつだ。
使用制限なし
対象者との素肌による接触が必要
レベル1で十回スキルを使えばその成否に関わらずレベル2へと上がる
何よりも使用制限がない上、失敗してもレベルが上がる。心置きなく失敗できる。良いスキルだ。最優先でレベルを上げたいスキルである。
だが、残念なことにレベル2からレベル3へと上がる条件などは不明だ。
そして目の前には【火魔法レベル1】と【風魔法レベル1】を持つゴブリンと【剣術レベル1】と【盾術レベル1】を持つゴブリンがいる。
他のゴブリンはスキル無しか、スキルレベルがレベル2以上ある。レベル2のスキルは魅力だがここは無理をせず確実に力を手に入れよう。余裕があればレベル2以上のスキルを狙う。
さて、どうやって接触するか。接触する前に相手が死んでしまいそうな展開だな。
周りの護衛さんたちが頼りになりそうなので割と気楽に接敵から強奪までの流れをシミュレートする。
「兄ちゃん、前には出るなよ」
「そうだな。せっかくの光魔法の使い手だ、後ろにいてくれ」
反対側の馬車の陰から護衛の人たちの気遣う声が聞こえる。
「ありがとうございます。足手まといになるので前へは出ません。ですが、ここに居させてください」
護衛の人たちに声だけで答え、半身以上を馬車の裏側に隠した状態で前方を覗き込む。
街道のゴブリンたちは前衛の二匹がカイトシールドを構え、ゆっくりとこちらへ向かっている。
あれじゃあ、的だよな。矢を打ち込んでくれと言わんばかりのあからさまな動きだ。
「兄ちゃん、何してんだっ! しょうがないね、馬車から前には出るんじゃないよっ!」
護衛隊に三人しかいない女性のうちの一人、カーラさんに
「すみません。不慣れなもので」
馬車の陰に身を隠すために中腰になった状態でカーラさんに向けて深々と頭を下げる。
自分で言っておいて何だが、不慣れなのは当たり前だ。戦闘経験なんて
加えて言えば、早速訪れたスキル強奪のチャンスに気が急いていたのかもしれない。
「兄ちゃん、ここだって安全じゃないんだ。十分に気をつけるんだよ。特に森側に伏兵がいるかもしれない」
カーラさんはそう言うと、トレードマークと言っても良いような何かの骨のようなものから作られた真っ白な槍を馬車に立て掛ける。そして大振りな弓矢に持ち替えていた。
「はい、ありがとうございます。気をつけます」
カーラさんの言葉に応え、馬車の右側に広がる森へ意識を向ける。
なるほど、確かに街道沿いとはいえ街道からそれた途端に森が深くなっている。夏という季節もあって緑が濃い。大きな葉の植物や背丈の高い草が生い茂っている。隠れるには好都合だ。
さらに目を凝らして森の中を探るが特に怪しい動きは見えない。
前方のゴブリンへと視線を戻し再び強奪の流れまでをシミュレートする。
ダメだな、ゴブリンが生きているうちに俺が接触できる確率はほとんどない。
何よりもこちらの方が数も多いしスキルのレベルも高い。護衛隊の十名に隊商の人たち十一名も戦うから合計二十一名が参戦する。
数も圧倒的だ。
ゴブリンってのはやっぱり頭が悪いんだな。
生け捕りの提案とかは……無理だろうか。幾ら戦力差があっても危険は避けるよな。
それに俺以外にメリットがない。無理だな。
仕方ない、運がよければ強奪をするって線で妥協しよう。それだって考えてみれば随分と贅沢な話である。
「来るぞ。後方の三匹に注意しろ。弓矢は見せ掛けで魔法を使ってくるかもしれない。それと、側面の注意を怠るなよ」
前方のゴブリンを見据えた状態のイーノスさんから改めて指示が飛ぶ。
凄いな、後方の三匹が魔法使えるとか予想しちゃうんだ。改めてこの護衛隊の人たちが頼もしく思える。
こちらへ、これ見よがしに迫る前衛にいる二匹のゴブリンを避けるようにして、後方の三匹に矢が射かけられる。
前衛を無視して後方へ攻撃が仕掛けられるとは思っていなかったのだろう、ゴブリンたちが驚いているように見える。
後方の三匹に数本ずつの矢が命中し一匹が絶命した。
あとの二匹も虫の息だ。頼むから死なないでくれよ。祈るようにして見ていると足元に三本の矢が突き刺さる。
同時に右肩にもの凄い熱さを感じた。
攻撃を受けた? 火魔法か?
「側面から来たぞ。予想通りだな。さっきよりも数が多い。気をつけろ」
前方からイーノスさんの指示が飛ぶ。
攻撃を受けて初めて自分の間抜けさと側面からの攻撃を認識した。
まいったな、初戦闘でいきなり負傷か。
右肩の熱さは火魔法による攻撃ではなく矢によるダメージだった。
矢って刺さると痛いよりも先に熱いと感じるんだな。などと、のんきなことを考えてはいるが実際は涙目で矢を抜きにかかる。
矢じりに返しがあった。引き抜くときに肉が削がれ激痛が襲う。気が遠くなるが引き抜きながら光魔法を使ったのが良かったのか気を失うような醜態は見せずにすんだ。
隣で護衛隊のカーラさんが驚きの表情でこちらを見ている。
さすがに肉ごと矢を引き抜くシーンは女性にはキツかったかな?
カーラさんのことは気付かなかった振りをしてそのまま光魔法で傷口を治癒する。
念のため解毒の光魔法も併用をする。
毒が塗ってなかったとしてもゴブリンがもっていた矢だ、気持ちが悪いしな。
側面から襲ってきたゴブリンとの戦闘は続いているが、敵の数はかなり減っており街道から森へと押し返している。時間の問題だ。
それを横目に先程まで虫の息だった前方から近付いてきた二匹のゴブリンを鑑定する。
生きている。魔法を使えるゴブリンの生存を確認するとそちらへと駆け出した。瀕死だ、急がないと。
二匹ともまだ生きていた。
戦闘は続いているが関係ない。俺が行っても足手まといになるだけだ。今は力を手に入れることを最優先課題としよう。
女神さまからの手紙に書かれてあった通りに【スキル強奪 タイプA】を発動させる。
ゴブリンの顔に手を当てて心の中で叫ぶ。
タイプA、発動っ!
【火魔法レベル1】と【風魔法レベル1】を使えるゴブリンに対して【スキル強奪 タイプA】を発動させる。
失敗、失敗、失敗、失敗、失敗。
五連続失敗だと。
まぁ良い。
さらにタイプAを発動させる。
成功したっ! 【火魔法レベル1】を奪った。鑑定しなくても感覚で分かる。
さらに奪う。
失敗、失敗、成功だ。よしっ、【風魔法レベル1】も奪えた。
二つの魔法を奪い終えたゴブリンに用はない。とどめをさして隣のゴブリンへとターゲットを変える。
そしてもう一匹にタイプAを連続して発動させる。
連続失敗したがついに奪えた【土魔法レベル2】。
ついでに【スキル強奪 タイプA】もレベルが上がりレベル2となっていた。よしっ! 幸先が良いじゃないか。
思わず心の中でガッツポーズをしてしまった。
土魔法を提供してくれたゴブリンにとどめをさした後で森の方へと目を向ける。
ここから目で確認できる場所には護衛の人たちの半数ほどしかいない。残りは森のさらに奥に入っていったようだ。
だが、目に見える範囲と音からの判断では既に戦闘をしている様子はない。
どうやら終わったようだ。
獲物――生き残っているゴブリンがいないか確認するために護衛隊の人たちがいる森の中へと向かう。
森の中へはいると百メートルほど奥に護衛の人たちの姿が見えた。
「お疲れ様でした。皆さん、強いですね」
森の浅いところにいる護衛の人たちに声をかける。
やはり戦闘は終了していたようだ。イーノスさんを先頭に森へ追撃していた人たちがこちらへと引き上げてくる。
「おう、そっちのやつのとどめ刺してくれたんだな、ありがとうな」
「いえ、それくらいしか出来ませんから。こちらに参戦しても皆さんの足手まといになってしまいます。本当に皆さんと一緒で助かりました」
お礼を言ってくれた護衛さんにかなりの後ろめたさを感じながらも感謝の気持ちを伝える。いや、この感謝の気持ちは本物だ。
足元を見ると生きているゴブリンが一匹だけいた。
【剣術レベル1】と【盾術レベル1】を持っている。
ようしっ! 心の中でガッツポーズ。
しゃがみこみ、とどめを刺す振りをしながらスキルを奪う。
タイプA、発動っ!
さすが、レベル2だ。レベル1のスキルを二つとも一回ずつのミスで済んだ。
スキルを奪った後でゴブリンにとどめを刺し、倒木の撤去作業へと向かった。
◇
「ミチナガ、撤去作業はいいからこっちを診てくれないか?」
倒木の撤去の手伝いをしているとイーノスさんに中央の馬車付近から呼ばれた。
「何でしょうか?」
一緒に作業をしていた人たちに『ここは十分だからイーノスさんのところへ行くように』と言われ、急ぎ中央の馬車まで駆け寄る。
「すまんが、彼らを治癒してやってもらえないか? もちろん代金は払う」
イーノスさんが示す先には手足に軽い怪我をした護衛の人が二人と、隊商の見習い商人さんで矢傷を負っている人が二人いた。
「治癒ですね。分かりました。でも、料金なんて要りませんよ。お世話になっている立場ですから」
元手の掛からない光魔法だ、魔力が尽きるまでだって治癒しますよ。
むしろ、ゴブリンから守ってくれただけじゃなく、瀕死の状態にしてくれたんだからなおさらだ。
お陰で攻撃手段を手に入れることが出来た。一気にパワーアップした気分だ。いやまあ、実際そうなんだけどね。
急ぎ治癒に取り掛かった。
◇
「まだ他に小さな怪我や傷を負っている人がいたら連れてきてください」
見習い商人の矢傷の治癒を終えたところで彼に向かってお願いをする。もちろん、
俺の言葉に見習い商人と護衛のおっちゃんの表情が強ばる。
あれ? 先ほどは目の前で光魔法を使って見せても驚かなかったよな? 今になってなぜ驚くんだ?
「まだ治癒ができるんだって? さっき、自分の肩の治療もしていただろう? そっちは大丈夫なのかい?」
カーラさんが切り傷の手当ても真新しい若い商人の見習いを連れてきた。
「ええ、大丈夫ですよ」
「そうか。じゃあ、この子も頼むよ」
自分の右肩を左手で軽く叩いて余裕の表情を見せると、カーラさんは連れてきた少年を俺のほうへと押し出した。
少年の手当てをしたばかりの包帯を外し光魔法で治癒を開始する。
そう言えば光魔法は初期からレベル5だったな。これって転移者は皆がそうなのだろうか? 治癒をしながら自分の光魔法のレベルを改めて思い出す。
「あんた、そんだけの魔力量なんだ、それだけでも光魔法の使い手としては一流の部類に入るよ。どこに行ってもその光魔法と魔力量だけでやっていけるよ」
「魔力量も凄いがかなり深い傷も、もの凄いスピードで治している。これでさっきのような油断さえしなければ探索者としても引く手あまただぞ。いや、うちに入らないか? 今すぐ返事をしなくても良い。ゆっくり考えてくれ」
カーラさんが少年の治癒をする俺をみながら能面のような顔で言い、いつの間にか側に来ていたイーノスさんがそれに続いた。
「ありがとうございます。お気持ちとお誘いはありがたいのですが、少し考えさせてください」
自身の評価が急上昇したことに軽い戸惑いを覚えたこともあるが、少し落ち着いて情報を整理したかったので、それだけを伝えてその場を後にしてマリエルの待つ馬車へと向かった。
◇
なるほど、俺はこの世界の光魔法の使い手としては一流の部類に入るのか。
そうなると、俺同様に転移してきた者は皆が一流の魔術師となっている可能性が高い。まだ見ぬ転移者を探し出して協力し合うのが得策だな。
倒木がほとんど片付いている。間もなく馬車が動くな。
俺は馬車の中に入り込んでマリエルをじゃらしながらこれからのことを考えた。
この世界の魔法の平均レベルがどれくらいか知らないけど、腕の立つと思われるこの護衛隊でも一番高いレベルの魔法を持っているのは隊長のイーノスさんの【火魔法レベル3】。それとバリーさんの【風魔法レベル3】。その他の人たちは魔法を持っていてもレベル1だ。魔法を持っていない人の方が多い。いや、隊商の中に【水魔法レベル2】を持っている人と【火魔法レベル2】を持っている人が一人ずついたか。
サンプルが少ないが【光魔法レベル5】ってのはかなり高いのだろうな。
剣術や槍術は魔法よりも若干高く、レベル3を所持している人が数名いる。一番レベルが高いのは、やはりイーノスさんの【剣術レベル4】とカーラさんの【槍術レベル4】だ。
物理攻撃系のスキルは普及している、或いは修得しやすく比較的平均レベルが高いと考えて良さそうだ。
そう考えると【光魔法 レベル5】を筆頭に属性魔法を四つも修得している今の俺は駆け出しの探索者としてもそこそこのモノなのかもしれない。
とは言え『戦闘経験が無いのに剣術と盾術を持っています』ってのもどうかと思うよな。
早いところ戦闘経験を積んでスキルの裏付けを用意しないとな。
この世界の知識を習得し戦闘経験を積む。さらに転移者を探し出し仲間とする。
やることは多そうだ。
それとレベルという単語が全く出てこないところをみると、レベルという概念が無いのかもしれない。これは気を付けよう。
倒木を片付け終わり馬車が動き始める。
トールの町まで後半日ほど、この調子なら日の高いうちに到着できそうだ。
こちらの世界に来て、まだ一度も風呂に入っていない俺はジャレ付くマリエルをからかいながら、風呂のある宿を探そうと決意を固めていた。
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